残された者たち
練兵場には、国王夫妻と宰相とペルラとアンゼリカが集まった。そして、帰還したウォーゼン達を吊るし上げた。
だが、彼らがどれだけ唾を飛ばして文句を言っても、ななしろは帰ってこない。こられる筈もない。
グリフォンは、[魔天]を含む天領の魔獣の中でも、一、二を争う凶暴種だ。人一人で討伐できるとしたら、それは、ななしろぐらいのものだろう。
その彼女が、ろくな抵抗もせずに攫われた。何か理由があるのかないのか、今となっては確かめる事も出来ない。
なにしろ、追いかけたくても、グリフォンは速すぎる。
ななしろが攫われた直後に追跡を開始したとしても、馬では追いつけない。森や沼を軽々と飛び越える相手なのだから。サイクロプスでも無理だろう。彼らに長距離を延々と走り続けられる能力はない。
ウォーゼンが見送った方角から、おそらくは[南天]に向かったと思われる。かといって、今からななしろの手伝いに行こうにも、南天領のグリフォンの生息域の情報など、ローデンの住人が知る由もない。
しかし、[南天]に近い都市に問い合わせたところで、その理由を聞かれて答えられるだろうか。
そもそも、正確な場所が判らない。彼女は明言を避けていたし、グリフォンが人に理解できるように道順を説明できたとも思えない。
結局。ウォーゼンは、洗いざらい白状せざるを得なかった。もともと、口の立つ性格ではないのだ。
「これでまた、ロナ殿が帰ってきたら盛大に叱られるのだろうな」
約束のほとんどをしょっぱなから破る羽目になったウォーゼンは、うつろな目をして他人事の様につぶやいた。
「え、ええ。腕に寄りを掛けて防護壁を作ります」
逃げる隙を与えられないまま、ぼこぼこにされたメヴィザは、顔も含めた全身が痣だらけになっていた。
周囲の怒りっぷりに怯えたクロウは、メヴィザを庇うと思いきや、尾の毛を毟り始めている。少しでも多くの貢ぎ物を蓄えるつもりなのだろうか。
サイクロプスの様子に気が付いた一同は、ようやく怒りを収めた。気を削がれた、とも言う。
ウォーゼンが持ち帰ってきたものは、情報だけではなかった。
「あの場所に放置するわけにはいかなかったのだ」
マジックバッグから取り出した毛皮の塊は、巨大な鎚の形をしていた。隙間から青黒い表面が見える。
ダグが小砦を建てる切っ掛けとなった弓と同素材なのだろう。クロウは、決して近付こうとはしなかった。
「ダグの二の舞は、ごめんです」
今回の現場は、ローデン近郊だ。他国がしゃしゃり出てくる余地はない。
だが、それだけ人目に触れやすい場所でもある。ハンターが行き交うのみならず、騎士団の演習も行われる事がある。
メヴィザの土魔術で埋める案も出たが、ななしろが帰って来た時に見つけ出せる自信が、ない。
ならば、なんとしても持ち帰るしかない。ここには、運良く彼女が狩った鹿や猪の毛皮が残っていた。
二人掛かりで四苦八苦し、ウォーゼンが持って来ていたマジックバッグに押し込むことには成功した。
作業中、柄を包むだけでは電撃を防ぎきれず、何度も気絶する羽目にあった。しかも、ウォーゼンの髪型は、またしてもおかしな形になってしまっている。
それもまた、ウォーゼンの足取りを重くしていた原因の一つであった。
「でも、ななちゃん。どうして、逃げなかったのかしら」
「そうですわね。ナーナシロナ様の実力であれば、グリフォンを取り押さえるのも容易いかと」
アンゼリカとペルラの疑問に、ウォーゼンが答えた。
「俺の想像だが、その、東門を出る時、発作を起こしそうだと言っていた。力加減が出来ないが故に、抵抗もしなかった、のだと思う」
英雄症候群の、発作。
彼女には、華々しい「実績」がある。
もし、本気で抗っていたら。
「「「・・・」」」
側に居たウォーゼン達は、ひとたまりもなかっただろう。
王宮組は、小砦崩壊現場に居合わせてはいなかった。にも拘らず、ウォーゼンの推測を聞くや否や、揃って血の気が引いた。
「ななちゃんらしいわね」
深々とため息をつくアンゼリカ。
「どうやら、遠方からの帰還途中で知り合ったらしい。彼、は、人語も理解していたし、危害を加えるそぶりはなかった」
言葉遣いは、どうにも馴染めそうにはなかったが。
「遠方とは?」
この場でただ一人、ななしろの前身を知らないメヴィザが疑問を口にする。
「メヴィザ、詳しくは訊いてくれるな。俺達もよくは知らないのだ」
「知りたかったら、ななちゃなんに直接聞いてね?」
「了解しました何も聞きませんし聞いていませんからわたしは」
・・・なるほど。下手に誤摩化すよりも強力な抑止力。
クロウは、メヴィザの結論を聞くよりも早く、土煙を上げる勢いで、寝床に突進、もとい退却していった。毛屑の山を残して。
「あらあら。あれなら、ななちゃんを乗せて逃げられたかもしれないわね」
「クロウが気絶していなかったら、な」
「クロウさんは悪くないですわたしも気絶してましたから悪くないです!」
「魔術師団員の訓練量を増やすべきでしょうか」
メヴィザを見つめるペルラの目が据わっている。
「ペルラ殿。グリフォンの悲鳴、もとい泣き言、いや絶叫を間近で浴びたのだ。先ほどもそう言ったではないか」
「緊急事態に対処できないようでは王宮魔術師団員とは名乗れません。名乗らせませんわ」
「ペルラさん。そんなことが出来るのはナーナシロナ様ぐらいですわ」
「そ、そそそそうそう。元王宮魔術師団長のペルラ殿でも出来ない事はいろいろと、ほら、いろいろとありますし」
国王夫妻のフォローは、誇り高き魔術師には届かなかった。
「いいえ。最近弛みがちだとも聞き及んでおりますの。わたくしの監督不行き届きですわ。いい機会ですから、教育的指導をこれでもかと施して参ります」
「ペルラ殿は、女官長職も師団長も退役されておられますぞ。越権行為というものでは」
宰相も助っ人に入った。
魔術師団員は、高給取り故に応募者は多い。しかし、要求される技能のみならず、機密保持やなにやらで、魔術師団の採用基準は騎士団以上に高い。
狭き門をくぐり抜けられたとしても、安穏としてはいられない。採用後は、本人の資質を鑑みて訓練を行い、主に他の部署のサポート要員として働くが、多方面で活用できる人材となれば更に限られている。
魔術師団員に課せられた責務は多岐に渡る。自らの魔術の研鑽は当然で、魔術師団としての訓練、派遣先の業務、専門外の緊急任務、などもある。
例えば、メヴィザだ。街道の大規模補修工事に盗賊討伐への参加、各種護衛任務、エトセトラ・・・。
ちなみに、業績が下がれば、魔術師団から放逐はされなくても給与は下がる。結果、安月給でこき使われる羽目に陥る。
そこにペルラの訓練が加われば、下手をすればローデンから失踪してしまう者も現れる、かもしれない。
これ以上、現役団員を減らされるのは困る。非常に、困る。
「いえいえいえ。前任者としての責任を取らせていただきとうございますですのよ」
「そう言われると、反対し辛いわねぇ」
「アンゼリカ殿?! メヴィザに八つ当たりしてもロナ殿は帰ってこないのであって」
「「行かせてしまった貴方達が悪い」」
「だから帰るの嫌だったんですっ」
「そう言う訳には、うおっ」
ちゅどーん!
・・・男達の夜明けは、まだまだ遠かった。
待ちに待ったななしろが、ローデンに姿を現した。
二年。
早かったと言うべきか、漸くと言うべきか。
何をするにしても、彼女の事情が判らなければ適切な対応も出来ない。にも拘らず、予定は、大幅に狂った。
「嫌だ!」
「レオーネ。いい加減にしなさい」
「嫌だったら嫌だ!」
王妃の叱責も何のその。レオーネが、東門で確保したななしろを未だに手放そうとしなかったからだ。
王宮首脳部その他諸々の間では、ななしろ帰還後の対応手順を組み立てていた。外部への情報統制や警護、連絡事項の優先順位など、やることは盛りだくさん。時間はいくらあっても足りないというのに。
「ひっく。工房で、ペルラの手伝い、頑張っている、と聞いてたから、二人の、ひっく、邪魔をしては悪いと、我慢、ひっく、してたんだ。それなのに、会えないまま、また、ひっく、にねんも、にねんも〜〜〜〜〜〜っ」
常日頃、騎士団員として恥ずかしくない様にと、真面目に筋力トレーニングに励んでいた甲斐があった。と、日頃の訓練に感謝するレオーネ。
誰にも渡すまいと、あらん限りの力で抱きしめる。
「予定」に、レオーネというファクターを練り込み損ねていた。と、歯噛みしても後の祭り。
その、肝心のななしろは、というと。
半分気絶していた。
レオーネの立派すぎる胸に顔が埋まって、まともに息が出来ないらしい。
とりあえず、離宮の客室に収まってはくれたものの、レオーネには聞かせられない話もある。なんとか、取り返したい。
ぴょこ
ななしろに取り付いていた蛇が、おもむろに柄の付いた板を掲げる。
そして、文字を書いた。
「はい?」
「主、やすむ。はなす、つぎ」
はなす。とは、放す、だろうか。それとも、話す、だろうか。ぎこちない文字は、どちらにも解釈できる。
「そうですね。レオーネは、明日も騎士団の任務があるでしょう?」
判らない部分は、スルーするに限る。
「騎士団は休むっ! 休むったら休む!」
判っているのかいないのか、レオーネは更に強く抱きしめ、もとい胸元に押し付けてしまっている。
・・・ななしろの指先は痙攣していないか?
べしべしっ
板でレオーネの頭を遠慮なくぶっ叩く蛇。
「な、なにを」
「ねる。いっしょ。あさ」
・・・・・・?
「おきる。しごと。おわる。はなす」
・・・・・・。
母娘で、どういう意味なのか、暫し考える。
「朝までは、ロナといっしょに寝てもいい」
「明日、仕事が終わったら、レオーネと話をする。ということでしょうか」
ぴこん!
尾の先で丸印を示した。
「その、もし、明日起きてもロナを離さなかったら?」
別の蛇の尾が、レオーネの首に巻き付く。そして。
ばこばこばこばこっ
しつこくしつこく叩かれた。
「レオーネ。その辺で、妥協しとけよ」
「う、う〜〜〜〜〜っ」
マイトの台詞にも、素直に頷かない。頷けない。
「本当に首を絞められても、助けられないからな」
レオーネは、蛇達の「腕力」をその目で見たことがある。ズボンをはいているとは言え、逆さ吊りは遠慮したい。首締めは、言うに及ばず。
ほんの少しだけ、手を緩める事にした。
「マイト。ふんぞり返って言わないでくれ」
「俺は、これ以上妙な呼び方をされたくない」
マイトとて、数年振りに再会できたことは嬉しい。だが、またも「とーちゃん」呼ばわりされるとは思ってもいなかった。予期していなかった分、ダメージも大きい。
「街の中では、また攫われたりしないよう、厳重な警備を付けます。そうすれば、ローデンに滞在している間は、必ず会えます」
世間的には、ななしろは、通りすがりの隊商の懇願に負けて半ば誘拐されたも同然に出かけていった、ということにしている。
尤も、工房に出入りしていた人達は、誰一人として信じていない。レオーネもだ。
「わたしが護衛する!」
「今日は、たまたま勤務時間が終わっていたからいいけど、明日からの勤務予定はもう決まっているでしょう?
そんな身勝手なことをしたと知ったら、ナーナシロナ、さんは、なんて言うかしらね」
ぎくっ
「書き取りとか書き取りとか?」
にやつきながら、マイトが止めを刺す。
「賢狼様はもういないから、ロナが隠れたら見つけられない。かもしれない」
そう。彼らは、もう居ない。もう会えない。ロナも、いつそうなるのか・・・。
思わず、腕に力が入る。
「だからこそ、いつも通りに任務を勤めていると、ナーナシロナ、さんに知ってもらって。それから、話が出来るように約束した方がいいと思うわ」
「・・・わかった。母上。明日の夜は、わたしとロナで話をさせて欲しい」
「ナーナシロナ、さんにも、お願いしておくのよ?」
「・・・・・・。わかった」
ロナに拒否された場合のフォローは何も考えていない。なるようになれだ。
「マイトさんは、隣で休んでください」
「あ〜、妃殿下? 俺は下の控え室で十分ですって」
身分も職位もそう高くないマイトには、離宮の客室など、場違いすぎて休むに休めない。
「何言ってるの。そこからだと、レオーネが何かしでかした時、直に対処できないじゃないの」
「それはそうなんですが」
「母上! どういう意味ですか?!」
「それはそうと。ナーナシロナ、さんをそろそろ放してさしあげないと。天に還ってしまうわよ?」
「あ」
ちょっと、顔色がやばいかもしれない。
慌てて引き剥がし、何故か人工呼吸を始めるレオーネを、今度こそ力づくでも止める王妃。
これでロナが男性だったら、いろいろ役得〜、とか思うんだろうけどな。と、内心でつぶやくマイトだった。
「うおーい。朝飯だぞ〜」
軽くノックして部屋に入れば、土下座しているレオーネと、彼女に背を向けて壁につぶやくななしろがいた。
「死ぬかと思った。本当に死ぬかと思った」
「済まない。ほんっとうにすまなかった!」
レオーネは、ななしろを抱き枕にして寝ているうちに、またホールドしてしまったらしい。
今度は、気絶する前に離脱できたようだが。
「朝っぱらから、なにしてるんだ? 飯だって」
「んあ? ああ、とーちゃん。おはよう」
「とーちゃん言うな!」
「わたしには、挨拶もないのか?!」
「その胸が悪い」
ぶはっ!
「笑い事じゃない。これって、凶器だよね。そんなもん、ぶら下げて出歩くなんて危ないじゃないか。ちゃんと取り締まってよ」
「きょ、きょうき・・・」
ななしろの感想を聞いてショックを受けるレオーネ。
「どの辺がどんくらい凶悪なのか教えてくれよ」
一方のマイトは、にやつきが止まらない。
「自分で試せば?」
「ロナ!」
「とーちゃんがこの格好のレンを見て動じないってことは。・・・いつ結婚したの?」
げふっ
ゴホゴホッ
「あ。な、なんで判った?!」
「ばか! そんな返事をしたら」
確かに、寝乱れたレオーネは、土下座姿勢でも、その体つきと相まって壮絶に色っぽい。
だからと言って、そこまで話を飛躍させられるものなのか?
「そっかぁ。結婚祝いには間に合わなかったかぁ。子供は? 出産祝いなら、まだ間に合うよね」
「ろ、ろな。その話は、また後で」
慌てふためくマイトに、小首をかしげるななしろ。
「じゃあ、朝食の時にしよう。ボクは、顔を洗いたい。そうだ、レン。そのコート、ちゃんと返してね」
どうやら、二度目の拘束から逃げ出す時、身代わりになったものらしい。
「え? もう少し話を、ロナあっ!」
「ああもう。髪の毛も、ぐしゃぐしゃ。どうしてくれるんだよ、もう」
追いかけようとしてベッドから転げ落ちたレオーネは、ななしろに、さくっと無視された。
一瞬レオーネに気を取られたマイトも、やはり引き止めるタイミングを失した。
尚も引き止めようとした手は、閉じられた扉によって空を切る。
「・・・どうするよ。おい」
我に帰ったマイトは、ななしろに弄られネタを提供してしまったと頭を抱えた。なにが飛び出してくるか、全く予想がつかないのがななしろだ。
「せっかく、驚かせようと思ってたのに」
ななしろの小さな外套を弄ぶレオーネは、至極残念そうだった。
「そっちかよ!」
「遅いよ。二人とも」
「誰の所為だ、誰の」
「ロナの外套はいい匂いがするんだ♪」
・・・聞かなかったことにしよう。
「レンの着替えにとーちゃんが手を出して、手間取ってたんじゃないの?」
「するか!」
「なんだ。してないのか。つまんない」
「いや。つまるつまらないじゃなくて」
真っ赤になるマイトさん。
「もっとこう、普通に話をするつもりだったのに」
レンは、ちょっぴり気落ちしているように見える。
「それはそうと。久しぶり。元気そうだね」
「ようやく、だけどな」
マイトさんの台詞に、更に落ち込むレン。
「なに? つわりが酷かったとか」
「その手の話から離れろ! 賢狼様だよ。急に具合が悪くなったとかで」
マイトさんは、出来るだけ軽く話を流すつもりだったようだが。
「ロナも、色々と世話になっただろう? わたしは、本当に彼らが好きだったんだ。なのに、なのにお見送りすることもできなかった」
あ〜。子供の頃から、世話になっていたし。死に別れれば、ショックも大きいか。
レンは、さっきとは別の意味で、わたしの上着に顔を埋めてしまった。
「ギルド顧問と、えーと宿屋の女将の」
「アンゼリカ殿だ。最後まで看病に尽くしてくださった。お見舞いしたかった。だけど、具合が悪くなる一方だからって・・・」
「レオーネには、苦しんでいる姿を見せたくなかった。と、王妃様がおっしゃっていたんだよ。女将さんもそう言ってただろう?」
「だからって!」
しまったな。泣かせるつもりはなかったのに。
ん?
「ねえ。とーちゃんと結婚したのはいつ?」
「なっ。なんだよ。唐突に」
狼狽える様子が、いかにもあやしい。
「ねえ。教えてくれる?」
給仕していたメイドさんに聞いてみた。
「あ! おま! ちょっつ」
「一年半ほど前でございます」
彼女の目は、三日月型になっている。間違いなく、面白がっているな。よし、いける。
「つーまーりー?」
「そういう成り行きでございましょう。そして、陛下も妃殿下も全く反対なさいませんでした」
「ふむふむ。ローデン王家の伝統かな?」
「それはどうでしょう? わたくしには判りかねます」
いやぁ。乗りのいいメイドさんだ。他の貴族だったら無礼者! とか怒鳴りそうだけど、わたしは許す。おおいに結構。
「街の人達は、レンの結婚が決まった時、反対しなかったの?」
そんな男にはやれん! とか。
「盛大に応援いたしました。それはもう、盛大に」
「なーるーほーどー」
むしろ、いい人がいたらさっさとくっ付いてしまえ! な雰囲気だったと。
「「ロナっ!」」
方や照れまくり。方や焦りまくり。でもタイミングはバッチリ。いいコンビだ。
「ヘンメル様の婚活も大変そうだね」
彼もそろそろ適齢期の筈だ。両親や姉がこれでは、周囲はさぞややきもきしている事だろう。
「同僚に聞いてみましょう」
婚約者不在なのか、それとも「貴女は弟にはふさわしくない」とかやっちゃってるのか。ぬふふ。
「わかった、悪かった。わたしが悪かったから」
「何が?」
「その話は止めてくれ。ここでお終い。な? 頼むっ」
レンの涙は、とうの昔に蒸発している。この、リア充め。
「いいじゃん。みーーーーんな、知ってるみたいだし」
おそらくは、わたしの行方不明とハナ達の突然死で動揺しまくったレンをなにかと慰めているうちに、いい仲になっちゃった。と。
全く持って、親と同じパターンを踏んでいる。
やはり、結婚祝いも出そう。
「ご歓談中、失礼いたします。ナーナシロナ様におかれましては、ご同行くださいますようお願いに上がりました」
朝食を頂きつつレンをからかっていたら、かっちんこっちんに緊張しまくった侍従さんがやってきた。
来るとは思ってたけど。あ〜、気が重い。
「え? もうそんな時間か? まだ、ろくに話もしていないのに」
レンの、けしからん胸部装甲が悪い。
夕方までに王様の用件が終わっていたら続きを話そう、と宥め賺し、レンとマイトさんを離宮から追い出した。
そして、わたしも歩き出す。
そうそう、上着はレンから取り返した。ないと困る。
「よろしければ、お預かりして洗濯いたしましょうか?」
傍目にはすり切れかけたコートだけど、大事なお姫様が触るかもしれないものだから、出来れば清潔にしておきたいのだろう。
それに、王様に会うのにふさわしい衣装、とも言えない。かなり雑な作りだからだ。
それでも、この二年間、愛用しているので、手放し難い。
ワイバーンの悪役セットはここ一番の時に取っておきたいし、今の気分でもない。
かといって、これ以外の上着は、一着しかない。他は、全部、あのぬちゃぬちゃにやられた。
織り貯めた布はある。だが、物はあっても、[南天]では縫っている暇がなかった。
あの、ぬちゃぬちゃの所為で。
いや。なにもかも、不甲斐ないトリ頭の所為だ。
「も、申し訳ありません! なにか気に障るようなことでも」
気が付けば、侍従さんが一歩離れている。
「ごめん。ちょっと思い出し怒りを」
「左様で、ございましたか・・・」
侍従さんは、更に一歩下がった。
・・・おーい。案内人が後ろにいたら、道先がわからないじゃないか。
だから。王女さま、話を混ぜっ返さないで。




