まぼろしの食卓
「レン達は、今日、休み?」
「いや。郊外での演習だ。夜営訓練も含まれている、んだがな!」
「そうかぁ。よかったね。出かける前に、たらふく食べられて」
「だからって、だからって!」
「なんてものを食わせるんだよっ」
レンもマイトさんも半泣きだ。そうかそうか、泣くほど美味しかったか。よかったね。
王様達を差し置いて、幻の高級肉を完食できて。結婚祝いには十分だろう。
レンは、わたしの料理が食べたかった。スーさん達は、お土産は要らないと言っていた。わたしは、荷物を減らしたかった。
ほら。全員が幸せになった。
「遅刻するよ?」
いい感じに陽が昇っている。
「・・・ちくしょう」
「ロナ。ロナも一緒に」
すぱん!
「・・・痛い」
「部外者が騎士団の訓練にのこのこと付いていける訳ないでしょ!」
「ロナなら、ありだと思うが」
すぱぱん!
夫婦揃って、巫山戯たことを。
「これ以上もたもたするなら、・・・次は、何にしようかな?」
「わかった! 行ってくるっ」
部屋に駆け戻っていくレン。って、もう着替えてるのに。どこに行く気だろう。
「バレたら、バレたら、副団長の仕置きがっ」
マイトさんは、わたしを同行させることで、ウォーゼンさんの追求を逸らす魂胆だったようだ。たかがお肉の一つや二つにケチをつける人ではないと思うが。
「うん。関係者一同に、余す所なく告げ口してきてあげる」
大いに期待に応えて差し上げようではないか。
「このっ、悪党ぅおっ!」
そう何度も捕まえられてはたまらない。脛を軽く蹴り付けて離脱した。
あ。片足で、ピョンピョン跳ねている。
「マイト。それは楽しいのか?」
レンは、剣を取りにいっていた。二本、握っている。この、リア充どもめ。
「楽しい訳あるか!」
「ほらほら。二人ともさっさと出かける。このままだと遅刻するよ?」
訓練で徹底的にしごかれてくればいいんだ。
「う、うん。行ってくる・・・」
「覚えてろよ!」
「やだ。忘れる」
「ロナっ!」
などと言い合いをして、漸く二人を送り出した。
「少々、よろしいでしょうか?」
食卓の上の食器を下げ、調理場で後片付けをしていると、手伝っていた料理人さんが声を掛けてきた。
他の侍従さん達は、館内の掃除を始めている。おいしい朝食で意気揚々としている、ようには見えなかった。手足に枷をぶら下げている訳でもないのに。
「料理のレシピ?」
「それもありますが。・・・ではなくて! 何故、我々まで巻き添えに?」
レンのとばっちりである事は、認識しているらしい。
「せめて、せめておかゆぐらいは用意しててくれてもいいじゃん!」
「・・・誠に、仰せの通りで、あります」
もろに抉ってしまったようだ。膝に頭が着きそうな勢いで、頭を下げた。だが、許さん。
「それにさ? いつまでもレンのわがままを容認してたら、この先、もっと大変なことになる気がしない?」
「・・・・・・」
「そろそろ、甘やかす癖は治そうよ」
「・・・はい。皆にも、そう、言い聞かせます」
「よろしく」
王族としては珍しく、性格に裏表のないレンは、大半の職員達に愛されているのだろう。だから、ついつい「お願い」を聞いてしまう。
もはや、脊髄反射のレベルかもしれない。これだけ人が居たのに、メイドさん以外はころっと転がされていた。
だけど、子供が生まれたら、そうも言っていられないはずだ。レン自身、いつまでも子供のままでは居られない。
というのに。
また、スーさん達に腹が立ってきた。
そうだ、総元締が悪い。諸悪の根源が最終責任を取るべきだ。
「あの。もしもし? ちょっと。鍋に穴が開きそうなんですけど?!」
さて、どうしてくれよう。
今日は、昼食会を兼ねているそうだ。国王夫妻と宰相さんとペルラさんとヴァンさん、そしてわたし。
コース料理ではなく、軽いメニューが並べられる。そして、給仕のメイドさん達に席を外させた。
「昨日は、その、大変でしたね」
扉が閉じられたとたんに、スーさんが口を開いた。
「うん。ビックリした」
「それだけかよ?!」
「他に、何が?」
「アンジィ、ごほん! アンゼリカを散々泣かせやがって」
「泣かせてないよ? アンゼリカさんが泣いただけ」
「こんの薄情者!」
その結論に至る理由を五十字以内で述べてみよ。
「ということは? ふっふ〜ん♪ 昨晩は、しっぽりとお楽しみだったのかな?」
「ばばばばっばっかやろぉーーーーーーーっ!」
これだけの大声を出せる程度には、ヴァンさんの体調は絶好調らしい。昨日の見立てに間違いはないようだ。長生きしてね。
「でさ。昨日の話とお土産の話、どっちを先にする?」
「昨日の。とは賢馬様方の顛末、でしょうか」
「他に何かあったっけ?」
「おめえのこったから、なんかこう、余計なぶべっ」
天誅。
「じゃあ。お土産の話からしようか」
「・・・もう、ですか?」
何故か、スーさん達がビクビクしている。
「ひれえりゃれえか」
ヴァンさんは、鼻を押さえている。おでこを狙ったつもりだったが、結果オーライ。
「それ、魔透石っていうんだって? お土産の一つだよ」
「ふがご?!」
「重ねて申し上げますが、我々は要りません。欲しくありませんからね?!」
宰相さんが、身を乗り出して主張する。
「グロエオモナの角で作った玩具で飛ばしたんだ。ちゃんと命中してよかった」
尖った方が突き刺さらずに済んで、よかった。
「あの。話、聞いてます?」
ステラさんも、お土産不要派らしい。それよりも、わたしの説明を聞く気があるのかないのか。どちらなのだろう。
「この紐の部分は、ロックアントの腱を加工してね、こう、伸び縮みするんだよ」
「またまたまた、変なもんを持ち込みやがって」
鼻血で布巾を染めて、ヴァンさん復活。本当に、無駄に元気なんだから。
「玩具の説明は後でね。それで、昨日、ムラクモ達を拾ってきた替わりに置いてきたのが、それ。魔透石」
「はい? まさか、魔獣が・・・皆様が残した遺物にするおつもりですか?」
「ペルラさん、惜しい。もう少し、細工してきた。
今は、まだそこにいると見せかけておいて、そのうちに結界がなくなって。残るのは五個の魔透石。どう? 時間稼ぎ出来ると思うんだけど。
それに、ほら、完璧に死んだことを偽装できるでしょ」
一個だけの空の魔透石は、他の魔透石から魔力を吸収するだろう。術式も中途半端に吸収するかもしれない。そうして、結界は維持できなくなる。
とっさの思いつきだったけど、この方法は他にもいろいろと使えそうだ。いろいろと。
「ど、どうやって?! 結界の術式は、それはそれはそれは高度で緻密で繊細で!」
「やってみる? 術具の作り方とそう違わないと思うよ。出来るだけ精密に魔術のイメージを作って魔力で形作って魔透石に書き込んで」
ペルラさんが、絶句。あれ? 間違えたかな。
「魔透石は、魔力を貯めるのも放出するのも元から持っている能力だから、加工もし易いかなって。
・・・おーい、ペルラさーん。実験するなら外でね。ここを吹き飛ばしちゃまずいでしょ」
「はっ」
ヴァンさんの鼻血にまみれた魔透石を奪い取り、じーっと見ていたペルラさんに釘を刺す。
「ナーナシロナ様は、今、魔術を使えない、のでは?」
「術式は理解してるもん。今は、発動出来ないだけで」
正確には、適度な効力での発動が出来ない。直接行使すれば、被害甚大になる。だから、やらない。出来ない。
尤も、[南天]の粘菌退治では大義名分があったから、遠慮することなく思いっきり使ってきた。すっきりした。身体中にあかぎれをつくったグリフォンさん達もいたようだけど、わたしは知らない。見ていない。
「術具談義は後にしやがれ。とにかく、あいつらの後始末は、待つだけでいいんだな?」
脱線気味な話をヴァンさんが軌道修正した。珍しい。いやいやいや、理解できないのが我慢ならなかったから。が、正しい。
「と、思うよ?」
「なんで疑問系なんだよ」
「いつまで結界が残るか判らないんだもん」
「は?」
なにせ、行き当たりばったりの試作品だ。最後の最後で爆発する可能性は、無きにしも非ず。はっはっは。
「それに、兵士さん達の見張りを続けるかどうかは、スーさん達が決めることだし。ね。スーさん?」
「はっ? は、はい。そうですね。そこは、こちらで検討します。しかし、偽装工作までしてのけられるとは」
「褒めてるように聞こえない」
「褒めてます。すごいです。そうそう、昨日のムラクモ様も凄く可愛くて」
・・・重要事項は、なんだったっけ? ステラさんの病気が、再発した。
「いろいろやって疲れてるみたい。当分は起きてこないと思う」
腹丸出し状態で昼寝している気配がする。影の中はわたしにも見えないから、どんな格好をしてても構わないけど。
まーてんに戻ったら、わたしも昼寝三昧するんだ。
「そんなぁ〜〜〜〜」
「あ。昨日の話が先になっちゃったね。では、あらためてお土産を」
ステラさんは、放置。見なかった事にしよう。
「魔透石なんか要りませんからね!」
宰相さんのくせに、財宝(仮)を拒絶するなんて。ローデンは、黒字決済更新中なのだろうか。
「ペルラさんには、さっきの、そのままあげる」
「よ、ろしいのでございましょうですか?」
うにょうにょうにょ。めぢからも、漏れている。
「何だったら、もう少し」
「ペルラ、止めとけ! 後が恐いぜ」
びくん!
ペルラさんは、ヴァンさんの声を聞いて正気に返った。
「ちっ。余計なことを」
やっと処分先が見つかったと思ったのに。
「言わなきゃ、際限無しだろうが」
王宮組が、何度も何度も頭を振っている。ご飯、食べたばかりなのに。大丈夫かな。
「わがままだなぁ。じゃあ、これならいいよね?」
わざわざヴァンさんの席まで歩いて、そうして取り出した。
「のわぁあああっ」
あ。ヴァンさんの頭が、すっぽりと入ってしまった。でんでん虫なヴァンさんも、なかなか楽しい。
「昨日見たものより、ずいぶんと大きいですね」
スーさんは、目を丸くしている。
「うん。ほとんどは欠片なんだ。これは、壊れてない奴。飾りがいがあるでしょ」
ヴァンさんに被せたマイマイの殻は、一抱えもあるのに、とても軽い。見る角度によって、虹色に光を反射する。
螺鈿細工に使われる材料、っぽいのだが、わたしにはそんな技術も知識もない。織物だけで手一杯。それとも、この先、いじくる気になるのかな。
その時になったら、[南天]へ採取に行けばいいか。ついでに、もう少し毟ってこよう。
「土産は不要と昨日も申し上げました!」
「こいつも片付けとけ!」
宰相さんの悲鳴に、被り物を脱いだヴァンさんも乗った。
「なんで? 綺麗なだけじゃん」
「ですから、何処かは存じませんが、天領産の品々は貴重で高価で滅多に手に入らなくて」
またも新財源を放棄する宰相さん。税金の物納ってことで、貰ってくれないかな。
「俺も見たことねえ」
ほぉう。ヴァンさんも初見の動物だったのか。後で魔獣図鑑を見せてもらおう。魔獣を食べる粘菌を生食するカタツムリだから、たぶん魔獣。載ってるよね?
「他所の国の人を接待するときのお土産にでもすれば?」
「どこから入手したかお教えしてもよろしいのですか?」
宰相さんから質問返しが来た。
「そんなこと言わなきゃいいじゃん」
「無理です。大抵、そのような品々の由来ですとか素材ですとか詳しく説明するのが決まりというか伝統というか習慣、そう、習慣です」
更に、畳み掛けるように説明する。
「え〜〜〜〜〜?」
「自分の道具のマーキングにでも使いやがれ」
「なるほど。そのアイデア貰った」
「「「「「・・・」」」」」
沈黙が、重い。
「どうかした?」
「いえあの。やけにあっさりと引き下がられましたので、少々・・・」
少々、ってなんだ。失礼な。
欠片は沢山あるから、試作し放題。楽しみが増えた。
マイマイをしまい込んで。さて、残りのご飯を食べようか。
「「「「「・・・」」」」」
「今度は、何?」
「ななななんでもありませんわ。なんでも」
ペルラさん、別の意味でよだれを垂らしていなかった?
「本当に、これで終わり、なのか?」
「うん。グロエオモナも、なし」
「「「「あ!」」」」
にやり。
「へ? グロエオモナ?」
一人、ヴァンさんだけが、きょとんとしている。
「ロナさん! なしって、なしって、どういうことですか?!」
「あれ? 侍女さんに聞いてない? 今朝、レン達に食べられちゃった。持ってた分、全部♪」
「そんなぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
「レオーネを呼びなさいっ!」
スーさんは、怒鳴り込んだ勢いはどこへやら。卓面に突っ伏した。
ステラさんは、ぶち切れた。
やはり、少なめの料理には隠しきれてない意図があった。
昨日、あれだけグロエオモナの評判を口にしていたからには、それなりに期待していたのだろう。ふふふ、自らダメージを増幅させるとは、スーさんもやるねぇ。
宰相さんとペルラさんは、安堵したような、でもちょっぴり恨めしそうな。所詮は、同じ穴の狢、ということ。
「だって。スーさん達は、お土産要らないんでしょ? レン達、今日は、街の外へ演習に行くって言うから景気付けに。せがまれて、ちょうどよかった」
ふははははっ。幻の食材は、幻で終わりましたとさ。ちゃんちゃん♪
「ひでぇ」
漸く事態を把握したらしきヴァンさん。だからって、その感想はないと思う。
「レンは、昨日ボクがグロッキーしてたのを知ってて、知ってたけど朝ご飯をねだるし。侍従さん達はそれを止めないし。でもって、ボクはお腹が空いてたし。
作り過ぎた分は、みんなで食べた。でも、侍女さんだけ食べはぐった」
侍従さん、の行を強調したら、王宮組の顔が強張った。けっ。子供の躾ぐらい、きちんと、やれ。職員の規律も、見直すべし。
「「「「「・・・・・・」」」」」
やがて、王宮組の首が、がっくりと項垂れた。
勝った!
「角は、さっきの玩具を作るのに全部使った。あ、革はまだあるよ?」
「自分で使え、自分で!」
それもそうか。上着が全滅してたっけ。
「午後は、工房に行ってもいいかな?」
「は? は、はい。それは構いませんが、・・・どのようなご用件でしょうか」
恐る恐る、ペルラさんが質問してきた。
「工房に置きっぱなしのボクの魔道具を回収しに」
本音は、それは後でもよかったりする。
四葉さんだけは、何としても確保する。ヴァンさんにくっ付いていないなら、工房に居る筈だ。何か余計なことをしていないか、心配で心配で心配で・・・。
「ええと。少々お待ちください。アレの予備はあるし、糸巻きもありますね。あとは・・・」
真剣に指折り数えるペルラさん。
「おい。ロナ。本当に、他には出さねえのか?」
疑り深いなぁ。
「忙しかったんだよ。服をぼろぼろにしちゃったんだけど、繕ってる時間もなかった。でも、塩と魚ならある」
「おめぇ、どこまで行ってきたんだよ」
西大陸に一番近い海岸。
ではなくて。
其処から更に南に位置する[南天]の南端。南尽くしの人跡未踏地は、青い海、白い雲、黒い浜辺、緑の森から這い出てくる黄色いねちょねちょ・・・。
奇怪な景観であった。
それはともかく。
今回の塩は、桶に海水を汲んで放置するだけの原始的工法で作った。大して手間はかけていない。
離れ小島で作った分が残り少なくなっていたから、一石二鳥。塩が違うと、焼いた肉の味も変わる、気がする。
魚は、時々、グリフォンさん達がお裾分けしてくれた分の残りだ。しかし、当初、彼らが握り潰したぼろぼろの身をどうやって食べればいいのか、頭を抱えた。
もったいないので、とりあえずアラ汁にして食べた。干物になっていた昆布もどきを見つけてからは、だし汁を作り、身を湯がき、ほぐしてフレークにした。これは、ねちょねちょを捕獲したトラップが持ち込まれるまでの待ち時間で作った。
もっとも、食いしん坊大将が頻繁にねだりに来たので、在庫は少ない。
「地図を描こうか」
「いやいい。言わんでいい。知りたくもない」
行き先を聞いてきたのはヴァンさんなのに。
「では。そのお召し物は、その時に?」
ペルラさんが、何故か気の毒そうにわたしを見ている。
どうせね。織るのは、割と単純作業なんだもん。わたしが苦労するのは裁断の段階。よほど集中して取りかからないと、いつの間にか物体Xに成り果てる。
そう。腕を通せないシャツに、意味はない。
「慰謝料代わりにぶんどったグリフォンの毛を紡いで作った」
ざっくり長方形の布を折って、首穴を確保して、脇を縫い付けて。フード部分は別に織ったものを後付けした。ほら簡単。
「ほんとうに、ぐりふぉんの、け?!」
スーさん、しつこいよ。
「だって、生皮を剥ぐのは、いくらなんでもやり過ぎでしょ?」
「「「「・・・」」」」
「ロナよぅ。少しばかり過激すぎるぜ、それは」
「だからしてない。地肌が見えるくらいに、短く短〜〜〜く、刈上げただけで済ませてやった」
あのトリ頭だけは、毛母細胞も取り上げるべきだったかな?
「「「「・・・・・・」」」」
全員が、そーっと自分の頭を撫でている。
「・・・ひでぇ」
どこが。
在庫一掃セールを敢行するも、完売ならず。




