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誰も、その手を止められない

 結局、トングリオさんとティエラさんとライバさんに護衛数人が付いての買い出し部隊が編成された。

 何をどれだけ買ってくる気なのだろう。昨晩の料理で、保冷室の中身をほぼ空にしてしまったけど。だからと言って、馬車まで引き出さなくても。


 休日と言われたので、わたしも通常作業はしない。替わりに、空き部屋五つを改造した。

 当然、ペルラさんに断りなんか入れてない。宣言通り、勝手にやる。


 四室は、大浴場。

 一葉さんへのお礼は、これしかない。四部屋も使ったのは、男女別且つ脱衣所付きにするからだ。混浴は、さすがに、ねぇ。


 出入り口を封鎖し、誰も覗けないように、もとい、作業中の安全を確保した。まずは、岩石魔術を駆使し、大人五人が余裕で浸かれる浴槽を作り付ける。シャワーと排水処理装置も忘れずに。九十センテくらいの腰板ならぬ腰岩を設置。床石には滑り止め加工も施す。仕上げに、天井と壁にてん杉板を貼付けた。

 小道具として、ロックアント製の椅子と桶と石鹸置き皿も揃えた。あ、ボディタオルがないな。虫布手ぬぐいでもいいけど、もう少し目の粗い布のほうが泡立ちがいい。今度作っておこう。

 浴室乾燥魔道具も取り付けてある。ふふふ、湿気対策も万全だ。


 脱衣所には、オープンロッカーと脱いだ服を入れるかごと腰掛け椅子と扇風機と・・・。あれ? コンセプトはなんだっけ。まあいいか。公衆浴場みたいなものだし。


 ちなみに、完成した浴室を見た一葉さんは大喜びした。喜びのあまり、空の浴槽に飛び込んでしまった。これこれ、まだ早いって。


 お風呂場をお披露目しようと思ったのに、昼になっても買い出し組は帰ってこなかった。なんだかんだ言って、ティエラさんも引っ付いていったから、きっと寄り道しまくってるのだろう。戻ってきたときのペルラさんの雷は覚悟してるのかな。


 それはともかく、まだ残っていた昨日の料理で昼食を済ませる。

 アンゼリカさん他女性陣一同は、容器を一つだけ抱えて真っ先に休憩室から出て行ってしまった。それを見ていた男性陣も、同じく。料理は、全員に行き渡ってもまだ残った。やはり、少々作りすぎていたらしい。

 天気もいいし、ピクニック気分で食べるのかな。それならもっと持っていけば? と勧めたけど、軽く済ませたい気分なのよ、とか口ごもっていた。朝ご飯も、かなり控えめだった。ペルラさんには、もう少し食べて欲しいのに。働き過ぎて、食欲がないのかな? 午後のおやつもあるから夕方まで持つ、のだろう。たぶん。




 もう一部屋は、試行調整品の保管庫にリフォームした。エッカさんと実験を繰り返した部屋の隣を拝借して。

 たかが実験で、毎回毎回、桶一杯の油を使う必要はないと、ようやく気が付いた。今更だけど。本当に、今更だけど。

 とにかく。素材と配合割合さえ判れば、スケールアップしても応用できる。


 ライバさんが不在なのをいいことに、魔導炉をフル活用して、ロックアントの組み立て棚の部材を作った。自前の魔力で加工してもいいけど、いつ何時闖入者が現れるとは限らない。用心するべき所は、締めておかないと。


「ロナさん。これは一体なんなんですか」


 休憩中らしき団員さん二人がぶらぶらしていたので、ちょうどいいと荷運びを頼む。


「昨日みたいな事故を防ぐ為だよ。それとも、ミゼルさんの替わりに痺れ薬のシャワーを浴びてみる?」


 大きく首を振って、拒否する団員さん。


「ボクだって、二度とごめんだもん」


「ですけど。俺達、今、待機中なんですよ?」


「工房を散歩してたじゃん。これ、軽いんだから、ちょっとぐらいいいでしょ」


 必要な数を揃えたところで、団員さん達に見られてしまった。これでは指輪に仕舞えない。覗き見の罰だ。


「まあ、いいですけど。って、本当に軽い!」


 黒光りする棚板は、鉄製にも見える。だけど、重さは月とスッポン。


 運搬は彼らに任せて、わたしは組み立てに取り掛かった。それもすぐに終わる。こんな時にもお役立ちなグリーンブラザーズ。いつもありがとう。

 早く結果を出すには、サンプルを増やすに限る。ということで、痺れ油に試薬を放り込んだガラス小瓶を並べて、経過観察することにした。

 ガラス小瓶を使うのがポイント。統一規格の小瓶を使い、油の量を均一にする。瓶の外から中の様子を確認できるのもいい。ガラス製だから、油で腐食することもない。再利用も可能。ふふふ、経済性もばっちりだ。


 なお、保管室の壁面はロックアント板で覆った。保管する物が物だし、万が一火災が起ったときの用心の為だ。天井と床には、棚を固定する穴をあけておいた。棚に瓶を固定する方法にも、抜かりはない。


「これで、ウォーゼンさんが体当たりしても、びくともしないよ♪」


「・・・なぜ、そこで副団長の名前が出てくるんです?」


「だって、見るからに、力自慢! な体型してるし。それとも、トングリオさんの方が、体重があるかな」


「それは! 言わないであげてくださいっ」


 部下から見ても、トングリオさんの現状はなかなか悲惨なものらしい。


「陣中見舞いには、やっぱり美味しい物がいいよね」


「それも止めてください!!」


「二人には、運ぶのを手伝ってくれたお礼に、ちゃんと味見させてあげる」


「料理の話は、っぷ」


 あり? 揃って、口を押さえて逃げていってしまった。そういえば、二人の名前を聞きそびれた。まあ、いいか。


 全ての棚を組み立てると、痺れ薬調整用の小瓶を並べた。経過観察の記録紙は罫線付き。『爽界』と『保冷』の魔道具も設置。


 これで、明日から万全の体勢で挑める。もとい、今度こそ、とっとと決着をつけてやる。




 買い出し隊の帰りが遅かったのは、あちこち寄り道していたからだった。


 なぜならば。


 同行者が増えていた。


 治療院から三人、商工会の職員と思われる人が二人、ギルドの受付嬢が二人。

「お帰り。汗かいたでしょ。お風呂使って」


「まだ、荷物も下ろしてないませんわよ?」


「裏から回ればすぐ運べるじゃん」


「風呂って何のことだ?」


 ライバさん達と一緒に居たヴァンさんが口を挟んできた。なんだ、一緒に外出してたのか。昼間、静かだった訳だ。


「お風呂。大きくしたんだ♪」


「早速やりやがった! おい!」


 手招きされた職員さんが、あわてて飛んできた。


「どういうことです?」


「このバカ。また余計なもんを持ち込みやがった」


「しゃがれてた方が年相応の声だったのに」


「ほっとけ! じゃなくてだな。俺は、やるなって、あれ程念を押した筈だよな? おめえの耳は節穴か?」


「ヴァンさんこそ、何聞いてたのさ。ボクは、やりたいようにやるって、きっちりはっきり言ったじゃん」


 堂々と、胸を張って宣言する。


「そうじゃねーーーーっ!」


 喉はすっかりよくなったみたい。よかった、よかった。


「ああ。工房の設備じゃなくて、ボクのプライベートルームだから。問題ないよね」


「工房の中なんだろう?!」


「賃貸料を払えばいいんでしょ?」


 アンゼリカさんの調理室と同じ。


「だからっ! そうじゃねえっ!」


 ライバさんも駆けつけてきた。荷物は、どうするんだ。生肉もあるんじゃないの?


「誰も見張りに付いてなかったのかよ。ペルラはどうした!」


「アンゼリカさん達と一緒に、一日中洗濯してた。昨日使った布がべったんべったんになったからって。後でまとめて処分するから置いといてって、ボク、言ったんだけど。そういえば、石鹸、足りたのかな」


 アンゼリカさんが昼食を作らなかった理由が、これ。そして、改装作業に邪魔が入らなかったのも、そのおかげ。

 いや本当に、やらなくていいって言ったんだけどね。だって、油イコール痺れ薬だし。


 だけど、フェンさんの工房から防水手袋を取り寄せて、わっしゃわっしゃと洗い始めてしまった。結果、誰一人麻痺することもなく、洗って洗って洗い続けて。

 今、工房の外は、黒手ぬぐいに侵食されている。干されている、ともいう。かなり異様な光景になっているのだが、出入り口から見えにくい場所だったので、ヴァンさん達は言われるまで気が付かなかったらしい。


 それはさておき。


「んじゃ。ご飯作ってくる」


「まてまてまて! だから!」


「なんだよもう」


 洗濯しまくっていた女性達は、疲労困憊している。だから、やらなくていいって言ったのに。

 モリィさんも手伝ったけど、これまた慣れない作業でグロッキー、だそうだ。どうりで、静かだったわけだ。そそのかしてくれたフェンさん、ありがとう。


 糸取りの合間に耳にしたところ、ティエラさんの料理の腕前はあまり期待できそうにない。男性陣は、言わずもがな。


 ほら。わたしの他に、料理できる人は居ない。


「隣に男性用の浴室も作ったんだ。視察も兼ねて、使えばいいよ」


「あ。はあ」


「半刻ぐらいでご飯の時間だから、それまでには休憩室に来てね。場所は、この人達から聞いたでしょ?」


「え、ええ・・・」


「質問は後で。じゃあね」


 困惑している人達を置いて、調理室に向かう。ヴァンさんの抗議、もとい雑音は無視。このまま相手をしていたら、いつもの夕食の時刻に間に合わなくなる。


 背中を丸めたライバさんとトングリオさんが、ため息をついて馬車を裏口に回しに行った。




 きんこんかんこ〜ん!


「ご飯だよ〜」


 呼び出しを掛ければ、おおお、来た来た来た。暴走バッファローのような勢いで駆け込んできた。


「今度は何をしてくださいヤガリマしたのでゴザイマっ」


 ペルラさんが、むせた。


 他にも、前を走っていた人に体当たりを喰らわす人、それを避けようとしてつんのめる人、間に合わなくて押し倒す人、タイミングが合い過ぎて入り口に詰まってしまった人々、などなど。


「ちょっと。埃っぽくなるじゃん」


 こういうときは『浮果』でクリーニング。


「みんな。手は洗ってきた?」


「そうじゃなくて! さっきのありゃなんだ?!」


 混乱からいち早く抜け出したヴァンさんが掴み掛かってくる。勿論、そう簡単には捕まらない。


「だって。一部屋一部屋呼びにいくの、面倒なんだもん」


「違いましてよ?!」


 あれは、マイクスピーカーセットの魔道具版。出来るだけ小さくしたけど、それでも直径二十センテぐらいの円盤になってしまった。魔法陣めぇ。

 マイクプレートは調理室入り口に、スピーカーは工房のあちらこちらの壁に取り付けた。


 それよりも、チャイムの方を褒めて欲しい。呼び出しするなら、あの音階しかない。綺麗に響く合金を作る暇がなかったので、ガラスで代用。それでも、ちゃんと澄んだ音になった。ね? えらいでしょ。


「なななななちゃん。あのね、のね?」


 ななななな、とは誰のことだろう。他人だ、他人。


 それよりも、だ。


「ごめん。パンが焼けなくて」


 それぞれの席にあるのは、大きめのスープボウル。以上。


「味は悪くないと思うんだ」


 小麦粉は大量にあった。が、イーストを見つけられず。そもそも、パンは日本でも作ったことがない。

 半刻で作れる料理。肉料理は食べ飽きたかもしれない。昨日の今日で作り飽きた、とも言う。パンケーキなら出来るか? でも、肉体労働者が多いし。いいや、全部混ぜちゃえ。


 とまあ、こんな経緯で。


 つまりは、洋風すいとん。練った小麦粉を具沢山スープで煮込む。人数も考えて、胴鍋を四つ使った。・・・足りるかな。


 もう一つ、休憩室に引っ張り出した補助テーブルの上で、お好み焼きを焼いている。鰹節もお好み焼きソースもないので、もどき、なんだけど。これも具沢山なので、ただのパンケーキよりは腹持ちがいい筈。

 スープだけでは、もの足りないかもしれないと思って、急遽追加した。小さめに焼いて、食べたい分だけ、お代わりしてもらうつもりだ。


「食べられそうになかったら言ってね。肉を焼くから」


 覗き込んでいるアンゼリカさんに、焼きたてを乗せた皿を押し付ける。


「そうだ。今度、パンの作り方を教えて」


「え? え、ええ。いいわ。それで」


「冷めないうちに食べてね」


 ほらほら、腹ぺこさんが待ってるんだから。配膳を手伝ってくれないなら、座っててよ。


 妙な顔をしたまま席に付き、しばらくお好み焼きを見ていたアンゼリカさん。


「はいどうぞ。って、まだ食べてないの? 別に毒草も薬草も混ぜてないってば。粉と芋の摺り下しとシャクレの千切りとニューとかポク肉の細切れとベペルのスープと、塩に香辛料が少々。上に掛かってるのがポターのソースにラクの薄切り。これでいい?」


 なお、見た目は、鮮血滴るパンケーキ。即席トマトソースは、生よりも生々しい、印象的な色になっていた。上に散らしたチーズは、骨の欠片、に見えなくもない。

 だけど、材料に問題はない。全部保冷室にあった食品を使った。だから問題ない。ないったらない。


「本当に、食えんのか? これ」


 試食したら、なんとなくピザっぽい味だった。でも、悪くはない。と、思う。


「ちゃんと試食したもん」


 ライバさん他、皿を受け取ってはくれた。が、口達者なギルド顧問様が、余計な質問をするので、尚更、手を付けようとしない。


 でも、最後のひとりは、なんと、受け取るなり食べ始めた。お昼抜きだったのだろうか。


「はふはふっ」


「見た目以上に野菜が入ってるんだ。美容と健康にもいいと思う」


「このスープも、うまいな」


 夢中で食べるトングリオさんを見て、漸く他の人達もスプーンに手を伸ばしていく。




 完食。


 鍋は、すっからからん。焼き物も綺麗さっぱりなくなった。


「ぐっちゃんぐっちゃんのしけたスープに見えたのにな」


 満足そうに腹を撫でるヴァンさん。


「その一言が余計なんだよ」


「けっ。正直に感想を言ってやっただけだろうが」


 よし。ヴァンさんだけ、スペシャルメニューにしちゃる。


「あらあらあら。ヴァンは、ななちゃんのお料理は要らないのね」


「げっ!」


「その手もあるか」


「ま、また食っちまったっ」


 一方で、せり出したお腹を抱えて後悔、あるいは反省しているトングリオさん。真っ先に食べ出したくせに。

 でも、それはストレスによる過食症、なのだろう。不憫。


「んじゃ、トングリオさんも無しの方向で」


 ダイエットに協力してあげよう。


「待ったあぁぁぁ!」


「食べたくないんじゃなかったの?」


「そうは言ってない! 一言たりとも言ってない!」


「一体全体どうなってるんですの?」


 ティエラさんは、半泣きしている。


「どうって?」


「このっ! 乙女の大敵っ」


 どこが。またもお腹を叩いているし。気に入ってるんじゃないの? ぽんぽこが。


「そうですよ。本当の本当に、怪しげな薬とか混ぜてませんか」


 ムミオさんが、半眼になって睨んでいる。でも、他の人達同様に胃の辺りを撫でさすりながら、なので、迫力は激減している。というより、眠そう。


「食材や香辛料をラトリさんに運んでもらったのも、料理しているところも、盛りつけまで、ちゃんと見してたよね。もしかして、眼鏡掛けてても目が悪いとか」


「違いますっ」


 料理の見た目はともかく、味に文句は出なかったので、よしとしよう。盛りつけ、かぁ。今後の課題だな。


「い、今、寒気がいたしましたのでございますですのことよ」


 休憩室に空調装置は取り付けてない。冷房なんかしてないのに。ペルラさん健康増進プランは、まだまだ不足のようだ。

 野生の王国での自炊生活、約四百年。義姉の味を追い求めていたら、こんなことに。しかし、美化された記憶と現実の果てしないギャップの為、自己評価は低いままです。

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