愚者の休息
「ヴァンから、ロナさんにすぐ来て欲しいと伝言を言付かっているのですが」
思いっきり渋い顔をしたエッカさんが、まだ薄暗い街を歩きながらぶつぶつと呟いている。
片手には、特製すりこぎ。そんなに気に入ったのか。いいけどね。別の用途に使われそうで、なんか怖い。
「もうここまで来てるんだから。引き返すのもなんなんだし。賢馬様達には、お土産を拾ってくるからさ」
「どこまで行く気なんですか?」
「それは、気が済むまで♪」
「明日までに戻らなければ、今度は、わたしが騎士団に応援を要請しますからね」
「え?」
何その脅迫。
「さきほどの設計図だけで、再現できるとは思えません。一度は、現場監督していただきます」
「あ〜、それもそうか。でも、ライバさんとミゼルさんのコンビなら、問題なさそうだけど?」
「陣布の方です!」
「あれは、二日三日で作れるものじゃないし」
「・・・それはそうなんですが」
更に眉間のしわが深くなるエッカさん。ああ、美老人がもったいない。
「とにかく。来てくれますよね。というより、来なかったら捕縛隊を差し向けます」
「そんな権限、無いでしょ」
「ヴァンとペルラ女史を通じて王宮に依頼します」
据わっちゃった目をして断言したよ。
「大体捕縛隊って、何!」
「指名手配の方がよろしいですか?」
ぶんぶんぶん!
そんなもん、断固、拒否する。
しかし、騒動を起こすことなく工房から出られたのは、エッカさんが同行してくれたおかげだ。わたし一人だったら、工房の傭兵さんに見咎められていた。でもって、足止めされている間に工房中から人が集まってくる。
ぬぐぐ。一つ、借りを作ってしまった。
ペルラさんの工房は、東門に近い。夜が開け切る前に、街門に着いた。
「おや? ロナ殿にエッカ殿。おはよう。こんな所に何か用があるのか?」
それは、こちらが訊きたい。
「ウォーゼンさんこそ、何かあったの?」
副団長が一人でお使い、とは考えられないし。でも、随行しているはずの兵士の姿がない。開門準備に駆け回る門兵さんだけだ。
「俺は、休暇だ」
「「はい?」」
よく見れば、普段着に騎士団のものではない剣と背嚢を持っている。
「少々鍛錬不足を感じていてな。街道筋で狼が出没しているとも聞いた。ロナ殿は?」
なんて、平常運転なウォーゼンさん。鍛錬なら、騎士団の練兵場で十分でしょうに。一人で狼相手とは、無茶をする。
「それでは、ウォーゼン殿、ロナ殿の見張りをお願いしてもよろしいでしょうか」
エッカさんにしてみれば、渡りに船。とはこの事だろう。しかし。
「ちょっと、エッカさん?!」
「発作を起こしそう、だそうです。ですが、一人で行かせる「には」不安なので」
その強調の仕方はあんまりだ。
「ヴァンさんに四葉を預けたままなんだし。戻るって言ってるのに」
「ほ、発作、とは、アレか?」
心無しか、ウォーゼンさんの頬が引きつった。
「アレだよ♪」
「確かに。不安だ」
「何が」
「あ、いやその、だな」
Gに不意打ちされたりしなければ、環境破壊なんかしないっての。
「同行者がいる。のだが、それが・・・」
「誰?」
「・・・メヴィザだ」
「あの子も?」
「そうだ」
びびりコンビかぁ。
「んじゃ。ウォーゼンさん達は予定通りで」
「エッカ殿の話を聞いた今では、そうもいかん。彼らには、まあ、なんだ。これも鍛錬の一つということで、諦めてもらおう」
そういうウォーゼンさんも、諦めムード全開。おい。
「厳しすぎない?」
「何がだ」
開き直っちゃったよ、おい。
周囲には、朝一番で出発する隊商が集まっている。あまり大声を出すわけにもいかない。
「そのメヴィザさん達は?」
「西門から出て、外で合流する手筈になっている」
「なんで一緒じゃないの? 面倒くさい」
「俺の家は東門に近いんだ。一晩ぐらい、いいじゃないか」
いくら美丈夫が拗ねてみせても、可愛くも何ともない。けっ。
「あちらには、大型魔獣専用の宿泊所が作られているのですよ。早朝王宮を出るよりは、混乱が少ないのでしょう?」
「そのとおりだ」
最初にそれを言えばいいのに。
「それなら、ロージーさんにもお土産を獲ってこないとね。何がいいかな」
「土産よりも最後まで同行してもらえれば、それでいい」
あくまでも生真面目なウォーゼンさん。
「そうです。けっして、はぐれないでくださいね」
「それは、ウォーゼンさんに言った方がいいと思う」
「ロナ殿!」
わははは。古傷は、いつまでたっても古傷のまま。
「開門します。出国手続きの終わっている方からどうぞ」
門戸から、朝陽が差し込んできた。
「本当に。本当の本当に、気分転換の為なのだな?」
「しつこい男は嫌われるよ?」
「だがな。ロナ殿に限れば念には念を入れさせてもらいたい」
だぁーっ。
びくぅっ!
わたしが手を振り上げたとたんに、サイクロプスは文字通り飛び上がった。
「副団長。あまりロナさんを刺激しないでください」
そういうメヴィザさんも、挙動がおかしい。
「今日のおすすめの竃は?」
「もちろん腕によりをかけて! って、そうじゃありません!」
ローデンの人達は、みんな、ノリがいい。
ではなくて。
「クロウさんが、ビビリすぎなんだってば」
「最初の出会いを振り返れば無理もない、とは思わないか?」
ちょこまかと小走りで付いてくるサイクロプス。チラチラとわたしを伺うサイクロプス。
あり得ない。はっきり言って、目を疑う。
「群れたジャグウルフとの真っ向勝負で、二回に一回は打ち負かすんだよ? ロクソデスが樹上から不意打ちしても、そのでっかい爪で重傷を負うことがあるし。わたしみたいなちびっ子に怯えるサイクロプスなんて、サイクロプスじゃない」
えぐ〜〜〜〜っ
鬱陶しい! 泣くな。
「それもそうだ。ではなくて! 話を逸らさないでもらいたい」
ちぇ。
「出る前にも言ったけど、四葉をヴァンさんに預けたままだもん。無毒化装置の出来栄も確認したいし」
「完成したのか! 何時からどれくらい使えるのか?!」
食いつくところは、そこですか。
「副団長! 落ち着いて下さい!」
ウォーゼンさんの腰にしがみつくメヴィザさんは、まるでコアラのようだ。ちっとも可愛くないけど。
「使うって言うけど、行軍用のランプはあるの?」
「「・・・?」」
「風が強いときでも、雨が降っても、ちゃんと灯がともるランプなんて、ボクは今まで見たこと無い」
「「・・・・・・」」
あ、凍った。
なにしろ、灯火用の油は、今の今まで、都市部でさえ普及していなかった。室内ランプは、平たい皿に灯心を浸して使っていたそうだ。意匠を凝らした金属製の皿そのものが、貴族の食卓を彩るメインの装飾品だとも聞いた。
そんなお上品なものを、天候おかまい無しで出動する兵士に持たせてどうする。
「設計図とか、見本とかあるなら、話は早いんだけど」
「・・・ないな」
「先は長いねぇ」
「そ、うか」
がっくりと首を垂れるウォーゼンさん。
見事だ。完璧な、おーあーるぜっと。
シガミついたままのメヴィザさんが、目を白黒させている。こんな撃ちひしがれたウォーゼンさんを見た事がないのだろう。
「あの。旧大陸から伝わる品々に、そういう品はないのでしょうか?」
「王宮の宝物庫なら、あるいは・・・」
メヴィザさんのフォローに、やや希望が見えた模様。
でも、わたしは断言する。そんなものはない。と。
以前、賢者宛の贈り物攻撃を受けていた時、メイドのロロさんを共犯にして潜り込んだ事がある。大量の金品を積み上げる場所を探す際、ちらりと目にしたけど、実用品は「ほとんど」見当たらなかった。
つまり、ランプも一から開発しなくてはならない。
・・・そこまで責任を持つつもりはない。涙目で見上げるウォーゼンさんなんか知らない。見てない。ないったらない。
「ロナ殿。工房での爆発のときの「お願い」でなんとか」
ふむ。お笑い髪型事件の賠償かな? でも。
「ウォーゼンさん、あの時、何も言わなかったし。時効だよね。却下。頑張って♪」
潰れた。
「ロナさん。もう少し検討してくれてもいいではありませんか」
「だって、オイルランプだよ? 魔道具じゃないもん。興味ない」
というか、当分、あの油の匂いは嗅ぎたくないんだってば。
べしゃ。
「何時まで寝てるのさ。置いてくよ?」
ツイてこないなら放っておく。
「・・・流石だ。ロナ殿。どこまでも容赦がない」
「副団長。ロナさんを拘束してもいいですか?」
ウォーゼンさんの打ちひしがれた様を見て、なぜか、メヴィザさんがやる気になってしまった。よっぽど自信があるらしい。
「やれるものならやってみる?」
「ロナ殿?!」
「ではいきます!」
逃げる間もなく、メヴィザさんお得意の土まんじゅうに包まれた。
「どうです? 降参しませんか?」
土壁越しに、得意になっているメヴィザさんが勧告する。
ちっちっちっ。甘いね。
えーと。あれはどこに仕舞っておいたかな? あったあった。せーのっ。
ばっかーーーーーん!
「へぶっ」
特製大槌で土壁をぶちこわした。オモシロ魔道具の一つで、インパクトの瞬間、打ち抜いた方向に破片を纏めてくれる。後片付けが簡単になるかと思ったけど、木片が散弾となって、的の後ろをズタボロにしてしまった。もっとも、仕込んだ魔法陣を稼働させなければ、ただの鎚。
ロックアントで形成した本体は、超軽量。更に全面に首長竜の鱗を貼付けて、強度および凶度も最高。わたしの全力でも壊れません。メヴィザさんの魔術強度がどれくらいかは知らないけど、この一撃に耐えられるとは思えない。
ちなみに、ティエラさんとメヴィザさん達の合同チームに取っ捕まった時に使わなかったのは、自前の結界を外したくなかったから。転がり回されている最中に取り出しても、自分の頭をぶつけるだけだったし。忘れていた訳ではない。ないったらない。
「・・・ロナ殿。もう少し、加減をだな」
なぜか剣を抜いているウォーゼンさんが指差した先には。
「あれ?」
土まんじゅうの破片をちまちまとほじくっているサイクロプスがいた。
「ああ。あそこに埋まってしまった」
防御用の土壁を作る暇もなかったのか。鈍い。鈍いぞ、メヴィザさん。
「ウォーゼンさん、手にしているのは」
「飛んできた破片を弾き飛ばすのにな。だが、メヴィザは庇いきれなかった」
「訓練になってよかったね♪」
「そうではない」
剣を仕舞いつつ、またも肩を落としている。
「だってさ? クロウさんがくっ付いてきてるでしょ。この辺の狼は、とうの昔にいなくなってるよ」
「あ」
どれだけ臆病者であっても、その本性は魔獣。狼達がまともな本能を持っていれば、クロウさんの気配を感知して一目散に逃げ出しているはずだ。
「さぁて。晩ご飯は何にしよう」
今の騒ぎがなくても、動物達は逃げるか隠れるかしてしまった。もう少し先に進まないと、何も狩れない。
「ロナ殿、待ってくれ! まだメヴィザが目を覚まさない」
漸く掘り出されたメヴィザさんは、クロウさんに顔中舐めまくられている。呼吸はしっかりしているようだから、問題はない。ないったらない。
「クロウさんが背負ってくればいいじゃん。それに、離れててもらわないと狩りが出来ない」
調理済みの食材は、首長竜の肉を除いて、ほとんどハナ達に食べられてしまった。残っているのは、酒と酒と蜂蜜と。そうだ、あの子達へのお土産も探さないと。
「気絶していては騎乗も出来ないのだが。糧食なら余裕があるぞ」
「仕方ないねぇ。一葉、よろしく」
「う? うわぁあああああぁぁぁああっ!」
ありゃりゃ。二人纏めてクロウさんの背中に括り付けちゃったよ。
「クロウさんは、少し後から来てね」
く、きゅるぅぅう
「ご飯作っとくからさ」
きゅるぅ
いやだからね? 君とは食生活が合わない。というか、フォレストアントの幼虫は、最終手段にしたい。
「じゃあね。二人、いや三人を宜しく」
「って、ロナ殿。待ってくれ!」
ご飯が先〜♪
猪さん、鹿さん、おいしくいただきます。ヘビさん、いつもありがとう。
「ロナ殿、なんとかしてくれ!」
「もごごごごご」
「えらいねぇ。ちゃんと追いついたね」
きゅう
焚き火の遥か手前で足を止めたサイクロプスに声は掛けたものの、顔は向けない。
なぜならば。
男の分厚い胸板に顔を埋める男を、がん見する趣味はない。
本当は、本人達もお互いに突き放したいのだろう。しかし、サイクロプスの胴体諸共にがっちり巻き取られていて身動きできない有様。一葉さん、なんでそんな格好にするかな。誰も喜ばないのに。
「クロウさん、ご苦労様でした。どう? これは、食べられる?」
ヘビの開き、塩焼きバージョンを差し出した。サイクロプスの好物はフォレストアントだけど、たしか雑食だったはず。
モリィさんは餌付けできた。魔獣だって、いけるはず。これで、少しでもビビリ癖が収まってくれ、ないかな〜。
「その前に、下ろしてもらいたいのだが」
「ふごふごふごーーっ」
「猪の方がいいかな?」
きゅろぉ
しきりと背中を気にしているクロウさん。
「そうか。荷物が邪魔だよね。一葉、下ろしちゃって」
「荷物扱いか?!」
うん。クロウさんに背負われていたんだもんね。間違いではない。
「一葉は、とりあえずこれで」
お湯を張ったタライを示す。労働報酬は、その場で渡すに限る。
「おわぁっ」
「ぐべっ」
「・・・なにも、放り投げなくてもいいじゃん」
さっきのお願いは、一葉さんもあまり嬉しくはなかったらしい。
それで、あの仕打ちと相成った。のかな? ばっちゃばっちゃと水をはね飛ばしている。いや、洗っているのか。うーむ。治療師組との仕事でも、何かあったのだろうか。
「いたたた。ロナさん、酷いです」
「ボクじゃないもん。文句があるなら、一葉に言って」
「一葉殿に命令したのは、ロナ殿だろう?」
ウォーゼンさんも、体に着いた土屋草のかけらを叩き落としつつ、恨めしそうに愚痴る。
「ちょっと。せっかく焼いたのが食べられなくなるでしょ。もう少し離れてやってよ」
「すみません。って、誰の所為ですか!」
「はいはい。そこに水を汲んであるから、手を洗って。あ、そうだ。メヴィザさん、後で穴掘ってもらえる?」
「はい?」
「内臓とか骨とか」
「・・・・・・わかり、ました」
うむ。土魔術の正しい使い方とは、かくあるべし。
「それにしても、たった半日で、よく狩りが出来ましたね」
「そうだな。移動時間も掛かっているはずだ・・・」
メヴィザさんがわたしに突っかかってきた地点からこの場所まで、真っ直ぐに歩けば一日近く掛かるだろう。
しかし、そこはサイクロプス。おっかなびっくり追跡していても、そこそこのスピードはある。
だから、わたしはクロウさんに追いつかれて獲物が逃げ出す前に、寄り道しながら獲物を狩り、捌いて、料理した。頑張った。自分を褒めたい。
「・・・二人とも。その顔は何?」
「いや。ロナ殿だなぁと感心していた」
「そうなんですね。ロナさんだからなんですね」
「文句があるなら食べるな」
これは、クロウさんの分!
「すまん! そう言う意味ではなくて!」
「失礼しましたぁっ!」
肝心のクロウさんは、・・・猪ハムに夢中でした。ぬふふ。ちょろいぜ。明日は、ヘビハムも作ってみよう。
がばっ!
クロウさんが、ハムを銜えたまま勢い良く顔を振り上げた。腐っても魔獣。いや、臆病者の成せる技か。
「クロウさん。どうしました? 骨が喉に刺さったとか?!」
違うから。
遥か上空から、真っ逆さまに突進してくる影。なんだけど、どこか見覚えがあるような。
・・・あ。
「クロウさん、伏せ」
いやあの。頭を抱えろとは言ってない。それでも、ハムは離しません。気に入ってもらって何より。
じゃなくて。
「ロナ殿? 何が」
術杖を取り出したわたしを見て、警戒態勢に入るウォーゼンさん。でも、出番はない、と思う。
「おきゃくさ「おねえさまぁあああああぶっ!」・・・」
絶叫と共に『重防陣』に激突したのは、四枚のつばさを持つグリフォン。だった。
あ〜あ。
休息に、なりません。




