テイクオフ
今の今まで。
こめかみにてをあてて深く深くため息をついていたウォーゼンさんにも、術杖を構えた体勢でガチガチに固まっているメヴィザさんにも、数少ない立ち木の後ろに隠れきれていないクロウさんにも、目の前で料理を振る舞っているわたしにも、全く気付いていなかった。
その集中力には敬意を表する。
呆れた、とも言う。
この、食欲大魔王。
「あの。えーと?」
「「しゃべった!」」
「なにを今更」
落っこちてきた時、叫んでたのを忘れたのか?
「おねえさま。あたくしのこの格好は、どうして?」
びくぅっ!
南天王さんのどうでもいい身振りに、ますます怯えるクロウさん。しがみついている木からバサバサと葉が落ちている。揺すりすぎ、いや、震えすぎだ。
「ヒトはひ弱なの。あなたのくちばしも爪も、何もかもが凶器でしょうが。こうでもしないと、落ち着いて話も聞けやしない」
「ああん♪ おねえさまったら、冗談がお・好・き♪」
「まあ、ロナ殿なら、無双できるな」
「あらん♪ 小猿のくせにわかってるじゃなぁい?」
ウォーゼンさんにウインクするグリフォン。予想外の攻撃に硬直するウォーゼンさん。
・・・気持ちはわかる。
オネェなイントネーションは治っていなかった。相変わらずだった。ナイスミドルの渋い男性を思わせる美声に、ではなく、悪寒でぞくぞくする。
「それはいいから! ご飯食べて満足したなら、とっとと縄張りに帰れ!」
大槌で鼻先を突つきながら、帰還を促す。これ以上、余計なことを喋られたら・・・。
いっそ。首を落としちゃおうか。
「いいわ、いいわ! ゾクゾクするわぁん♪ 流石はおねえさま」
駄目だ。話にならない。
クネクネと身をよじる度に、足元の拘束が解けかかる。それを見たクロウさんが地面を掘り、その土で、更に分厚い塊を作るメヴィザさん。
「ほら。やっぱり、魔導紙持ち歩いてた方がいざという時に」
「いいいい今そういう話をしている場合ではないとおもうのですよわたしは!」
「うふっ。そこのひょろひょろも、なかなかやるじゃない。ほめて、あ・げ・るぶぼ」
大鎚で、大ぼけグリフォンの横っ面をぶん殴った。臆病コンビが産毛まで逆立てるのを見て、思わず。つい。
「ひいぃぃぃぃっぃぃっ!」
なぜ、メヴィザさんが悲鳴を上げるのだろう。
「殴るなら、殴られる覚悟も必要なんだよ」
「・・・それは、悪役の台詞ではないか?」
南天王さんに手を上げたからには、締められる覚悟は出来ている。あ、いいかも。
「それじゃあ、いってみようか」
「え? あ、あああごめんなさいごめんなさいぃ〜〜〜〜っ!」
ちっ。
根性無し。まだ、鎚を振り上げただけでしょうが。少しは反撃してくれてもいいじゃない。
一方のギャラリー、もといヒト族二人とサイクロプス一匹は、茫然自失だった。
「もう一度だけ言うよ。とっとと帰れ!」
目当ての料理は、食べ終わった。もうここに用はない。
「ひぐっ。久しぶりに会えましたのにん。そんなぁん」
「やっと気晴らしに出てきたのに。お土産用の料理を全て搔っ攫われた。これで機嫌がいい筈ない。わかる? このトリ頭」
鷲のようなぶっとい嘴を備えた凶悪な面構え。見たままが鳥頭。ほら、間違いではない。
「あたくしもおねえさまを探していたのにぃ。・・・あら? なんでだったかしら?」
「叩けば思い出すよね」
脳みそ飛び出る勢いの刺激を与えれば、寝て食べてきれいさっぱり忘れる便利な頭も、少しはまともに働くようになるだろう。
「あ〜、ロナ殿? それでは喋れなくならないか?」
「やっぱり悪役」
「やかましいっ!」
見物人の口出しは無用。
「思い出した。思い出しましたわ! 助けてぇ〜〜〜〜〜っ」
音を立てて唸る大鎚に、やっと巫山戯ている場合ではないことを認識したようだ。
が。
「やっぱり叩く」
「待て待て待て!」
「この期に及んで命乞いとは見苦しい。グリフォンの恥さらし。今ここで、ボクが成敗してやる」
「情けを掛けましょうよ。ね? ね?!」
ウォーゼンさんが鎚に飛びつき、メヴィザさんは目の前で珍妙な踊りを踊る。動揺したまま手を振り回しているだけ、とも言う。
「この二人に免じて、命だけは助けてあげる。だから、とっとと縄張りに帰れ!」
「違うの。そうじゃないの。あたくしの縄張りがとんでもないことになっちゃったの! もう、どうしていいのか、わからないのよぅ」
おーいおいおい
・・・そうだった。
南天王さんは、一度泣き始めたら止まらないんだった。
でも、今は、そんなもん無視するに決まっている。
「ボスが他人に頼ってどうするのさ」
「ひっく。西大陸で、助けてもらったって、ひっく、聞いたもの。だからお願いっ。あたくしも助けてちょうだいっ」
「「西大陸?」」
げーーーっ! こんなところで暴露するんじゃないっ。
「なにがどうなってるのかが判らなければ、手助けも出来ないじゃないか」
やばいやばいやばい。なんとかして、話をそらさないと。
「えっく。でろーっとねちょーっとしたのがどばーって」
目が点になった。わたしだけじゃない。ウォーゼンさんもメヴィザさんも、だ。
「なにそれ。もっと具体的に判り易く」
「だからっ。あっちもこっちもぐちゃってなって、手の付けようがないのよっ」
「また、癇癪起こして森で暴れたからなんじゃないの?」
「違うわよって、痛い痛い痛い痛いわぁ〜〜〜ん」
身振り手振り、なんだろうな、口だけでなく説明を加えようとしたかったのだろう。しかし、つばさをひくつかせたとたんに一葉さんの絞り込みが入り、別の意味で泣きが入った。
あれは、痛い。わたしもやられたことがあるから、判る。
もしかして、一葉さん達こそが魔天の王なのかもしれない。
いけない。今は、そんな事を考えている場合じゃない。
「あ〜、ロナ殿? こちらの、え〜、グリフォン殿はどこから来たのだ?」
敵意が感じられないからか、剣は鞘に入れたまま。それでも、万が一の為に大剣を握っているウォーゼンさんが、もう片方の手でわたしの頭を抑えている。むぎゅっと。
どういう意味なのかな?
「あっち」
南天、とは言わない。絶対に言えない。
でもバレる。
そりゃそうだ。グリフォンは天領の生き物だから。
「まさか、なん〜〜〜〜〜〜〜っ」
遥々遠方からローデンに帰還した、なんて話をメヴィザさんに聞かせるわけにはいかない。経由地は力一杯誤摩化した。今更、追求されては堪らない。
ウォーゼンさんの足を踏みつけて黙らせた。ついでに、頭の手も離れた。よしよし。
「おねえさま、お願いっ。お願いしますっ」
「ただ飯食って、まだお強請りする気? そんな気色の悪いものだったら、煮るなり焼くなりすればいいじゃん」
配下の連中の火力は、なかなかだった。本人は、言わずもがな。
「したのよ? したけど! 切っても切っても切っても増えたの! 仕方なくその辺の草木諸共焼き払ったわよ。それでも出てきたの!」
これ、足が動かせていたら、文字通り地団駄踏んでた。
「あのぅ。深い穴を掘って埋めてみては」
どこまでいっても土魔術師。でもグッドアイデア!
「やらなかったと思う? そこの子の同類集めて、他の子達も総動員して掘ったわよ。あたくしが埋まるくらいには掘ったわよ!」
「どうなったの?」
「・・・落ちなかったわ。捕まえて落とす筈だったのに、落とす前に捕まえた子が食べられちゃった」
救い様のない落ちがついた。
捕まえられない、焼けない切れない。殺せない。
「エサ、というか何食べてるの。そのねちょねちょ」
生き物だったら、囮で誘い込めるかもしれない。
「何でも、よ。生きてても死んでても、毒を持っていてもいなくても、手当り次第。かわいそうだったけど、捕まった子に集中したところを焼き尽くしたわ。だけど、いつの間にか、また出てきて、気が付いたら一面がべっちょんべっちょんになってたの!」
「どういう代物なんだろうね? それ」
想像がつかない。そんな物騒な怪物には、頼まれたってお近づきにはなりたくない。
ウォーゼンさん達の顔も、がちんがちんに強張っていた。
「もう、おねえさまにお縋りするしかないのよ。どうか、このとおり!」
「その、ねちょーとやらが、貴殿の縄張りを覆い尽くす可能性があるというのか?」
ウォーゼンさん、なんて怖いことを言うんだ。
「いやーーーーーっ! そうなったらあたくしはおしまいよーーーーーっ! いやいやいやーーーーっ! たーすーけーてーーーーーっ!」
・・・人里離れた場所でよかった。本当に、よかった。
超音波。あるいは怪音波。
南天王さんの絶叫を至近距離で浴びた一葉さんは、背中から転げ落ちてしまった。頑丈に固めた筈の土の足枷は、直撃を受けていないにもかかわらず脆くも崩れ去った。
なんて威力だ。ブレスよりも危険。超危険。
引き金を引いたウォーゼンさんも、気絶している。メヴィザさんは、もうろうとしながらも匍匐前進している。クロウさんに向かおうとしていた。麗しき愛情かな。クロウさんがしがみ付いていた木は、すっかり葉を落としきっている。頭隠して尻隠さず。
それは置いといて。
物理が駄目なら化学でどうだ。
痺れ蛾鱗粉も痺れ油も、麻痺するだけ。駄目か。
そうだ。
「これなら効くかも」
首長竜の毒血。いかな謎生物でも、イチコロだろう。
「ぎゃあぁぁぁぁっ!」
毒血入りの瓶のふたを開けてみせたら、前身を毛羽立たせた。身も蓋もない、魂の叫び。
「ななななななんてものをもってるのよっ。捨てててて、じゃあたしが危ないから元あったところに仕舞って片付けて出さないでえぇぇぇっ」
怯えっぷりが、クロウさんとどっこいどっこい。
ではなくて。
そうか。南天王さんから見ても、相当にヤバいブツなんだ。これ。
「じゃあ、こっちは」
ロックアントの消化液とか蟻酸とか。これも唸るほど、もとい浸かるほどあるぞ〜。
「き、効かなかったらどうしたらいいのよ。王領に入れなくて探しまわってやっとお会いできたのに。おねえさま。どうかどうかどうかっ。それが駄目でも、おねえさまがいればすぐになんとかしてくださるでしょっ」
王領というのは、[魔天]のことだろう。
・・・だから、それは今考える事じゃなくて。
「他力本願は嫌い」
「やったもん! あたし、いろいろと頑張ったもん!」
立派なガタイのグリフォンは、子供帰りした挙げ句、地団駄を踏んだ。
踏みつぶされそうになり、大慌てで一葉さんが退避してきた。はいはい、ご苦労様。
「ロナ殿。俺からも頼みたい。こちらの御仁に協力して貰えないか」
地面の振動で目を覚ましたウォーゼンさんが、南天王さんの助太刀に入った。何故?
「ただ働きは駄目だって、散々言われたのに」
「場所がどこかは詳しくは聞かない。だが、グリフォンが住まう森で大きな問題が起きているなら、いずれローデンにも影響が出かねない。
報酬ならなんとかする。どうか、解決して欲しい」
流石は、副騎士団長。注目する箇所が、タダモノではない。離れてるのに。ものすっごく遠い所の話なのに。すこしでも可能性があれば、見逃せない。と。
「そ、そうよ。おねえさま! 今のうち、今のうちになんとか!」
・・・・・・・。
「ろな、殿?」
「そこまで言うなら。ウォーゼンさん。報酬は、ペルラさん達の説得で」
「え?」
「グリフォンからの依頼とか、縄張りで騒動が起きてるとか。そういうことを一切隠して、工房から離れることを納得させること」
従魔でもない魔獣に助けを求められたから解決してきます。なんて、誰が信じるものか。
自称お母さんのアンゼリカさんは、反対する。間違いなく大反対する。たとえローデンに影響が及ぶかもしれないと聞かされても、あの王様王妃様らも素直に送り出すとは思えない。
「ちゃんと認めてもらえたら、行ってくる」
「俺が? 一人で?!」
格安料金だ。文句は言わせない。
「報酬は銅貨一枚も負けないからね」
「無理だ!!」
「無理でも何でも、言いだしっぺはウォーゼンさんなんだし」
「そうと決まったら! さ、行きましょ。すぐ行きましょうおねえさまっ」
え?
「あ〜〜〜〜〜〜っ! ロナ殿っ! やるとは言ってない。頼む、戻って来てくれーーーーーーっ!」
時、既に遅し。
「ちょっと馬鹿やめろ放せぇ〜〜〜〜っ」
わたしを掴み上げたグリフォンは、待てを言いつける間もなく漆黒の夜空に飛び立った。
「まだ引き受けるとは言ってないぞっ!」
ぞーっ ぞーっ ぞぉーっ
ウォーゼンさんの絶叫では、引き止められなかった。出来る筈もなかった。
そんな時こそ土魔術師の出番だというのに。遥か眼下には、クロウさんに手をかけた体勢で気絶しているメヴィザさん。
麗しきかな、異種族間愛。
ではなくて。
役立たずーっ。
「お帰りなさい。副団長。・・・副団長?」
「あ。ああ。帰って来てしまった、な」
「わたしには荷が重すぎますぅ」
「そうは言っても、俺一人ではとてもとても」
昨日早朝、サイクロプスと出かけたメヴィザは、普段のサイクロプスと散歩を堪能して来た後とは打って変わって憔悴していた。
ウォーゼンも以下同文。しかも、その髪型は、随分前に見た事があるようなないような。
「もったいない。もったいないぃ〜」
腰に下げた小さな袋を、やたらといじくり回している。
「だが。今は、いきなり口頭で報告する度胸がない。使った分は、必ず支払う」
「・・・いえ。そこまでしていただかなくても。クロウさんに、クロウさんの抜け毛を集めておけば、少しは足しになるかと」
「・・・・・・すまんな」
「・・・・・・いえ」
意味不明な会話に、門兵は首をひねる。
「お二人とも、どうかなさったんですか? まさか、はぐれ魔獣と遭遇して戦ったとか」
「勝手に話を作るな。それより、伝令を頼む。宛先は、陛下とペルラ殿とヴァン殿だ」
「何故ヴァン殿に。やはり魔獣が」
「話を作るな。その場合は、ギルドのガレン殿宛にしている」
手紙を受け取りつつ、その後の対応もふまえて確認を取る。
「それもそうですね。この後、副団長はどちらに? 返事が来たら」
びくん。
「・・・考えて、いませんでしたね」
「あ、ああ。だが、メヴィザには是非とも最後まで付き合ってもらいたい」
「逃げてもいいですか?」
「俺だって、逃げたいのだ」
がっくりと頭を下げた。あの、剛勇で知られたローデン騎士団長が。人目をはばからず。全力でしょげている。
「・・・もしや、奥方と諍いを起こされたとか」
「だから。勝手に話を作るな。だが、その方が百倍もマシだ」
のろけ? でもないらしい。ますます訳が判らない。
「練兵場、でいいか」
「お手数をおかけします」
きゅろぉ
メヴィザに合わせるように頭を下げるサイクロプス。
「騎士団から、練兵場までのサイクロプスの先導も寄越してくれ。来るまでは、従魔用の待機所にいる」
門兵に任じられた者達は、この魔獣の賢馬殿を遥かに上回る体格や律儀な性格にもすっかり慣れた。・・・脱力するとも言う。
だが、他国の商人や住人に「馴染め」というのは酷な話だ。
「了解、しました」
「では、な」
「副団長。いざとなったら、頑丈なドームを作って退避しましょう」
「練兵場を穴だらけにされても困るのだが」
「ペルラ様の集中砲火を耐え切れる自信がありません」
「いやいやいや。いくらなんでもそこまで」
「ふ、ふふふ。魔導紙を頂いておいてよかった」
「メヴィザ、いいのか? そんな使い方で」
「使える物は使える時に使わなければ何時使うんですか」
「先ほどまでは、あれほどもったいないと」
「クロウさんを残して死にたくはありません」
「そこまで思い詰めなくても」
「副団長こそ。現実を見ましょうよ」
「う」
重い足取りの二人の背中に、何故か掛ける言葉が思い浮かばなかった。
「副団長殿が、どうかしたのか?」
ちょうど隊商の確認が終わった同僚が、次の隊に向かう合間に声を掛けてきた。
「あ。ああ。いや。俺にも判らない。何かあったらしい、とは思うんだがな。そうだ。すまん。伝令を頼まれたんだった。少し外す」
「了解。早く戻れよ。もうすぐ閉門だからな」
「ああ」
まだまだ人通りは途切れない。仕事に取りかかるべく、門兵は頼まれた仕事に動き出した。
その晩。
ローデン騎士団練兵場では、巨大な火の玉が飛び交っていたとか、怒号や悲鳴が途切れることはなかったとか。
あくまでも噂だが。
それから、およそ一月後。
聖者様の従魔達が、全て死亡した、と発表された。
主人公は、攫われた。何度目?




