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あるいは、罰ゲーム

 結局、大使との対面は果たせなかった。物理的に阻止された、とも言う。


 ぶっちゃけ、部屋を出る前に、衛士さん達が人間盾を築いてしまったのだ。ならば窓から、と振り返れば、女性陣のスクラムがそびえ立っていた。みの虫女官さんも巻き込まれている。

 更には、対わたし最終兵器、もといヘンメル君の捨て身の攻撃も相まって、力づくで突破できなくなった。


 片足には、必死の形相でしがみつく宰相さんも居る。


「なにとぞ、なにとぞなにとぞこの場は我々にお任せください!」


「ちょっとだけ。ね?」


 あまりやりたくはなかったが、小首をかしげてにっこりと笑っておねだりしたら、なぜか大泣きし始めた。


 まるで、わたしがいじめているように見えるじゃないか。


「ナーナシロナ様。参考までまでに、どのような「お礼」をなさるおつもりなのか、おし、教えていただけませますませんでしょうかしら」


 窓側ブロックの一員に加わっていたペルラさんが、語尾をどもらせながら質問してきた。


「ペルラ殿! ナーナシロナ様が本気を出されたら、大使殿らはひとたまりもありませんぞ!」


「なにそれ。物理的な「かわいがり」なんかしないよ?」


「そうではなくてですね?!」


 宰相さんの顔色は赤と青を行ったり来たり。血圧が心配だ。エッカさんへの相談事項に加えておこう。


「ボクも変わったお茶を手に入れたからさぁ」


「エッカ様に禁止されていたではありませんかっ!」


 ペルラさんは、そろそろ声が枯れてきている。


「駄目って言われたのは、薬の調合だも〜ん」


 お茶の元は、[南天]の騒動のさなかに拾った、数種類の菌類だ。あのねちょねちょ対策になるかと思って。目には目を、歯には歯を、菌類には菌類を。

 でも、ねちょねちょには無力だった。残念。


 お土産用ではなかったから、スーさん達の前では披露しなかった。それだけだ。


「ですから駄目ですってば」


「お義姉様。どんなお茶なんですか?」


 この王女様は、どこまでも好奇心が勝っているらしい。


「二三日は笑いが止まらなくなるとか、しゃっくりが止まらなくなるとか、おならがとまらなくなるとか、しゃべる時に「にゃん」が付くようになるとか。それから」


「「「「「「もう結構です!」」」」」」


 おや、ギャラリーの声も揃った。やっぱり、興味あるんじゃないの?


「え〜? 面白そうなのに」


 王女様のわくわく顔が止まらない。そうかそうか。にゃんにゃん茶は、今度、この子に飲ませてあげよう。


「でしょ? それでさ。大使なんて身分の人だったら、当分、偉い人の前にも部下の前にも顔を出せなくなるよねぇ」


 大衆の面前で赤っ恥をかくがいい。


「親しみが持てるようになるかもしれませんよ?」


 ちび王子様の発言に、大人達がずっこけた。


「それは困る。お礼にならないじゃん」


「いえいえいえ! そう言う問題では有りませんから。違いますからね?!」


 宰相さんの台詞が支離滅裂だ。


「それなら」


 じーっ。


「・・・・・・もが?」


 関係者代表に振る舞う事にしよう。


「一葉、双葉、三葉、用意して」


 これで通じるから、一葉さん達は偉い。


「な、ななななっ」


「もごーーーっ!」


「ナーナシロナ様?!」


 ななしろのお茶会に、ようこそ。




「誰だ。あんな人にけんか売ったのは!」


「こわい、こわいよぅ〜〜〜っ」


「なに? もう一二杯分あるから飲んでみる?」


「「滅相もございませんっっっ!」」


 ぶつくさ言っている衛士さん達をお茶会に誘ったら、断られた。遠慮しなくていいのに。


 お招きした主賓は、お茶汲みした女官さん。相席は、ペルラさんと宰相さん。茶菓子は、ない。


「・・・あのぅ。何故に、宰相まで」


「王子様達の身代わりだけど?」


「わかりました」


 王太子殿下は、わたしの返事を聞いて素早く身を引いた。流石に、家来衆の面前で王子様を人身御供、もとい被験者には出来ないからね。女官さん以外は、まあ、なんだ、元教育係と雇用管理者に責任をとってもらうってことで。


 ロシアンルーレットなセレクトで、三人とも別々のお茶にして。拘束されて身動きできない人達に、わたし直々に飲ませる。ふはは、抵抗は無駄無駄無駄ぁ!


 それに、一杯飲み干したら、ちゃんと解放した。だから問題ない。ないったらない。


「ナーナシロナ様どす! これはあんまりなのでございますどす!」


 ペルラさんは、「どす」茶だった。・・・こんなのあったっけ?


「そうでちゅ! ひどいでちゅぅ〜〜〜っ!」


 宰相さんは、「ちゅ〜」茶。泣きすぎて、酷いご面相になっている。可愛いと思うんだけどなぁ。


「手、手が、手がぁ〜〜〜」


 女官さんは、軽く拳を握った手を持ち上げて前後に揺らしている。いわゆる「招き猫」のポーズ。しゃがんだまま立ち上がれないらしく、逃げたくても、よちよちとしか動けない。


「縁起のいい仕草なんだよ? もっとこう、にこやかにね」


「できませんっ!」


 おすわり姿勢は完璧なのに。


 お茶会を始める前、メイドさん達はちび王女様達を寝室に隔離した。なんでも、「情操教育に宜しくありませんから」だそうだ。お茶を飲むだけなのに、なぜだろう?


 侍従さんは、宰相さんの指示を伝えに行きます、と言って、真っ先に離脱している。

 彼が居れば、宰相さんが泣きはらした目をする事もなかった、かもしれない。


 面白がり屋のメイドさんも、やや引き気味だ。


「でさ? そろそろ、キン○マ茶を出した理由を教えてくれるかな」


「わたくしは何も聞いておりませんっ」


 招き招き。


「じゃあ。なんて言われたのさ」


「・・・」


「今度は、こっちのお茶にしようかな♪」


「いいますっ。いいますからそれだけはっ」


 招き招き。


「緊張感も何もないよな」


「うん」


「やっぱり、そこの暇人にも飲んでもらおうか」


「「失礼しましたっ」」


 衛士さん。無駄口叩いている暇があるなら、不審者の洗い出しでもやってなさいっての。


 放心中のメイドさん達は、現場での証言を取る為なのか、まだ部屋から出してもらえない。

 しかし、この様子だと、この場で詳しい事情を知っているのは、お茶汲みした女官さんだけのようだ。


 ということで。


 招き猫な女官さんの動機、と、どうでもいい不平不満を聞いた。


「あ〜。なんと言えばいいのでしょうか」


「気が長い?」


「酔狂?」


「本当に効果があると考えていたのでしょうか?」


 ギャラリー一同、言いたい放題。ついでに、女官さんを見る目も冷たい。シモヤケになりそう。


 ローデンの王族のスキャンダルをでっち上げて、ローデンそのものの評判を落とす。そうすれば、ダグの存在が見直される。


 要約すれば、そういうことだ。


「確かに。ヘンメル様は幼少時はお体が弱くていらっしゃいましたから。王太子には不適格だという話もなくはなかったのです」


 自分の事だというのに、女官さんの解説に大きく頷く王太子様。なんだかなぁ。


 具体的には、「ヤバそうな効果のあるお茶や食品その他諸々を持ち込み、内部協力者の女官さんが隙を見て受け取り、ヘンメル君に飲ませたり使わせたりする」。


 その為だけの、十年以上の、他国での王宮勤務。


 確かに。気が長いにもほどがある。


 だがしかし。


 王族への贈り物であっても危険物等の厳しい検査を受けなければならないので、今までは受け渡しを断念していた。また、頻繁に訪問して怪しまれことを避けるため、企画、もとい悪巧みを始めてから二三年に一回しか訪れていないとか。


 気が長いにも・・・。


 今回は、毒味役に取り上げられる前に、王子様自ら別の客に振る舞うという、願ってもない絶好の機会、ではあった。


 ただ、運搬役と実行犯、双方の立場上、どんな効果があるか事前に伝えることはできなかった。


 知っていたら、あのお茶を自分の前で飲ませようとはしなかっただろう。彼女、体を張ってまで王宮の悪評を立てる気は、これっぽっちもないみたいだし。


「それで。だめ押しの悪評をでっちあげて、隣ん家はまともな跡継ぎが居なくて大変だねぇ、と笑ってやりたかった。のかな?」


「・・・そこまで正直に話されなくてもよろしいのではどす?」


「お茶以外にもいろいろ手段はあったと思うけど」


「虚弱体質と言う名の下に。特に食べるものには五月蝿かったのです。周りの者達が」


 当事者のご意見、ありがとうございます。王太子様でも、食べ物の恨みは深いらしい。どんな躾だったのか、知りたいような知りたくないような。


 レンのやったくりぶったくりの反動、だったのかもしれない。グロエオモナ、一口ぐらいは残しておいてあげればよかったかな?


 それはさておき。


 口にするもの身につけるもの、何から何まで厳重体勢で管理されていれば、付け入るチャンスは少ない。

 犯人を特定されないように行動するなら、なおさらだ。


 いい年になったヘンメル君に最早時間はかけられないと焦った黒幕さんは、今回、女官さんを犠牲にするつもりだったと思われる。

 名目上「大使が持ち込んだ」とは言え、途中で女官さんが受け取っている。つまり、「彼女がすり替えた」と主張する事が出来る。


 長く勤めている女官が、王太子に恋慕した。寵愛を得たい彼女は、ヤバい薬を盛って、既成事実をぶちあげる。正気を失った王太子は、女官の傀儡と化し、やがて狂乱して死ぬ。


 大使さんのシナリオは、こんなところだろうか。


 王太子だけでなく、国王夫妻の公衆の面前での乱痴気騒ぎも狙っていたかもしれない。あるいは、兄弟姉妹のむにゃむにゃとか。

 だって、飲ませようとしていた対象が、ねぇ?


 大使の滞在中に事件が起きたなら、「わたしは見た!」と堂々と言える。そして、帰国後、背びれ尾びれをたっぷり盛りつけて他国にも広める。ただの噂話に終わったとしても、聴衆の眉をひそめさせること間違いなし。


 そうして、ローデンは、今後の外交のみならず、貿易商売に大打撃を受ける。


 トントン拍子に事が進んでいたら、の話だ。


 しかし。


 わたしにまで振る舞ったおかげで、事件は未然に防がれた。だけでなく、女官さんの体も守られた。


 部屋に居る人達(主に、宰相さんとかペルラさんとか面白メイドさんとか)が、よってたかって推論を重ねるに連れて、自分の身も危険に曝されていたと悟った女官さんは、知る限りの事柄を白状した。


「わたくしは、ダグの為に、国の誇りだと信じて! この任務を受けたのです。それなのに、この仕打ちはあんまりです!」


 招き招き招き。


 興奮すればするほど、手の動きは速くなる。その勢いで、幸運が招かれるといいね。


「いやいやいや。他所に騒動を起こす為、間者を潜り込ませようとする時点で、何かおかしいとは思わなかったの?」


「あなたには、判りませんよ。ローデンに勤め始めて、いえ、入国したときから、打ちのめされたわたしの気持ちなど。なぜ、ダグとはこうも違うのかと」


 招き〜招き〜。


「そこをなんとかするのが、王宮であり貴族でしょ。ダグの街の人達だって協力するんじゃないの?」


「協力? 散々恩賞をせがんでおきながら、ろくな仕事もできない者どもに、どんな協力が出来るというのですかっ」


 こりゃだめだ。


 話にならない。


「な、なにをぉっ!」


 宰相さんとペルラさんに飲ませたお茶をミックスして、招き猫女官さんにプレゼントした。


「ひょーじきにちゅっ、こたえどすたのにちゅぅ〜っ」


 招き招き招き招き。


「お客様。流石に、これはやり過ぎでは」


 愉快な女官さんの様子に、面白メイドさんからも、苦言がポロリ。


 だがしかし。


「ぬるい」


「「「「「「え?」」」」」」


「ななななナーナシロナ様ちゅっ。ええいっちゅっーーーっ!」


 真面目に話そうとしても「ちゅ〜語」がやめられない宰相さんは、地団駄踏んでいる。


「治療師はまだどすか!」


「あ〜。解毒薬が、効くのかな?」


 何となく勘で掴んでいた効能は、南天王さんに(黙って)協力してもらって確かめた。魚の煮物と一緒に出しただけだけど。いろいろな仕草をする南天王さんは、とてもお茶目だった。

 その都度、解毒効果のありそうな草をむさぼったり、水をがぶ飲みしたり、ブレスを吐きまくったり。どれも無駄な努力に終わり、お茶の効果が抜けるまで、ただ待つしかなかった。招き招きは、一口で半日続いたっけ。


 ただ、南天王さんがでっかい図体でにゃごにゃごやってる姿は、ささくれたわたしの気分を大いに和らげてくれた。脱力した、とも言う。


 別の効果もあった。とっかえひっかえ菌茶を飲ませ続けているうちに、いつの間にか料理のおねだりをしなくなった。


 ちなみに、わたしには効かなかった。解毒能力は、南天王さんよりも強かったようだ。ラッキー。


 それはともかく。


 旨くも不味くもない、似たり寄ったりの椎茸茶風味で、依存性はなく、躾にも使える優れもの。健康茶と言えば、レンなら素直に飲んでくれるかもしれない。

 マイマイのついでに採取に行こうかな。


「あ。あのっ! ぬるいとは、もしやまさかっ?!」


 衛士さんの一人は、勝手に妄想を膨らませたらしい。


「ふふふふふ」


 さぁて。


 まずは、敵情視察から始めよう。最大のダメージを与える為に。敵を知るにはまず味方から。


 あれ? ちょっと違うか。


「終わりだ。ダグは、もう終わりだ!」


「ふきちゅなことは言わないどすえっちゅーっ!」


 招き招き招き招き。


 女官さんは、高速招きを発動した。いいことあるよ、きっと。


「ナーナシロナ様。冷静に。ここは冷静にですね?」


「陛下、いや、アンゼリカ殿をお呼びするでチューーーーっ」


 王太子殿下以下、阿鼻叫喚。なにを慌てることがあるのだろう。


「呼んでどうするの? それよか、ローデン王宮の手出し口出しは無用。ボクは、別口でヤらせてもらう」


 ダグの貴族の面目とやら、このわたしが、完膚なきまでに叩き潰してみせよう。


 これぞ、悪役。


 わーっはははははっ!





「ここは是非とも思いとどまってください。さもないと、抱き上げますよ」


 恐怖の王子様の、素敵な脅迫。


 でも、残念でした。


 その手は、二度と食わないもんね。


「うわっ!」


 こっそりと、首長竜の鱗を使った手甲を装着している。これで、よし。迂闊に手を出すと、痺れるぞ〜。

 なんでもっと早くに思い出さなかったんだろう。そうすれば、衆人環視の中、晒し者にならずにすんだのに。


「ちゅ〜〜〜〜っ!」


「それは卑怯どすっ!」


 腕を抱えて煩悶する王子様を見て、手甲の効果に気づいた二人が抗議の声を上げた。


「何も国を滅ぼすとか言った訳じゃないんだからさ」


「尻拭いちゅる我々の身にもなってくだちゃいっ」


「しなくていいってば。これは、ボクのボクによるボクの為のケンカなんだ。外野は黙ってて」


「られません!」


 ぬおっ。王子様はあきらめが悪い。


「三倍で足りないなら五倍でちゅっ!」


「何言ってんのさ。予想外の角度から、不意をついて深く抉る。こうでなくちゃ」


「それも違いますどす〜〜〜っ」


 さぁて。


 やるぞーーーっ

 主人公の臨戦態勢。退避ーっ!

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