いつでも、あなたの傍に
三頭のしっぽは、絶好調で振り回されている。
ついでに、重い。
「アンゼリカ、ロナは無事だ」
なかなか泣き止まないアンゼリカさんを宥めているヴァンさん。お似合いなのに、どうして結婚しなかったのかな。
「賢馬様、可愛くなっちゃって♪」
ステラさん、モフリストだったっけ?
「いや。小さいにもほどがあるでしょ」
見た目、毛足の長いポニー。白いたてがみは、長過ぎて目が隠れている。
「ロナさんとお似合いですっ」
ぶふふん
あ。得意になった。
「金虎様は、いろいろと増やしたんですね。すごくかっこいいです! しっぽが二本だなんて、ロクソデスみたい」
「はい?」
わざわざ見えるように尻を向けなくてもいい!
でも、確かに、二本だ。しっぽの先だけ白い。天使のような羽も、白い。さっきまで見ていた顔の眉も白かった。色彩だけなら可愛い、と言えなくもない。
だが、巨体故に、可愛さより恐怖感を煽るアクセサリーになってないか?
「ハナ達は、誰かが他の二頭を食べちゃった?」
がぶーーーーっ
「痛い痛い痛いってばっ」
「あの。合体、しちゃった。とか?」
「「はあっ?」」
ステラさんの仮説を聞いて、ヴァンさんとわたしの声がシンクロした。
・・・なんか、嫌。
困ったときの三葉さん。
でも、今回は、居なくても通じた。
ステラさんの「合体」発言に、「ワン!」と答えたからだ。副賞は、しっぽ、ばさばさ。いつもより、多く振り回しております。三本のしっぽは絡まったりしないのかな。
ではなくて。
今いる三頭の中で、一番体が大きい。頭も大きい。わたしを一口で丸呑みできるだろう。
それでも、歯を突き立てないよう、そっと腕を咥えていた。痛かったのは、筋肉痛に似た疲労感のある腕を持ち上げられたから。ついでに、吠えた時にぼとっと落とされた時も、痛かった。
六つの目は、キラキラと輝いている。これから散歩に出るのが待ち遠しくて仕方ない。そんな目をしている。
「本当に、ユキとツキと、ハナ?」
わふん!
ばっさばっさばっさ
「とりあえず、お座り」
すちゃっ
しまった。ますます、埃が舞い上がってしまった。
「次。伏せ」
さっきよりは、マシになった。けど、わたしの腕はスルメじゃないぞ。
ムラクモは、ちょうど、わたしの頭の上から覗き込む格好になっている。
「ムラクモ?」
唇で、優しくわたしのおでこをまさぐるムラクモ。くすぐったい。でも、目が回りそうで、頭を動かせない。
「ずいぶんと、思い切ったねぇ」
ぶふーーーーーっ
思いっきり、ムラクモの鼻息を浴びてしまった。
「お小さくなれば、目立たなくなると思われたのでしょうか?」
ぶふん ぶふふん
ステラさんが、動物解説員になっている。今は、頭が痛くてものを考えていられないから、助かってるけど。
とにもかくにも。おそらく、元の体高の半分以下に縮んでいる。これはこれで、十分目立つ。と思う。
この世界では、ロバはともかく、ミニチュアホースは見たことがないから。
「で。どうするんだよ、こいつら」
ヴァンさんが、途方に暮れている。わたしも、途方に暮れている。
こんなシンクロ。やっぱり嫌だけど!
「あ。そうですね。・・・どうしましょう」
ステラさんが、ミーハーモードを解除した。
「すん。このまま連れ出したら、くすん、大騒ぎになるわよね」
「なるだろうな」
「なりますね」
これは、全員の意見が一致した。
見てくれは変わっても、「森の子馬亭」から出てきた、というだけで、疑惑満載だ。
「隙を見て、一頭ずつなんとか隠して」
「【隠蔽】を使えば」
「ペルラさんは、移動しながらは、使えないって、言ってた、よね」
「おめえはどうなんだよ」
「ボクの術杖、オボロ達は、使える、かな?」
のろのろと手を動かし、『楽園』の術杖を取り出そうとした。あれ? どこに仕舞ったっけ。
「その前に、この結界をどうにかしねぇとな」
「「あ」」
「ハナ達なら、好きな時に、解除、できるでしょ」
「それもありますけど。大きな問題があります」
「そうね。どうしたらいいのかしら」
ステラさんとアンゼリカさんが、頭を抱えた。
「ここ、厩舎は暗いが、まるっきり見えない訳じゃねえ。入り口に立ってる兵士は、結界の中に寝てる連中がぼんやりとでも見えているんだ。それがいきなり消えたら、前後で出入りしたおめえと結びつける可能性は高いぜ」
「当然、ここを見張っている各家の諜報員も勘付きます。・・・どうしましょう」
そうか。ハナ達は、賢者様とわたしを直接繋ぐ糸口となる。みんなで、頑張って努力してくれたんだ。毟り取るのは勘弁してやろう。
「あれ? 氷室って言ってなかったっけ?」
「なくなられた方を還さずに、霊廟に祀る家も無くはないのです。そこを氷室と呼ぶ事もあります」
「食料庫よりも室温が低いらしいわ。今では、作れない魔道具の一つなんですって」
「こいつらの結界は、「聖者の奇跡」で誤摩化しているがな」
「誤摩化してないです。誰にも解析できないんですから」
「誰って、ペルラにしか見せてねぇだろうが」
ああ、まあ。とにかく。「正体の判らないものでハナ達は守られている」と認識されている訳だ。
「・・・なにやってんだ?」
「隠蔽工作、が、できるかな〜と」
うまくいったら、お慰み。駄目なら、素材を変えて再挑戦。
小さな魔透石を五個取り出す。それぞれに、『魔力結界』『物理結界』『冷却』『霧原』の術式を、書き込めた。やった、第一段階、成功。残り一つは、そのまま放置でいこう。
「そうすると、あとは、この子達だけか」
くいっ?
首を傾げる角度がシンクロナイズ。
「こっそり誰にも見つからないように、厩舎を出るんだけど、・・・」
「あ」
アンゼリカさんが、絶句した。
三頭は、魔道具の灯で出来たわたしの影に、するりと潜り込んでしまった。そうか、その手があった。すっかり忘れていた。
「なんで、いままで、やらなかったんだろうな?」
「そうですよね。って、こんな事が出来たんですか?!」
「そうね。行方不明になる前は、普通に隠れてたわね」
「そういえば。思い出しました。そうです、北峠で」
「ステラさん。それはいいから」
影に潜るタイミングで、結界は解除されていた。ちょうど、いい。術式を書き込んだ魔透石に魔力を込める。壊さないように、そーっと、少しだけ。
魔力重点が完了したとたんに、それぞれが効果を発揮する。第二段階、成功。
後は、わたしがここから脱出して、完了だ。
「・・・おい。大丈夫なのかよ」
「ぎぼぢ、わるい」
まっすぐに立てそうにない。でも、結界からは、出られそうだ。あと、少し。
四つん這いになって進み、結界面から脚を抜いたところで力が抜けた。
「ななちゃん?! 大丈夫なの?!」
「動けない、だけ。結界は、これで、誤摩化せる、かな?」
「え? え、ええ。大丈夫だと思います」
「そうだな。遠目に見れば、ぼんやり影が見えるだけだったし。しかし、何しやがったんだよ」
「そんなのは後よ。早く休ませてあげないと」
「う〜、離宮で、いいよね」
「は、はいっ! そうしましょう。すぐ送りましょう」
「な、なんで? ななちゃん・・・」
アンゼリカさんの声が潤んでいる。
「こんな弱った状態で、警備の甘い宿屋に置いてみろ。夜中に、攫われ放題だぞ」
「レオーネとの約束がある、との言い訳も出来ます」
実母にネタ扱いされる王女さま。
「俺は、ここに張り付いていてやる。後で、女将と交代して、話を聞きにいく。それでいいな?」
いいか。じゃなくて、いいな。命令形なのね。
賢者様ゆかりの施設巡りに来たアンゼリカの客人、と言い張ることは可能だ。だが、ここに長居すればするだけ、ヨコシマー’sに妙な疑いを持たれるに違いない。
渋るアンゼリカさんを二人掛かりで説き伏せ、わたしは離宮に戻ることを認めさせた。
ステラさんに抱えられるようにして厩舎から出てきたわたしを見て、見張りの兵士さん達がぎょっとしていた。
そして。
「ナーナシロナさんは、レオーネとも賢狼様とも仲が良かったもの。中で、号泣していらしたのよ」
というステラさんの嘘八百に、ころっとだまされてくれた。
いい人達だ。
わたしの体調が良くなってから、もう一度、今後の対応策を話し合うことになった。
日が暮れる頃、離宮にやってきたレンは、ベッドに寝かされたわたしを見て、大いに慌てふためいた。
「水を汲んでくればいいのか? そうだ、滋養のある食事って、今から間に合うだろうか。熱は出てないか? 体を拭いた方がいいんじゃないのか?」
部屋の中、というかベッドの周りをぐるぐると歩き回る。でもって、しょっちゅう転ぶ。
「レオーネ。少しは落ち着け。侍女達が困ってるじゃないか」
「あうっ」
マイトさんのチョップを受けて、漸く止まった。
「ボクが街から出る前にさ、ボクの料理を食べてたんだよ。あの場所で。行ってみたら、ちょっと泣けて・・・」
唾を目尻にちょいちょいと。
「ロナ・・・」
つられて目を潤ませたレンが、抱きついてきた。
ちょろい。
「ロナが大泣きするなんて、意外だったな」
「とーちゃんには、お土産なし」
「あ? あ、あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ! 悪かった。ごめん。さっきのは無しで! な?」
デリカシーのない男に、容赦は不要。
「姫様。ナーナシロナ様は、旅のお疲れもあるご様子。ゆっくりと休ませて差し上げてください」
「でも、でもでも」
「と、妃殿下が申されておりました」
がっちん。
そうか。ハナ達が居ない今、ステラさんが最後の砦なんだ。・・・どこまで効果があるか疑問だけど。
「一晩寝れば、大丈夫。だと思う。だから」
「う、うん。きっと、だぞ?」
「明日の朝ご飯の時にね」
「うん! わかった」
ちょろい。
「とーちゃん。後はよろしく」
「だから。とーちゃんいうな」
なに。数年経たないうちに、紛れもなくとーちゃんになる。
だから、問題ない。ないったらない。
「わたしは隣室に控えております。御用の際は、いつでもお呼びください」
丁寧に、丁寧に挨拶するメイドさん。
「ただの風来坊なんだけどな」
「妃殿下より、ナーナシロナ様御滞在の際、専属の世話係として任命されました。何なりとお申し付けください」
「専属って、何・・・」
「ささ。今夜はごゆるりとお休みくださいませ。それでは、失礼いたします」
「あの、ちょっと? ねえ」
言うだけ言うと、メイドさんは、見事な所作でするりと退席していった。
・・・うん。ステラさんには、盛大に文句を言おう。ハナ達の件では、ものすごく世話になったけど、それはそれ、これはこれ。
階下では、まだレンとマイトさんが騒いでいる。お付きの人達は、さぞや苦労しているだろう。
それはさておき。
この体調不良の原因は?
間違いなく、ハナ達に一気に魔力を食われた所為だろう。二年前に、料理と一緒に魔力も食べてた筈なのに・・・。結界に使った? そもそも、あそこで引きこもりしていた理由は、なんだったのか。
まあ。いいか。
このくらい、てん杉酒を樽飲みすれば一気に回復する。無理をしなければ、瓶一本でも保つだろう。
揃って姿を変えた相棒達。
彼らの目には、放置されたことへの恨みも悲しみもなかった。
ただ、ただ、喜んでいた。これなら、一緒に居られる。これからは、ずっと、傍に居ることが出来る。
目立ちたくないと連呼していたのを覚えていた所為なのか。別の意味で目立ってしまっているけど、少なくとも、「賢者の従魔」とは似ても似つかない。
彼らなりの結論なのだ。
覚悟して、受け止めるしかない。
しかし、文句を言えるのなら、一つだけ。
いきなり、がっつかなくてもいいじゃないか!
ひょっ
「・・・三葉。どしたの?」
かきかきかき・・・
「なになに。変身。いっぱい。当然」
つまり、何か? 変化する為の魔力が不足していた分を、ぶんどった。と。
当然というのは、大量の魔力のことなのか。それとも、相棒達をほったらかしにしていたわたしの自業自得ということなのか。
まぁる
・・・あ、そう。
がくっ
つんつん
「今度は何?」
四葉。
「あ」
「森の子馬亭」にはいなかった。残るは、工房。で、スタジオミュージシャンやってるとか。
・・・そか。
速攻で、逃げられないのか。
がくっ
日の出前、メイドさんが様子を見に来る前に、てん杉の種酒とかてん杉果実の蜂蜜漬けとか、食べられるだけ食べて、体調を回復させる。
ふふふ。工房での大食訓練の成果だ。
これで、軽い朝食ならなんとかいける。
という考えは、甘かった。とことん、甘かった。甘く見すぎていた。
「・・・レン、とーちゃん」
「俺は止めろって言ったぞ。言ったからな」
「でも、昨日のうちに色々と買い込んできたのは、マイトじゃないか」
「申し訳ありません。誠に申し訳ありません!」
くだらない言い争いをしている二人と、半泣きになって謝っている侍従さん達。
朝食は、なかった。料理番が作ろうとしたら、レンが止めたそうだ。
「あのさぁ。ボク、昨日、具合が悪くて、夕ご飯も食べられなかったんだよ?」
「だから、朝はロナが食べ易いものがいいと思って」
「病み上がりの人に料理を作らせる人がどこに居る?!」
「ここにいるぜ」
うん。とーちゃん。目の前に、いるね。
「急ぎお作りいたします。今暫くお待ちください」
いいや。レンの暴走を止められなかった一同、責任を取ってもらおう。
「ボクが作る。手伝ってくれる?」
「ロナ♪」
ふ、ふふふ。食い物の恨みは、恐ろしいんだぞ。
料理人さんとメイドさんをアシスタントに、短時間で消化の良い朝ご飯を作った。
細切れ肉と野菜たっぷりのスープ。薄切り肉のショウガ焼きもどき。パンは、王宮の厨房から届いた焼きたてほやほや。デザート代わりのフレッシュジュースも付けた。
「おいひい! おいひいよ、ほれ」
「食べてから、喋る。でないと、お替わり無し」
「ゴメンナサイ」
「うんわぁ。どんな料理方法なんだ? 肉が、口の中でとろけるぞ」
「我々がいただいてもよろしかったのでしょうか」
「作り過ぎちゃったからね」
本当は、全員がたらふく食べられるよう、分量をわざと間違えた。
相棒達は、わたしの影の中で完璧にだらけている気配がする。この調子だと、暫くは出てこないだろう。だから、その気になった時に、また狩をすればいい。
「はぁ〜、食った食った♪」
「ロナの料理の中でも一番美味しかった!」
「そうだろうね」
「・・・ん? ロナ。どういう意味なんだ?」
マイトさん。今更気が付いても、もう遅いんだよ。
「グロエオモナ、って聞いたことある?」
「あるある! すっごく美味しい魔獣だって♪」
そうかそうか。知っててよかった。
「代々の料理長の記録の中にあったような・・・」
「ナーナシロナ様。その、まさ、か・・・」
料理人さんと侍従さん達が、食後にも関わらず顔色を変えた。
「はーい♪ 持っていたお肉、全部、使いましたー♪」
「え?」
「全部、全部って、ええええぇえ〜〜〜〜っ!」
「嘘、ですよね? グロエオモナだなんて、冗談ですよね? ね? ・・・嘘だと言ってください嘘でもいいですから!」
土気色した料理人さんの目を見て、にっこりと笑いかけるわたし。ふふふ、追撃は、これからだ。
「ちなみに。王様達は、一口も食べてません! 持ってた事は白状したけど!!」
「な、な、な!」
「だって。レンが食べたいって言うから」
「だからって、そんな貴重な食材を全部、全部ぅうぅ?!」
マイトさんは、椅子から勢いよく立ち上がり、そして、尻餅をついた。
「滅多に食べられないんだってね〜。どう? 気に入ってくれた?」
侍従さん達は、頭を抱えてうずくまる、しゃがみ込んで床に字を書く、壁に頭を打ち付ける、などなと、バラエティに富んだ反応を示している。
はっはっはっ。○げるほど悩むがいい!
ただ一人、メイドさんだけが、平然としていた。彼女は、頑として食べようとせず、給仕に徹していたからだ。ちっ。
「姫様。よろしゅうございましたね。念願かなって」
「一人だけ、一人だけずるいぞ!」
料理人さんがメイドさんに食って掛かった。
「あなた方、危機管理がなっていないからです。そもそも、いくらお客様に勧められたからと言って、相席までするなど図々しいにもほどがあります。せめて、皆様が食事を済まされた後で一口頂けば十分でしょう?」
直撃を受けた料理人さんだけでなく、聞いていた侍従さん達も、一人残らず撃沈された。酸欠の金魚もかくやという有様だ。
「厳しいねぇ」
「使用人としての当然の心得でございます」
褒められたと思ったのか、丁寧に一礼するメイドさん。こりゃ、手強い。
「お客様。本日のご予定は、お決まりでしょうか?」
「森の子馬亭」に残してきた術具の説明が終われば、用はない。
後は、四葉さんを回収して、工房の魔道具も取り上げて。
そうだ。
「王妃様に、昨日、お手数を掛けたお詫びがしたい」
「畏まりました。ご都合を伺って参ります」
「待て、ロナ。やらないよな。な?」
慌てるマイトさん。
だがしかし。今のわたしに、手加減の文字はない。
「なんのことかな?」
「わたし達が、その、食べてしまったことをだ、な?」
語尾が一緒。ああもう、いい夫婦だ。このっ。
「その件でしたら、わたしがご報告いたしましょう」
「それは困る! 困るったら困る!」
「待て、待ってくれ。頼む!」
メイドさんは、見て見ぬ振り。
「後片付けの手伝いぐらいはいいよね?」
わたしも、綺麗さっぱり無視した。
「彼らは食べ過ぎで動けないようです。お手を煩わせる訳には」
と、言いつつ目が笑っている。
にやり。
結構、いや、かなりいい性格をしている。さっきの素っ気ない態度は、わざとだったのか。
「軽く動いてみて、体調を確認したいんだ。無理はしないよ」
「では、お願いします」
「お願いされました」
何かにショックを受けて動けない男達を尻目に、スタスタと食堂から出て行くメイドさん。
彼女と一緒に、レンで遊ぶのも悪くはない。
あげて、落とす。これ、基本。




