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人さらい!

 ま、まずい、まずいよ。


 十七年しか経ってないとすれば、賢者を覚えている人は、まだ、たくさん居るはず。迂闊な事を言ったら、面倒事に巻き込まれるのは確実だ。


 それに、聖者って。

 コンスカンタの騒動から後、どんな尾鰭が出回ったんだ?!


 いや、落ち着け!


 賢者とボクは、見た目違うし、口調も違う。術具は持ってない(腕輪に隠した)。黒棒も便利ポーチもない。


 大丈夫。関係者にされる事はない。


 とはいえ。




「詳しい説明は、ローデンに帰還してからにしよう。そろそろ出発しないと、閉門に間に合わなくなる」


 ボクの手をガッチリ握りしめたまま、トングリオさんが指示を出す。


「縄は、あのナイフで切れるんだから問題ないでしょ。ボクは帰る」


「だから待てって!」


 手を振りほどき、立ち去ろうとした。けど、今度はレオーネさんに捕まった。


「もう少し付合ってくれてもいいだろう?」


「ボクは、忙しい」


「そんなはずはない。わたし達にあんなにうまい昼食を振る舞っておいて。今更だろう?」


 ぱたぱた手を振って、ボクの主張を一蹴する。


「そうか。その分も報酬に計上しないと」


「班長。それは私達の俸給から引かれると思う」


「な、なぜ?」


「任務中の食料費で賄うように言い渡されていたからだ。予算範囲外、かつ、配分ミスという事で、減給判定される」


「お、おおぅ」


「班長もミハエルさんも姫さんも、なに、しょっぱい話してるんですか。それよりも、ナーナシロナ君に来てもらわないと、調書取れませんよ?」


 なんでだろう。乗りの軽いマイトさんが一番しっかりしているように見える。


「君? ナーナシロナは女の子だろう?」


「「え?」」


 レオーネさんの指摘に、男達が凍結した。


「そうなのかい?」


「うん」


 さすがに、性別詐称はまずいだろう。たとえ、体型がつるぺたんでも!


「早く帰らないと師匠に怒られる」


「師匠?」


「魔道具職人。素材を採ってくるように言われてる」


「どこの街の職人だ? きちんと理由を話して、こちらからも謝罪するように手配する」


 ミハエルさんじゃなくて、トングリオさんが言うべき台詞だと思うんだけど。


「違うよ? 街じゃない。森の外れに工房を建ててる。で、結界とかですぐには探せないようになってるんだ」


「は?」


「聖者ではないのか?」


「うん? 聖者って女性でしょ? 師匠はおじいさんだよ。ボクは見習い」


 よし。屁理屈は順調に作動している。


「縄は、枯れたトレントから作った。ちゃんと説明したからね? ということで。ばいばい」


「待たんかい!」


 マイトさん、どこの人?


「あ、そうか。これ」


 背負っていたリュックを下ろして、マイトさんに渡した。


「・・・なんだ?」


「盗賊襲撃の証拠の魔獣。ボクの弓矢で穴だらけになっちゃったけど。これなら、荷台が一杯でも御者台に置いて持って帰れるよね?」


「「「は?」」」


「あの声には、聞き覚えがある。サイクロプス、だったんだろう?」


 ミハエルさん、どこでサイクロプスの咆哮を聞いたんだろう。ミハエル、サイクロプス、・・・まさか。


「サイクロプスって、大型魔獣の範疇だよな?」


 リュックを手にしたマイトさんが、頭をひねっている。


「さっきのはアンフィぐらいだった。ちゃんと頭も入れといたよ」


「十分大きいわ!」


 だから、突っ込みはもういいですって。


「ロナ。それは、マジックバッグなのか?」


「ボクの試作品」


「試作?!」


 屁理屈用に用意しておいたのが役に立った。これなら、そのまま譲っても騒ぎにはならないはず。


「それより、ロナって、ボクの事?」


「すまない。名前が言いにくかったものだから」


 レオーネさんが謝ってきた。


 七白ななしろと、ナーナシロナ。なんで、そういう発音になるんだろう。


「あ、そう。別にいいよ。そっちももういいよね?」


「いいわけあるか! アンフィが丸ごと収まるマジックバッグ?! おれ、そんなもの使えませんよ」


 あらら。マイトさんが混乱している。


「大丈夫」


「どういう意味だ?」


「だから、誰でも使える」


「班長! こんな、こんなマジックバッグ、あるんですか?!」


「俺は知らない!」


「うーん。コンスカンタの宮廷魔術師団長が試作したところまでは知っているんだが。うちの王宮の宝物庫にあるのは、使い手を選ぶ物しかなかったはず」


 ミハエルさんが、眉間に深いしわを寄せている。


「え? ないの?」


「「「「 ない! 」」」」


 う、うわお。ここも、誤摩化しの一手だ!


「師匠って、すごい」


「そうなのか?」


「だって、作り方教えてくれたのは師匠だよ?」


 全部、これでごり押しする。押し通す。


「なんでそんな職人が知られてないんだ!」


 トングリオさんが絶叫している。


「師匠。偏屈だもん。自分の作りたい物しか作らない。これは、ボクが採取に行く前に教わった」


「な、なんで?」


 マイトさんが、地面に座り込んでいる。


「見つけた素材は全部持って帰ってこいって」


「お、おう」


「ずいぶんな師匠なんだな」


 うん。自分で設定しておきながら、自分でもそう思う。


「でも、ご飯は食べさせてくれたもん。魔道具の作り方も教えてくれた。ちゃんとやさしい人だよ?」


「なんだか、安い報酬でただ働きさせられているようにしか聞こえないんだが」


「アハハハ。ボク、ご飯作ったり、掃除したり、全部しているもんね。師匠、最近は工房の奥に籠ったきりだし。言われてみればそうかも」


「なら、とっとと独立すればいいだろう?」


 レオーネさんが怒っている。いい人だな。


「師匠には、もっと、たくさん教えてもらいたいんだ。探してる素材も足りないし。だから帰る」


「それは困る!」


「ボクも困る!」


「その素材、とは、なんだ?」


 トングリオさん、唐突ですねぇ。


「えーと」


 無染色の虫糸で織った手ぬぐいを取り出す。手とか顔とかを拭うのに持ってきていた物だ。だから、染色していない。


「綺麗だな」


「手触りもいい」


「これは?」


 他の三人も、代わる代わる手に取って確かめている。


「[魔天]にいる虫の繭から採った糸で織った布。割と最近見つけたんだ。師匠に見せたら、もっとたくさん集めてこいって」


「よし。俺達が採取を手伝えばいい。手伝えるようになるまで、こちらの手伝いもしてもらいたい。どうだ?」


「これ、売れるのかな」


「売れるな」


「売れるね」


「間違いない」


「じゃ、がんばって」


 手触りいいとか言っていたし。街で布を織るために、定期的に採取するようになるはずだ。あちこち探しまわる必要はあるけど。


 よし。虫減らしの人手もゲット! 今日はいい仕事したな。それじゃ、帰るか。


「「「「 おい! 」」」」


「こんな色した繭を作るんだ。探せば見つかるよ〜」


 背中越しに、返事をする。


「そうじゃなくて! いいから、街に来いって。もっと詳しい話を聞かせてくれよ」


「そういうことなら、自分で採るから、手伝い要らない〜」


「ああもう!」


 唐突に、マイトさんがボクを抱き上げた。


「うわわっ。なにするのさ!」


「このまま、ローデンに行こう」


 持ち上げた勢いで、馬の鞍に載せる。すぐさま、マイトさんも飛び乗ってきた。


「おい。マイト!」


「縄の件。盗賊の件。マジックバッグの件。この子の師匠の件! 全部、聞かせてもらいます。途中で護衛班に、搬送に加わるように言っておきますから!」


「待てマイト。私も行く」


「ミハエルさん」


「私が居れば、門での手続きが速く済む」


「職権乱用ですか?」


「身分は、こういう時にこそ使う物だ」


「それ、まずいでしょーっ」


「「何か、言ったか?」」


 マイトさんとミハエルさんのユニゾン。

 身分? それに、さっき「うちの王宮」って言ったし。まさかね? なんかもう、嫌な予感しかしない。


「おい、二人とも。俺一人で、レオーネと馬車の護衛か? 無理だ!」


「班長。馬車にもう一頭つなぎませんか?」


 レオーネさんの提案に、ぽん、と手を打つ。


「その手があるか」


「馬車の護衛はどうするのさ!」


「盗賊は捕縛済みだろう?」


「魔獣を使う一団は、でしょ?! 普通の盗賊はまだ出るかもしれないし。それに、狼とか魔獣とかも出る可能性があるしっ」


「だから、一緒にこう」


「ボクは、行かないーっ」


「照れるなよ」


「照れてないっ」


 マイトさんの前でじたばた暴れるものの、腰をがっちりと抱えられて引きはがせない。こうなったら、思いっきり肘打ちしてやろうか。それにしても、動じない馬だなー。乗り手がこんなに落ち着かないってのに。


「あんまり暴れると、落ちるぞ?」


「おーろーせーっ」


「仲のいい兄弟みたいだな」


「えへへ。そうですか?」


「似てないっ」


 漫才もどきをしているうちに、トングリオさんの馬が馬車に追加されていた。

 御者台に乗ってリュックを預かると、トングリオさんの目が見開いた。


「全く重さを感じない」


 あれ? 質量軽減の魔法陣も入れたっけ。・・・入れてたね。さっき背負ってた時も軽かった。


「これで試作品? とんでもないな」


「はなせっ。帰るっ」


「そこまで嫌がるとは。やっぱり、何か知ってるんじゃないのか?」


「知らないってば!」


 これ以上は、屁理屈のネタがないんだよ。


「では出発!」


「行かないーっ」


「そうだ。ロナ。昼食前に貰ったやつ。もうないか?」


 レオーネさん、たらふく食べたばっかりだってのに。


「それがどうかしたの?」


「あんまり美味しかったから、もう少し食べたくて」


「自分で作れば?」


「作り方を教えてくれ」


「やだっ」


「なら。くれないか?」


「やだっ」


「おれも欲しい」


 マイトさん、あんた・・・。


「たしかに美味しかった」


 トングリオさんまで。


「まあまあ。休憩の時でもいいじゃないか」


 晴れやかに笑うミハエルさん。


 特別班、というよりは、隔離班の間違いじゃないの? 揃いも揃って似た者同士だ。




 途中、前方から駆けてきた巡回班と合流した。トングリオさんが、目に見えて安堵している。


「副団長〜っ」


「任務ご苦労。で?」


 ひと際目立っていた男性が、トングリオさんをねぎらう。なんかもう、面影というか、見覚えのある顔なんだな〜。


「おそらくは、全員捕縛しました。確保した時に、自分達が最後だと。しかし、詳しく取り調べる必要もあるかと連行しております。それで、・・・」


 ボクの方を、ちらりと見る。


「あの子は?」


「「謎の討伐者」と思われる人物です。たまたま、捕縛に協力いただいたので、ご同行願いました」


「暴れているようだが」


「なぁに。照れてるだけですって」


「違うっ。はなせっ。帰してよーっ」


「あのように、マイトのエスコートに感激しているのです」


「どこをどう見たらそう思えるのさ! 手伝ったし、ご飯も食べさせたじゃないか!」


「きちんと対価は払うぞ?」


「要らないっ」


「飯?」


 副団長さんの一言に、特別班の三人が青ざめる。


「トングリオ。どういうことだ?」


「それが、その」


「姫様、いえ、レオーネ見習い班員が、ファコタのごとく、携帯食を喰い散らかしてくれまして。昨日の昼から、ろくに食べてなかったんです」


 しっかり者のマイトさんが、すぱっと暴露した。下手に庇立てしても、いいことはない、と判断したんだろう。

 しかし、昨日から?! 確かに、空腹の限界だ。魔獣が居なくても、盗賊の襲撃に持ちこたえられたかどうか。


「マイト!」


「事実でしょう? この子の助力がなかったら、おれ達、救援も呼べずにやられてましたよ。ねえ、ミハエルさん、そう思いませんか?」


「・・・そのとおりだ」


「お、叔父上まで」


「王宮に戻ったら、レオーネは謹慎だ」


 副団長さんの、ご命令だよ〜。


「・・・。はい」


 マイトさんの手が緩んだ。今のうち!


「あ!」


「おい。待て!」


「ばいばいっ」


 馬の背から飛び降りて、[魔天]めざして走り出した。


 護衛班の馬達の間をすり抜けた。よし。あとは、森に逃げ込むだけだ。


 たしっ、たしたしっ!


 あおーん!


 へ?


 護衛班の背後から、三頭の狼、いや銀狼が躍り出た。


「すまない! その子を逃がさないでくれ!」


 レオーネさんの声が届くや否や。


 わふん!


「わ、わわわ」


 白、黒、銀、の三頭が、入れ替わり立ち替わり進路を塞ぐ。翡翠色の耳飾りがキラリと光る。


「え?」


 ズテン!


 気が削がれた瞬間、また足を滑らせた! なんか、精神年齢が身体年齢に引きずられている気がする。こうも、おっちょこちょいになるとは。


 慌てて立ち上がろうとしたところを、三頭に背中から押さえつけられて、身動き取れなくなった。全力を出せば弾き飛ばせるけど、人前でそれをするわけにはいかない。


 それはともかく。


 自分は、嗅覚は良くても魔獣の個体識別が出来るほどではなかった。でも、相棒達の仕草は覚えている。


 体全体でのしかかるのが好きなハナ。気がつけば自分の手をしゃぶっていたツキ。控えめにすり寄ってきたユキ。


 コンスカンタで、自分と共に死んでしまったと思っていたのに。


 生きてた?


 小声でお願いしてみる。


「元気そうでよかった。ということで、どいて〜、くれないかな?」


 拒否された。力一杯、首を横に振った気配がする。


「今は見逃して! あとで会いに行くから、ね?」


 ぎゅむっ。更に押しつぶされる。


 苦しいっ。掌で地面を叩いて、窮状を訴えるが、逆に前脚で背中を思いっきり叩かれた。

 ぶっ。頭にのしかかるな!


 だめだ。


 いきなり押さえ込まれた所為で、息が続かない。

 呼吸困難で、ブラックアウト。


 ぷつん。

 待ってたんです。

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