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南天王、りたーんず

「ロナ殿!」


 ウォーゼンさんが、最高にとんがった声で警告する。


 無理もない。


 グリフォンは、[魔天]深淵部に生息する最凶魔獣の一つだ。たぐいまれな飛行能力、悪路を物ともしない強靭な四肢、複数の属性魔法を駆使する戦闘力。

 それこそ伝説の勇者でもなければ、タイマンでの勝負など出来ないだろう。


 ちなみに、[魔天]以外の天領にも分布している。


 そう。


 今現在、結界に腹を打ち付けてノビている「コレ」も、南天産だったりするし。


「四枚のつばさ?!」


 術杖を構えてクロウさんを庇うメヴィザさん。目を閉じて、頭を抱えてがたがたと震えているクロウさん。


 ・・・立場が、逆だ。


「何しに来たんだろう?」


「ロナ殿の従魔なのか?」


 わたしが緊張していないのに気付いて、ウォーゼンさんが剣を下げた。いや。いくらなんでも、その台詞はないと思う。


 でも、過剰な反応を示せば、むしろ疑われそうだ。ここは、さりげなく、さりげな〜く。


「ちょっとした知り合いだよ。焼き肉分けたら懐かれた」


「「ああ!」」


 ・・・納得するのね。


「気が付くまでは、放っておこう」


「いいのか?」


 見上げれば、腹がある。クロウさんよりも一回り大きい腹が。絶景かな。クロウさんも、でっかい爪の間から、そーっと覗いている。


 それはともかく。


 この状態で結界を外したら、程よく焼けた肉や野菜が潰される。もちろん、わたし達も巻き込まれてしまう。

 その前に、出来立ての料理を横取りされる可能性の方が大きいけど。


「ほら。クロウさん。今のうちに栄養付けとこう。いざとなったら、加勢してあげる」


 グリフォンとサイクロプスの世紀の対決を生で見物できるとは。楽しみだねぇ。


 あれ?


「ロナさん。クロウさんをけしかけないでください。お知り合いなのでしょう?」


 更に小さく丸まってしまったクロウさん。それを宥めるメヴィザさん。


「辛うじて「待て」は出来る。と思う」


「そう言う意味ではないぞ」


 ウォーゼンさんは、頭を抱えている。


「これが目を覚ます前に、食べておいた方がいいよ。でないと食べはぐれる」


 天井、もといグリフォンの腹を指差して、近い未来に訪れる現実を告げてみた。


「いただこう」


「それでは遠慮なく」


 きゅっ


 ・・・どいつもこいつも!




 あれから、わたし達は、滅多にお目にかかれないグリフォンの腹を観賞することなく、もといきっちり無視して、料理を堪能した。クロウさんは、ハム二本を平らげ、今は鹿の骨をおやつ代わりに齧っている。ヴァンさん二号と呼んであげよう。


 それはともかく。


 闖入者は、まだ目を覚まさない。すでに、周囲は夜の闇に包まれている。灯無しには、顔も見えない。


 『重防陣』はそう簡単に破れはしないけど、ウォーゼンさん達がパニクった時を見越して、たき火の代わりに『灯』の魔道具を点けた。火のついた薪を蹴散らかされたりしたら、堪ったものではない。


「複雑だ」


「そうですね」


 男二人が、つぶやく。『灯』に照らされた憂い顔は、昼とは違った趣がある。

 その筋のお姉さん達がかぶりつきそうなシーンだ。わたしは萌えないけど。


 何故ならば。


「別に油にこだわらなくてもいいでしょ。まだ、加工賃とか高く付きそうだし」


 彼らは、恋愛感情、ではなくて物欲で意見を一致させていたのだから。


 出来立てほやほやの無毒装置がある。金魚の糞、もとい新品魔道具確認係の手加減無しの評価次第では、それの制作費もコストに加算されるだろう。というか、そうしなければペルラさん達は、いつまでたっても返済が終わらない。本音は、そんなもの要らないんだけど。


「ですけど。これも相当な値段になりそうですよ?」


 外見は、巨大キャンデー。柄の部分を地面につき刺して使う。キャンデー部分は多面球で、眩し過ぎることのないように工夫した。上面に葉っぱを乗せたり、あるいは側面を筒で覆ってトーチのようにすることも可能。

 とは言え、使いどころを選ぶ。どうやっても、光度を下げられなかったからだ。結界無しだと、虫が無尽蔵に集まってくる。長時間見つめていれば、やっぱり目が眩む。

 加えて、柄の中に陣布を収めているので、灯部分だけを取り外すことが出来ない。即ち、持ち歩くとなかなか愉快な格好になる。ムッサイおじさんが魔法少女スティックを振り回す様を想像してみて欲しい。

 だめ押しに、魔包石でないと動かない。魔石では出力不足だったりする。


 メヴィザさんの言う通り。無駄喰らいの華麗な一品なのだ


「誰もこれを使えとは言っていない。街灯なら、屋外での運用実績があるんだから、応用も利くんじゃないの?」


 騎士団工作班は、街の何でも屋さん。街灯整備も担当していた筈。汎用品のカスタマイズぐらいお手の物だろう。

 物によっては街の工房職人よりも腕がいいに違いない。期待させてもらうからね。


「あれは国が補助を出しているからな。騎士団の経費とは別物だ」


「ちなみに、騎士団が経費削減に励む理由は?」


「騎士団は、金食い虫なのだ」


 胸を張って断言するウォーゼンさん。確かに、武力組織に生産性を求めても無駄だ。下手にケチれば、運用に支障をきたす。そういうもの。かといって、じゃぶじゃぶと金を使えばいいというものでもない。


「わたし達魔術師も、師団に所属していれば、術具作成用の素材の入手を優先していただけます。ですが、無尽蔵に使用できる訳ではありません」


「別に術具がなくても研鑽はできるんでしょ?」


 国お抱えの魔術師に採用される基準は、結構厳しいとペルラさんに聞いた。今日のメヴィザさんは、確か無詠唱だったような。確かに、腕は上がっている。わたしには負けたけど。


「効果を確かめる為には、色々と入り用なのですよ」


「的とか、的とか、的とか?」


「魔力補助の薬品などもですね」


 ゲームで言うところのMPポーション。あれは、ドリアードの根から簡単に作成できる。簡単すぎる故に製法が秘匿されている、とエッカさんに聞いた。だからって、ロー紙用の葉の採取しか依頼してないのかな。


「緊急出動に備えた糧食の備蓄もあるぞ。武器防具の補充とか補修とか馬の飼葉もそれなりに・・・」


 どんより。


「ミゼルさんも、頭が痛いねぇ」


 いくら書類仕事大好き団長とは言え、苦労しているんだろうな。


「俺には無理だ」


 断言しないでよ。


「あれ? ペルラさん、魔術師団長してたんでしょ? やりくりのノウハウはバッチリじゃなかったの?」


 有能女官長率いる今の工房があの有様とは、これ如何に。


「詳しくは知らないが、副団長と副官長に一任していたと聞いた。ペルラ殿は、女官長も兼任していたしな。多忙とあれば仕方なかったのだろう」


 それだけではなさそうだ。ウォーゼンさんの視線が、宙を泳いでいる。金勘定に不器用なのは、祖母孫ともに遺伝なのかもしれない。


「騎士団に限って言えば、大丈夫じゃない? ミゼルさん、副業バッチリこなせるし」


 工兵の人件費が、一人分は減らせる。うんうん。


「団長を過労死させる気か?」


 おうふ。この世界にも、過労死はあるんだ。


「ちっちっちっ。書類仕事で疲れた頭は、金槌ふるってリフレッシュすればいい。趣味と実益を兼ねて一石二鳥!」


「そんなわけあるか!」


「なんという屁理屈・・・」


 メヴィザさんが、唖然としている。


「無理も通れば道理になる。そうだ、メヴィザさんにもお勧めの副職があるんだ♪」


「慎んで、心から、キッパリはっきりご遠慮させていただきます」


「え〜? 研究開発費の足しになるのに」


 陣布作成要員に加えようと思ったのに。無駄に器用な人だもの。きっと出来る。目指せ、マルチテクニシャン。


「体を壊しては元も子もありません!」


「散々、お金がないって嘆いていたくせに〜ぃ」


「それとこれとは、話が別だ」


 なにをおっしゃるウサギさん。先立つものがなければ、何も出来ないのがヒト社会。


 わたし? 自給自足を体現している野生児に、そんなものは必要ない。


 ああもう。早く引きこもりたい。

 って、どこへ? どこがいいだろう。まーてんに居座っていたら、いつまでも掃除夫から逃れられないし。蜂蜜は惜しいけど、命も惜しい。手を抜いたら、背中からぷすっとやられそう。アナフィラキシーショックで死ぬのと、バスの体当たりと、どちらがマシだろうか。答え。どちらも嫌。


「あの。ロナさん? いきなり難しい顔してどうしたんですか? 無理矢理は止めてくださいね。わたし、体力ないんですから」


「それでよく外回りの仕事ができるね」


「クロウさんのおかげです♪」


 きゅろっ♪


 ええいこのバカップルが! ○げてしまえ!


 そこまで言うなら、是非とも魔術研究に協力して差し上げようではないか。


「それなら、術研究する暇もなかなか取れないんじゃないの?」


「ええ、ええ! そうなんですよ。・・・って、なんですか? それ」


「そんなあなたにプレゼント! 今なら、小道具一式も付いてる超お得セット。ささ、これからも、街道の安全の為に、日夜頑張って研究したり見回りしたりしたりしてね♪」


 面白魔道具作りの過程で余った魔導紙(てん杉製)の束と特殊インクの壺とペンが入ったマジックボンボンを握らせた。本当は、ペルラさんにあげるつもりだったんだけど、現職の方が役に立ててくれそうだし。

 ついでに、地面に突き刺していた『灯』の魔道具も押し付ける。これで、クロウさんの腹の下で雨宿りしながらでも、魔法陣が描ける。


「お、おい。ロナ殿。それは、・・・いいのか?」


「出先で商売道具が足りません、は、言い訳にならないでしょ」


「こんな、こんなもの、商売道具とは言いませんんんん〜〜〜〜」


 紙束をつかみ出し、ブツの正体が分かったらしいメヴィザさんが、ひっくり返った。

 割と出来のいい用紙なのに。物足りないのかな。


「土魔術のエキスパートでも、魔法陣を使わなきゃならないケースもある訳だし」


「ロー紙、ではないのか?」


「そっか。練習用に必要だよね。でもごめん。それは今持ち合わせがない」


 工房での設計図や説明書を書きまくって、ほぼ使い果たしてしまった。


「ふ、ふふふふふくふくふく副団長。高級魔導紙、こっこっここんなにたくさうん」


 メヴィザさんは、ペルラさんと同じ病気に感染した模様。今度、接触感染防止の為に、常温滅菌の魔法陣を開発しようかな。


「えー。書き損じの分もあるんだから、結局たいした量にはならないでしょ」


「なります。なってますってばばばば」


「魔術師には魔導紙。鉄則だよね? ウォーゼンさん」


「俺は魔術師じゃない。俺に訊かれても答えられん」


 メヴィザさんは、副騎士団長の台詞にばっさり叩き切られた。南無〜。


「なに。タダであげるとは言ってない。代価はもらうよ」


 ざぁーーーーーーっ


 メヴィザさんの顔から、音を立てて血の気が引いた。


「わ、わたわたわたわたし、そんなお金持っていませんーーー!」


 にたぁ。


「大丈夫♪ 痛くしないから」


「ひいぃぃぃっ!」


「メヴィザさんの負債は、クロウさんの負債。ということで、頂きまーす♪」


 わたしの目配せを受けて、すかさず一葉さんがクロウさんの四肢を拘束する。


 きゅうう〜〜〜〜〜〜〜っ


 あ。しっぽがあったか。


 結界の中で、ばすんばすんとしっぽを振り回すクロウさん。


 当然。


「げぼごほっ」


「ロナ殿ぉごほっ」


 サイクロプスの尾は、巨大な掃き箒、にも見える。それがあらん限りの力で振り回されれば、こうなるわな。慌てず騒がず、手ぬぐい被って、口元覆って。これで、よし。


「く、げほっ! クロウさんを食べるくらいならわたしをっ」


「何言ってるのさ。毛だよ、毛。クロウさんの毛が欲しいんだ。丸刈りにさせてもらう」


 ぴた。


「ほら。サイクロプスの毛は魔術を弾くでしょ。新しい素材に使えないかなーと思ってさ」


「ごほっ。脅かしてくれるな。叩き潰されるかと思った」


「わたしは、寿命が縮みました。ではなくて! そんな事したら、クロウさんが無防備になってしまうではありませんか。駄目です、魔導紙はお返しします」


 けっ。暑苦しいムードを和らげてあげよう、というわたしの心遣いだってのに。本当に○げていたなら、手出しはしないのに。


「返品不可だよ♪ クロウさんだって、メヴィザさんが術の練習に不便しなくてすむのは嬉しいでしょ?」


 こくこく


 ふっ。ちょろい。


「新しい毛が生え揃うまで、今まで以上にメヴィザさんが親身になって守ってくれるし。ここは、潔く体を張って協力するところでしょ」


 こくこくこく


 バカップルを乗せるのは、本当にちょろい。


「やーめーてーーーーーっ」


 少しでも処理し易いように土埃は減らそう。『爽界』術杖で、エアクリーナーほいっと。


「ほんっとうに、非常識ですね。ロナさんはっ」


「どこが? 魔術師の技量向上に協力して、従魔の好感度アップに貢献して、ボクは素材が手に入る。みんなで幸せになれるんだよ?」


「そうではなくてだな」


 ぽたっ


「雨が降ってきたのかな? 濡れる前に仕舞ってね」


 ううむ。猿も木から落ちる。ななしろも天候の読み間違い。違うか。


「それはいけません。って、星が見えてますけど・・・ぅうわああああっ!」


 ひっくり返った体勢でも、両手に握ったマジックボンボンと『灯』術杖は放しません。というか、振り回している。う〜ん。やっぱり中年男性にラブリースティックは似合わない。もう一度、デザインも作り直そう。


「うおっ!」


 ウォーゼンさんが、結界の端まで飛び退った。


 だぁ〜らだら。


 落ちてきていたのは、グリフォンのよだれ。だった。別に強酸性とかではないが、好んで浴びたいものでもない。


「ご飯食べ終わってずいぶん経つのにねぇ」


 つい先ほど、『爽界』も使ったばかりだというのに。いや、食事の夢でも見ているのかもしれない。うなり声ではなく、腹の虫が盛大に鳴き始めたし。


「そんなのんきな事言っている場合ですかっ」


 いつの間にか、薄い土の膜の下に隠れ込んでいるメヴィザさん、とクロウさん。おい。


 次第によだれの量が増えている。慌てたクロウさんは地面を穿り返し、それを使ってメヴィザさんが土の盾を補強する。・・・なんだかなぁ。


 オボロ達のお土産は、また後で狩ることにして。


 残っていた肉を、フライパンで暖め直してみた。


 右に〜、左に〜。


 目は覚めていないようだけど、フライパンの動きに釣られて動くグリフォンの頭。そして滴るよだれ。


「「・・・」」


 慌てていた男二人は、それを見て無言で立ち上がる。うん。さっきの狼狽振りは、見なかったことにしてあげよう。


 全員で、押しつぶされない位置に移動し、結界を解除することにした。


「大丈夫ですか? 本当の本当に、襲われたりしませんか?!」


 今更ながらに、びくつくメヴィザさん。往生際が悪いよ。


「心配だったら、また土団子に籠ればいい」


「閉じこもっていたら息苦しくなるじゃないですか」


 ・・・その辺は、融通の利かない団子らしい。練兵場でけろっと出て来たのを見て、ウォーゼンさんは、本気で安堵していたそうだ。

 その前に、たんこぶの心配をして欲しかった。


「目が覚めてからでも遅くはないと思うが」


「すぐに食べられなくて、寝ぼけて暴れまくったりしたら、この辺が焼け野原に」


 南天では、『楽園』をどつき回す勢いで攻撃するついでに、周囲をぐっちゃんぐっちゃんに破壊しまくった。別名、八つ当たりとも言う。


「今起こそう。すぐ起こそう。とっとと起こそう」


 


「はふぅ。満足だわ・・・。あら?」


「で? 説明してくれるんだよね」


 四肢を土で固められ、一葉さんにつばさをねじ上げられたことにも気付かないまま、一心不乱に食べ続けていた南天王さんでしたとさ。

 目が覚めるまで、で、一話使ってしまった。あれぇ?

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