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彼らの帰る処

 どうやら、拗ねていただけらしい。


 四葉さんも交えて、身振り手振りの会話を重ねて、なんとか事情というか理由を聞き出した。


 わたしがローデン入りした気配を、なんとなく感じ取ったはいいものの、「目立ちたくない」と言われていたので、おいそれと外出も出来ない。何時来るか待っていたが、一向に姿を見せない。

 いい加減待ちくたびれて、叱られてもいいから探しに行こうとも考えた。


 しかし、五日前から、強烈な存在感を表し始めた。間違いなく、ローデンにいると確信した。今度こそ会えると期待していたのに、それでも全く音沙汰がない。


 長く離れすぎて、忘れられたか見捨てられたか。


 あ〜、そういうことなら、ふてくされてハンガーストライキぐらいはするわ。

 それにしても、根性が入りまくっている。断食アピールなんて、どこで知ったんだろう。


「街の暮らしが気に入ってたんだとばかり思ってたんだ」


 かぷかぷかぷっ


 だぁっ! いくらしゃべれないからって、何かと言うと噛み付くのは勘弁して。


「そんな訳あるか。おめえと違って、こいつらは律儀なんだよ。ずーっと留守番し続けられるんだからよ」


「ヴァンさんはじっとしてるのは無理だもんね」


「やかましいっ」


「ヴァンこそ五月蝿いわ」


「おかわりあるよ。どれにする?」


「俺の話も聞けっ」


「きいてるよ?」


 まともに相手にしてないだけ。


「てめうぶっ」


 ヴァン犬は、アンゼリカさんの座布団になりました。ちゃんちゃん。


「でも、本当に偉いわ。ムラクモさんも、オボロさんも」


 むふーーーっ


「モリィさんの面倒見るのは、大変だったでしょ。頑張ったね」


 ぶふふーーーっ


 ドヤ顔ともお疲れ顔ともいえない、ため息の様に鼻を鳴らすムラクモ。うん。なんとなく、想像はつく。


「人の街で暮らすなんて始めての経験だと言っていたわ。慣れるまでは、本人もだけど、周りの人が、ね?」


「フェンさんには、頭が上がらないねぇ」


「運良く、モリィさんの興味を引ける物があったからよ。それと、アルちゃんもダシに使ったというわ」


「ちょっと」


「あら。お裁縫が上手になれば、好みの服だけじゃなくて、アルちゃんの服も作れるようになるわよって、教えただけよ?」


 絶対に、それ、アンゼリカさんが吹き込んだよね。




「あの、女将さん。お客様が」


「あらあら。わたしをご指名なのかしら」


 とか言っているうちに、厩の出入り口前に馬車が止まった。


 そして、箱馬車の扉から、砲弾のように何かが飛び出した。


 わんわん! きゃうん! くぅ〜〜〜〜ん!


「あらあらあら。ハナさん、ユキさん、ツキさん。久しぶりだわ。元気にしてたのかしら」


 動じないアンゼリカさんが素敵。


「すみません! 一度工房に寄ったら女将様はこちらと窺ったので。先触れも無しにすみません」


 いやあの。王妃様が、スミマセンを連発するってどうなのよ。


「わ。わ。わ。ちょっと、落ち着きなさいって!」


 そして、三色毛玉にもみくちゃにされているわたし。重い、重いってば。


「五日前から、賢狼様方はそわそわしっぱなしだったんです。それで、女将様とご相談したくて」


「あらまあまあ。ムラクモさん達も様子がおかしかったのよ。何があったのかしら」


 五日前。モリィさん突入事件の日じゃん。


「それよか、この体型は、どうしたのさ!」


 ハナ達の体を掻き分けて、隙間からステラさんを窺えば、視線をそらしている。こちらを、わたしを見ようとしない。だから、重いって。


 ユキもツキもハナも。丸っ丸と膨れている。狼の毛皮を被せた風船じゃないんだぞ。


「王妃様? 馬車は返してもらっていいかしら。うちには停める所がないのよ」


「あ。はい、すみません。ということなので、王宮に戻してください。皆さんも一緒に」


 アンゼリカさんのお願いを聞いて、ステラさんが御者台の騎士に指示を出した。ちょいと、わたしの質問は?


「え? ですが、妃殿下。お帰りはどうなさるのですか」


 護衛の騎士達も動揺している。


「ナーナシロナ様にお願いしますから、安全ですわ」


「そういうことなら」


 なぜそこで、納得する。王妃の護衛が仕事でしょうが。


「ちょっと! 勝手に巻き込まないで! それに、ボクなら安全ってどういう意味さ?!」


 目の前の騎士さんに盛大に文句を言った。うん。誰が聞いても、わたしの言い分の方が正しい筈だ。


「あ、いや。それはその」


 しどろもどろになる騎士さん達。なぜか、尻を隠そうとする人が、多数。というか、ほとんど。


 ま、さか。


「工房に出向していた班員から、無い事無い事聞いたとか」


「アハハハ。・・・・・・それでは妃殿下失礼いたしますっ」


 全員が、馬車に飛び乗り遁走して行った。


「こら待てーっ。これ持って帰れっ。でもって、訂正しろーっ」


 と、怒鳴った所で、もう影も形も無い。なんて奴らだ。職務怠慢で減給ものだーっ。


「いくらなんでも、「これ」はないです」


 どこが? 登場するにもTPOが激しく間違っていると思う。


 魔獣は森に、女将は宿屋に、王妃は王宮に。


「だいたい、王妃様一人残して逃げ帰るなんて騎士団員にあるまじき振る舞いじゃないか。怒るんならそっちを怒るべきでしょ」


「わたしも彼らぐらいには剣を使えるんですよ?」


「だったら一人で帰れば?」


「ですから、一人は心細いです」


「巡回の兵士を呼べばいいじゃん!」


「ナーナシロナ様がいいです」


「そうよねぇ。ななちゃん、強いもの」


「アンゼリカさんまで?!」


 物理的にたたき出そうにも、ハナ達の巨体が邪魔をする。というか、わたしの手をしつこくしつこくしつこく舐めている。よだれが、よだれだよね。胃液じゃないよね。


「あ〜もう判った! ユキもツキもハナにも出すから。ちょっと離れて」


 すちゃっ


 タヌキのような下半身を床につけて、それでもお行儀よく「待て」をする三頭。その後ろでは、敷き藁が紙吹雪のように馬小屋中に舞い上がっている。


 でもって、滝のように滴り落ちる、よだれ。おい。


「ぶおっ。ちょっ、ひでえ」


 ヴァンさんは、藁埃をまともに顔面に浴びてしまったらしい。床に伏せていれば、無理もない。ゴボゲボとむせている。


「ハナ達が落ち着くまでは無理だよ。多分」


「そういうことなら、食堂で待っていましょうか」


「あ、はい」


「んじゃあな。任せたぜ」


「え。ちょっと、何!」


 三人は、そそくさと退場して行った。厩に残っているのは、わたしとムラクモとオボロとユキとツキとハナと四葉さんと。


「・・・ま、まあ。久しぶりに、水入らずってことで。みんなで、ご飯、食べようか」


 一段と激しく藁が飛び散った。


 こらこらこら。ご飯が藁まみれになるってば




 手持ちの料理を振る舞い、全員にブラシをかけてやり、そうして、漸く眠ってくれた。


 それにしても、いくらなんでも膨らみ過ぎだ。


 方や拒食症、方や過食症。・・・なんだかなぁ。


 そこまでして、わたしを待っていたのかと思うと、申し訳ない気になる。


 あの時は、そんな真剣には考えていなかった。気まぐれで、怪我をしたムラクモ達を助けた。何も、従魔契約しなくても、とも思ったけど、いち早くあの場所から脱出するには最善の手だった。


 ただ、それだけだったのに。


 柔らかな毛並みを撫でる。


 種類の異なる魔獣達が、一塊になって眠っている。オボロなんか、腹を見せた万歳ポーズだ。いくら何でも、気を抜き過ぎだ。


 今も昔も、本性のわたしは、彼らをひとひねりで殺せてしまう。今の格好でも、やろうと思えば瞬殺出来る。


 だというのに。この無防備な寝姿は、なんなんだ。


 信頼


 しているのだろうか。わたしを? よく、判らない。


 彼らとの旅は、確かに楽しかった。わたしみたいな、みょうちきりんな生き物にも、彼らは優しかった。


 だからこそ、好きなように生きていて欲しかった。


 わたしなんか、忘れて。





「だいたい、あいつは水臭いんだよ。全部一人で背負おうとしやがって。ちった、頼ってくれてもいいだろうが。違うか?」


「ヴァン。その辺にしておきなさいよ。ななちゃんの酔い覚ましを貰いたくはないでしょう?」


「けっ。いくらだって飲んでやらぁな」


「顧問様。御酒も過ぎれば体に悪いですよ?」


「そういうあんただって、結構開けてるじゃねえか」


「う」


 深夜の貸し切り食堂で、三人が酒盛りしていた。王妃とギルド顧問と宿屋の女将という、身分だけならどういうつながりなのかさっぱり訳が判らない組み合わせだ。


「よし。あいつも呼んでこよう」


「ななちゃんとムラクモさん達は、久しぶりに顔を合わせているのよ? 邪魔したら悪いわ」


「そうなんですよね。賢狼様とナーナシロナ様が最後にお会いになったのは、・・・あら?」


 五年以上前だ。


「黒助も似たようなもんだしな。しゃあねぇか」


 ヴァンは、浮かしかけていた腰を戻した。


「そうよ。お腹がすいたら、こっちに来るわよ」


「あいつの蓄えは半ぱねぇぞ?」


「え、ええ。そうね。そうだけど、顔ぐらいは出してくれるわよ」


「本当によう、似たもん同士っつーか。頑固で律儀で気まぐれで、やる事成す事トッピョーシもなくって」


 話題はななしろのことばかり。だが、尽きる事はない。愚痴とか愚痴とか愚痴とか、そりゃもういろいろと。


「あら。そこが可愛いのよ」


「可愛いなんてレベルか? あれが」


 一気にグラスを開けたヴァンに、エルバステラが次の酒を注ぐ。


「姿を隠されていた時に、何かあったのでしょうか」


「海の向こうに流されたって言ってたけどな」


「ですが! あの時は、コンスカンタだけでなくマデイラとユアラも捜索隊を組織したはずです。あれだけの目を逃れられるはずは」


「さあな。だがよ、あいつがどんな目にあったのか、それが判ったとして、俺達に今更何が出来る?」


 グラスに目を落とし、自分に言い聞かせるようにつぶやく。


「・・・」


 酒瓶を握ったまま、押し黙ってしまう。


「そ、うね。お料理だって、あんなに美味しく作ってしまうし」


 どよ〜〜〜〜ん。


「女将様っ」


「おめえは、好きなだけ母親面できるだろうが。俺なんか、雑音扱いだぞ? 危なっかしくって見てられねえから、口を出してるってのに、人の気も知らねぇで。くっ」


 もう何度目になるのか、グラスを一気に煽る。それでも少しも酔えない。


「やはり、わたし達が調子に乗りすぎてたのでしょうか」


 エルバステラは、テーブルにのの字を書いていたりする。


「あ、ああ。そう、かもなぁ。無事、とは言い難いが、とにかく、生きて、帰ってきてくれた。嬉しかったぜ? これで、借りの一つも返せる、いや、とにかく、嬉しかったんだ。俺は」


「わたしもです」


「前ん時の騒動にゃ懲りたから、見てくれが変わったのをいい事に別人として振る舞うのはいいんだ。だがよ? だが、なんつうか、なぁ」


「我慢が高じてオーバーキル?」


 アンゼリカが、物騒な感想を漏らす。ついでに、脇腹をつまんでいたりする。


「誰も殺してねえ!」


「後先の事を考えていらっしゃらないように見えますよね」


「ああん? あんだけ工房に手ぇ出しててそれはないだろ」


「そう言われてみれば。考えているのは工房がこの先やって行けるかどうかだけ、みたい。自分の事は、相変わらず後回しにして」


 はぁ。


「またかよ。これだから、目が離せねえっつってんだ」


「でも。それって、・・・」


「あああ、すみません。すみません! 強引に連れてきたりしたからですよね?」


 はっきりと口にはしない。が、三人の胸から、ある懸念が消えない。


 繭に係るあれこれが一段落したら、ローデンから立ち去り、そして、今度こそ、二度と逢えなくなるかもしれない。


 確かに、ななしろの能力は王族を持ってしても頼りがいがある。手放したくないのも無理はない。


 それがなくても、むしろ、何もしなくてもいいから、ローデンに、側に居て欲しかった。

 現状でそれを力説しても、決して認めてようとはしないだろう。連れて来た状況が悪すぎる。何故、あのような手段になってしまったのか。


 今からでも、騎士団長を取っ捕まえて、みっちり説教してやりたい。ななしろに強要されて畑違いの工房作業に拘束、もとい従事しているので、邪魔は出来ないが。下手に口を挟めば、とばっちりが飛んでくるに決まっている。


「魔道具のあれこれは、王宮に任せるからな。多分、商工会の手にも余るだろう。うまくフォローしてくれよ?」


「う、ううっ。頑張ります」


「それよりも、ヴァン? あなたこそ、その口をどうにかして頂戴ね」


「今更俺が取り繕ったって、気味悪がられるだけだろ」


「余計な事を言わなければいいだけじゃない」


「どこが余計だ」


「まるでご夫婦のようですね。仲がよろしくて」


 げぶふぉっ


「あらあらあら。わたし、こんな甲斐性なしを夫にする趣味はないわよ?」


 ・・・反論したい。だが、迂闊なことを言えば、また裏を読まれかねない。


「あっつ〜。アンゼリカさん、お水〜」


「よ、よう! なんだ、あいつらの相手はもういいのか?」


 救い手がやって来た。話題を逸らせられれば、それでいい。


「やっと寝てくれた。それよか、もうすぐ日の出だよ? 飲み過ぎじゃん。はい、これ」


「げっ!」


「王妃様が、酒の匂いぷんぷんさせて帰城、なんてまずいどころじゃないし」


「ぐっ」


 そこまで言われてしまえば、飲まないわけにはいかない。


「ほら、わたしの言った通りじゃないの」


「止めなかったアンゼリカさんも悪い」


「・・・あら」


 手際よく三人分注ぎ分けられた酔い覚ましを、じっと見る。薄めたくても、テーブルの上の水差しは、ななしろに飲み干されてしまった。


「あ、そうだ。王宮には送ってあげられないから、適当にその辺の巡回兵さんを拾ってね。ぼくは、工房に戻る。急いで作らなきゃならない物を思い出したんだ」


 ななしろは、挨拶もそこそこに食堂から出て行ってしまった。


「な、なんなんだ」


 開け放たれた扉から、薄明るい街屋が見える。ななしろの姿は、影も形もない。


「あの、アンゼリカ様? なんだかこう、とんでもないことになる気がしませんか?」


 彼女の作る物は、食べ物であってもなくても騒動を引き起こしてきた。これからも、そうなるだろう。


「そうね。でも、ムラクモさん達も放っておけないわ」


「俺が残っとく。だから、あっちはまかせるぜ」


 実際、ヴァンが工房にいても、ななしろに引っ付いているだけだ。ななしろを押さえつけようとすれば、返り討ちにあって縛られてお終い、になる。


「その前に、これ、飲みませんか?」


「ヴァンが、あんなことを言うからよ」


「俺の所為か?!」


 バッドの酔い覚ましは、一口でも十分効果がある。


 だがしかし。


 液体は、原液を示す濃紺。それが、先ほど酒盛りに使っていたグラスに、ナミナミと注がれている。


「せめて、薄めてくれ」


「急がないといけないでしょ? ヴァン一人だけ抜け駆けはさせないわよ」


「それでは、せーの」


 気の抜けた王妃の掛け声に、逃げる暇もなく、覚悟を決めて一気に煽る。


 がったん!


「何事ですかっ、って女将様?!」


 物音に驚いて従業員が食堂に駆けつけた時、そこには、蹴倒された椅子と、床で身悶える三人の姿があった。

 バランスの良い食事と、適度な運動で肥満を防ぎましょう。というのは、判っているのですが。

 アイスクリームのおいしい季節なので、つい・・・。




 *******


 ストックが無くなりました(涙)。エタらせはしませんが、次回の更新は遅れるかもしれません。

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