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本両発揮

 寒気がするというペルラさんを、浴室に押し込んだ。念の為、アンゼリカさんとミレイさんにも付き添ってもらう。風呂場で気分が悪くなったりしたら大変だもんね。

 ちなみに、ラトリさんは、休憩室や調理場の後片付けをしている。わたしは、手伝わせてもらえなかった。

 あ〜。モリィさんは、大人しくしてて。


「なんで、男湯まで作ったんだよ」


 商工会の職員さんと検分、もとい入浴してきたライバさんが、文句を言ってきた。


 買い出し組とお呼ばれ一同に夕食前のひと風呂を勧めたけど、誰も使ってくれなかった。お化け屋敷かなにかと勘違いしているようだ。

 でも、食後の腹ごなしになるよと、入れ知恵したら、この三人と治療師さん達が真っ先に浴室に向かった。


「どこか不具合があった?」


「違うっ」


「なら、いいよね」


「よくない! こいつら、目を回してたぞ」


「長湯し過ぎたんでしょ」


「そうじゃないって言ってるだろうが!」


「そうです! どこで手に入れたんですか! あんな設備、俺でも見たこと無いですよ?!」


 職員さんの一人、ドリオさんが身を乗り出して問い質す。もう一人のホールさんは、あれ、燃え尽きて真っ白だ。風呂上がりだというのに。のぼせたのかな。


「昼間、魔導炉を借りて作った」


「勝手するなっつったろーがっっっ!」


 ライバさんは大絶叫。職員さん達は絶句。


「大丈夫。燃料の魔石も素材もぜーんぶ自分持ち♪ 工房の物には一切手を付けてないから問題ない。あ、お風呂場にする部屋は借りたけど」


「だからっ!!」


「昨日、ヴァンさん達を洗うのは大変だったでしょ? まあ、二度とあんな騒ぎを起こすつもりは無いけど。それに、便利なんだからいいじゃん」


 一葉さんへのご褒美でもあるし。


「便利すぎるのが問題だっていってるんだよ。この非常識」


 ヴァンさんまで、言いがかりをつけてきた。


「ライバさんには、後で設計図をあげるから。ね?」


 これなら文句はないだろう。シャワー仕様の「湯口」は、フライパンよりも作り易い。きっと、新たな看板商品になる。


「要らねーーーーーーっ!」


 あれ? 逃げた。


 ならば、商工会の人に渡せばいいか、って、こっちも居ない。おや?


「なあ。嫌がらせにしてもやり過ぎだぞ。あれは」


「嫌がらせなんかじゃない。身ぎれいな女性の傍に居る男性が身だしなみを整えるのは、当然の義務」


「男の汗は働いている証拠だ!」


「小汚い男は見苦しい」


 受付嬢らが、大きく頷いている。しかし、お姉さん達は何しに来たんだろう。用件が判らない。


「誰が見苦しいってぇ〜〜〜?」


 半眼でメンチを切るヤサグレ顧問。自覚はあるんだ。でも、


「誰も、ヴァンさんのこととは言ってないよ?」


 ニヤリ。


「くぉのぉ〜〜〜〜〜〜っ」


「そうだ。ムミオさん。エッカさんは、まだ動けない? お湯の中でマッサージすれば腰の治りが早くならないかな」


「え? は、あ、ええ。って、だめです。身動きできない今のうちに、書類を片付けてもらいませんと」


 ・・・ムミオさんも、鬼だな。


 んきゃーーーーーーーっ!


 わお。絹を引き裂く乙女の悲鳴。なんちゃって。


「な、なんだなんだ?!」


「この声はティエラさん、かな? Gは居なかった筈だけど」


「Gって、なんだ?」


 コードネーム、G。あるいは、アレ。湿って暗くて狭いところを好んで生息する、女性の敵。だから、湿気対策だけでも万全にしたのに。

 そうか。床面は滑りにくい形状にしたけど、はしゃぎ過ぎて滑ったのかも。


「浴室、ですよね? 私達が見てきます」


 ギルド受付嬢が、よいこらしょ、と席を立つ。美人なのに、その掛け声はないと思う。以前、カウンターを越えてわたしに飛びかかってきた身のこなしは、どこにやった?


「ここで、あっちの音は聞けないのか?」


「ヴァンさんのすけべ」


「どーしてそーなる!」


「女性が入浴しているところの音を聞きたいんでしょ? 変な趣味〜」


 ずばり、変を通り越している。好色系だめジジイだったのか。


「ち、ちちち、ちがっ」


「好みは人それぞれだけどさ。堂々と言っちゃうのはまずいんじゃない?」


「だから違うっ!」


「なにが違うのさ」


「あの、ロナさん。顧問殿をいじるのもそれくらいで。お年を召されていても旺盛な人はいくらでも居ますし。わたしは、どちらかと言えば孫の子守りをする方が嬉しいですけど。

 いえいえ、話が飛びましたね。顧問殿は、夕食の呼び出しに使った魔道具で会話は出来ないのか、と、そう聞きたかったのだと思いますよ」


 エッカさんとどっこいな好々爺の治療師オットーさんが、やんわりと口を挟む。でも、言うことは言う。


「できなくはなかったけど、ものすっごく大きくなっちゃうから今回はパスした」


「できる言うなっ! 商工会の奴らに知られたらまずいだろうがっ」


 なにを慌ててるんだか。


「あっちの物音を聞きたいって言ったのは、ヴァンさんのくせに」


 かーん! ぽんこつヴァンさんは、ノックアウトされた。


「浴室の〜内装に〜驚いたのかも〜しれません〜」


 小首をかしげたチコリさんがつぶやく。彼女は、治療師チームの紅一点。ある意味、ムードメーカー。なのかもしれない。間延びした喋り方に、気が抜ける。

 チコリさんは、ティエラさん達が入る前にお風呂を使って、気持ちよかったとしか言ってなかった。


 それはともかく。


 エッカさんの引き取り要員は、三人も派遣されてきた。

 にしては、何故オットーさんが? と思った。だって、歳が歳だし。でも、追加情報を聞いて納得した。痺れ油の改良に治療院で選抜された研究員が交代で工房に通うことが決まり、顔見せしに来た、のだそうだ。


 ・・・納得できるか!


 独走する院長を確保する、もとい宥める為、と言っていた。が、本音は「私達にもいじらせろ!」だろう。隣部屋での改装工事もまるっと無視し、エッカさんの実験ノートを囲んで一日中議論していたから。


 お〜い。患者、もといエッカさんは放っておいていいの?


「変わった〜形のが〜いっぱいあってぇ〜。男湯は〜どんな〜でしたかぁ〜?」


 精一杯、真面目に話している、のだろう。しかし、のほ〜んとした口調を聞いていると、しゃっきり喋ろ! と揺さぶりたくなる。


「あの魔道具には、確かに驚いた。軽く触るだけで、じゃぶじゃぶお湯が出てきて。どこの貴族の館かと思った」


 まだ若いペロさんは、やや興奮している。黙って立っていれば好青年なのに、ちょっと落ち着きがない。チコリさんと足して二で割ればちょうどいい感じ。


 じゃなくて。


 元々、ここは貴族の館なんだけど。


 ん? そうだよ! それなら高級設備がじゃんじゃん設置されててもおかしくはない。いいことを気付かせてくれた。なんて、いい人なんだ。軽薄兄ちゃん、なんて思ってしまって悪かった。


「男の人がひっきりなしに使う方は、シンプルでもいいじゃん。んでも、ボクは、ゆっくりのんびり浸かりたかったし」


「話を省くなって、何遍言わせりゃ気が済むんだよ」


 ヴァンさんが、肩を落とす。


 そこに、お姉さん達がバタバタと駆け戻ってきた。


「あああああれはなんですかっ」


「まじゅっ、魔獣の首がっ」


 血相を変えている。あの、あのギルド最強メンバーが。


「「「「はぁ?」」」」


「おやぁ〜。あれがぁ、魔獣だったんですかぁ。初めて見ましたぁ」


 がたたたたっ


 チコリさんの台詞で、全員がずっこけた。薬の素材とはいえ、姿形には興味がなかったらしい。治療師が、それでいいのだろうか。


「すっきりしたデザインもいいけどさ。ああいうのもおもむきがあるでしょ」


「「よくないですっ!」」


 涙目になっている。あのウォーゼンさんをも黙らせる無敵メンバーが。


「おめえら。もうちょっと、詳しく話せや」


 ヴァンさんが、どうにか宥め賺して落ち着かせた。でもって、わたしが差し出した香茶は無視された。ぶぅ。


「こう、壁一面に、魔獣が、魔獣の首が口を開けて並んでたんです」


「「「「・・・は?」」」」


 身振り手振りまで加わっている。あの冷静沈着な受付嬢が。ギルドで見慣れてるんじゃないの?


「その口から、お湯がだばだばと溢れてて」


「あれ? 触らないと出てこない筈なんだけど」


「ティエラさんが光球を投げつけたそうです。そうしたら」


「へぇ。器用だねぇ」


 木の枝や水滴が触れたくらいでは、お湯は出ない。でないと、魔包石があっというまに消耗してしまう。なのに、ティエラさんの魔術で作動した。ふむ。スイッチの改良が必要だな。


「それで、浴槽の外が水浸しになって、滑って転んで」


「って! チコリさん! 来てください!」


「え〜? 寝かせて置けばぁ、いいじゃないですかぁ」


 お姉さん達に抱え上げられて、ドナドナされていったチコリさん。合掌。


「・・・判ったような、わからんような」


「『湯口』の外形がね、男湯と女湯で違うんだ。これで、「部屋を間違えました」なんて言い訳は出来ないよね♪」


「それなら扉から変えるべきだろ。じゃなくて!」


「う〜ん。デッサン間違えてたかな? 出来るだけそっくりに作ったつもりなんだけど」


 昆虫系は作っていない。アレを含めて、どアップの巨大昆虫顔を愛でる女性は、ほとんど居ない、と思ったから。


 なので、アンフィとかファコタとかの、ふかふか系を採用。浴槽用の『湯口』は、グリフォンにしてみた。


 と、言ったら。


「・・・マジかよ」


「俺、やだ。そんな風呂」


 ヴァンさんは、モデルのラインナップを聞いて、開いた口が塞がらなくなっている。

 ペロさんの感想に、居合わせた男性陣は力強く同意している。わがままな。


「じゃあ。男湯は、ぼいーん! で、ばばーん! な、お姉さん達にしよう」


 幸い、ペルラさんや受付嬢らなど、見目麗しきモデルが充実している。これなら文句あるまい。


「「「「止めろ!」」」」


「え〜?」


「えー、じゃねえっ!」


「昆虫系の方がよかった?」


「なお悪いわ!」


 わたしに美術センスを求めないで欲しい。でも、散々解体しまくった獲物の立体模型なら、そこそこの自信はある。


「魔獣じゃないけど、ワイバーンなら文句ないでしょ」


「「「「違ぁーーーーーーーうっ!」」」」




 ティエラさんのおかげで、浴室を作った件はうやむやの内に承認された。ありがとう。今日は、より一層働くからね。


「してねえ!」


「取っ外せ。今すぐ片付けろ!」


 ヴァンさんは朝っぱらから絶叫し、ライバさんは涙目になって取り縋る。


「外すのは簡単だよ? 壁掛け式だもん。でないと魔包石の交換ができない」


「「「「「・・・・・・」」」」」


「ぬ、ぬぬぬ盗まれたりしたら」


「想像するな。するんじゃない!」


 団員さんと傭兵さん達が、部屋の隅でヒソヒソ話をしている。いくら朝食を食べに来た人達でいっぱいだからって、堂々と喋ればいいのに。


 そう、休憩室には、ドリオさん他うじゃうじゃと人が集まっていた。ただし、エッカさんを除く。まだ立てないらしい。車椅子を差し入れしようかな。


「ねえ。休憩室も狭いよね。もうちょっと広げていい?」


「止めてくださいませませ!」


 ペルラさんが、キッパリはっきり制止する。この語尾の感じでは、遠慮しているから、ではなさそうだが。


「工房の職人さんはもっと増えるんだし」


「お、俺達は、そろそろ交代なんで!」


「それではっ!」


 傭兵さん達と団員さん達は、そそくさと休憩室を出て行ってしまった。あらら、半分に減っちゃった。


「お昼からは、警備員と職員でお食事の時間を変えましょうか」


 アンゼリカさんがため息をつきながら宣う。


「みんなで食べる方が楽しいじゃん」


 各部署間での情報共有も出来るし。


「アンゼリカ様、よろしくお願いいたしますわ」


 そうして、二人だけで相談を始める。え? わたしは無視?

 ミレイさんとラトリさんは、見当たらない。機織り部屋の方で音がしている。もう作業を始めるのか。勤勉だなぁ。ティエラさんとミゼルさんも居ない。


「おめえは、とっとと物騒な代物を回収して来い!」


「少しぐらい、私物を置かせてくれてもいいじゃん」


 そう。工房の備品ではない。私物だから、なにがあっても問題ない。ないったらない。


「し、しぶつ。あれが、しぶつ?!」


 昨日、お風呂を堪能したであろうホールさんは、再び漂白している。ブリーチ要らず、と呼んであげよう。


「お湯が出る魔道具なんか、どこにでもあるでしょ?」


「あるわけあるか! 目障りだっての!」


「だから、むちむちボディのお姉さんデザインにするって言ったのに」


「「「「「止めろっ!」」」」」


 おやまあ、反対票で一致団結するとは。むしろ双手を上げて賛成すると思ったのに。


「あらぁ? エッカ師ならともかくぅ、皆さん〜、枯れてますねぇ」


 がったん!


 チコリさんの何気ない台詞に、野郎どもは九十九ポイントのダメージを受けた。


 なお、女湯の魔獣ヘッドデザインは、利用者の不評多数で却下されてしまった。ので、仕方なく、女湯も男湯と同じ形状に取り替えることになった。

 武器防具の形もいいけど、まんま使えるかもしれないと思うと、ちょっと、ねぇ。・・・盾にも使えるシャワーヘッド! いいかもしんない。不埒者を撃退するのに使えるよね。うん。


「また、なんか変なことを考えてるだろうがっ」


 ぎりぎりぎりっ


「何かというと頭掴むけどさ。ワンパターンだよ?」


 はい、一葉さん。ゴーッ!


「う、おっ! や、やめ、へ、あやめっ、だぁっ!」


 ふはははっ。今のわたしには、一葉さん達、グリーンブラザーズという力強い味方が居るのだ。

 服の隙間から潜り込み、脇の下とか背中とかを、こちょこちょこちょこちょ・・・。


「痛いよりは、ましだよね〜♪」


「う、うううっ」


 おや? なぜか、チコリさんが自分の体を抱きしめながら後ずさり、そして、休憩室から逃げ出した。


「チコリは、くすぐったいのが苦手なんだ。人がくすぐられているのを見るのも駄目みたいで」


 ペロさんが解説を加える。


「うひゃひゃひゃひゃひゃぁ。悪かったっ、俺がっ、わるかたっはっひゃあっ」


 床の上をのたうち回り、顔面崩壊しているヴァンさん。

 この有様を見れば、いかなティエラさんでも幻滅すること間違いない。


「ちょっと、ティーさん呼んでくるね♪ 是非とも見物してもらわないと」


「その前にっ! 降参っ! 止めてくれっ!」


「いいじゃん。少しぐらい」


「いいわけあるかぁあひゃひゃひゃひゃあ」


「拷問と紙一重、ですよ? 顧問殿が壊れてしまいますから、そろそろ」


 オットーさんは、おっとりと宥めに入った。性格によく似合う名前だ。


「でも。電撃鞭はまだ作り直してないし」


 五分も経ってないし。どーぶつの躾は、その場ですぐさま施すに限る。


「どこからどうなってそういう理屈になるのかがさっぱり全く判らない!」


 ホールさんは顔中に疑問符を浮かべている。


「ホールっ。そうじゃないだろ? 電撃鞭、って、ただの鞭じゃなさそうだし。まさか、もしかして、違いますよね。ねっ? 違うと言って! お願いっ」


 一方のドリオさんは顔中に脂汗を滴らせている。なんて対照的な二人。


「えーとね。的に当たった瞬間にびりっとなる鞭。魔法陣と魔包石を仕込んであるから、魔道具、になるよね?」


「それもやめろっ!」


 ヴァンさんが、必死になって懇願している。みたいなんだけど、笑いながら言ってるから、よく聞こえなかった。うん。聞こえなーい。




 更に五分後、休憩室にやって来たミゼルさんの取りなしで、一葉さんのマッサージは終了となった。でもって、ティエラさんに見物してもらうことも出来なかった。ちぇ〜。


 おっと、見惚けている場合じゃない。糸取り作業が待っている。遅くなったら、またティエラさんがキレてしまう。


 それも楽しみだ。

 主人公のS属性が、解放されました。・・・こんなはずでは(涙)。

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