礼戦時代
延々と不毛な会話を続けるよりは、作業を進める方がよっぽど建設的。どの道、わたしが手出しできることはない。
物は出すけど。
魔道具の隠蔽手段を検討し始めたペルラさん、エッカさん、ウォーゼンさんを放置して、魔導炉のある工作室に向かう。
途中、糸取り作業室を覗き込んだら、ティエラさんの金切り声で追い出された。応援しただけなのに。
ティエラさんの作業を手伝っているライバさんにも一声掛けてから、工作室に入った。
さて。
魔道具がらみで問題が大きくなるのは好ましくない。とばっちりは御免だ。でも、使える物は、とことん使う。
蛹体液を分離する魔道具、「分離桶」は、遠心分離機の応用みたいなものだ。回転させて遠心力を発生させるのではなく、重力魔術で、荷重を掛ける。「分離桶」より荷重を増やし、稼働時間も長くすれば、痺れ油から麻痺成分を分離できる、はず。
すでに出来上がっている「分離桶」のリニューアル版なら、それほど騒がれないで済むだろう。
仕込む魔法陣を縮小するのに手間取ったけど、なんとか爆発させずに組み立てられた。まずは、一安心。
「小僧。終わったか? もうみんな飯食ってるぞ」
ライバさんは、声を掛けるタイミングを見計らっていたらしい。
「ありがと。それでさ、糸取り部屋とは別の部屋、借りられないかな」
「そりゃ、使ってない部屋は山ほどあるがよ。ナニするんだ?」
「これの試運転するのに、工作室は使えないし。糸取り部屋だと邪魔になるし」
魔道具は、魔導炉の傍ではまともに動かない。下手をすれば壊れてしまう。まーてんの麓では完成品の使用に問題はないのに、つくづく不思議だ。
「お、それもそうか。だが、ヤバいもんを扱うなら、それ相応の準備がいるよな。明日、用意してやる。今日はもう上がれ」
動作テストに何の準備が要るのだろう。保管かな?
「鍵を掛けるなら、」
地下実験室の戸締まり用に作った錠前セットの予備がある。
「出すなっつってるだろうが! 耳が悪いのと違うか?」
とうとうライバさんも手が出るようになってしまった。
「違うもん!」
だからって、なんで首根っこを掴み上げるの。引き摺らないでよ。歩く、自分で歩くってば。
「連れてきたぞ。なんか組み立ててたけどな」
「・・・ナーナシロナ様? まさか、まさかですわよね?」
「何がまさかなの。まだ一個作っただけで、試運転もしてない。使えるかどうか、判らないよ?」
ペルラさんを含む対策班三人が、頭を抱えている。
「やっぱり変態ですわ! この変態」
「ティーさん、今日のノルマは終わったの?」
「むきぃ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
顔に穴があきそうな勢いで睨みつけられた。本当に、可愛い。癒されるわぁ。
「んでよ。どんな道具なんだ?」
「ライバ。その話は、ここではなさらないでくださいまし」
ペルラさんが、制止する。
「そんなに慌てる事ないのに。蛹を加工する奴、あれを小さくしたんだ。油専用にするつもり」
「「「「・・・は?」」」」
「あの。ライバさん、魔道具って、小さく作り直す事って、出来ますの?」
ティエラさんが、手を挙げた。
「俺に訊くな! 俺が作れるのはフライパンだけだ! ペルラにでも訊け!」
「わわわたわたわたくしも存じ上げませんわ!」
言葉遣いの治療薬って、ないのかな。
「回路部品を寸分違わず縮小すること。これさえ出来れば、後は何とかなる」
「・・・お婆様」
「ええ、ティエラ」
なにやら頷き合う二人。
「わたくしが術具を作る時は、あれ程苦労しましたのに、そう簡単に何とかなる筈はありませんでしょう?! この変態!」
「そうではありませんのことよ! 今まで聞いた事のない作り方をなさらないでくださいませませ!」
どうしろというんだ。
「まるっきりの新型魔道具よりは、ましだと思うんだけど」
「それは、まあ、そうなんですが」
エッカさんが、眉間のしわが染み付きそうな渋面をさらしている。ダンディなおじさまの顔は、そのまま維持して欲しいのに。少なくとも目の保養にはなる。
「まだ他にも作りやがりそうだぜ、こいつ」
「ヴァンさんこそ、いつまで入り浸ってるつもりなのさ」
「目付役だって言っただろうが!」
「ヴァン殿、それくらいで。それで、ロナ殿。新型魔道具とやらは、やはり作るつもりなのか?」
不良騎士(見た目だけ)の仲裁ってのも、なんだかなぁ。
「さっき作ったのが使えなかったらね」
「先ほど作られた物が新魔道具ではありませんのですの?」
「小さくしただけだもん。使ってる魔導式が違ってなければ、新しいとは言えないでしょ」
ペルラさんから、魂が抜けてしまった。
「使えないものを作ったとでも言うつもりですの?!」
ティエラさんってば、毛を逆立てた猫みたい。可愛い。
「油の中から、痺れる成分だけ取り除けるかと思って。あれが駄目なら、他の手段を考える」
巧く分離沈殿してくれればいいんだけど。
「ティエラさん。取り掛かったばかりだもの。上手に出来ない事もあるわよ」
アンゼリカさんが、ティエラさんの目の前にお替わりを出す。
「・・・はい」
意味は、「黙って食べなさい」だ。ティエラさんにも通じた。
「ななちゃんも。考え事は、お食事が終わってからでもいいでしょ?」
「え? あ、うん」
「ななちゃん?」
だから、お玉を振らないで。判った、判りました。食べますって。
明日の朝から、運動量を倍に増やそう。このままでは、縦方向に成長する前に、横に拡張しそうだ。つまり、子豚さんになってしまう。・・・笑えない。
それはさておき。
「分離桶」は、蛹三個分の体液を放り込み、およそ一刻動かすと三層に分かれる。
最上層の痺れ油は、分子量が小さいだろうから、もっと長時間重力を掛ければいいかな。
だが、その晩、実験する事は出来なかった。何をどう考えたのか、ライバさんが工作室の前に寝袋を持ち出してきていた。
「何してるの?」
「見張りだよ見張り」
「侵入者が来たことは無いんでしょ?」
警備員は、夜間、屋内の巡視もしていると聞いている。
「おめえが大人しく朝まで部屋に引っ込んでるなら、な」
「ちょっとぐらい、いいじゃん。時間掛かりそうなんだから」
「だったら尚更だ。先は長いんだろ? 休める時に休んどけ」
「試運転ぐらいさせてくれてもいいじゃん」
「実験用の部屋が、まだ用意できてないんでな」
しっしっ
片手で追い払われた。犬じゃないっての。桶は工作室の中に置いたまま。仕方ない。今夜は諦めよう。
それならそれで、今のうちに次善策を検討しておこうかな。もう一度、チェックリストも確認して・・・。
「え〜と。アンゼリカさん、何の用?」
「あら、ななちゃんと一緒に寝るのよ♪」
昨晩、床と仲良くしていた部屋には、いつの間に運び込まれたのか、巨大なベッドが鎮座していた。いや、今朝まであったベッドもそれなりに大きかったけど、目の前のベッドは四畳半よりまだ広い。いくらなんでも大きすぎる。
その存在感たっぷりな家具の横で、薄着のアンゼリカさんが上機嫌で微笑んでいる。
ヴァンさんなら、喜んで飛びつくだろう。だけど、わたしは女の子。
「添い寝が必要な歳じゃないんだけど」
「あらあら。わたしがそうしたいんだもの」
話が、通じない。
「そうか、アンゼリカさんがこの部屋使うんだね。んじゃ、ごゆっくり」
「違うわよ! ななちゃんと一緒にこの部屋で寝るの!」
ふかふかな布団を、膨れっ面したアンゼリカさんが両手で力一杯叩いている。埃でも付いてたのかな。
それにしても、どっかのドラゴンプリンセスみたいな台詞だ。そういえば、随分と会ってない。ひー、ふー、みー、何年前だっけ。
・・・フェンさんのお店は、無事だろうか。
「エッカさんの件、もう少し考えるから、先に寝てて。明日の朝も早いでしょ」
「もーーーーっ!」
牛?
「アンゼリカ様、どうかなさいましたか?」
ラトリさんが、ひょっこり顔を出す。たまたま、部屋の前を通りかかり、アンゼリカさんの唸り声を聞いて、何事かと思ったらしい。
「ななちゃんが一緒に寝てくれないのよ」
ぶんむくれて文句を言うアンゼリカさんに、当然わたしは反論した。
「だって。アンゼリカさんの料理はちゃんと食べてるでしょ?」
「お母さんと一緒に休むだけよ?」
「一人一つだけだもん」
「「お願い」じゃないわ!」
睨み合うわたし達に、どうしたらいいのかオロオロしている。
「ラトリさんを困らせちゃ駄目だよ。ということで」
『音入』、発動!
「あ、あ〜〜〜〜〜っ! ななちゃん、ひどいわ!」
聞こえませ〜ん。
ちょっと狭いけど、これなら誰も覗けない。よし、痺れ薬の解毒方法で思いついた項目を全部書いておこう。
「あ、あら? あの、アンゼリカ様、何が一体どうなって」
「ななちゃん、開けて。出てきて、ね? もう言わないから。ななちゃん!」
聞こえませ〜ん。
アンゼリカさんは、散々騒いだ。動転したラトリさんは、ペルラさんまで呼んできた。
で、最後には泣き疲れて、巨大ベッドの上に寝てしまった。最初からやらなきゃいいのに。
アンゼリカさんが完全に寝入ったのを見届けてから、結界を解除する。
「お騒がせされました〜」
「ナーナシロナ様・・・」
ペルラさんとラトリさんが、くたびれ果てた声を出す。
「付き合わせちゃったみたいで御免ね。でも、理不尽なのは、アンゼリカさん。落ち着いて休めないんだってば」
安眠妨害に抵抗しただけだ。わたしは悪くない。ないったらない。
「え、ええ。そうですわね。ですが、この調子では、明日から大変なのではありませんか?」
「・・・対策、は、しておく」
おそらく、いや、間違いなく、特盛が激盛にグレードアップする。だろう。
ウェストポーチも亜空間収納も解禁された。手持ちの薬で、なんとか、どうにか、できる、はず。[魔天]にはびこる数々の毒草を回避し、滅多なことでは体調不良など起こさなかったわたしが、「食べ過ぎ」でグロッキーとはこれ如何に。くすん。
「アンゼリカ様、お母君とは、久しくお会いになられてないのでございましょう? 一晩ぐらいならお付き合いされてもよろしいのではありませんか?」
ラトリさんは、わたしとアンゼリカさんの双方を気遣ってくれる。いい人だ。だがしかし。
「そんな丁寧に喋らないでいいんだってば。
それはともかく、アンゼリカさん一人が、勝手にお母さん宣言してるだけ。全力で付き合ってたら、ボクの身が持たない」
「先ほどのように、アンゼリカ様が大喜びされるのを見たのは久しくありませんでしたわ。もう少し、こう、お相手してくださってもよろしいのではありませんか?」
ペルラさんまで、アンゼリカさんの味方? このっ。
「一人につき一件! それとも、ペルラさんの依頼をチェンジする?」
「・・・・・・どうか、今しばらくは、ご滞在して、くださいますよう」
ペルラさんが返事するまで、妙に間が空いた。なにも、究極の選択を迫った訳じゃないのに。
「それでは、女将様は如何なさいますか? お部屋までお連れするのであれば、起こしてしまうかもしれませんが」
ラトリさんは、口調を崩すつもりは無いらしい。
「このまま、朝まで寝かせてあげようよ。ボクは、どこででも寝られる」
「申し訳ありません。今すぐにお使いになれる部屋の準備が整っておりませんので、暫くお待ちください」
踵を返し、慌てて部屋を出ようとするラトリさんを引き止める。
「だから、いいってば。ぼくは、そこのソファーを使わせてもらう。ペルラさん達も朝早いでしょ。もう休んだら?」
いくらロックアント製の織り機を使っていても、機織りが重労働であることに変わりない。
「・・・判りました。今夜は、これで下がらせていただきます」
「ペルラ様」
「ただし!」
ずびしっ!
「必ず、お休みになってくださいませ。徹夜などなさいませんよう。よろしゅうございますわね」
あくまでも、穏やかに話をするペルラさん。しかし阿修羅様の幻影が見える。何故だろう、全てのお顔は憤怒相。
「あ〜、はい。ちゃんと、寝る」
「それでは、失礼いたします」
さて、明日からは、どうしようか。
日の出にはまだ間がある薄暗闇の中、目を覚ましたアンゼリカさんは、部屋の中を見回した後、掛け布団を撥ね飛ばし、ベッドの下や衣装タンス、控え室を探しまわり、それでもわたしの姿が見つけられずに、扉が壊れそうな勢いで飛び出していった。
大声で、わたしの名前を連呼しなかったところは、流石、人気宿の女将様。最後、扉に体当たりしてしまったので、マイナス五十点。
実は、わたしは、ソファーごと『音入』に隠れていた。よく見れば、うっすらと影が見えたはずなのに。
弘法も筆の誤り、アンゼリカさんの千里眼にも穴。
部屋の中で出来る鍛錬をこなしていると、小さく戸を叩く音がして、開けっ放しの入り口からミレイさんが顔をのぞかせた。その間も、屋敷のあちらこちらから、走り回る音や叫び声が聞こえてくる。
どうやら、この部屋で静かに探索していたのは、わたしだけ起こさないようにしていたようだ。気配りの方向が違うでしょ。更に、マイナス五十点。
「お、はようございま、す?」
「おはようございまーす。朝っぱらから、元気な人がいるねぇ」
「はぁ。お部屋にいらっしゃるではありませんか」
大きく肩を落として、ため息をつくミレイさん。
「もう少し、体を動かしてから休憩室に行くね」
「・・・畏まりました」
ミレイさんがとぼとぼと引き上げていき、暫くして騒音が止まった。
それでは。一葉さん、よーし。四葉さん、よーし。術杖の魔包石、セット完了。武器、薬品、チェックよーし。
いざ、出陣!
「ななちゃーん!」
休憩室に入るや否や、アンゼリカさんのボディアタックが迫ってきた。そこは慌てず、『重防陣』でブロック。
べち
ふっ。勝った。
「・・・ナーナシロナ様?」
ペルラさん達が、その様を見て呆然となる。無理もない。
なんと、アンゼリカさんは、床の上に伸びていた。誰がどう見ても、完璧な自爆。どれだけの勢いで飛びついてきたのか、推して知るべし。
「おはようございまーす。今日も元気に、頑張ろー」
既に、配膳は終わっている。超盛りは、わたしの朝食だろう。あの短時間で、よくもこれだけの量の料理を作れるものだと感心する。
では。
結界を解除し、席に付き、最速で。食べて食べて食べて!
「ななちゃん、酷いわ!」
アンゼリカさんが目を覚ましたのと、わたしが食べ終わったのは、ほぼ同時。
「ごちそーさま!」
立ち上がる勢いで、座っていた椅子を押し付ける。わたしの背後に迫っていたアンゼリカさんは、足をもつれさせて、たたらを踏む。その隙をついて、糸取り作業部屋に逃げ込んだ。
「ふうぅ」
いくらなんでも、作業の邪魔はしない。と思いたい。
「おい、小僧。一体全体、何があったんだ?」
やや遅れて、ライバさん達も作業部屋に集まった。
「・・・ちょっと、やり過ぎではありませんこと?」
ティエラさんが、非難がましく訴える。早朝の騒音で叩き起こされたんだろうから、機嫌は悪いだろう。でも、断じて、わたしの所為ではない。ないったらないったらない。
「あんな勢いで飛びかかられたら、潰れそうだもん」
「泥術師の土玉から五体満足で出てきた人の言う台詞ではありませんわよ」
言ってくれるねぇ。取っ捕まえてくれた張本人のくせに。
「じゃ。ティーさん、アンゼリカさんに抱きつかれたい?」
「ご遠慮いたしますわ!」
ほらみろ。
その後の糸取りは、楽しく過ごせた。
ティエラさんの台詞が面白くて。尤も、ライバさんは聞き飽きているのか、用が無ければすぐさまいなくなってしまう。
代わりと言ってはなんだけど、ウォーゼンさんがわたしとティエラさんのサポート作業に就いている。強面ながらも、どこか楽しそう。副騎士団長様が、何をやってるんだか。
昼食時、配膳が終わった頃を見計らって休憩室に入った。懲りないアンゼリカさんは、やたらとわたしに構おうとする。
が、一葉さんと四葉さんに阻まれた。
「あ〜ん。ちょっとだけ、ね?」
アンゼリカさんの「お願い」は、一葉さん達には通用しなかった。事前に買収、もとい命令しておいてよかった。
「頭を撫でるくらいならいいだろうが」
どこまでも野次馬なヴァンさんが、余計な口を挟み込んできた。
「禿げそうな勢いで撫で繰り回されそうなんだもん」
「「「・・・・・・」」」
懸命にも傍観者に徹していた男性陣は、そっと自分の頭髪を撫でている。
「そんなことないわよ。ななちゃん、ふわっふわで手触りいいんだもの」
「関係ないもん」
といったやりとりの間にも、アンゼリカさんの手は叩かれ叩かれ叩かれ、・・・。
「獲ったわよ!」
「んじゃ、ごちそうさま〜」
「あ」
捕まっちゃった一葉さん、後、よろしく。
アンゼリカの暴走。誰も(作者も)止められない・・・。




