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とある商人のつぶやき

やや、増量。三人称は難しい。

「ねえ。すれ違う隊商が、どこも気落ちしてるように見えるんだけど。揃って大損したとかなのかな」


 その荷馬車は、小型にもかかわらず珍しく屋根が付いていた。近隣の開拓村を巡って雑貨を売り買いしている商人は、屋根の上の客人の質問に呆れた。


「どこの田舎から出てきたんだ? 賢馬様も賢狼様も金虎様も! 皆んな! 亡くなられたんだぞ。一縷の望みが絶たれて、俺達が悲しんでいてもおかしくはないってーのっ!」


「へぇ。・・・え? 亡くなったの?」


「そう言っただろうが。街道の守護者! 聖者様のお陰で、どれだけの商人が助けられたことか!」


 熱く語る商人から延々と聖者を讃える逸話が出てきそうだったが、子供はあわてて遮る。


「そう。そうだよね。んでもさ。その人、もう三十年も前に行方不明になってるよね」


「そうともさ。あんときは親父達がどれだけ嘆き悲しんだことか。おめえみたいなちびっ子は知らないだろうけどな。もちろん俺もだ。一度でいいから、一目お会いしたかった! 会って、直接感謝を伝えたかった。

 そうそう。一つ訂正するぞ。あの事件は、三十七年前だ。ようく覚えとけ!」


 更に力説する商人に、首をすくめた。


「わかった。覚えとく。で、話を戻すけど、賢馬様達が亡くなったのとおじさん達ががっくりしてるのと、どんな関係があるのさ」


「ぶあっかもーん! 小僧、何聞いてたんだ? 従魔ってのは主が死ねば死んじまうんだ。今まで、今までは、あの方達が健在だったから、きっとどこかで生きていらっしゃる。そう信じていた。そのはずだった。それが! 亡くなられたんだぞ。おい! これが嘆かずにいられるか!」


「あ。うん。ごめん」


 うおーいおいおい。


 商人は、かなりの泣き上戸だったらしい。しかし、それとなしに会話を聞いていた護衛の傭兵達も涙ぐんでいたりする。


 ひゅん。


 ひゅひゅん。


 ぎゃっ。いてぇっ。げふっ。


「・・・坊主。今、なにをした?」


 傍らの薮の中から複数の悲鳴が上がった。確かに、聞こえた。だが、隊商のメンバーは誰も欠けていない。と、言う事は。


 傭兵達が周囲を警戒する。


「追い剥ぎだよ。居場所が判っちゃったんだから、もう襲ってこないと思う。あ、仕事を横取りしちゃった?」


 見通しの悪い物陰から奇襲するような輩は、相手が動揺している隙を狙う。しかも、ここは、警戒態勢を取っている隊商を襲えるほどの人数が隠れられる場所ではない。

 子供の言う通り、追撃はないだろう。


「いや。助かった。んだけどな」


 村を出て、街道に合流した直後、一人で歩く子供がいた。ローデンまで徒歩で向かうというので、見かねた商人が隊商の見張り役と引き換えに同行させた。ただの口実だと思っていた。


 だが、彼は、傭兵達の予想を上回る働きをした。


「おい。オヤジさん。この坊主は、・・・駄目だ」


 御者台に突っ伏して号泣している。それに動じず大人しく馬車を引く馬の様子からすると、いつものことらしい。


「どうする? 捕まえてくる?」


 屋根の上の子供は、いつの間にやら、細い縄を手にしていた。この用意の良さは、なんなんだ。


「いや。生け捕りにしても乗せる余裕はないしな。じゃなくて。弓は持ってないよな」


「おもちゃだけどね〜」


 子供がもう片方の手に持っていたのは、見た事のない道具だった。二股の木の枝先が、ひもで結ばれている。確かに、玩具に見えなくもない。


「ここに、こういうのを乗せて、引っ張って、離す。と」


 びしっ


 石畳の脇に転がっている小石が跳ねた。


「へえ。面白いな。しかし、なんか動きがおかしくないか?」


 警護任務を自負する自分達傭兵を差し置いて、不審者の存在を感知し、ピンポイントで攻撃する。

 道具もさることながら、使っている子供自体が普通ではない。


「この紐、伸びたり縮んだりするんだ。あんまり見かけないでしょ」


「つうか。初めて見た」


「伸び縮みする紐とは珍しい。どこで手に入れたんだ? どうだ、高く買うぞ。入手先を教えてくれれば、金貨を上乗せしてやる」


 びょんびょんと紐を引っ張る子供に、商人が食いついた。


「そんなものが売れるのか?」


 流石、商売人。儲け話には鼻が利く。傭兵の疑問にも、動じない。

 だが、子供の答えは、斜め上を行っていた。


「材料費が高く付くと思うよ」


 子供の玩具に使う材料など、村の周辺で手に入れられるものに限られる。高価というのは、子供の発案料の事だろう。案外、いい商人になるかもしれない。


「聞いてみないと判らんだろうが。教えてくれよ。坊主と俺の仲だろ?」


 さっき泣いてた親父が、にたりと笑う。


「どういう仲なのかは知らない。まあ、教えるけど。作り方も」


「随分と気前がいいじゃねえか」


「しつこく食い下がられるのは嫌だもん。一回しか言わないからね。ロックアントの脚の腱を解して、薬品で処理して洗って干して延ばして」


「「「ロックアントぉ?!」」」


 素っ頓狂な声が、きれいに揃った。


「脚の採取って、ギルドで依頼出してたか?」


「買い取りはしてた筈だが。って、そうじゃねえ。お前、どうやって手に入れた?」


 街道を行く隊商の悪夢の代名詞。こんな所で襲われたら、まず助からない。というのに。


「自分で獲った」


 さらっと答える子供。


「薪を拾うのとは訳が違うんだぞ?」


「坊主。冗談も程々にしとけよ?」


 傭兵の一人が、半眼で睨め付ける。


「さっきから坊主坊主って言うけど、これでも二十歳過ぎてるし」


 ぶあっはっはっはっ


「おい、坊主。見栄を張るのもいい加減にってなにするんだ!」


 先ほどの傭兵が怒鳴りつけたら、逆襲された。


「それ。自作。でもって、自分で狩った魔物が材料」


 彼の顔に投げつけられたのは、件の玩具だった。


「これがどうし、・・・」


「ガンツ、どうした?」


 他の傭兵達も集まってきた。


 びしっ


 ぎゃん!


「ちょっとぉ。任務怠慢じゃないの? まだ遠いけどさ、今度は狼が来てたよ?」


「・・・まだ、持ってたのか」


 そこまで言って、手にした玩具を間近で見た傭兵達は絶句した。断言する。これに使われている素材は、今の今まで、一度も見た事はない。木材でない事は判るが、わずかに魔力を感じる。魔獣素材? そんな、ばかな。


「これくらいの大きさだったら、数本取れるよ」


「俺にも見せてくれ」


 ガンツと呼ばれた傭兵は、馬を馬車に寄せて商人に手渡した。


「おいおい、慎重だ、な・・・のも無理はないっておいこれ!」


 アイボリーホワイトの柄を濃紺の縞模様が美しく彩っている。開拓村を専門に回っているからこそ、魔獣素材の目利きが出来なければ商売は出来ない。


「うん。雷を使うオオツノジカの角を削った。それくらいの強度がないと、折れちゃうんだよ」


「勝手に名前をつけるな判らないぞってグロエオモナの角ぉおおお?!」


 あり得ない素材に、商人は目を回した。


 だが、物は、本物だ。・・・本当に?


「そんな貴重なものを玩具に使うなってどこから突っ込めばいいんだこの坊主は!」


 ガンツは、グロエオモナの名を知っていた。


 いつでもどこでもケンカ上等の[魔天]に住む鹿は、やたらめったらぶっ放される雷撃抜きにしても、非常に厄介な魔獣だ。巨大な角のぶちかましをまともに食らえば、全身ずたずたにされると聞く。肉肉しい四肢から繰り出される蹴りも強力すぎる。反撃を恐れる肉食系魔獣は、うかつにちょっかいを出せないらしい。


 自分で狩ったなんて、嘘っぱちに決まっている。


「肉もあるよ♪」


 ちなみに、かの魔獣はこの世のものとも思えぬ美味だという噂が、まことしやかに伝わっている。つまり、伝説の食材、なので、あるが・・・。


「「「「「あるのか?!」」」」」




「肉も角も、今度は俺に売れよ? 高く買い取ってやる」


「ギルドのお姉さん達がいいって言ったらね」


「是非とも説得してくれ」


「自分ですれば?」


「それより、俺達のチームに入らないか? 優遇するぞ」


「飯炊きぐらい自分でやってよ」


「なんで、なんでたかが焼き肉があんなに旨くなるんだーーーっ?!」


「あああ。飯が、旨い飯が終わってしまったぁ」


 カオスな会話を交わす隊商のところに、門兵がやってきた。


「ローデンにようこそ、ってベンノじゃないか。ご無沙汰だな。今回はガンツ達を雇ったのか。だがまあ、これも規則だ。全員の身分証を見せてもらいたい」


 全員が取り出す中、一人ためらう子供。


「どうしたんだ? 仮の身分証でもいいんだぞ」


 開拓村では正規の身分証は発行できない。なので、成人直前の子供が、村長などの裏書きを付けた仮の身分証を持って最寄りの都市にやってくることも珍しくはない。収穫が忙しいなどの理由で、子供だけ寄越すこともある。


「家に帰りたいぃ。けど、確認したいこともあるしぃ。う〜〜〜〜っ」


「具合でも悪いのか? 治療師を呼ぼう」


 薄汚れたフード付きの外套を身にまとった子供が、うずくまり何やら呟いている様子を見て、配属間もない門兵は言葉を重ねる。


 長旅で疲労のあまり体調を崩していたり、手当の必要な怪我人がいたりするので、街門の簡易診療所には治療師が常駐している。

 もし、他人に移る病気だったりしたら、一大事だ。可能性があれば、街に入る前に隔離し、治療師に検査を受けさせる。この判断を下すのも、門兵の役目の一つである。


「いい。いいってば。違うって」


 子供は、渋々立ち上がった。


「身分証がないのなら、調書を取らせてもらわないとならないのだが」


「何やってるんだ。坊主。さっさとしろよ」


 同行していた商人が、目的地についたというのに門を潜ろうとしないので、訝しんだのだ。下手に怪しい人物を門前にまで連れて来たとなれば、こちらにも疑いがかかってしまう。


「おじさん達こそ。さっさといかないと、宿が取れないよ?」


「定宿がある!」


「いつまでも、あるとおもうな、宿と金」


「余計なお世話だ!」


「無駄口叩いてないで、出してくれ。これ以上手間取らせるなら、拘束するぞ?」


 わざとらしいしかめっ面で、提出を促す門兵。このくらいの歳の子供なら、軽く脅せば素直に従うと思ったのだ。


「はぁ。気が、重い」


 小さな掌の上に、ローデンギルド発行の身分証が乗っていた。そこに現れた名前を確認する。


「最初から、見せてくれればいいの、に・・・」


 言葉に詰まった門兵は、いきなり子供の手首をつかみ取り、身分証を凝視した。


「おい。いくらなんでも子供相手に手荒な真似は」


「伝令ーーーーーーっ! 鐘を鳴らせっ。王宮、王宮にも通達をっ!」


 いきなり血相を変えて叫ぶ門兵に、商人達は仰天した。


「わ! ペルラさんの所にいくから! 連絡とか無しで!」


「こんなちっこいのが、こいつは指名手配の重罪人なのか?!」


 商人の質問にも答えず、次々と指示を出す門兵の慌てように、そんな危険人物を連れて来てしまった責任追及されたらどうしようなどと商人達もパニックを起こす。


 やがて、東門に備えられた鐘が、一定のリズムを刻む。


 鐘の音によって、混乱は更に広がった。


「ああああ。スーさん達は、どんな指示を出してたんだ? どうするんだよ、これ」


 未だに手を掴まれたままの子供は、片手で顔を覆い、うめいた。


 自分を確保したままの門兵を門の脇に誘導し、他の門兵に出入りする人達の対応をするのが先だと諭し、少しずつ事態を沈静化させようとする子供。


 しかし。


「通達の人物はどこだ?!」


 女性のよく響く声に、またも門兵達が凍り付いた。


「早い。それに、来るとは思っていたが、本当に来た」


 なぜか、門兵の一人のつぶやきが、周囲の野次馬達にもはっきりと聞こえた。


 しかも。


「げっ! 放せ。放してっ。このままじゃっ」


 子供が、じたばたと暴れ始めた。


「殿下! こちらですぅーーーー」


 声だけでなく、片手を大きく振ってい場所をアピールする門兵。


「呼ぶなぁっ!」


 待機所から沸き出して来た控えの門兵達が、子供の懇願を無視し、手際よく現場から人を遠ざける。


 そして。


「み。見つけた。じゃなくて。帰って来たぁ〜〜〜〜〜〜ああああん!」


「なんでレンが来るんだよっ」


「わたしは騎士団員なんだから当然だろう。それにしても。便りの一つもなくて。あんまりじゃないか。酷いじゃないかっ。心配、ひっく、心配してたのにぃ〜〜〜〜〜っ」


 押しも押されぬ正統派美女は、小さな子供に取りすがり、大声で泣きじゃくっている。


「レオーネ。そういうことは、連れて行ってからにしよう。な」


 同行していた騎士は、彼女の勢いに乗り損ねた。仕方なく、美女の肩に手を置いて移動を促す。


「ひぐーーーっ」


「あ、あれ? とーちゃん?」


「とーちゃんいうな!」


「どうでもいいから、これ、なんとかして!」


「ろなだぁ。ロナの匂い〜〜〜っ!」


「止めろ変態! つうかやめて。みんな見てるってばっ」


 小さな子供を抱え上げ、頬ずりする美女。だか、先ほどの台詞が、感動的なはずの場面を台無しにしている。


「迎えに来ましたっ! ・・・って、あれ?」


 正式な命令を受けたのは、後続の一隊だったらしい。喜劇を呈している街門前の有様を見て困惑している。


「ああもう、ふたりいっしょに抱え上げちまえ!」


 自棄になった騎士は、団員をけしかけた。


「「「「「・・・了解」」」」」


 揃ってため息を吐いた後、よってたかって担ぎ上げる。


「いーやーーーっ。下ろせーっ」


「うぐーーーーっ」


 騎士服を身にまとった美女は、抱き合った、もとい抱きついた子供諸共、王宮の紋が目に眩しい馬車に手荒く押し込まれ、そうして、門から遠ざかる。


 つい、子供の扱いが気になり、まだ門の側に立っていた商人は、一部始終を目の当たりにして増々訳が判らなくなった。


「ぅあの。俺達が罪に問われる事は、ないのか?」


 最後まで子供を確保していた門兵は、商人の台詞に振り返った。


「あ。ああ。それはない。というか、彼女と同行していた経緯を、詳しく聞かせてもらいたい」


「今からか?」


「出来るだけ詳しいことが知りたい、と厳命されているんだ。纏まった時間を取ってもらえないか?」


 なんなんだ。あの子供は。・・・って、彼女?


「に、荷物の受け渡しもある。明日の夕刻でもいいか?」


「構わない。どこに迎えに行けばいい?」


 冗談じゃない。騎士団員が押し寄せて来たりしたら、宿から叩き出されてしまう。


 あの宿は、値段は手頃で料理がうまい。

 しかし、客を選ぶ。というか、騒々しい客は問答無用で放り出す。酔っぱらいだろうがからまれただけだろうが、おかまい無しなのだ。納得できる理由を説明するには、正座、とやらをしなければならない。


 一度で、懲りた。


 傭兵達も商人と共に騎士団官舎に向かうということで、その場は解放してもらえた。もっとも、念の為にと名前と予定している宿を申告させられたが。


「なあ。あの坊主。何者なんだろう」


「明日、教えてもらえる、とは思うが」


「知りたいような、知りたくないような」


「飯の旨いやつに、悪人は居ない!」


「そうじゃネエだろうが」


「あんな美人の知り合いが居るなんて、あいつぁただ者じゃねえ」


「それは関係ないよな」


「つうか、王宮? あんな薄汚れたガキが?」


「いいから。明日だ、明日! 遅れるなよ?」


「あんたもな」


 ひとまず、荷下ろしして休憩するのが先だ。そう言って、商人と傭兵隊長は、一同を解散させた。


 それにしても。


 いつもなら非常に美味に感じる宿の料理を、極当たり前の、普通の味だと思ってしまった。何故だ。坊主に振る舞われた焼き肉を思い浮かべて、頭を振る。疲れていたからだ。到着直後の騒動の所為だ。そうだ。そうに違いない。


 商人も、傭兵達も、全員がそう考えた事を、お互い知る事はなかった。


 翌日。言われた通りに官舎を訪れた一同は、魔術師も同席する尋問室に一人ずつ入れられた。尋問室から出ると、まだ聞き取りの終わっていない者がいる部屋とは別の部屋で待たされる。


「なあ。お前、何を訊かれた?」


「坊主と会った場所とか、話した内容とか、道中であった事とか」


「同じかぁ」


「なんで、個別だったんだろう」


「口ら合わせしないように、だとよ」


「はあ? なんなんだ、それは」


「俺が知るか」


「坊主の正体を訊いたやつは居るか?」


「正体って」


「レオーネ姫のお気に入りだとは教えてもらったぞ」


「あ。あの坊主、姫様と同じ歳だってさ」


「「「「「えーーーーーーっ?!」」」」」


「時間を取らせてしまったな。すまなかった」


 最後の聞き取り調査を受けていた商人を伴って、尋問室に居た騎士がやって来た。


 椅子に座り、香茶を出された一行。この待遇は、どう判断すればいいのか。


「今更ですが、俺達にお咎めは」


 覚悟を決めた商人が、意を決して訊ねる。


「あるわけないだろう? 寧ろ、貴殿らには彼女を確実にローデンに連れて来てくれた礼をしなければならない」


「あ。はあ」


 騎士の台詞に、要領を得ない隊長が曖昧な返事をした。


「それと、彼女の所持品については、口外しないでもらいたい。これは、貴君らの為でもある」


「やっぱり。あのグロエオモナは、どっかからかっぱらって来たものなんですね」


 傭兵の一人がそう言うと、同席していた騎士達は、揃ってものすごく複雑な表情になった。


「俺達も食べたかった、というやっかみもあるのだが」


 いいのかそれで。


「彼女が狩ったものに間違いはない。それは保証する。ただ、な。ああ、ベンノ、だったな。アレを狩るなら、どういった手段を考える?」


 いきなり質問された隊長は、しばし考え込む。


「俺はハンターじゃないから、詳しくは知らない。だが、噂で聞いたアレの能力を知る限りでは、鉄鎖で角を封じ込め、強力な矢か投げ槍で止めを刺す、だろうか。だが、最初の鉄鎖を掛けようとする時点で、危険極まりない。と、思う」


「そこまで判断できるとは、ハンターでもやっていけるのではないか? それはともかく。彼女が言うには、二本の矢を雷を通しやすい紐で繋ぎ、片方を角に絡ませて、もう片方は、・・・」


 言い淀む騎士。


「「「「「?」」」」」


「ケツの穴にブッ刺した、だそうだ」


「「「「「ひいぃっ!」」」」」


 全員が、きゅっとなった。


「アレの毛皮は矢も雷も弾くが、体の中はそうではないらしい。耳ではなく、体の後ろ、を狙うのは、できるだけ全身に雷が通るようにする為で、自らの力で体が麻痺して動けなくなるので、あとは毛皮に傷が付かないように眼窩を狙ってお終い、だと言っていた。それに、証拠の毛皮も見せられた」


「俺は、他の魔獣の食べ残しを拾って来たものだとばかり・・・」


 買取を持ちかけた商人は、すっかり青ざめている。


「彼女の実力は理解してもらえたと思う。あまりにも荒唐無稽である事と、吹聴しても誰も得をしない事から、広めてもらいたくはないのだ」


「あれ? 普通なら、自慢するところだろ?」


「彼女にとっては普通に出来る範疇でも、他人から見れば、羨望ばかりではなく嫉妬や逆恨みの対象になる。そのくせ、目立ちたくないだの隠れたいだの、まったく自覚を持って欲しいと口酸っぱく言っているというのに!」


「副団長。気持ちはよーく判りますがその辺で」


 年配騎士の嗜めに、だだ漏れになっていた愚痴がとまる。


「は? 副騎士団、長?」


「すまない。自己紹介がまだだったな。俺はローデン騎士団副団長のウォーゼンだ。彼女、ナーナシロナ殿とは旧知の仲でもある。かなり長い間、行方不明だったのでな。ロナ殿の事を知る人から直接話が聞きたかった」


 ローデン都市内のみならず、密林街道の治安維持を司る騎士団のトップ。その、直々の聞き取り調査。


 うっかり、坊主のアレやコレヤを漏らしたりしたら、どんな報復が待ち構えているか。想像したくもない。

 すでに、こう、きゅっとなってしまっている。


 商人と傭兵達は、聞き取り調査の謝礼という名の口止め料を受け取り、身内の間でも話題にはしない事を、暗黙のうちに、決めた。


 名前も性別も聞いていない。ないったらない。

 何と、二年後。

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