ろいやる・きっず
部屋に到着した。
お姫様抱っこのまま。
客室というよりは貴賓室。派手さはないが、年代物と思われる重厚な家具の数々。渋い柄の壁紙とカーペット。さりげなく置かれている装飾品は、よく見れば超絶技巧を凝らした細工が施されていたりして。
ますます、逃げ場が無くなった。
ちくしょーっ!
と、文句を言う間もなく、程よい弾力のソファーにそっと座らせられる。なんという、極上の座り心地。
ではなくて。
「ナーナシロナ様。まだ、お顔の色が優れませんわ」
「寝室にご案内しましょうか?」
部屋の奥に開け放たれた扉の向こうに、天蓋付きの巨大ベッドがいた。
いやいやいや。見間違い。ある訳がない。うん。この部屋が醸し出した幻影だ。
だいたい、いきなり寝室に連れて行って、何をする気だ。
「絶対間違ってる!」
「「はい?」」
王子様やペルラさんだけでなく、周囲を整えていたメイドさん達の手も止まった。
「こんな、こんな高級品ばっかり揃えた部屋なんか、危なくて使えないじゃないか」
「「「「「・・・・・・」」」」」
ソファーの土台はシルバーアント。それが、全面に執念深い刺繍を施された布地で丁寧にコーティングされている。さりげなく乗せられているミニクッションも、同じ刺繍を使っている。むき出しの部分は、刺繍の柄によく似た彫刻もどきで修飾済み。ローテーブルも、以下同文。手を掛けていない箇所はあってはならない、みたいな。でも、くどくないところが、最高級品たる由来だろう。
室内は、どこもかしこも、装飾加工で埋め尽くされている。シルバーアントはともかく、デザイン代や刺繍のしつこさは、とてもとても日用品とは言えない。お尻がもぞもぞするじゃないの。
目の前の茶器は、可愛い花模様のついたガラス製。既に、湯気をくゆらせていたりする。
ちなみに、食器類は、木製、金属製、ガラス製の順にグレードが高い。
焼き物が使われているのは見たことがない。どうやら、魔導炉では瀬戸物とか土器は焼けないらしい。わたしも試してみたことはあるが、なぜか粉々になったので諦めた。
残念なことに、わたしは炭焼きの知識がない。薪でも焼き物は出来るらしいが、てん杉やトレントは不向きらしく、成功したためしがない。それとも、土質の問題かもしれない。
何より、わたしにはロックアントがあった。豊富にあって加工しやすい。鍋も皿も武器も東屋も、何でも作れた。
どれもこれも、シンプル イズ ベスト。いいじゃないの、自家用だもの。
手を掛けた細工物は、港都で作ったオルゴールぐらいかな? 上着に付けたフリンジは、フェンさんに大不評だったし。術弾加工のついでで作ったビーズは、髪紐の先に取り付けただけだし。ガラスの薬瓶のカッティング処理は、装飾用はなく滑り止め用だし。
「・・・こちらの香茶はお好みではありませんでしたか?」
努めて穏やかな顔を作った女官さんの一人が、そっと声を掛けてくる。
いやいやいや。素晴らしい香りですとも。正気を疑うくらい。
「カップを握りつぶしそうで怖い」
「・・・・・・」
またまた、メイドさん達がフリーズした。
こんな繊細な食器はわたしには到底作れないし、うっかり壊したりしたら後が恐いし。とてもじゃないが手を出せない。
自前のカップに入れてもらおうかとも思ったけど、零すつもりもないけど、どちらにせよ、ここは落ち着いて味わえる場所ではない。
脱出路を目で探す。
流石のペルラさんも、この部屋の中で風縛をぶちかましてくることはないだろう。とは言え、人が多過ぎ。
ごほんっ
王子様は、気を取り直した模様。軽く咳払いした。
「お気に召しては頂けませんでしたか? あなたの為に、以前からわたしが用意していた部屋だったのですが」
憂い顔でも様になるなぁ。
ではなくて!
「ボクには似合わないし、ボクの趣味でもない」
王子様もフリーズ。ちょっとストレートすぎたか。
「そ、そそ、そんな事はございませんわ。大丈夫です。わたくしが補償いたしますわ」
ペルラさんが、あわてて取り繕う。
「何言ってんのさ。ヴァンさんにドレスを着せるよりも不釣り合いでしょうが」
「そんなもの、見たくもありませんわ! ではなくてですね?」
「そうです。恩人に最大限の敬意を払っているだけです」
立ち直りの早い王子様が、すかさず参戦してきた。
「やり過ぎ。過剰。会議室から出られただけで十分。ということで、貸し借り無しね。んじゃ帰る」
よし。みんなの動きが止まっている今のうちに。
巻き込まれるのは、金輪際御免被る。
ドアノブにまで精緻な彫刻がある。滑り止めには役に立っている、かもしれない。
がちゃり。
ごん!
「いったぁ〜い!」
・・・はい?
子供の声だよね。
「だから、やめておこうって言ったのに」
「なによ、弱虫!」
「兄上に叱られても知らないよ?」
「あら、その時はフレイがなんとかしてくれるんでしょ?」
「もうやだよ。フィアのとばっちりは」
金髪の頭を抱えて唸る少女と、それを呆れ顔で眺めている少年。
すこぶる嫌な予感がする。
「初めまして。では、さようなら!」
ガン無視はいくらなんでもまずいだろうから、挨拶だけして。
とんずらっ
「きゃあ!」
「えぇえ〜〜〜〜〜っ!」
って、おい!
女の子が、男の子を突き飛ばして。その子は、わたしに真横から抱きつく形で突っ込んできて。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
「あっ、あっ、ごめんなさい!」
真っ赤になって謝る男の子。しかし、のしかかったまま動かない。それを見ている女の子は、笑いを隠しきれていない。このっ。お尻ペンペンするぞ!
「大丈夫ですか?!」
ほらぁ。王子様に追いつかれてしまったではないか。
「大丈夫。それはいいからどいて!」
わたしとどっこいな体格の男の子を、景気よくぶん投げる訳にもいかない。
「アルフレイ。お客様に謝りなさい」
「もう謝ってるからいい」
「あ、ありがとう、ございます」
照れて、ようやく体の上から降りてくれる少年。遅いっ!
「お兄様。この子は、誰なの?」
「ルフィア。先にご挨拶を。わたしの大恩人です」
しかめっ面して女の子を諭す王子様。
しかして、王子様をお兄様と呼ぶってことは。
「じゃあ、わたしのお義姉様になる方なのね。失礼いたしました。初めてお目にかかります。ルフィアと言います。ヘンメル兄様の妹です。どうぞ、よろしく!」
リトルレディのお上品な礼儀作法は、威勢の良い最後の一言で台無しになった。元気いっぱいなのね。
いやいやいや。最初の「お義姉様」は、どこから出て来た?!
「あ、僕も。僕は、アルフレイです。よろしくお願いします」
うんわ。頭まで下げた。綺麗なお辞儀だ。
ではなくて。
「二人は、わたしの妹と弟です。こちらは、ナーナシロナ様。先ほども言ったように、わたしの命の恩人で、姉上も「ものすごく」お世話になった方だ。くれぐれも失礼な真似はしないように」
だから。その強調している部分は、何。
「違う! 全っ然違うから!」
男の子は、尊敬のまなざして。女の子は、・・・好奇心全開だ。うん。さっきの付き飛ばしといい、レンの妹に間違いない。
「一緒に遊んでくれるの?」
「しない。絶対に、しない」
確か、双子で、十一歳か十二歳になってたはずだ。わたしにどこぞの名探偵のような芝居を求められても困る。ものすごく、困る。
「こら、ルフィア。この方は、姉上と同じお年でいらっしゃる。いくら見た目が可愛らしいからと言って、いきなりそんなお誘いをするものではないよ」
「え、え〜〜〜〜っ!」
「すごぉい・・・・・・」
記憶している限りの精神的な年齢は三桁台なのに、なんなのだろう、この絶望感は。どうせね、ちびのままだもんね。つるぺたすとーんだもんね。
あ、自分に止めを刺してしまった。
「ペルラさん、なんとか言ってやってよ!」
「は、え、ええ。その、ですね?」
鬼の元女官長も、現場を離れて長いので、どうにも調子が戻らないとか? ・・・使えない。
「わたしを頼っては、くださらないのですか?」
冗談じゃない。ダメージディーラーに取り縋る被害者がどこにいる。
「ナーナシロナ様は、体調が悪くてご気分も優れないご様子。休養をとっていただく必要があるかと。王子樣方はお控えくださいませ」
うおっ! 離宮に居たメイドさんだ。いつの間に。
「やっとお会いできた恩人をおもてなしする機会なのに」
女性の百人中九十九人までは、罪悪感で逆に謝りたくなる顔だ。きっと。例外は、ここにいる。あんなもん、遠目で観賞するだけで十分だ。
「依頼してきたペルラさんが張本人なんだから、ボクをどうこうするのはお門違い」
恩人とか言ってるのは、魔力避け魔道具のあれこれのことだろう。うん。
依頼主こそ労るべき。ただの制作者には、関係ない。ないったらない。
「そんな事はありませんわ!」
ペルラさ〜ん。わたしの退路を塞がないでよぅ。
「経緯はさておき。これ以上お客様を不快にさせては本末転倒でございましょう?」
おおおっ。いいぞ、メイドさん。言ってやれ言ってやれ! もっと言っていいぞ。
「この部屋も、見せてもらっただけで十分だし。かえって落ち着かない」
とどめの鉄槌。これでどうだ。
「そんな・・・」
萎れる王子様。それでも絵になるって。これだから王子様は。
「殿下。これ以上お客様が不愉快になられるのであれば、例え殿下といえども・・・」
うわ。ペルラさん二号だ。いや、アンゼリカさん改かな。暗雲がたれ込めて雷光が所々で暴れている。幻だよね。ね?
背景を背負っているメイドさんの眩しい笑顔が、一際引き立っちゃっている。
「コエノ、ごほん、女官長様は?」
気を取り直したペルラさんが、メイドさんに問いかけた。
はて。何故にコエノさん?
「「本来の」客室を整えておられます」
よし。
ではなくて。
「離宮でいいじゃん」
あそこは、本宮よりも城門に近い。同じ王宮の敷地内とは言え、少しはマシだ。隙を見て、とっとと逃げ出してやる。
「はい。手空きの者を総動員し、隅々まで整えている最中です。護衛兵の配置は、今暫くお待ちくださいとのことでした」
「・・・はい?」
どこから何を聞いたらそうなるの。監視も増える? 冗談でしょ!
「そんなっ!」
王子様が、悲痛な声を上げた。
「ということですので、殿下。どうぞ、お下がりください」
うんわぁ。
「憧れの方と! やっと、やっと、やーーーっと! お目にかかれたというのにっ」
うんわぁ。髪の毛をぐしゃぐしゃにかき回している。それでも絵になる王子様。以下同文。もう、どうでもいいや。
大体、誰が憧れだって? ローデンの未来は真っ暗だ。
ではなくて。
「どういうこと?」
「警備やお体のこともありまして、ヘンメル殿下は本宮の外へは出られません。・・・ということになっております」
メイドさんが、キッパリはっきり宣った。わたしの耳元で。王子様には聞こえないように。器用だ。
「はぁ。そうですか」
これは、あれだな。ペルラさんが、物言いたそうな目をして、それでも黙ってるってことは。一種の刷り込みなのだろう。
ミハエルさんやレンの二の舞にならないよう慎重に「教育」した結果、王太子殿下のほっつき歩き癖は回避できた模様。
だがしかし。
中身は、五十歩百歩。
ため息しか出て来ない。
ツンツン
ん?
わたしを挟んだ王子様とは反対の位置に、いたずらっ子が回り込んでいた。
「何か用?」
「お兄様の替わりに、わたしが遊んであげる!」
目がキラッキラしてます。周りの話を聞いていなかったのか?
「ボクは、疲れてるの。遊ぶ元気なんてないの」
「じゃあ! お茶にしましょう。これならいいでしょう?」
いいも悪いも答えるよりも前に、先ほど、女官さんの一人が置いた茶器を取りに行く。
げ。
「ぼくも持ってきます」
ちび王子様まで。
まずい。
これは、まずい。
全員、同じお茶だ。わたしだけがターゲットじゃなかった。
「ボクは飲まないからね!」
客人が手を付けない茶器は、そのまま下げられる筈。違ったっけ?
「替わりにわたしが飲んであげるから大丈夫」
笑顔で戻ってきた王女様。しまった、言い方を間違えたか。
穏便に済ませたかったけど、無理、みたい。
「初めてよね。こんな香りのお茶は」
「先ほどお会いしたダグの大使から頂いた物ですよ。滋養強壮にもなるそうです」
王太子殿下も、目の前の茶器を取り上げて香りを確かめている。
げーーーーっ!
王子様の差し金じゃなかったのか。ってことは。
大使さん、いや、この野郎、なんて物を隣国の王太子に飲ませようとするんだ。それとも、確信犯?
「一葉、全部取り上げて」
流石だ。双葉さん、三葉さんも協力してくれた。
「「「え?」」」
薄いガラスの器は、ソーサー諸共天井近くまで運ばれた。一滴も零していない。ついでに、ティーポットも取り上げている。グッジョブ!
えーと。空の樽は、・・・あったあった。
メイドさん達があっけにとられている隙にソファーを下りて、人の居ない部屋の隅に移動した。
「証拠はこの中に。これで、よし。誰か、エッカさん、でなくてもいいや、薬に詳しい人を呼んできて。それと、そこのお姉さんは逃がさないように」
ティーセットを取り上げたとたんに顔色を変えた女官さんが居た。本来ならば、高級茶器を取り上げたことを怒るべきだろうに。
つまりは、関係者。何らかの事情を知っていると見た。
廊下に控えていた侍従さんや衛士さん達が動き出すより早く、身軽になった葉っぱ兄弟がぐるぐる巻きにしたけど。
いつもすまないねぇ。
って、巫山戯てる場合じゃないよね。ああもう。
「な、なにをなさいますか!」
「うん? 殺人未遂犯を取り押さえたんだけど。文句ある?」
このままだと、自殺しかねないな。
猿ぐつわ、後ろ手を縛り上げて、両足もぎゅぎゅっとね。はい、一葉さん達、ご苦労様。
「この者は、わたしの傍付きになって長いのです。そんなはずは」
おーおーおー。気の長い話だねぇ。
王子様は彼女を擁護するつもりらしいが、一葉さんが近寄らせない。その調子。この一件が片付いたら温泉に行こうね。
さぁて。
「さっきのお茶ねぇ。何から作られたか、知ってる?」
まずは、贈答先から聞き込みを始めよう。
「いえ。材料まではお聞きしていません。それが、何か」
あれ? 宰相さんとは話が違う。
「ナーナシロナ様。ご説明いただけますか」
ペルラさんの目が、ようやくしゃっきりしてきた。
ちびちゃん達には刺激的すぎるけど、下手に部屋の外に出すよりは安全かな。彼女一人だけとは限らないからね。
「言わなきゃ駄目?」
「でなければ、この者を解放してください」
うーむ。納得させるには、仕方が、無い。
「キン○マ」
「・・・はい?」
「もう一度、おっしゃって、頂けますか?」
信じたくない気持ちは判る。痛いほど判る。だからって、わたしの顔に穴が開きそうな勢いで見つめないで。
「魔獣のキン○マ」
メイドさん達は捕獲した人も含めて三人、侍従さんが一人、衛士さんが五人。そして、ペルラさんと、王族三人。
揃って、お口が開いた。
酸欠状態の池のコイの群れじゃあるまいし。
沈黙が、重い。
「「「「「「「「なにそれっ!」」」」」」」」
正直に、言い過ぎたかな。
まさかの材料。そんなつもりはなかったんです。信じてください!




