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高く、売ります

 吾に帰った衛士二人が、踵を返して走り去る。


「お、おうえんを、よんできますっ!」


 片言で、立ち去る理由を残して行ったが、残った三人は逃げそびれたと悔しさを露にしていた。


 一方。


 衝撃の正体を暴露したななしろは、飄々と構えたままだ。


「あ。ペルラさん。その人、振り回さないでね。まだ、懐に何か持ってるかもしれないから」


 無意識で、風縛を発動させる寸前だったペルラを、ななしろが諌めた。


 そんな大人達を他所に、王女がトンデモ発言をかます。


「ねえ。キン○マ、ってなぁに?」


 ずっこける長兄と首を傾げる次男。


「女の子にはなくて、男の子が持ってるものだよ」


 ななしろの答えを聞いて、侍従達も姿勢を崩す。


「すごぉい。お義姉様は物知りなのね」


「そのうちに、誰かから教えてもらえたと思うけど」


「話はそこまで!」


 ペルラは、慌てて二人の会話を遮った。


「そう、そうです。確かに、使用した物は、なんなんなんですが。だからといって、ここまで縛り上げる必要はないかと」


 王太子が、床に転がる女官を困惑顔で見つめる。


「ほどいちゃ駄目だよ。王子様に、あんな物を飲ませるなんて。知ってなくても、事情は聞かないとだし。知ってたら、問答無用でしょ」


「それはそうですが」


 いや。一般人でも、よっぽどの理由がなければ、口にしたくはない代物だろう。侍従も侍女達も顔を顰めたままだ。


「ナーナシロナ殿。ご存知でしたら、効能を教えていただきたい」


 衛士の一人が、きりりと詰め寄った。


「ただの好奇心なら、止めておいた方がいい。後悔するよ? それに、ここには小さい子もいるし」


「いえ。ルフィアもアルフレイも、被害者になるところでした。いずれ耳にすることです。いえ、知っておくべきです」


 王太子は、容赦ない。しかも、年少者達は、周りの大人達の態度に緊張しつつもはっきりと同意を示した。


「エッカさんなら、もう少し穏やかに説明してくれる。する、と思うし」


「いえ。率直に話してください。さもないと、また抱き上げますよ」


 なかなか首を縦に振らないななしろに、奇妙な脅しを掛ける王太子。


「なんでそうなる?!」


「あ。通じた」


「そこ! 通じる言わない!」


 解答を望んだ衛士の一言に、即座に突っ込み返すななしろ。


「それとも、わたくしの風縛がお好みなのでしょうか」


 つい先ほど、散々揺さぶられてきたのだ。絞り上げまでメニューに加わってしまったら、堪った物ではない。

 躙り寄るペルラに、とうとう降参した。


「ええとね。ペルラさん、ピンクのミミズの話は覚えてる?」


「あ、はい。ハッピークッキーに使われていたかと。それが、何か?」


「本来の使用目的も覚えてるかな。で。ここで出されたお茶はね、もっともっとはっきりと効いちゃったりするんだ」


「・・・はい?」


「びんびんの大興奮のすっごいの」


 ななしろの発する形容詞を聞いて、ペルラの顔に血の気が登った。


「あの、それは、どの程度」


「さっきのお茶一杯で、見境無し。だと思うよ。エッカさんなら、もっときちんと調べられるだろうね」


 今度は、真っ青になった。


「ペルラ殿だけでなく、我々にも理解できるように言っていただけませんか? ・・・なんとなく、それとなく、判る気はしますが」


 どうやら、ななしろも開き直ったらしい。侍従の催促に、あっさりと答える。


「いろんな意味で、極度の興奮状態をもたらす」


 大人達の顔色が、無くなった。訊くんじゃなかった。誰もがそう思ったが、ななしろは追加の爆弾を投入してきた。


「だけなら、まだいいんだけど、酷い中毒性がある。一度でも口にしたら止められなくなる」


「止められなく、なるんですか? どんな風になるんでしょう」


 アルフレイが、恐る恐る質問する。そう言う体験がないからかもしれないが。


「レンの買い食いよりもまだ酷い」


 子供達も理解した。はっきりと、身にしみて。


 もがいていた女官の動きも止まる。


「酷いのはここからで。これ欲しさに、言われるがまま、なんでもやるようになる。盗みだろうが殺しだろうが、なんでも、だよ。

 あなたは、ただの惚れ薬かなにかだと聞かされてたのかもしれないけどね」


 つまりは、麻薬だ。ひとときの快楽と引き換えに、地獄を見る羽目になるという。

 そこまで詳しく教えてくれなくてもいいのに。と、誰もが思った。


「誠で、ありますか?」


 硬い口調で、何度も唾を飲み込み、侍従が漸く口を開く。


「これは[魔天]で見た話だけど。

 お茶になる前の現物を口にしたジャグウルフはね、群れの仲間に襲いかかった。順位も何も無し。オスがオスに乗っかったりもしてた。

 で、今度は、噛み殺し合いだよ。たぶん、ソレを独り占めしたかったんだろうね。みんな血みどろになって、最後に残った一頭は、口から泡を吹きながらソレを探しまわって、見つからなくて。

 通りがかりのアンフィにけんか売って重傷を負わせたりもした。そうして、崖に体当たりして死んじゃった。


 別に、信じなくてもいいけど。嘘かもしれないよ?」


 よどみない口調で実例を聞かされた一同の顔色は、もはや土気色だ。


「そんなに、ゴロゴロ、している、ものなのですか?」


「してたら大事だよ。とある魔獣の最終兵器。みたいなもの。ヒトが狩ろうとした程度では手に入らない。それに、効果があるのは香りが出ているだけだし。

 どうやって手に入れたんだろう」


 その場にいる誰もが、まさか、魔獣の中でも雑魚中の雑魚と呼ばれているファコタの睾丸とは想像もしていない。


 ファコタは、ウサギほどの大きさのネズミで、メスも機能はないものの小さな器官を有している。巣穴は作らず、数家族の群れで行動している。そして、逃げ場が無くなるほど追いつめられた時、一斉にソレを自切する。その瞬間、強烈な芳香を発し、捕食者が気を取られた隙に、本体は一目散に遁走するのだ。

 なお、群れの中の一匹が捕まっただけでは、何も起きない。どうやら、群れが全滅しそうな緊急事態にしかやらかさないらしい。


 トカゲの尻尾やイタチの最後っ屁のようなものだが、とにかく効果がアレ過ぎる。成りは小さくても魔獣は魔獣、ということなのだろう。


 ちなみに、本体が死んでからソレを切り離しても効果はない。だからこそ、ななしろは入手方法を訝しんでいた。


 蛇足ではあるが、ソレは、裏世界では究極の崔淫剤として高値で取引されている。


「ま、さか。[魔天]の氾濫の原因は」


 衛士の一人が、魔獣が興奮すると聞いて街道の災厄との関連を疑った。


「それは別。これ、昆虫型や植物型の魔獣には全く効果無いから。あれには、デサイスとかロコックなんかも混じってるでしょ? 「深淵部」でロックアントが増え過ぎた時とか、天災が起きた時とか。じゃない「かな?」」


 ・・・ななしろの声が、廊下からも聞こえてきたような。人の走り回る音がするのは、応援が来たからだが。


「いっ、今の話はっ! 誠でっ! ぜーっ、ぜーっ、ありますっ、かっ!」


 王太子ではない。


「え? 氾濫の話?」


「違いますっ!」


 足音荒く息を弾ませて駆け込んできたのは、なんと宰相だった。増援の衛兵も付き従っている。

 しかし、体力自慢の兵士が少々走り回った程度で、顔色を変えるとは思えない。


「ど、どうして宰相殿が?!」


 慌てだす侍従達に、手のひらを差し出す宰相。


「ま、さかっ。こんな物を、忍ばせて、いらしたとはっ」


 そこにあったのは、不思議な色合いの小さな石だった。


 それを見たとたんに、ペルラは顔色を変えた。


「いやぁ。王子様の所行をね。後から、告げ口するより、生で聞いた方がいいと思ってさ。それが、役に立っちゃったみたいだねっ♪」


 うってかわって明るく告げるななしろ。


 どうやら、兵士達は宰相と共にいろいろと聞く羽目になっていたようだ。モノを見たいのか見たくないのか、部屋中に視線をさまよわせている。


「ナーナシロナ様っ! 余計なことをなさらないでくださいっ」


 宰相の必死の懇願も、柳に風と躱すななしろ。


「実験だよー。工房の呼び出し板と同じ物をね、これで再現できるかなーって」


「そんなものはどこか別のところで行ってくださいましませっ」


 ペルラは涙目だ。元王宮魔術師団長の威厳もへったくれもない。


「だって。これ、レンの弟だし。用心は必要でしょ」


 呆然と立ち尽くす王太子を指差すななしろ。


 殿下を「これ」呼ばわりする度胸を驚嘆すべきなのか諌めるべきなのか、侍従は、とっさに判断ができなかった。つい先ほど聞かされた事柄と、目の前の王宮重要人物達の慌て様を見て、思考が麻痺しているらしい。


「そうではありませんのことでしてよっ!」


 ペルラが絶叫した。


「一体いつの間にっ?!」


 宰相も悲鳴を上げる。


「えーと。王子様が飛び込んできたから、慌てて作った」


「「 !! 」」


 二人とも、声が出ない。


 しかし、ペルラと宰相が驚いている理由は、誰も理解できなかった。


 宰相が見せた小石は、ななしろが持ち込んだ魔透石だ。

 ペルラの目の前でありながら、気付かれずに術式を仕込み、更には受信側の石を宰相の胸元に忍ばせていたのだ。


 石がどういう物であるかとか、やらかした実験の人外じみたあれやこれやとか、この場では、ななしろの他には二人しか知らない。知る由もない。


 もし、宰相がこんな物騒な兵器の存在に気付いていたならば、王と同席なんか、しなかった。絶対に。


「あれ? 大使さんとの面談中だったりした?」


「「「「「 ! 」」」」」


 侍従達も息をのむ。ダグの大使一行が訪問中であることは通達されていたからだ。


 ヘンメル殿下が、はっきりと口にしている。問題の飲み物は「ダグの大使からの頂き物だ」と。


 もしかして、もしかしなくても。


「しまったな。逃がしちゃった?」


「い、いえ。軟禁中です。別室に控えていた随行者も監視しています。

 それと、問題の茶ですが、陛下方にも頂きました。勿論、口になさってはおりません」


「香りだけは最高だからねぇ」


 しみじみとつぶやくななしろに、問題が違う! と誰もが突っ込みを入れた。が、口に出したりはしなかった。口を開く気力がなかった、とも言う。


「大使さんは、どこまで聞いたのかな?」


「ま、魔獣のき・・・、までです」


 宰相は、真っ赤になりながらも正直に答えた。

 肝心の部分をぼかしたのは、王子達への配慮でもあり、さらっと口にしたななしろへのささやかな嫌みでもある。


「それだけでもアウト?」


「アウトでしょう! って、アウトってなんですか」


 ななしろの発言に、宰相はぼやきを入れた。もう少し、羞恥心というものを持ってもらえないだろうか。


「駄目ってこと。そうかぁ。効果は聞かせてないんだ」


「はい。わたしは直に部屋を出ましたので。それにしても、いつの間に・・・」


 手の上の小石は、まだ喋り続けている。


「王子様の愉快な生態が判って、面白かったでしょ」


 にやついている場合ではないというのにっ。しかも、生態とはなんだ。

 相手の体調が悪いことを重々承知していても、思いっきり揺さぶりたくなる。


「ええそうですねっ。大使との面談を始めた直後に、「寝室にご案内しましょうか」ですからねっ」


 普段の温厚さをかなぐり捨てた宰相が、力一杯ななしろに噛み付く。


 そして、今度は王太子が真っ赤になった。


「文句を言うなら、ボクじゃなくて王子様に、でしょ? それにしても。ふふん♪ 王様の顔と合わさって、さぞや愉快なことに」


「さ、宰相! な、ナーナシロナさんもそれくらいで」


 王太子が、慌てて二人の間に入る。


「寄るな触るな近寄るなっ」


 一歩踏み出しただけで謎な台詞を吐き出し距離を取るななしろに、王太子は、国外にも広く知られている美貌を曇らせた。


「そんなに、わたしのことが、お嫌いですか?」


「うん。特に顔が嫌い」


 今まで、一度たりとも、誰にも、そんなことを言われたことはなかった。


「ナーナシロナ様。いくらなんでも、それはあまりにも」


 ショックを受けた王太子の様子に、ペルラが非難の目を向ける。


 しかし。


「だって。見てよ!」


 外套の下から差し出された腕は、・・・鳥肌に覆われていた。


「それは、また、なんとも」


 毒気を抜かれた宰相も、フォローできない。


「もー必死だったんだから」


「なにが、で、ございましょうか?」


 聞きたくはないが、聞いておかないと。ますます事態が悪化する予感がする。


「王子様に近寄られて発作を起こしました。なんて、それこそ王室の大恥になるんじゃないの?」


「「「「「「・・・・・・・」」」」」」


 ななしろの「発作」は、王宮の極秘事項として口外厳禁を言い渡されている。

 つまり、衛士も侍従も女官も侍女も知っている。実績と共に知らされている。誇張された噂も耳にしたことがある。

 聞かされたことがないのは、年少の王子王女ぐらいだろう。


 それはともかく。


 王子の顔を見て、英雄症候群の患者が発作的に暴れた。となると、当然、場所は王子が徘徊する王宮以外にあり得ない訳で。


 笑えない。これっぽっちも、笑えない。例え話だとしても、心臓に悪すぎる。


 やはり、訊くんじゃなかった。


「ボクのことはいいから。後始末、しなくていいの?」


「は。は? はっ!」


 現場の指揮者である宰相の頭が、漸く再起動した。

 後始末というよりは、むしろ今後起こりうる騒動への事前準備と言った方がいいだろう。


 ただでさえ頭が痛むというのに。


 頭痛の種を増やしてくれた。その一点だけで、宰相のダグへの評価はマイナスに振り切れた。


「宰相様。茶器などの証拠品は、ナーナシロナ様がそちらの樽に確保してくださいましたわ」


「流石でありますな。其の者は別室にて取り調べを。殿下方は、暫くはこの部屋で待機してください。よろしいですか。くれぐれも、くれぐれも! 出歩いたりいたしませんように」


 宰相は、子供達に念を入れる。


 もし、この女官以外にも潜入者が居るとしたら、どのような行動に出るかがまだ予測できない。

 危険物は、一カ所にまとめて管理するに限る。


「そうだ。ボク、大使さんに会いたいんだけど、いいかな?」


 じりじりと王太子から距離を開けていたななしろが、唐突に宰相に話掛けた。


 非常に、嫌な予感が、する。


「ナーナシロナ様のお手を煩わせるほどの事はございません。三倍盛りで抗議してまいります」


 だから、大人しくしていて欲しい!


 という、宰相の願いも虚しく。


「やだなぁ。お礼だよ、お礼。ものすっごく珍しいお茶の、ね」


 朗らかな口調とは裏腹に、物騒な気炎を撒き散らしている。


 宰相は、ななしろのことが、嫌いになりそうだった。

 大魔王が、顕現した。ええ、大魔王です。

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