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北風と、ごちそう

「ペルラさんの問題は、ほぼ解決したとして。あっちは、ねぇ」


「エッカ様のご依頼、ですか?」


 ミレイさんの確認に頷く。


「無毒化に成功したサンプルが、まだ一つもないんだよ」


 痺れ油の調合テストでは、エッカさんの後頭部に多大なる消耗を強いてきた。これ以上ダメージを喰らったら、危ない老人一直線。下手をしたらば、あの世行き。

 流石に、それは、ちょっと、ねぇ?


 悲惨な有様の作業室を掃除している時、一葉さん達は刺されない限り痺れ薬が効かないと判って、それなら有毒気体はどうだろうと訊いてみた。

 驚き桃の木、は古すぎるか。とにかく、強酸性とか腐食性とか、近寄るのも恐ろしいブツでも短時間なら問題ない。それどころか、毒性の強弱まで判別できると自慢してきた。ゲームでいうところの状態異常には極めて耐性が高いらしい。


 早く言ってよ!


 と、文句を言ったが、そもそも彼らには口がない。


 駄目なのは、火が付きそうなほどの高温と凍り付くほどの低温と真空。それと、刃物とか牙とか爪とか。


 普通の人はおろか、魔獣でも、それは駄目だから。


 それはともかく。


 ほぼ無敵な彼らを拝み倒して、なんとか協力を取り付けた。あれこれ相談して、煙の毒性を調べる手順や使う道具を決めた。

 調合したサンプルオイルを、点火テスト用のミニランプに入れて、隔離ケースの中で火を点ける。ケースには小さな穴が一つだけ開けてあって、一葉さんが、蔦先を突っ込んでチェックする。

 ケース内での点火も一葉さんにお願いした。点火消火装置付きの魔道具ランプだから、大丈夫。火傷なんかさせないもんね。


 気体毒性レベルは、札を揚げて示してもらう。毒性無しなら○、笑気とか催涙性とかなら△、昏睡や重篤な麻痺を引き起こすようなら×、即死レベルならドクロマーク。


 エッカさん達には、サンプルを増やす為に、二から三種類の試薬も混ぜてみるように指示、もといお願いした。一葉さんの協力があれば、いくらでも試験できるからだ。今までは、ほら、エッカさんの体調次第だったし。


 治療師チームは、三人交代どころか、工房にカンズメになっている。乳鉢や石臼を、朝から晩まで、ごりごり、ごりごり、ごーりごり。

 筋肉痛になったと泣き言を言っていたけど、痛み止めのクリームをたっぷりと塗り付けてあげたから、問題ない。


 でもって、作ったサンプルは、すぐに廃棄せずに、毎日、点火テストに掛けている。時間をおけば、無毒化するかもしれない。と期待しているのだ。

 ぬか漬けは、古漬けも美味しい。・・・ちょっと違うか。


 今のところ、どくろも○も、一つもない。いいんだか悪いんだか。


 首長竜の毒血を解毒する方法にも繋がりそうなので、是非ともなんとかしたい。したいけど。


「蛇様のお体に障りはないのでしょうか」


「うん。大丈夫みたいだよ」


 一葉さん達は、にょろにょろ動き回るので蛇と誤解されている。彼らも、それっぽく擬態するようになった。何と言うか、芸が細かい。

 虫瘤バッグは、しっぽの先に串団子が刺さっているように見える。苦労した甲斐があった。ただ、もう一度作れと言われたら拒否させてもらう。あの時のテンションは普通じゃなかったから、あれだけ細かい細工にも集中できた。


「おめえもエッカと一緒に作業してただろうが。なんで無事だったんだよ」


「吸い込まないように、口と鼻を覆ってたんだ」


 本当は、布一枚覆った程度では完全には防げない。実を言えば、ちょこっと嗅いでヤバいと思ったら息を止めていたのだ。それに、わたしは人に比べれば毒耐性が高い。

 ということで、エッカさんのような事態は未然に防いでいた。


 教えておけばよかったかな? 今更だから、いいか。


 痺れ蛾鱗粉は、その「ちょこっと」でもアウトだけど。「最終兵器」も、劇的に効く。自分はそういう体質なのだと無理矢理納得させている。


 それはともかく。


 分離できない成分を無毒化する方法、なんとかならないものか。


 なにか、こう、もやっとしている。なんだろう。


「無理はしてないのかしら。ムラクモさんは人参のお料理が好きなのよ。こちらの、一葉さん? だったわよね。何がお好きかしら」


 食べ物で懐柔するつもりだろうか。まあ、いいけど。


「酒」


「・・・え?」


「四人とも、お酒大好き。微妙に好みが違うけど」


 一葉さんは、何でもござれ。双葉さんは、蜂蜜酒をベースにした果実酒。三葉さんは、やや辛口。四葉さんは、・・・悪趣味。

 ただ、全員が、度数の高いものは苦手のようだ。ジャガイモ焼酎は、彼らとの晩酌では嫌がられるので、今では専ら調薬原料専用になっている。


「うわばみ娘にゃ似合いの連中ってかぁ〜〜〜〜〜〜っ! やめろっ」


 四葉さん、グッジョブ!


「四葉には、後で、とっておきを飲ませてあげる。ヴァンさんに味見させてあげてもいいよね」


 ぴこん!


 いつもより激しく踊っています。ヴァンさんまで踊ってます。もとい、踊らされている。喜びのあまり、ついつい締め上げてしまったらしい。いいぞ、もっとやれ。


「お、おじさま? 大丈夫ですの?」


「喜んでるだけでしょ」


「違うっ。違うから。止めろ、やめさせてくれ〜〜〜っ」


 アンゼリカさん達は、何とも言えない顔をして、もがくヴァンさんを眺めている。


「ヴァンさん、よかったねぇ。遊んでくれる相手が増えて」


「よかねえよっ。って、そういやぁ、黒助のやつ、ここんとこ妙に大人しくてよ。今度顔を出してやれよ?」


「ヴァンさんがこっちに入り浸ってるからでしょ」


 オボロは、工房への出禁を言い渡されている。今は誰を玩具にしてるのかな。


「いやそれが、なんとなく毛艶が落ちてる気がするんだよ」


「あら、あらあら。そう言えば、ムラクモさんもあまり食欲がないみたいなの」


「金虎様と賢馬様、ですか? 大事ではありませんか!」


 ヴァンさんとアンゼリカさんの台詞を聞いて、ミレイさんとラトリさんの顔色が変わった。

 おお。みんな、今も街の人達に大事にされているんだね。ありがたや。


「あの、アンゼリカ様? こんな所で油を売っている場合ではないのではありませんの?」


 ペルラさんは、歯切れが悪い。本当は、わたしに言いたいのだろう。だからって、自分の工房をこんな所呼ばわりしていいの?


「ここんとこ、暑い日が続いてるからじゃないの?」


「そうかしら、そうなのかしら」


 アンゼリカさんも、もっと何か言いたそうな顔をしている。


「おめえのトンデモ料理でも差し入れてやれよ。いやでも食うだろうさ」


 トンデモ料理とは、失礼な。


「ヴァンさんにも特別な一品を用意してあげる」


「要らねぇ!」


「でも、ヴァンの言うことにも一理あると思うのよ。ななちゃん、お願いできるかしら?」


「そうですね。ナーナシロナ様の料理ならば、賢馬様方も喜んでお召し上がりになりますわよ」


 アンゼリカさんとペルラさんが、ヴァンさんの尻馬に乗った。


 でも、こういう口実があれば、あの子達に逢いに行くのも不自然ではない。体調が悪そうだというのも気になる。


 この場は乗せられておこう。





 糸巻き作業を手早く切り上げて、調理室を借りた。ついでに、昼食もたっぷりと作らせてもらう。

 手伝っていたアンゼリカさんが、泣きそうになっていた。かもしれない。でも、わたしは見ていない。


 ヴァンさんは、昼食を食べる前にギルドハウスに戻った。オボロを「森の子馬亭」に連れてくる、と言い訳を残して。それなら、特製弁当の出番だよね。

 あ、でも。行き先には食堂がある。あちらの料理人さんに悪いかな。


 ミレイさんの作ったマジックボンボンに作り立ての料理をたっぷりと詰め込んで、アンゼリカさんと一緒にムラクモの居る厩舎に向かった。途中で、新鮮な果物も買い込む。これだけ種類があれば、どれか一つは口に合うものもあるだろう。


「女将様! よくお戻りくださいました!」


「何かあったの?」


「使いを出そうとしていた所なのです。とにかく、厩舎へ」


「賢馬様に何かあれば、聖者様にも顔向けできません。なんですが、どうしたらいいのか・・・」


 クララさん達の顔色はすこぶる悪い。


「何も召し上がってくださらないんです」


 馬屋番の男性は半泣きになっている。


「何時からなの?」


「ここ五日ほどになります」


「もっと早く連絡するべきでしょう!」


 アンゼリカさんの叱責が飛ぶ。


「も、申し訳ありません! でも、女将様もあちらの仕事でお忙しいようでしたので、治療師を派遣してもらって、なんとかなるかと」


 アンゼリカさんが工房関係できりきり舞いさせられているのを知っているので、出来る限り宿の人達で回復を試みたらしい。


 そんなこんなで厩舎に入ってみれば。


 馬房の隅に横たわるムラクモが居た。


 遠巻きにしている従業員を押し分けて、すぐ側にしゃがみ込む。


「・・・ムラクモ?」


 ぷすーっ


 鼻息にも勢いがない。


 そっと鼻先を撫でる。見れば、ずいぶんと毛並みが荒れている。


「竜姫様もいらっしゃらないので、ブラッシングが出来なくて」


 馬房の手入れは馬屋番に任せても、体には触らせてくれないと、教えてくれた。


「どうしたの? お腹すいてるでしょ。ご飯持って来たよ。食べない?」


 ぷすーっ


 鍋一杯に作った人参グラッセを取り出す。


 ありゃ? 見向きもしない。


「後は、わたし達で看病するわ。皆は仕事に戻って」


 アンゼリカさんの指示で、不安気な顔をしつつも、従業員および野次馬は追い出された。

 残ったのは、わたしとアンゼリカさんだけ。


「静かになったでしょう? これで落ち着いて食べられるわ。ね?」


 ぷすーっ


 アンゼリカさんの声にも、反応しない。というか、しっぽすら動かさない。


「熱がある訳でもなさそうだし。脈も普通みたいだし。どうしたんだろ」


 ぷすーーーーっ


 だん! だだだだだっ。


「ってててて。おい。黒助連れて来たぞ」


 厩の床に張り付いたヴァンさんが、鼻を押さえながら顔を上げた。


「遅かったわね」


「文句は黒助に言いやがれ。女将んとこに遊びに行くぞ、っつってもなかなか動かなかったんだよ」


 が。


「これで?」


 ヴァンさんを突き飛ばして馬房に突進して来たのに。


 ムラクモそっちのけで、わたしの全身をくんかくんかと嗅ぎ回るオボロ。


 ぶみゃーーーーっ!


 そして、○コパンチ!


「あら、あらあらあら」


 アンゼリカさん、見てないで助けて。


 のしかかられて、ふぐふぐ文句を言われている。あああ、判ります。「料理を寄越せ!」だ。


「ど、どいてくれないと、出せないってば」


 前に作った肉料理が、まだあったはず。地下室で盗賊をからかってたときのやつだ。とりあえず、これで小腹を満たしてもらおう。


 みゃーーーっ


 ・・・食べ方にも文句をつけるなんて。皿に置いたものには見向きもせず、わたしの手から食べたがる。


「判ったってば。次はこれでいい?」


 みゃっ♪


 自分を無視して、嬉々として料理をがっつくオボロに苛ついてきたらしい。ムラクモの耳が激しく動くようになった。


「ムラクモも、一つ食べてみない?」


 鍋の中から芋を掬って口元に差し出した。もちろん、わたしの掌の上。


 これなら。




 わたしは給仕係に徹していた。休む暇なんかありゃしない。二人にせがまれるまま、ひとつひとつ食べさせている。そうしないと、食べないんだもん。


 方や肉食。方や草食。ああ、忙しい。


 アンゼリカさんには、買ってきた果物を適当にカットしてもらっている。彼女が食べさせようとしても、決して口をつけない。一口ぐらいいいじゃん。


「二人とも、ななちゃんのことが本当に好きなのね」


「獣魔は、そんなもんだろ?」


「あのさ。普通は、契約者から離れたら死んじゃうんでしょ? ハナ達もだけど、これって違うんじゃないの?」


 その人の魔力に依存するようになると、聞いた。だから、契約者が死んでしまえば、従魔も死ぬ。

 でも、あの事件の後も、みんな、生きていた。だから、従魔ではない、はず。


「だって、なあ?」


「そうね」


 ヴァンさんとアンゼリカさんが、何やら意味深なアイコンタクトを取った。


「ボクにも判るように教えてよ」


 辺りを見回し、誰も居ないのを確認して、更に声も小さくして。


「ななちゃんの従魔だもの」


「変わり者には変わったやつが付くのは、あたりまえだろ?」


「ボクのどこが!」


「そりゃ、トンデモねぇ魔術は使うしよ」


「みんな、死んじゃったと思ってたのよ? でも、ムラクモさん達が生きているんだもの。いつかは帰ってきてくれると信じてたわ」


「見たこともねえ魔道具をぼこぼこ作りやがるしよ」


「モリィさんがね。ムラクモさん達からアルちゃんの気配がするって。だから、どこかで生きているって太鼓判を押してくれたの」


「ああ? 俺達の度肝を抜きっぱなしで慌てふためく様はさぞかし面白いんだろうがちっとは限度って物を覚えやがれヘブッ」


 悪党は滅びた。


 じゃなくて。


 アンゼリカさんの容赦ない一撃を受けたヴァンさんは、藁まみれの床に沈没した。南無〜。


 それはともかく。


「何を言いたいのか、よく判らないよ?」


「ムラクモさん達はね、ただ、ななちゃんの側に居たいのよ。だから、必死になって生き延びたの。わたしはそう思ってるのよ」


「そ、そうだったの?」


 ぶんぶん!


 オボロもムラクモも、激しく首を振っている。従魔にあるまじき執念。


 ・・・なのだろうか?


「だったら、どうして街に居るの」


 げ。


 二人とも、いきなり泣き出した。どうして。


「ななちゃん。ムラクモさん達に、何かお願いしてないかしら?」


「え? えー、なにかあったっけ」


 べしべし! かぷかぷかぷーーーっ!


 判った、思い出すから!


 ええと。コンスカンタに行く時には、ムラクモにモリィさんのお守りを頼んだ。ことは覚えている。でも、オボロやハナ達には、特に言ってなかったと思うけど。あ、あ〜、スーさん含めた一行の護衛は頼んだっけ。


 ・・・・・・


 ここからは、わたしの想像。


 モリィさんはローデンに居座ることになって、ムラクモは彼女から目を離すをよしとしなかった。

 別の街に居れば、いつかわたしが戻ってきた時、すぐに会えない。だから、ハナ達は、ディさん達でなく、スーさんの護衛を買って出ることにした。

 オボロは、ギルドの顧問室で、ただ、わたしが帰ってくる時を待つ。猫は、家に憑くというし。猫じゃなくて虎だけど。


 そういうこと、なのかな?

 拳だけでは語り合えません。

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