手加減、無用
「そう言えば」
「今度は、なんだ?」
すっかり眉間のしわが定着してしまったライバさんが、むっつりと返事をする。
「ギルドのお姉さん達、何しに来たんだろうね」
「あ〜、ペルラの助っ人らしいぞ。[魔天]産の素材が大量に! あるしな。出向させた、とヴァンが言ってた」
出向、ね。工房のある貴族街は街門から離れてるのに、ここをギルドの支部にでもするつもりなんだろうか。
それにしても、妙に強調するなぁ。追加した繭が足りなかったかな?
「今年の繭は、そろそろ終わりでしょ?」
ぎろりっ
視線だけで何かを射殺しそうだ。
「今年だけじゃねえだろうが。あの繭は、うちに持ち込まれるのが判りきってるからな。直接運び込めば、ギルドで荷物の上げ下げしなくて済む。ってことで、今のうちに、あれこれ打ち合わせとけば、いろいろと手間が省けるんだと。
ってそれどころじゃねぇ! 訳の判らねえ魔道具を工房中にばらまきやがって! やるなって、やるんじゃねえって、散々散々言っただろうがっ!!」
鬼の形相。ペルラさんといい、そこまで殺気立たなくても良さそうなものなのに。エッカさんの持ち込んだ胃薬だけで間に合うのか、心配だ。ムミオさんに薬草セットを差し入れしておこうっと。
「ぜーんぶ、私物だもん♪ たいした数もないし〜」
「どこがですのっ! あんな物を愛でる趣味はおかしいですわ!」
涙目のティエラさんが噛み付いてきた。あんな物とは失礼な。
「ボクを捕まえにきた時、[魔天]で散々見かけたでしょ。見慣れれば結構可愛いし」
「どこがだっ!」
ライバさんまで喚き始めてしまった。恐ろしいとか凶暴とかなかなか倒せないとか返り討ちに遭いそうになったとか。
・・・返り討ち?
・・・・・・
魔獣の氾濫が滅多に起らなくなった近代、各国の人口は増えた。都市内の耕作地だけでは穀物を賄いきれず、都市周辺の原野を開拓するようになり、そして、そこに人が住み始めた。
都市を挟んで[魔天]の反対側に設けられた農村は、盗賊や狼などの襲撃に対応するため、農村周辺で狩をする狩人や元傭兵などで組織された自警団によって守られている。また、騎士団の巡回もあって、治安は維持されている。
ところが。今から二十年ほど前、魔獣が街道に出没する件数が激増した。
街道を往く商人は、傭兵を増やして対応はしたものの、当然赤字すれすれ。そもそも、大手隊商でもなければ、まとまった人数が雇えない。その上、並の野獣や盗賊なら過剰戦力な編成でも、強力無比な魔獣を相手に出来るような剛の者はごく少数だからだ。
運が悪ければ、大規模隊商ですら全滅した。
開拓村にも被害が及んだ。
[周縁域]を住処にしていた獣達が、大挙して農村地域に移動してきたからだ。
出没する魔獣に追われ、住み慣れた縄張りを失い、飢えている。その矛先は、村落の家畜や住人に向けられた。
小さな農村の住人は、防御に優れた他所の村を頼って避難した。戦える人員が増えるのは望ましいが、食い扶持も増えたので一長一短である。早々に撃退しないと、全員が獣の餌食になりかねない事態に、避難先となった農村は属している都市国家に救援を求めた。
交易でもたらされる物資が減る。農村部からの食料が届かない。都市住人達にとって、文字通り死活問題だ。
密林街道に接した各国は、急遽、騎士団の巡回班を増設して、隊商や都市周辺集落の保護に奔走した。しかし、当初、対魔獣戦の訓練を受けていない急ごしらえの巡回班では、ハンターが駆けつけるまでの時間稼ぎしか出来ず、怪我人が増えるばかり。
西海側の国に助力を請い、兵を借り受けたところもある。が、派遣された兵達の練度に問題があったらしく、期待したほどの成果が上がらなかった。
一方、当初、ハンター達は[魔天]に侵入しなくても魔獣素材が採取できると喜んだ。しかし、自分が得意とする魔獣ばかりに遭遇できるとは限らず、こちらも重軽傷者が続出した。
漸く、ギルド、騎士団、魔術師団の連携が検討された時には、各方面で人手が足らなくなり、引退したハンターや工作班員までもが引っ張り出されることになった。
実質は、討伐した魔獣の解体運搬係だったそうだ。魔獣の遺骸を放置すれば、それは別の魔獣を呼び寄せるエサとなってしまうからだ。ついでに、不足しがちな物資を補う意味もある。
それはともかく。
基礎訓練を受けているとは言え、基本、後方支援要員たる工兵の戦闘能力は、低い。ましてや対魔獣戦の経験など、ほとんどない。
初めて生きた魔獣を間近に見た工兵の中には、恐怖のあまり、味方の背後で暴れまくって被害を拡大させた者も居たとかなんとか。
幸いにして、都市を脅かすほどの魔獣の氾濫は起らないまま、数年後、事態は収束した。
そして。街道都市国家では、魔獣、及び[魔天]の恐ろしさが再認識された。
・・・・・・
以上。
ライバレポートより、抜粋。
魔獣の徘徊が増えたのは、ロックアントと痺れ蛾大繁殖の影響だろう。わたしが[魔天]に帰ってきて、彼らを狩りまくるようになって、やっと以前のレベルに減った。そういうことらしい。
まったくもう。傍迷惑にも程がある。本気で、あいつらの天敵を求む。というか、ハンター達よ、根性出してさっくり採取しやがれ!
それはさておき。
ライバさんが怖いの一辺倒で括る魔獣だが、街で高位ランクに指定されている魔獣ほど、綺麗な瞳をしていたりする。
南天王さんは、黙って立っていれば文句無しに「南天王」な威厳もあった。黙っていれば、の注釈が付く。
このギャップがたまらない。なんで判ってくれないんだろう。
うーむ。ガラス玉でよりリアルにするべきだったか。それとも、魔石化した瑪瑙で目玉を作ってみるとか。いっそ、魔包石を使ってみようかな。
ふむ。糸取りも効率化できないだろうか。糸巻きを動力で動かせば、ティエラさんの苦行も少しは楽になる。使える魔法陣を探してみよう。
「小僧。その顔は、また、なんか悪巧みしてやがるだろう。やるなよ? 絶対にやるんじゃない!」
「技術向上に燃えてるだけだもん」
「やるなーーーーーーーっ!」
ライバさん、号泣。ただの所信表明を聞いただけで、そこまで感激してもらえるなんて。よっしゃ! 増々、ヤル気が出た。
「ちょっとお待ちなさいませこの変態。これ以上、何を向上、こうじょう、こう、じょう?・・・」
おや、ティエラさんが、壊れたレコード状態に。
「まずは、電撃鞭の改良でしょ? お湯の出る魔道具も欠点が判ったし。あ。それより先に、痺れ薬の解毒実験に使う道具を増やさなきゃ」
「「「・・・・・・」」」
思いつくままに列挙していたら、傍観者に徹していたミゼルさんも含めて、氷の彫像と化した。
ブレスを吐いてもいないのに。
竜の姫乱入事件から、五日。
たったの五日で、ペルラ工房(仮)の関係者は、発狂寸前になっている。
例えば。
「あ、アンゼリカ様、なんとかしてくださいませませませ」
「それが。完っ璧に逃げられてしまうのよ。お食事の時も、ななちゃん、全然聞いてくれないし」
見違えるほどにツヤツヤした顔のペルラとアンゼリカは、もったいないくらいのしかめっ面をしている。
恐るべきは、ななしろメニュー。
薬草類は一切使っていない。特別な調味料を使っている訳でもない。
と、ななしろは主張している。治療師達も、食べた限りでは妙な薬品は使われていないようだ、と渋々ながら認めている。
にもかかわらず、どれだけ疲労困憊していても、食欲がなくても。一口齧れば、もう、止まらない。
血色も悪くやせ細っていたペルラは、ほんの数日、食べて食べて食べまくり、すっかり超健康体に復活した。
ちなみに、様変わりしたペルラを診察した治療師達は、号泣した。
一方、立て続けの大盤振る舞いを受けた一同は、そろって微妙に服のサイズが合わなくなった。これは困る。古着だって、そこそこの値段がするのだ。
女性達は、朝晩、頬やお腹をつまんで、ため息をついている。ペルラは、女官長時代のドレスを引っ張り出さねばならなくなった。
体力勝負の傭兵達や騎士団員も、腹回りを気にしている。このままでは、防具を身に着けられなくなりそうだからだ。
なんとかしてくれと、料理元締めのアンゼリカへ懇願が相次いだ。そう何度も何度も大量の料理を作られては敵わない(本音、これ以上体重を増やしたくない)アンゼリカは、ななしろと直談判した。もとい、結界に籠ったななしろに、一方的に捲し立てた。
翌朝。ななしろ特製朝食は、品数もボリュームも増していた。
食べなければいい、と判っていても、どうしても、手が、口が止められない。
作られる前に拘束すれば、手も足も出まい。そう考えて、調理室の全ての出入り口に魔獣捕獲用の罠を仕掛けた。
ところが、標的は、それらを全て解除してまんまと調理室への侵入した。アンゼリカが起きてきた時には、素晴らしく食欲をそそる出来立ての料理が、これでもかと並べられている。翌朝も、翌々朝も。ヴァン達が協力して、罠の種類をより過激にしても、阻止できない。
なお、出されたものをすぐに食べなければいいと、長期保存可能な容器に事前に取り分ける作戦は、空き容器が無くなった時点で強制終了している。
やりたくはなかったが、ななしろに容器のおねだりをすることにした。が、依頼したくても、やはり捕まらない。部屋に手紙を残したら、返事がない。
こうなったら、寝床から出てきたところで捕まえようと、深夜からななしろの寝室の前で待ち構えていたら。
「そんなところで寝てたら、体を冷やすよ?」
部屋の中にいた筈のななしろが、廊下を歩いて来た。
「え。え?」
思わず、寝室の扉とななしろを交互に振り返る。
「はい。これがあれば大丈夫♪」
差し出されたものをついうっかり手に取ってしまった。それは、極上の肌触りの毛皮のコートだった。
「ななちゃん。これは、なあに?」
「蒸し暑い[魔天]でも快適に過ごせるコート。そうそう、吹雪の中でも凍死しないんだ。これがあれば、どんな場所でも気持ちよく寝られるよ。アンゼリカさんにあげるね。じゃ、ボクは寝るから」
あっけにとられたアンゼリカの脇を通り過ぎて、ななしろは部屋に入っていってしまった。
「あ!」
扉が閉じられた音で我に返り、慌てて部屋に入ろうとしたが、すでに鍵がかけられた後だった。どれだけドアを叩いても、うんともすんとも返事がない。せっかくだからと、これを借りて扉の前で寝て、明日の朝一で突き返すことにした。
しかし、寝心地のよさに寝坊して、目が覚めた時には工房中に香ばしい料理の匂いが充満していた、という落ちがつく。
ちなみに、そのコートをヴァンに見せたところ、アンゼリカも見たことがない希少な魔獣の毛皮と判明し、手触りを楽しんでいた女性達と共に真っ白になった。
返品したくても、とにかく送り主が捕まらない。自室に保管するのも怖い、かといって、送り主の部屋の前に放置するのはもってのほかと、ひたすら悶々とする羽目に陥り、今に至る。
逆に、ライバはななしろに取り憑かれている。
大小の冷やし桶。浴室に使われている魔道具一式。屋内での呼び出し装置。などなどを、たった三日で完璧に作れるようになれという無茶振りに、悲鳴を上げたライバだったが、どうやっても逃げられない。
何しろ、ロックアントで作ったという黒い鎖に繋がれていて、食事にも出てこられない有様なのだ。どういう加工を施したのか、その鎖は魔導炉に突っ込んでも切れない。
それを見たミゼルが、ななしろを窘めようと試みたものの、
「興味あるんだ。それなら、ミゼルさんもやってみよう!」
と、勧誘、もとい拘束された。ライバ同様、鎖につながれて、今も魔導炉を前にして大汗をかいている筈だ。
治療師達は、押し掛けてきた当初とはうってかわって、どんよりとしている。
ななしろの指導のもと、麻痺効果を持つ油の無毒化実験に取り掛かった。
まではいい。
次から次へと出てくるななしろのアイデアに、治療院に送り返す筈だったエッカを動員してさえ、手が追いつかないのだ。
何しろ、実験器具も試薬も、余りあるほどある。使い切る前に、すかさずななしろが補充する。機材が不足したから、と、中断することが出来ない。
その上、彼女の従魔は、点火した際に発生する気体の毒性の有無を判別できることが判った。よって、「煙に当たって、起きられません!」という口実も使えない。手を休めようものならば、件の従魔から、容赦ないむち打ちが繰り出される。
結局、治療院でやっている調薬と代わり映えしない作業が、朝から晩まで続いている。
今では、チコリは、乳鉢と同じ大きさの食器を見ただけで泣き出し、オットーは、全身に湿布薬を張り付けられ、ペロは、油に溺れる悪夢に襲われている。
お題を立ち上げた、もといそれを口実に仕事をサボっていた張本人のエッカは、昼間は実験に従事し、夕食後、ムミオが運んでくる書類の決済に追われている。一日が終わる頃には、ななしろに文句を入れる暇も気力も残っていない。
ギルドと商工会から派遣されてきた四人は、あちらこちらで無造作に披露される素材や魔道具を記録する為に、ななしろの後ろを付いて回っている。
到着した日に見せられた、大量にお湯を吐き出す魔道具だけでも目を回したというのに、翌日になって、浴室設備の懇切丁寧な説明をぶちかまされ、四人の常識は完膚なきまでに破壊された。
寒すぎず熱すぎずの室温を維持する、廃水を浄化処理して大気に還元する、などの魔道具は、今まで見た事も聞いた事もない。潤沢な石鹸や洗い桶などなどの原料に至っては、もはや開いた口が塞がらない。
その後、治療師達の作業を手伝う為と称して、ボコボコ道具類を作っているのを見て、なにかを諦めた。
今では、屠殺後の家畜のような虚ろな目つきになってしまっている。
傭兵や騎士団員達は、朝一に補充されるエネルギーを持て余し気味になっている。
商売道具でもある防具は、体型に合うものでなければ用を為さない。これ以上、ナニかが増えてしまったら、防具を調整するか、新調しなくてはならない。もちろん、自己負担で。傭兵達の前身を顧みれば、食う寝るところが確保で来ているだけでも御の字だ。雇い主に泣き付くなど、それこそ沽券に係る。
なんとかして、体型を維持しなければならない。
工房周囲の道でランニングしたり、中庭で組み打ちしたり。誰もが惜しまず鍛錬に励んだ。
ただし、早朝は避けている。
都市内外の治安維持を司る騎士団員や旅する商人を護衛する傭兵は、体力武力がなければやってられない。
そんな団員を、彼女は、ものの半刻で、足腰が立たなくなるほどに、縦横無尽に翻弄したのだ。
もっとも、地面に伸びた団員に向かって「女性に向かって不用意な発言はしないほうがいいよ?」と忠告していた場面を、警備の傭兵が見ている。
つまりは、自業自得。
にもかかわらず、またしても「口を滑らせ」てしまった団員は、「昼食後の軽い運動」という名目で休憩室から引きずり出されていった。成人前(に見える)の美少女が、大の男の足首を掴んで、文字通り引き摺っていく様を見て、あれがもし自分だったらと考えた者は、笑い飛ばす事も出来ない。
そして、恐いもの見たさに付いていった団員は、不届き者の成れの果てと共に一部始終を報告した。例えば、「片手で放り投げた」とか、「模擬剣を持った団員を木刀一本で叩きのめした」とか、「王宮の侍女達よりも容赦がない」とか。
騎士団員の不名誉な事実と共に、「あれは、人の皮を被ったアンフィだ」という彼の感想は、瞬く間に広がった。
彼は、夕方、もう一度彼女に付合わされた。そして、交代要員と入れ替わりに官舎へ逃げ帰り、まだ工房へは戻ってきていない。
じょうしきぶれいかー。




