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否・うらしま

 彼らは、一つの団体ではなく、縄張りを持たない出稼ぎ盗賊で、この時期限定で密林街道を仕事場にしていた。

 なぜ期間限定なのかといえば、よく魔獣が街道に出没する時期なので、使う魔獣を吟味しやすい上、森の奥まで行かなくても誘導しやすかったから、だそうだ。

 強力な魔獣に襲われれば、隊商は混乱する。盗賊は、それに乗じて弱った護衛を蹴散らし荷を強奪する。


 当然、街道に誘導する途中で、魔獣に襲われて死ぬ盗賊も居た。


 それでも、成功すれば、人数が少なく取り分が増えるというので、最近の盗賊の流行はやりの手法だったんだとか。しかも、一応、獲物の取り合いにならないよう、網を張る区画を決めていたそうだ。

 なので、盗賊が出張っている人数を知っていた。

 

 頭いいんだか悪いんだか。


「これで一件落着、ですね!」


 お兄さんが明るく声を上げる。


「ばかもん! 本格的な取り調べはこれからだ。それに」


 うん? 班長さん。なんで、ボクを見るのかな?


「あ〜、そうでしたね〜」


 頭をかきつつ、近寄ってくるお兄さん。思わず、後ろに下がってしまう。


「なんで、逃げるの」


「いやらしいことをするんじゃないの?」


「するかっ!」


 冗談なのに。


「とにかく。協力に感謝する。俺達は、この盗賊討伐のために編成されたローデン騎士団の特別巡回班だ。それで、俺が、班長のトングリオという。よろしく」


 太い手を差し出してくる。それでは、握手、と。その次に、おじさんというほどの歳ではない金髪の男性が、踏み出してきた。


「私は、ミハエルという。この」


「叔父上! 自己紹介ぐらい自分で出来る!」


 ミハエルさんの台詞をぶった切って、お姉さんが進み出た。


「よろしく。わたしはレオーネという。まだ、騎士団の見習いなんだ」


「でも、今回の作戦には自分から志願してきたんですよねー。おれは、マイト。よろしくー」


 緑髪お兄さんとも握手をした。


「マイト! 人の話を遮るんじゃない!」


「そういう、姫さんこそ」


「あー。にらみ合ってる二人は放っておいていい。それで、君は?」


 あ。え。どうしよう。名前は、全然考えてなかった。いいや、これでいこう。


「ボクは、ななしろ」


「「「「ナーナシロナ?」」」」


「ななしろ!」


「だから、ナーナシロナ、で、いいんだろう?」


 マイトさん。発音が違いますって。


「ずいぶんと変わった名前なんだな」


 レオーネさん、顔が近い。


「それに。いい匂いがする」


「・・・はい?」


 そういう趣味?


「さっきの匂いと同じだ!」


「なんのことだ?」


「班長! この子が犯人です」


「犯人って、なんのこと?!」


 ボクがレオーネさんに何をしたって言うんだ。


「人が空腹に耐えているというのに、自分ばっかり食べていたんだ。そうだろう?」


 両肩に置かれた手が重い。目つきも怖い。

 あの距離で、クッキーの匂いを嗅ぎ取るなんて、狼も顔負けだ。


「レオーネ。落ち着け! 気持ちは判るが」


「ミハエルさん、どっちの味方ですか」


「両方だ!」


 ぐぐぐーっ


 タイミングよろしく、わかりやすーい音が鳴った。


 思わず、レオーネさんのお腹に目がいく。だって、身長差がありすぎて、ちょっと下を向くと、ほら。


 レオーネさんは、真っ赤になって顔を背けてしまった。


「今朝は早くに出発して、ほとんど休憩も取ってなくてね」


 情けなさそうな顔をしているマイトさん。胃に手を置いて、あくまでも、さりげなーく空腹をアピールしてます。紳士だな。


 じゃなくて!


「ええと。巡回班、なんでしょ? 携帯食とか持ってないの?」


「すまん。姪が、こっそり食べてしまっていて」


「自業自得じゃん!」


「俺。なんで、この班の班長に指名されたんだろう」


 班長さんが落ち込んだ。


「そういえば。血の匂いもするよね。倒したのは魔獣、だったのかな? 違うよね? なんだったんだい?」


 マイトさんの目がマジだ。


「自分で見に行けば? でも、あれも盗賊襲撃の証拠として持って帰った方がいいんじゃないの?」


「「「「 あ 」」」」


 空腹の余り、その辺りの判断が抜け落ちていたようだ。


「ウサギでも何でも捕まえて食べればいいのに」


 ・・・なに。全員そろって、あらぬ方向をむくってのは。


「班長さん?」


「トングリオでいい。実は、皆、狩が下手なんだ」


「・・・」


「君の、盗賊達の手足を射抜く技量は、素晴らしかった。そこで、その、なんというか、是非とも、すまないんだが」


「「「食べさせてくれ!」」」


 トングリオさんの、控えめな配慮をぶちこわし、堂々とねだってきましたよ。


「さっき食べていたものでもいいから!」


 膝をついて、涙目になって懇願するレオーネさん。


「このままでは、ローデンに着くまでに餓死するかもしれない」


 うつむいたまま、とつとつと言葉を口にするミハエルさん。


「するわけないって」


「まだ、半日も掛かるんだぞ?!」


 レオーネさんが、噛み付いてきた。


「あと、半日だよね?」


 そのくらい、なんとかしなさいよ。


「本当に、俺、なんでこの連中の班長なんだろう」


 トングリオさんは、とうとう地面に両手をついてしまった。


「もちろん。ちゃんとお礼はするからさ。頼む! この通り!」


 両手をあわせて拝むマイトさん。そういう仕草も通用するんだ。


 じゃなくて!


「本当の本当に、本物の騎士団の人?」


 狩も出来ないなんて。


「俺の剣は、人々を守るためにあるっ!」


 トングリオさんが力強く宣言する。


「それなら、叱られるの覚悟で、証拠の魔獣を食べれば?」


「な、な、なんで魔獣だったんだぁ〜っ」


 マイトさんが絶叫する。


「騎士団の人の剣なら魔獣も倒せるんでしょ? だったら、皮を剥いで、切り分ける事も出来るよね?」


「は? 魔獣は、そう簡単に調理できるのか?」


 トングリオさん、そこからですか?!


「そんなことはどうでもいい! 今、何か、切実に、食べたいんだ!」


 レオーネさん、空腹だという割には、力強く主張しましたね。


「仕事! 仕事優先! お仕事しましょうよ」


「「「腹が減っては何もできない!」」」


「だから、さっき盗賊を捕まえてくれた時は本当に助かったんだ。ついでに、俺達の腹も助けてくれ」


 トングリオさんが懇願し、残る三人も頭を下げる。


 まったくもう! こういう時は、何でもいいから食べさせて、さっさと追い払うに限る。


 でも、これくらいは言ってもいいよね。


「情けないなぁ。いい大人が揃っていて」


「わたしはまだ十五だ!」


 え。ボクと同じ年齢? それで、この身長?!


 ・・・く、く、悔しくなんかない。ないったらない!


「これ、あげる」


 ポーチから、クッキーを一袋取り出す。


「おおっ!」


 四人の目が釘付けになった。どれだけ飢えているっていうんだ。


「独り占めは駄目だよ? ちゃんと、食べられるもの取ってくるから、待ってて」


「わかった。言う通りにする」


 どこかの食欲大王みたいだ。三号さん? どちらにしろ、食べ物で釣られるところは、十分子供だ。そうだそうだ。


「トングリオさん、マイトさん。串ぐらいは作れるよね? たき火も用意しておいて」


「君が戻ってくるまでに、作っておく!」


「何が出てくるのかな。楽しみだ♪」


 〜〜〜この人達はっ。





 サイクロプスの血抜きをして、収納リュックにしまっておく。それを背負ってから、食料になりそうな動物を探す。


 さっきの騒ぎで、手頃な動物達は逃げ出している。困ったな・・・


 いいもの見つけた!


 毎度、お世話になっております。ヘビです。太いです。ぷりぷりです。


 樹上を移動している。頭を射抜いて、地上に落とした。これなら、四人分には十分だろう。

 首を切り落とし、血抜きをする。内臓も出して、そこに埋めた。

 


 ヘビを首に引っ掛けて、街道に戻った。


 馬車は、舗装路わきに寄せられている。馬達は、周囲で草を食べていた。レオーネさん! うらやましそうに見ていないの。さっきのクッキーはどうしたの?!


 四人がたき火をしている場所に近寄って、ヘビを差し出す。


「獲ってきたよ。さ、どうぞ!」


「「「「・・・・・・」」」」


 なんなの。その沈黙は。お腹、すいているんじゃないの?


「それじゃ。ボク、これで帰るから」


「待ってくれ! それが、その、重ね重ね、恥ずかしい話ではあるんだが」


「料理も下手なんだ」


 マイトさん、さらっと言いましたね。


「わたしはっ。教えてもらえなかっただけだ」


「実は、私もそうなんだ」


 姪と叔父がそろって白旗を揚げる。ということは、やっぱり、いいお家の人なんだ。


「頼め、ないだろうか?」


 ミハエルさんの上目遣いは、かわいくない。まったく。全然。


 山盛りの竹串が差し出された。


「切って焼くだけなのに」


「俺が焼くと、全部黒くなる。そして、食べられる部分がほとんどない!」


 トングリオさん? それ、威張るところじゃないでしょ。


「おれが料理すると、みんな腹を壊すんだ」


 マイトさん、さっきまでの勢いはどこへやら。


「ここで、死ぬわけにはいかない」


 ミハエルさんが、恨めしそうにマイトさんを見ている。あらら、経験済みなんだ。


「さっきのクッキーは、素晴らしく美味しかった。とてつもなく美味しかった! きっと、このヘビも美味しく食べさせてくれる。いや、最高に美味しいに違いない!」


 これだからいいところのお嬢ちゃんお坊ちゃんは!


 山盛りの竹串を見る。長さも太さも申し分ない。


「ねえ。これだけのものが作れるのに、なんで、料理が出来ないの?」


「さあ?」


「俺に訊かれても」


 ・・・この人達の将来が心配になる。


 気は乗らないけど、ここまで面倒見たんだ。やれやれ。


「カップは人数分ある?」


「すぐに出す!」


 レオーネさんが、御者台の脇を漁っている。


「荷台は、盗賊どもで一杯でね」


「なるほどー」


 茶漉しを取り出し、縄茶を盛る。カップの上に茶漉しを置いて、その上から湯を注いだ。


「・・・なんだ? それは魔道具か?」


 横で見ていたレオーネさんが、見た目ドリンクボトルの魔道具を指差す。これは、[湯筒]と銘名した魔道具だ。『湯口』の魔法陣を仕込んであり、注ぐ動作でお湯が出る。

 うっかり被れば火傷するぞ〜。


「そうだよ。残りのカップにもお茶を入れてくれる?」


「わかった」


 茶漉しと[湯筒]をレオーネさんに預けた。


 横から攫われた。


「姫さんに、こんなもん持たせたら駄目だって!」


「マイト!」


「なんで?」


「自分の手にばらまくのが落ちだから」


「「ああ」」


 おじさん二人に力一杯肯定されてるよ。


「誰でもいいから。お茶ぐらいあった方がいいでしょ」


 お茶汲みは、マイトさんに任せる事にした。


 腹ぺこさん達がすぐに食べられるように、そぎ切りにしてから串を打つ。身を薄くしたので火の通りも早い。


 焼き上がる直前に、軽く塩をふって、皿代わりの木の葉の上に並べた。


 ごきゅっ


 全員がつばを飲む音がした。・・・馬車の中からも聞こえた気がする。でも、気のせい。絶対に、気のせい。


「さあ、どうぞ!」


「ありがたい!」


 軽く、料理に頭を下げて、両手に串を持った!


 ボクが一串食べている間に、二本食べ終わった。


「ちょ、ちょっと。レオーネさん?」


「む? まんま?」


「食べてから話せ!」


 ミハエルさんの教育的指導も何のその、気持ちいいくらいの食べっぷりだ。


「あ。うん。美味しそうに食べてるなって」


「むん!」


 美人が台無しだ。


「ほんほに、ほひひい」


「マイト! お前もか!」


「んぐっ。そういう班長こそ!」


 トングリオさんは、両手に二本ずつ持ってたりする。


「済まないが、おかわりを貰えないだろうか」


 黙々と食べていたミハエルさんは、いち早く、自分の皿を空にしていた。




 丸一匹の大蛇が喰い尽くされるまで、それほど時間はかからなかった、と思う。

 背後の荷馬車からは、何かもがく音がしていたようだが、それは気のせい。きっと気のせい。


「はーっ。生き返った! ありがとう!」


 マイトさんが、晴れやかな顔でお礼を言った。お腹をさすりながらってのが、なんというか、ハンサム台無し。


「う。ううっ」


「泣くな。いくら美味しかったからとはいえっ」


 姪叔父コンビは、抱き合って感動を分かち合っている。


「ただ塩振って焼いただけだよ?」


 [湯筒]と茶漉し、カップ、塩などを、ウェストポーチに片付ける。


「いや! そんなはずはないっ」


「目の前で焼いていたんだから。見てたでしょ」


「それだけで、あの、あの味になるのか?」


 トングリオさんが、両手を握りしめて、プルプル震えている。 


「お腹がすいてたからだって」


 空腹は最高の調味料だって言うし。


「いやいやいや。そんなことはない。本当に、美味しかった。ありがとう。心から、感謝する」


 ミハエルさんが、礼を言った。


「どういたしまして。これで、もう大丈夫だよね?」


 とっとと街に帰れ! と副音声を付けておいた。


「そうだ!」


 トングリオさんが、大声を上げた。でもって、ボクの手をぎゅーっと握りしめる。


「な、なに? 求婚でもするの?」


「違うっ!」


「そうなんだよ。あの縄!」


 マイトさんの言葉に首を傾げた。


「縄がどうしたの」


「君が、謎の討伐者なんだな」


 げ。


 お腹が満ちて、頭が仕事モードに移行したようだ。副音声が誤訳されちゃったか。ご飯に満足して、忘れたままでいてくれればよかったのに。


「知らない。ボク、帰る」


「待てって!」


 レオーネさんが、後ろから抱きついてきた。本当に十五歳? なんなのこのメリハリボディは。


「あの縄な? 俺達の剣では切れないんだよ。どこかのギルドハウスに連れてって、切ってもらうまでは、あのままなんだ」


「なんでギルドハウス?」


 切らなくても、ほどけばいいじゃん。


「君は知らないのか? 聖者の残した[不殺のナイフ]でないと切れない、って。密林街道のハンター達や騎士団では有名なんだぞ?」


 ミハエルさんが、説明してくれた。でも。


「ボク、ハンターじゃないから、聞いた事無い」


「「「「え?」」」」


 あの、こっぱずかしいネーミングのナイフが出てくるってことは、聖者イコール賢者だろう。

 そうか。各都市にばらまいたんだ、あれ。有効利用されているようで、良かった。


「そ、そうなのか? あの弓の腕前で?

 いや、それはともかく。聖者の遺品がらみの異変、いや吉兆が現れた。あるいは、彼女が復活してきたのではないか、と、大騒ぎになっているんだが。それも知らないのか?」


「どういう意味?」


「だから! [不殺のナイフ]でしか切れない縄なんて、ナイフを作った本人でもなければ用意できないんじゃないかって話だ! コンスカンタの職人達もさじ投げたって代物だぞ?

 聖者がお隠れになって十六、いや、もうじき十七年になる。だが、あの方ならば、ひょっこりお戻りになられてもおかしくはない!」


 トングリオさんがつばを飛ばす勢いで捲し立てる。




 ・・・ちょっと待て。


 十七年? あれから、まだ、十七年しか経ってない?!

 主人公の勘違いが解消されました。


 数百年どころの話じゃありません。コンスカンタで死んでから無人島に流れ着くまで、おおよそ一年、でした。


 #######


 縛り上げられた盗賊達


 主人公の恨みを込めた締め付けに、結び目が堅くなりすぎて、ほどけなくなっています。

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