とりっぷ・とらっぷ
「アンゼリカさんと、何があったのですか?」
「ボクが訊きたい。そうだ、エッカさん、アンゼリカさんを治してよ」
「治して、と言われましても・・・」
「朝早くから大騒ぎするし。エッカさんも叩き起こされたんじゃないの?」
「もともと朝が早いので問題ないですよ」
糸取り最中、大人しく見物人をやっていたエッカさんは、午後の作業では口も手も多いに挟み込んできた。
早速、試作「新・分離桶」をテストしてみたが、うまく分離できなかったのだ。残念無念〜。
これ以上、加速度を上げるには、術式から弄る必要があるが、街中では無理。絶対無理。
なんとなれば、山での魔道具試作の最中に、洞窟を「増設」した実績がある。それも、一つや二つではない。すぐに岩石魔術で埋め戻したけど。
とにかく! 下手をすれば、工房だけでなく、貴族街一帯が壊滅してしまう。
そこで、エッカさんの出番。治療師さん達の研究結果を教えてもらって、解毒方法を再検討することになった。無効化しないまでも、何らかの形で分離可能な状態になるだけでもいい。そうなったら、今度こそ「新・分離桶」が真価を発揮する。
ちなみに、以前、エッカさんに渡した痺れ薬の解毒薬は、溜まりに溜まった不良在庫全てに使用できるほどの量が無かった。
そこで、彼らは、解毒効果のある薬草各種を混ぜた。結果は、惨敗。動悸、息切れ、めまい等のオンパレードとなった。一時は、治療師さんの人数が減って、治療院でのローテーションのみならず、都市外集落の巡回もままならなかったそうだ。
液状油への期待が大きかったのだろうが、だからといって、なにも治療師全員で取り掛からなくても。
解毒薬の作り方は当然教えた。しかし、肝心の鱗粉がほとんど手に入らなかった。
なんでも、報酬に目のくらんだ若手ハンターがギルドに無断で[魔天]に向かい、採取するどころか魔獣達に追いまくられ、這々の体で帰って来たとか。当然、ギルドにばれて、こってりと絞られ、ランクダウンを言い渡された。彼らの実を張った犠牲、もとい醜聞によって蛹よりも採取が難しい素材だとの評判が広まり、慌てたギルドが対策を検討している間に成虫の飛び回る期間が終わってしまった。ちゃんちゃん。
溜まる一方の油に指をくわえ、しかし安全に使えるめどが立たない。最後の頼みの綱が、開発者本人に泣きつくこと、だった。
そりゃ、いつかは何かに使えないかなぁ、とは考えていたけど。今の境遇には、なんかこう、もやっとする。
痺れ薬に解毒薬を混入してみるが、なかなか綺麗に混ざらず、分離してしまう。油とアルコールは相性いいはずなのに。何故だ。
エッカさんは、早々にギブアップした。腕力は、胃袋ほどに強化していないようだ。痛みに暴れる患者を取り押さえるときは、付近の巡回兵さんを呼び込んで協力させるから問題ない、らしい。
それでいいのか? 治療薬の調合も体力勝負だと思うんだけど。石臼やら乳鉢やらを、ごーりごりごりやってる筈なのに。
とにもかくにも。
わたしとウォーゼンさんが交代しながら、根気よく混ぜて混ぜて混ぜて。
ようやく混ざりきった。見た目はまるでマヨネーズ。お酢が混ざれば完璧。食べられないけど。
ここで、時間切れとなった。部屋の入り口から、アンゼリカさんが覗き込んでいる。無言で、じーっと、恨めしそうに。
ご飯だよって、口に出して言って欲しい。
「半分は、一晩、放置してみよう」
「うまくいきそうですか?」
「やってみないと判らないよ」
「それもそうですね」
じーーーーーーーっ
見ている。まだ見ている。
「・・・ロナさん。行きましょう」
「・・・うん」
食堂に向かう間、過剰スキンシップは阻止した。死に物狂いで、回避した。わたしの真後ろを歩いていたライバさんが巻き添えを食って、負傷した。そして、エッカさんがその場で治療を施す。
「なんで逃げるの?!」
「逃げなかったら、怪我してたじゃん!」
「女将よう。いい加減、諦めたらどうだ?」
「いやよ!」
「とばっちり、ごほん、我々のことも考慮していただきたいのですが」
「ななちゃんが、逃げなければいいのよ」
「いやだ。逃げる」
男性陣が、深々とため息をついた。
わたしのほうが、ため息をつきたい。室温が氷点下になっても良ければ、だけど。
ああもう!
三日目
午前の糸取り作業は、順調に進んでいる。今日は、ペルラさんも加わった。わたしとティエラさんが巻き取り、それをペルラさんが機織り用の糸巻きに巻き直している。
「ですからっ! なかなかっ! 即戦力な人材はっ、見つからなくてですね?!」
しかし、作業の順調さとは裏腹に、半泣きのペルラさん。この作業にも人手は要る。農繁期の副業ならともかく、専業で、しかも納期をせっつかれている身としては、焦らざるを得ないのだろう。
「いろいろと時間が掛かるのは判ってるんだからさ。将来を見据えて、学園出のぴっちぴちの新人を教育したら?」
「どこにそんな暇があるというんですの?!」
あらら、ティエラさんも泣きが入った。
「暇は、自分で作り出すんだよ」
「くきーーーーーーーーっ!」
一日、一絶叫。今日も、和むなぁ。
今日は、昼ご飯を食べに休憩室に入ろうとするところを狙われた。反転『音入』で隔離する。ふっふ〜ん。聞こえませ〜ん。
アンゼリカさんは、男性陣総出の懇願に負けて、一応、一応は自重してくれることになった。とは、ヴァンさんの談。突撃は、休憩室に居る時と、就寝、起床時刻前後に限定してくれるらしい。その分、何と言うか容赦が無くなったというか。
食事を終えて結界を解除したら、ダッシュ、もといタックルしてくるし。
スピードに乗る前に、四葉さんに足元を捕えられて床ダイブ。ごめん。後はよろしく。
さてと。午後の作業に取り掛かろう。
昨日の混合物は、遠心機に掛けた方も放置した方も、見事に分離していた。二層の液体を通して、容器の底にわずかに固形成分が見える。うまくいったのかな。
分離層をそれぞれ別の容器に移し替えて観察する。上層はアルコール、下層は油、そしてやや黄色みを帯びた沈殿物。遠心機の方も以下同文。分離状態の見分けがつかない。
放置組下層の油を小皿に採って、試しに火をつけた。直後に、エッカさんが昏倒した。
「だめかぁ」
「こ、これは、ききまふ」
「あ〜、まだ寝てて」
すぐに目を覚ましたものの、ろれつが回らない。足元も怪しい。解毒薬を飲ませたけど、駄目だった。『爽界』で換気しても、まだ回復しない。エッカさんが持参してきた栄養剤もどきをガバガバ空けて、ようやく復活した。
わたしは、作業中、厳重にマスクをしていたおかげか被害は免れた。ちなみに、万が一を考えて、フード付きの全身ツナギも着用している。備えあれば憂いなし。ロックビーの清掃作業用だけど、有効利用。適材適所。違うか。
やばい成分諸共沈殿してくれた、のではなかった。上層の液体も点火したら、エッカさんが奇妙な声で喋り始めるし。
だから、マスクをしてって言ったのに。
「解毒薬は上手く混ざらない。成分も分離しない」
「そうですにゃん」
・・・むしろ、悪化している気がする。
「調整前のアレなら」
「山茶花」から、結晶を一つ取り出した。
「それは、にゃんでしたっけ?」
「解毒薬の塊。これを粉末にして混ぜてみようよ」
という見通しが立った段階で、調合は終わらせることにした。エッカさんがこの状態なので、やる気が失せた、とも言う。
その後は、手持ちの魔道具で流用出来そうなものをピックアップしてみた。しかし、『爽界』は気体にしか効果がないし、ポータブルトイレの分解機能は毒物実験してないし。
いやいやいや。油を使えるようにしなきゃなんないんだから、まずは分離させるのが先だってば。
「流石は、ロにゃさんですにゃん。お願いひてよかったにゃん」
「エッカ様? どうなさいましたの?」
「とうとうボケたか」
全員揃っての夕食時、エッカさんは上機嫌だった。
「ちがいますにゃ!」
「あ〜、実験途中でちょっと薬かぶっちゃって。明日には治ってると思うけど・・・」
「こんにゃに早く、解決の見通しが立つにゃんて予想外ですにゃ!」
猫舌のエッカさんは、髪型と相まって、ひょうきんじいさんと化している。自分の口調がおかしいことに、まだ気付いていない。
そうではなくて。
見通しどころか、お先真っ暗なんだけど。加えて、毎回毎回、エッカさんに超危険加工物の安全確認させるのはリスクが大きい。
となったら、やることは一つ。勧誘だ。
「そうだ。ヴァンさんも見物してみない? どんな作業をしているか、興味あるでしょ」
人身御供、とは言わないでおく。そう、ちょっとしたボランティア活動だし。死ぬことは無い。だろう、多分。
「やめんか!」
ヴァンさんよりも早く、ライバさんが怒鳴った。やったね。もう一匹獲物が掛かった。
「なんだ、ライバさんも混ざりたいんだ」
「「違う!」」
ウォーゼンさんは、全力で休憩室から逃げ出している。ウォーゼンさんのにゃん語、聞いてみたかったのに。
四日目。
今日は、糸取り作業は休ませてもらって、と思ったのに、ティエラさんの頑固な抵抗でいつも通りに取り掛かることになった。愚痴のグレードが上がっている、気がする。
そのうちに、語尾まで破壊されそうだ。
午後の作業では、真っ先に水晶製石臼を取り出した。解毒薬の結晶を、きめ細かなパウダー状に擂り潰す。
「そんなものまで・・・」
「エッカさんも、石臼要る?」
「治療院に聖者様の遺品をお預かりしているので結構です」
おやまあ。宰相さんから貰ったリストに無かったから、川底に沈んだかと思っていた。
「それにしても、その臼、よく似てますねぇ」
ぎくぅ!
午前中、エッカさんに粉末作りを頼んでおけば良かった。ついでに、乳鉢とか石臼とか、治療院から借りるって言えば良かった。
一昨日のかき混ぜ作業がキツそうだったから、と情け心を出したのは失敗だった。
「けっ。手当たり次第の採取ついでに作っちまったんだろうが。この規格外」
「ねえ。ヴァンさんの口の悪さは、そろそろ根本的に徹底的に治療した方がいいんじゃない?」
見物に来ていたヴァンさんが、吐き捨てるようにつぶやいた。フォローしてくれるのは有り難い。でも、もう少し言い様があると思う。
「ヴァンからこの口を取り上げたら、何も残りませんよ?」
「それもそうか」
エッカさんの言う通りだ。納得。
「てめえらっ!」
軽口を叩きながら、臼を挽く。次いで、油全体が不透明になるまで粉末解毒薬を油に混ぜる。昨日の苦労は何だったんだと言いたくなるくらい、あっさり溶け込んだ。
「そこまで入れる必要がありますか?」
「えらくまた豪快にぶっ込んでやがるな」
エッカさんは、解毒薬を作る手順を知っている。手間暇掛けて作り出す貴重な素材なので、少々もったいない、と考えているのかもしれない。
飲ませてよし、ぶっかけてよしの解毒薬は、調合過程で、一度結晶化させる必要がある。この結晶を作るまでの作業が非常にややこしい。
「うまくいってから、減らしていけばいいじゃん」
これだけ投入して駄目となったら、お手上げだ。いよいよ、各種薬品との総当たり戦に突入する。
今回は、反応熱が発生しているらしく、容器がほんのり温もっている『爽界』を組み込んだ換気装置はまだ作ってないし、ヤバい成分の揮発を防ぐ為には、冷やした方がいいかもしれない。
「だから出すなって何度言わせる気だ!」
ライバさんが、猛烈な勢いで取り上げようとする。まだ取り出してないのに。
「んじゃ、ライバさん、作って♪」
「何をです?」
「冷やし桶。また爆笑したくはないでしょ?」
「説明を省くな!」
今度は、ヴァンさんから突っ込まれた。エッカさん達も大きく頷いている。何故だ。
それはともかく。
昨日のエッカさんのニャン語事件を例に、油が暖まると燃焼させなくても「お笑い成分」が揮発する可能性を示唆したら、三人ともが沈黙した。
「ええと。容器ごと冷やせばいいんですよね? 保冷室を借りましょう」
「食べ物の近くに怪しい反応中の桶を置くのは危険じゃない?」
万が一、食材が汚染されたらどうするんだ。
・・・全員で大笑いパーティ。いいかもしれない。
特に、アンゼリカさん。今朝は、間一髪だった。シャツ一枚で、逃げ切ったけど。強制的に笑わせておけば、被害は受けずに済む。はず。痺れ薬試験調合の素材やら何やらは、全てメモしてあるし、今度、自作してみようかな。
「判った! 作り方を教えろ」
ライバさんが降参した。
「どうせなら、全員で、体を張った検証実験やってみない?」
「おい。さっき言ったことと、まるっきり逆じゃねえか」
「アンゼリカさんから、氷を貰ってきます」
「え? エッカさん、やらないの?」
「分かりきった結果が見えているなら、試す必要は無いでしょう?」
「そうかなぁ」
「だあああっ! いいから、小僧はこっち来い!」
面白そうだったのに。両腕をヴァンさんとライバさんに抱え上げられ、宙づりのまま工作室に運び込まれた。
「使う材料は、」
「これと、これと、後これだな。魔包石は、後で持ってきてやる」
目の前に、ロックアントと骨粉入りの樽とミスリル合金が並べられた。
「準備がいいね」
「忘れてた。これもだ」
魔導炉の燃料にする魔石屑も出てきた。
「フライパン作る分は?」
「ギルドでなんとかする! おめえは出すな。一っ欠片も出すんじゃねえ。いいな?」
ヴァンさんの手が、わたしの頭を鷲掴みにしている。ふふん。一葉さん達の締め付けに比べたら、軽い軽い。
「ちぇ〜」
「舌打ちすんな!」
ライバさんも、注文が多いなぁ。
実は、双葉さん達が差し入れてくれたベリージュースを冷やす為に、飲みきり一杯分サイズの保冷容器を作った。氷を入れてもいいが、薄まるのが嫌だったから。天然完熟果汁百パーセントの贅沢を味わい尽くすのだ!
ちなみに、冷や酒もおーけー。我ながら傑作だと思う。うま〜。
今回は樽サイズに拡大するので、ギンギンに冷えることは無い。ヤバい物が揮発しない程度に熱を取り除ければいい。
図面を取り出し、ライバさんに説明した。
内容器には、銅を採用。熱伝導率がいいし、鉄よりも加工しやすい。まあ、工作班出身のライバさんなら、金属何でもござれだとは思うが。
分離器にすっぽりはまる形にしたので、装置動作中にがたついたり、変形したり、鍋底に穴が開いたりする心配は無い。
そして、魔導炉を使わなくても整形できる上、ロックアントの使用量も減るので、加工費が浮かせられる。
「二重構造とはまた面倒な」
「中身を汲み出す時間を省けるから、すぐに次の素材を加工できるよ」
だがしかし、工作室に銅は無かった。「山茶花」からこれでもかと銅板を引っ張り出して叩いて延ばして。ほい、一丁上がり。
「それは便利だな。ってのはいいんだがよ! 出すなって、あれ程言っただろうが!!」
今後の経費削減も考えて協力しているというのに、ライバさんが背後でぎゃんぎゃん吠えている。
「大丈夫だよ。これはエッカさんの開発費の範疇だもん」
「そういう問題じゃねぇーーーーーっ!」
ふぅむ。音量は、ヴァンさんに一歩及ばない。残念。
出来上がった冷却器と内鍋の山を研究室に運び入れた。が、荷物を降ろすや否や、エッカさんに腕を引っ張られた。
「これ、どうなんでしょうね」
「どうって聞かれても、どうなんだろう」
「どういうこった? 説明しやがれ!」
今度はヴァンさんが、食って掛かってきた。
冷やした油は、濁りが薄れてきている。容器を氷水から取り出して暫くすると、また表面が暖かくなってきた。反応は継続中のようだ。
「早速、冷却器の出番だね」
「一晩様子を見ましょうか」
「おい! 俺を無視すんなよ。お〜い!」
一から説明しても、「判らん!」の一言で切り捨てるくせに。
内鍋に油を移し入れ、冷し桶のスイッチを入れる。調子はいいようだ。
ちょうどいい時間になっていたので、休憩室に移動した。
諦めの悪いアンゼリカさんは、夕食時に緩急付けた接触を試みるも、蔦魔獣の鉄壁のブロックを突破できず。
すごいぞ! こないだの縛り上げは、これに免じてなかったことにする。
そうしたら、今度は、なかなか寝室から出て行ってくれない。休めないと文句を言ったら、一曲リクエストされた。天国に迷い込んだ酔っ払いの歌を超適当につま弾いたら、大いに受けた。・・・いいけどさ。
弾き終わったので、お引き取り願ったけど、まだ居座っている。一葉さんに頼んで、強引に引きずり出してもらった。
四日目
アンゼリカさんとの攻防は、まだ続いている。
今朝は、空が明るくなる前に部屋に侵入してきた。他の人に見つからなければいい、と開き直ったようだ。
黒い被り物に体にフィットした黒い服。抜き足差し足忍び足。どう見ても、泥棒か忍者。音を立てずにベッドに潜り込む。だが、そこにあったのはダミーの布の塊だ。布団を跳ね上げたアンゼリカさんは、即座に室内の探索に移行した。だがしかし。探し出せないまま、朝食の時間が迫ってきたため、肩を落として撤退していった。
昨夜は、天井近くで寝た。一葉さんと四葉さんに頼んで、ハンモックを支えてもらい、更に『音入』で隠れていたのだ。黒服アンゼリカさんが右往左往する様も、最後までばっちり見えていた。
もう、諦めてくれないかな。
腹いせとしか思えない大量の食事にも慣れてきた自分の胃袋が悲しい。また運動量を増やさないとなー。お腹周りを気にしつつ、糸取り作業に取り掛かる。
エッカさんは、昨日の結果が気になるらしい。一人で部屋に籠っていたらまた昏倒するかもしれないので、ヴァンさんについていてもらった。使えるものならポンコツでも使う。
「また魔道具を作ったそうですわね。この変人!」
ティエラさんの頭は、まだウネまくっている。その髪型が気に入ったのだろうか。
「ティーさんも作ってみる? 簡単だよ」
「出来る訳ありませんでしょーーーーーーーっ!」
「だって、ライバさんに作れるくらいだし」
「おおおお俺はまだ作ってないぞ。ないからな?!」
「謙遜しなくても」
「謙遜じゃねえっ!」
「午後、早速逝ってみよう♪ ここはウォーゼンさんに任せればいいよね」
「またかよ! 今度こそ死ぬ。死んじまう・・・」
新鋭魔道具職人さんは、うつろな顔でぶつぶつとつぶやき始めてしまった。
「ライバ。いくらなんでもそれはないだろう」
「副団長は、あの地獄を知らねえからそう言えるんだ。フライパンを作らされた時はな、俺の周りは素材だらけで、作っても作っても作っても減らないんだ、跨ぎ越すことも出来なくて、飯が食いたかったら、とにかく作らないと炉の前からも動けなくて・・・」
年下のウォーゼンさんに逆ギレしたって、過去は変えられない。
「最後には完璧に作れるようになったんだからいいじゃん。それに、ご飯だけじゃなくて、おやつも差し入れしたでしょ」
「まるで、入隊直後の新兵特訓のようだな」
「そうなんだ〜」
「・・・」
いつの間にか、ティエラさんが固まっている。なんだかんだ言ってても、毎日顔を合わせている人が怯えていれば、気になるのだろう。
「ティーさん、手が止まってるよ。何事も(集中して)数をこなすのが上達の秘訣! (あの特訓を耐え抜いた)ライバさんなら、(今度の魔道具も)すぐ(作り)慣れるって」
ライバさんが、沈黙した。激励したつもりだったのに、おかしいなぁ。
「なぜライバに作らせるのだ?」
「だって。魔道具一個で処理できないくらいの量があるんだよ? これからも毎年わんさか集まるみたいだし。魔道具職人さんを雇える当ても無いみたいだし。それとも、延々と保管倉庫を増やす方がいい?」
「・・・・・・判った。やる」
眉間に深い溝を刻んだライバさんが、ようやく白旗を揚げた。どうして、最初から素直に引き受けないんだろう。どの道、逃がすつもりはなかったけど。
「これ以上働いたら、体を壊しますわよ?!」
「エッカさんがいて、アンゼリカさんもいて、それはないない。あり得なーい♪」
ドーピング体勢は整っている。今こそ、あの巨大な鞄の中身を役立てる時。
「こここここの変態!」
ティエラさんてば、コカトリスそっくり。楽しい。
「・・・ロナ殿。ほどほどに、な?」
なんのことかな〜?
一晩冷やした混合液は、見た目の変化は無かった。しかし、よくよく目を凝らすと、キラキラしたものが全体に散っている。
「いいものと悪いものがくっついた、かな?」
「だといいのですが」
麻痺成分と解毒成分が結合して、謎物質が合成された、と推測される。結合したなら分子量が増えている筈。つまり、「分離桶」が使えるかも。
という予想に反して、「新・分離桶」でも沈殿層は形成されなかった。
エッカさんを見張りに残し、ライバさんと工作室に籠る。なんだかんだ言いつつ、冷し桶は完成した。やればできるじゃん。げっそりとやつれた顔は、見なかったことにする。
一方の分離作業は、運転時間を夕食直前まで延長しても駄目だった。キラキラ成分は、わたし達の期待を裏切り、未だに液全体を彩っている。
「別の魔道具を作るには、環境が、ねぇ」
間違いなく、どっかん! してしまうだろう。サイクロプスが闊歩するよりも危険だ。
「この桶は、このまま一晩動かすことは可能ですか?」
「出来るよ。そうだね、そこからいってみよう」
「よう。メシにしようぜ」
夕食時に、ライバさん作の冷却桶で冷やした酒を出す。おじさん達は大いに盛り上がり、大いに飲んでいた。
・・・やけ酒、とも言う。ウォーゼンさんは、律儀に付合っていた。
おいおい。明日も作ってもらわないと困る。
アンゼリカさんに、こっそりバッド汁を渡しておこう。
治療師の新調合には、元々薬効が判明している薬草を使うので、大抵は危険はありません。
それと同じ感覚で痺れ薬の解毒を行おうとして、治療師一同ことごとく討ち死に、もとい副作用の影響を受けてしまいました。




