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華麗な彼氏

「そうでした! 一つ、重大なことを忘れておりましたわ!!」


「わぁ! いきなり大声出さないでよ」


「ペルラ殿。何事でしょうか?」


 宰相さんにも無視された。ぶぅ。


「ナーナシロナ様が開発された陣布、に必要な素材が無くなりましたの!」


「え? 布地を全部売っぱらっちゃったとか」


「違いますわ。魔法陣を縫い付ける、といいますか、それを刺繍する為の糸を使い果たしてしまいました」


 ミスリル染色の刺繍糸の方かな? それとも魔包石の研磨液を使った方か。


「製造方法は教えてあったはずだけど」


「ええ。試作品段階の物ならいくつか。ですが、ナーナシロナ様よりお預かりした糸と同様の性能にならないのですわ」


 そんなに難しい作業とは思えない。染色液に漬け込むだけだ。


「材料と手順は同じなんでしょ? ボクが作るやつでも微妙に差は出るから、許容範囲内だと思う」


「いえ、それが。陣布の効果に明らかな違いが。試作品を使った陣札では、凍る範囲が狭かったり、きちんと凍り付かないこともありましたの」


 それはおかしい。


「染色の行程を見せ合いっこしようか」


「・・・よろしいのでしょうか?」


 染色作業の場所は、まーてん近くだったり山の洞窟だったり地下の秘密基地だったり。それでも、陣布の使い勝手に差はなかった。はず。


 さて、わたしのやり方とどこが違うのか。


「それで、材料はペルラさんが用意してくれない?」


「・・・はい?」


「特に、ミスリル。ボクは、それほど持ってないんだ」


「「「「・・・・・・・・」」」」


 なにこれ。さっきよりも、沈黙が、重い。


「・・・おい。ロナよぅ。それ、本当か?」


 ようやくヴァンさんが口を開いた。でも、変な顔。驚き過ぎて逆に表情がすっぽり抜けてしまった、といった感じ。


「あのさぁ。みんな、ボクを一体なんだと思ってるの? そんな、アレもコレも持ってる訳ないじゃん」


 更に、重い沈黙が落ちる。


「「「「・・・・・・うそだあぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」」」」


 だぁ〜〜〜〜っ


 だぁ〜〜〜っ


 だぁ〜っ


 直後の絶叫が、部屋の中に充満した。耳を塞いでおいてよかった。


 ではなくて。


 失礼な。


 魔包石だの魔透石だのは、運悪く大量に預かることになった。ロックアントや痺れ蛾は、やむを得ない事情があるから乱獲した。大量の蜂蜜は双葉さんの努力の賜物だ。

 わたしに責任はない。ないったらない。


 ミスリルは、採掘したのではなく、ほとんどがシルバーアントから搾り取ったものだ。

 黒竜時代に狩りまくったシルバーアントは、そのほとんどをコンスカンタに置きてきた。残っていた物は、収納カード諸共川の中へ消えた。今から川底を浚っても、探し出せるとは思えない。そもそも、濁流の中、どこまで流されて行ったやら。


 無人島では、魔術練習がてらに分離を試みた。採取した量は、精々おちょこ一杯。暇つぶしも兼ねていたので、それほど熱心ではなかったし。

 [魔天]に戻ってきて集めた分も、たかが知れている。更には、陣布の実験で相当使い込んだ。

 だからこそ、代用品として魔包石の研磨液での染色を試みた。効力は落ちるけど使えるとわかった時は、本当にほっとした。


 ちなみに、今、持っている虫糸は、泥と毒血で染めたものだけだ。


「どの口が大ボラを吹いてやがるんだゴラァ!」


「あ、あれだけの物量をぽんってぽーんっ!て出しといて?!」


 赤鬼ヴァンさんと青鬼スーさんが左右に取り付いて、ゆっさゆっさと揺さぶる。ついでに首も絞めていたりする。


「ぢょ、ぢょっど! おじづいで!」


 やばい。やばいんだってば。


 ・・・・・・オロエロゲロォ〜〜〜〜〜〜〜


「なっ?! ナーナシロナ様っ!」


「なにしやがりましてございますのですかっ!」


 どかどかっ!


 不埒者どもは、乱暴者に成敗された。だけでなく。


「あ」


 わたしも彼らと一緒に、椅子ごとひっくり返された。


「・・・いひゃい」


 この王宮。もう、やだ。





 ペルラさんの怒りの鉄拳、ではなくて、風の魔弾とも言うべき空気の塊を叩き付けられたヴァンさんとスーさんは、壁際まで吹き飛ばされていた。

 そして、わたしも巻き添えを食らった。


 本来なら、国王に手を上げたペルラさんは厳罰に処されるべき。


 なのだが。


「なにやってるんですか! ロナさんの昨日の様子を見てないから! もう、もう、もうっ!」


 王妃に追撃を受ける王様。音からすると、どうやら食器を投げつけているらしい。がっしゃんがっちゃん。もったいない。


「このポンコツがよくもまあこんなことをしでかしてくださいやがりましたわね」


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」


 ヴァンさんは、ペルラさんに締めらている。風縛だ。

 わたしもやられた。あれは苦しかった。


 思い出しただけで、・・・


「おぅえぇ〜〜〜〜〜」


 あ〜あ、カーペットが台無しだ。掃除する人、ごめんねぇ。


「ナーナシロナ様。これで、口をすすいでください」


 宰相さんは、わたしの傍に膝を付き、持っていたグラスを渡してくれた。


「本当に、体調が悪かったのですね。妃殿下の芝居だとばかり思っておりました」


 背後の騒動を、綺麗さっぱり気持ちよく無視している。宰相なのに。いいのか? それで。


「今朝、手持ちの薬を飲んだら治まった。持ち直した。と思ってたんだけど」


 空の容器に、水を吐き出す。


「さようでございましたか。重ね重ね、申し訳ありません」


「レンを無視して、寝てればよかった」


「誠に。ごもっとも」


 スーさん達の悲鳴は、まだ止まらない。


「お召し物は、取り替えられた方がよろしいでしょう」


 一通り吐くだけ吐いたら、少し楽になった。


 汚れた上着で吐瀉物を拭い取り、マジックボンボンに入れる振りして、指輪に放り込む。これで、少しは匂いが収まるだろう。

 着替えは、三葉さん謹製のグリフォンポンチョ。・・・どうみても、わたしが作った物より出来がいい。ぐぬぬ。


「今日は、もう、お休みになってください」


「あの二人は、どうするの?」


「妃殿下とペルラ殿にお任せします」


「・・・いいんだ?」


「いいんです」


「一般人を優先させるなんて、おかしくない?」


「相手が誰であれ、具合の悪い方に対してやっていいことではありません。あれは、当然の報いです」


 どうやら、宰相さんは、二人の所行が不快であった模様。だからって、相手は王様なのに。


「いやだから。揺さぶったから、ぶり返しただけで。それがなければ、わからなかったでしょ?」


「結果が全てです」


 おう。宰相さん、何があったの。怖いよ。


「そうでなくても、陛下はナーナシロナ様に対して気安過ぎます。あのような乱暴を働くなんて」


 いやいやいや。スーさんは王様。パンピーをどう扱おうと問題ないご身分でいらっしゃる。だよね?

 宰相さんの怒りポイントがわからない。


「女官を呼びますので、暫しお待ちを」


「要らない。すぐに工房に行く」


「ご無理なさらないでください! ・・・工房? あちらで、お休みになられるのですか?」


「んにゃ。四葉を拾って、帰る」


 これ以上体調がおかしくなったら、最悪、王宮内で「お披露目」する羽目になる。


 既にアンゼリカさんとヴァンさんにはバレてるから、今更どうでもいいけど。避けられるものならば、とことん避けたい。騒ぎはもう沢山。


「そんなっ! 真っ青なお顔をされていらっしゃるのに、出歩かせるなんてトンでもありませんっ!」


 うわ。いきなり甲高い声で喚かないでよ。


「ポンコツならば、倉庫に封じておきますわ。ナーナシロナ様の目には、指一本たりとも触れさせはいたしませんっ」


 ペルラさんまで。

 「目に触れさせない」と「指一本触れさせない」が同居しちゃってるし。魔透石を見た時以上に髪の毛もぐねってるし。少し落ち着いて欲しい。


「何、物騒なことを言ってるのさ。ヴァンさんの顔色、相当きてるよ?」


「ナーナシロナ様こそ。ご自分がどれだけご不調であるかご理解ください」


「ヴァン! 貴方の責任ですわよ?! さっさと復活しなさいませ!」


 なんて無茶振りを言うんだ。


「ここに居る方が、具合が悪くなる。絶対なる。だから帰る!」


 おーい。こんな時こそ、助けてくれてもいいじゃないの。ムラクモ? 寝てる場合じゃないってば。ハナ`sでもいいからさ。ねぇ!





 一葉さん達の鉄壁ブロックによって、捕獲は免れた。でも、機動力不足により、逃走ならず。

 壁際に追いつめられてしまった。


「おめえに、しちゃ、手際が、悪い、じゃねえか」


「どういう意味さ」


 わたしを捕まえることを条件に解放されたヴァンさんが、疑り深い目で見ている。息は荒く、顔色も悪い。じっとしてればいいのに。


「あの、えーと。その・・・」


 ペルラさんとか宰相さんとか、ステラさんまで。何故、明後日を向いているのだろう。


「いえね? ロナさんなら、わたし達を振り切って殴り飛ばしてでも出て行ってしまうかと」


 顔をぼこぼこにされたスーさんが、ボソボソとつぶやいている。聞こえてるよ。


「ボクは、そんな乱暴者じゃない」


「「「・・・・・・」」」


 うわ。ジト目が増えた。


「けっ。巫山戯たことを言いやがって。自分が今までにしてきたことを、じっくり顧みやがれってんだ」


「酷い。ボクは、降り掛かってきた火の粉を全力で振り払ってきただけだもん」


「その全力、ってのが乱暴な証拠だろうが」


 全力で、抑制した。だから。


「怪我人は、・・・盗賊を捕まえた時とか団員さん達とチャンバラした時だけのはず。死人は、いないし」


 どこが乱暴なのだろうか。


 がちゃり!


「殿下! 今は、どなたもお入りにならないよう陛下から」


「その父上を呼びにきました。もうだいぶ時間が過ぎているというのに・・・。父上?」


 押し止める侍従さんの背後には、ザ・プリンスが御光臨なさっていた。


 淡い金髪、涼やかな蒼の瞳、スーさん似のすっきりとした顔立ち。


 若かりしスーさんをグレードアップした、正統派の、おとぎ話に出てくる、イメージそのままの王子様。うわ。目に眩しい。


 だが、乱入者の表情は見る間に曇った。


「父上。今日は、ダグの大使と面談でしたよね? そのお顔で出席なさるおつもりですか?」


「それは、ヘンメルに任せたと」


「あちらの方には、わたしでは役不足のようです。すこぶる不評でした。肝心の用件は一言も口になさいません。趣味とか、好みの女性のタイプだとか、答える義理も義務もありませんよね」


 いやいやいや。


 こーんな綺麗なお兄さんを目の前にすれば、身内の女性を近づけようと目の色が変わるのも無理はない。大使とやらは、釣り合いが取れるご身分なのだろう。


「適当に手の上で転がしちゃえばいいじゃん」


「適当なことを言ったら、それはそれで後が面倒・・・。父上、母上。この方は?」


 口を挟んだわたしに気が付いた。


「ナーナシロナさんです。おまえの命の恩人ですよ」


「何それ。ステラさん、冗談言ってる場合じゃ」


「わたしの腰痛の救い主でもありますね」


 宰相さん、そこで乗らない!


 ・・・おや? 先ほどとは打って変わって、満面の笑みを浮かべて。


 でもって、何故に詰め寄ってくるのよ。ぎゃぁあ! 膝をついた! 顔が近い近い近いってば!


「初めてお目にかかります。フェライオスとエルバステラの子、ヘンメルと申します。どうぞお見知り置きください」


「・・・・・・」


 キラキラ王子様は、わたしの右手をとって、甲にちゅーした。あまりにも自然な仕草に、振り払う隙がなかった。恐るべし、王子様。


 ではなくて。


「それにしても、お客様はお疲れの様子。皆様でよってたかって無理難題を申し上げていたのではないのですか? この後は、わたしがおもてなししましょう」


 ひ、ひえぇ〜〜〜〜〜っ!


 かの、伝説の、お姫様抱っこ。


 ヘンメル君って、ひ弱じゃなかったのか?!!!


「待ちなさい! ヘンメル、まだロナさんには用が」


「父上は、大使との面談が先でしょう? そんな顔だと父上だけでは役不足でしょうから、母上もご同席なさってください。宰相殿、父上方の補助をお願いします」


 有無を言わせずわたしを攫っていくついでに、自分の仕事を父親にぶん投げたよ。この王子様。


 策士だな。


 ではなくて。


「おろ、下ろして」


「落としたりしませんよ。安心してください」


 そうじゃない!


 精霊世界でもされたことはないんだぞ。というか、お嬢様ちゅーも断固拒否した。してきた。なのに。


「おや。お顔の色が、戻ってきましたね」


 嬉しそうに言うな!


「その手がありましたのね」


「・・・なんでペルラさんがくっ付いてきてるのさ」


「ヘンメル様の魔道具の定期点検ですわ」


「こじつけだぁ〜〜〜〜っ」


「そうですね」


 クスクスと笑う王子様。それにしても、全く歩速が落ちない。


「外交でしょ? お仕事でしょ? 平民相手にしてる場合じゃないよね」


 (訳)さっさと解放して欲しい。


「わたしは、お役御免となりました。今日は、この後の予定もありません。良い機会ですので、もっと仲良くしていただけると嬉しいです」


「だーかーらーっ」


 人の話を聞かないところは、レンそっくり。・・・そんなところ、似なくてもいいのに。


 彼らは、まず抱きかかえられているわたしを見て目を丸くし、揃いも揃って温い微笑みを浮かべた。

 そんな通りすがりのメイドさんや侍従さんに手早く指示をくだし、すったかすったか歩いていく王子様。


 めっちゃ気まずい。だが、顔を伏せようにも、そこにあるのは青年の胸板。ぐ、ぐぎぎぎぎっ。それだけは、それだけは選択できない。したくない。


 目を閉じて、顔は自分の膝に向けておく。見ないぞ、絶対に、見上げたりなんかしない。


「眠ってしまわれたのですか?」


「・・・」


 目を閉じた分、声が、声がもう。いやいやいや。声優萌えなんか、してない。したこともない。ないったらない。


「こうしていらっしゃると、ナーナシロナ様も普通の人、に見えますわねぇ」


「そうもこうもなくても、ボクは普通の人」


 ペルラさんの感想は的違い。キッパリはっきり訂正する。


「とんでもない。こんなに綺麗な人が、姉上以外にいらしたとは驚きです。本当に、もっと早くお会いしたかった」


 おーい。おーじさま? わたしとの比較対象に「それ」を持ってくるかな。大体、誰が綺麗だって?


「確かに、レンは、黙って立っていれば絶世の美女だよね。黙って立ってれば」


 重要なポイントなので、二度言わせてもらう。

 ヘンメル殿下。満を持して登場。

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