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大きいつづらも、お宝いっぱい

 魔法陣を使った魔術は、その術式に見合った質と量の魔力に感応して発動する、と考えられている。

 録音の魔法陣は、演奏が終わるまで一定量の魔力を注ぎ続ける必要がある。結界魔術と一緒だ。

 物は試しで、ペルラさんが実験することになった。魔導紙に【録音】の魔法陣を書き起こす。発動させようとしたとたんに、魔導紙諸共魔法陣は消滅した。ありゃ、失敗?


「起動はしたのですが、維持できませんでしたわ」


「へえぇ」


 多分、魔法陣から帰ってくる魔力を察知したんだろうな。発動時の状態まで把握できるとは。さすが元宮廷魔術師団長。


「・・・おめえ、判ってねぇだろ」


 こめかみを押さえつつ、ヴァンさんが唸っている。


「何が」


「あのですね? 魔術を長時間維持し続けるのは、それはそれは大変なのですわよ」


「ん? 【隠蔽】とか、【遮音】とか、【防御】なんかも、張りっぱなしでしょ」


「ええ、そうですのよす」


 あああ、またペルラさんが壊れた。


「この変態。その手の魔術を使う方々は、各々で術具を誂えて負担を減らすのですわ! それを、それを、魔道具にした? この、変態変態変態!」


 殴り掛かってきた。あら、肩たたきにちょうどいいじゃん。おお、気持ちいい。


「しかも、なぁ」


「ええ。以前のような使い方まで出来るとなると・・・」


 ライバさんとエッカさんが、揃って魂が抜けそうなため息を吐く。


「あれは! ボクがやらせたんじゃないからね?!」


 商工会での盗聴は三葉さんが勝手に拾ってきたのであって、わたしは知らない。ないったらない。


「ありゃあ、おめえの助手が、魔術でやったと思ってたんだよ。それが、魔道具だ? 世間に知られたら、どえらいことになるぞ」


 ライバさんが、歯軋りしている。


「あのぅ、どういうことでしょうか」


 怯えた様子のミレイさんが、悩める一同に恐る恐る質問する。


「術具は、魔術師が精魂込めて作り上げる物なのですわ。それ故に、唯一無二! 魔道具も然り。職人が連綿と継承して来た英知の結晶! それなのに、この変態ときたら、椅子やテーブルとは訳が違うのですわよ?!」


 ヴァンさんではなく、ティエラさんが、どうでもいい事を捲し立てる。完成した魔道具なんか、設計図通り組み立てるだけでしょ。組み立て家具と一緒じゃん。ティエラさんの例えは、的を得ていると思う。


「あ〜、それもそうなんだが。音を記録するってのは、使い方に拠ってはヤバい代物なんだよ」


「そうですわね。【遮音】結界を張っていても、そこでの会話が全て筒抜けになるわけですから」


「自動録音は出来ないよ?」


 操作する誰かがいなければ、ただの置物だ。録音時間も制限があるし。


「こんなちっこい助手に扱える大きさだろ? こっそり持ち込まれたら御終いだろうが」


「あ、そうか」


 ライバさんの説明に、漸く納得した。秘密会議にスパイが紛れ込んでテレコを持ち込むケースだ。いや、今時はICレコーダーか。スマホでも出来るよね。

 って、三葉さんがやったこと、そのままじゃないの。


「え? そんなに小さい物なの?」


 ティエラさんの気にするところは、そこですか。


「小さい、のかなぁ? 四葉、ちょっと見せてあげて」


 いそいそと取り出す四葉さん。だからね、作ったのはわたしなんだけど。


 一見すると、ただの黒い湯飲み茶碗。胴体には細かいメッシュが巻かれている。筒の内側の空洞に「楽石」を入れる。蓋を閉めれば、スイッチ オン。


「「「「「・・・・・・」」」」」


「色の付いた宝石は使えなかった。でもって、一度録音すると、消せない。そうそう、何度でも聞く事が出来るよ。あ、四葉、もういいから」


 ぱかっと蓋を開けて、「楽石」を差し出してきた。用意のいい事に、再生皿もスタンバイしている。


『・・・・・・色の付いた宝石は使えなかった。でもって、一度録音すると、消せない。そうそう、何度でも聞く事が出来るよ。あ、四葉、もういいから。

・・・・・・色の付いた宝石は使えなかった。でもって、一度録音すると、消せない。そうそう、何度でも聞く事が出来るよ。あ、四葉、もういいから。

・・・・・・色の付いた宝石は使えなかった。でもって、一度ろ』


 再生皿から取り上げたとたんに、音が止まる。


 しーーーーーーーん


 アンゼリカさんですら、放心したまま。おや?


「ティエラ」


「は、はい、お婆様?」


 ガッチガチに固まったティエラさんが、直立不動の姿勢になる。


「この魔道具の存在は、決して、誰にも教えてはなりません。よろしくて?」


「はいぃ〜〜〜〜〜っ」


「返事は一回」


「はいっ。お婆様!」


 敬礼までしちゃったよ。


「ペルラ様。あの、理由をお伺いしたいのですが」


「素晴らしい魔道具だと思います。使いどころを間違わなければ、の話ですが」


 ミレイさんとラトリさんが、困惑している。わたしも訊きたい。


「作り手が問題なのですわ!」


 ぎろり。


「な。なんで、睨まれるのかな〜?」


「フライパン一品でさえ、商工会が慌てまくったんだぞ。あれは、俺が矢面に立ってるから、まだ、なんとかなってる。だがな」


 ライバさんが低い声で一本調子に話す。


「ねえ? ななちゃん。目立ちたくないって、言ってたのよね?」


「う、うん。そうだよ?」


「このとんでも魔道具を作ったのがおめえだと知られたらな、な? んん? 判るよな?」


 はて?


「表も裏も血相変えて追い回すに決まってます!」


「昨日の鞭もありゃなんだ?! 魔道具っつってたよな! あれも自作か? そうだよな! そう言ってたもんな! 気軽に取り出すなってあれほどあれほど言い聞かせたってのに馬鹿かおまえは馬鹿野郎が!」


「優れた魔道具を作る職人はどこの工房でも引っ張りだこなんだよ新しい魔道具が世に出る時はそれ作った職人も知られるってことだ小僧もそうなりたいのかそうなのかあれ程俺達が苦労してるってのに気軽に気軽にぶち壊しやがってこのくそがきゃぁーーーーーーーーーっ」


 オジジ三人が同時に喚いても聞き取れないってば。


 ミレイさん達が質問しなければ、誰も気付かなかった。つまり、そういうことで。


「黙ってればいいじゃん」


「もう出すな、絶対出すな。出すんじゃない!」


「痺れ薬をランプに使えるようにするのにさ、新しく、魔道具、作ろうと思ってるんだけど?」


「こんがきゃぁ〜〜〜〜っ!」




「どうした? 騒がしいようだが」


「ここでは日常茶飯事ですよ」


「問題にならないのか?」


「屋内まで侵入させたことはありません。それに、ペルラ女史が居られますので、そこまでの無謀者は・・・」


「それもそうか」


 警備員さんが、大声で言い争っている部屋に案内して来たのは、ウォーゼンさんだった。しかし、血相を変えたオヤジ連を目の当たりにしても平然としている。ウォーゼンさんってば、大物かもしれない。


「ロナ殿、調子は良さそうだな。ところで、ペルラ殿、済まないが、しばらく工房に滞在させてもらえないだろうか」


 案内人が部署に戻っていくのを見送ってから、おもむろにウォーゼンさんが頭を下げた。なんだなんだ。


「理由をお窺いしてもよろしいでしょうか?」


 いきなり話を振られたペルラさんが困惑している。それもそうだ。副団長様が新参工房に押し掛けてくるとは、ただ事じゃない。


「当分、王宮からの話は聞かないからね!」


 先手を打っておかないと。


「ウォーゼンも言ってやってくれ! またロナがやらかしやがった!」


 ヴァンさんが、怒髪天の形相だ。でも、口にしたのは泣き言。


 かっぱーーーん!


「ウォーゼン様。お話をどうぞ」


 壊れた鞭の破片は、対ヴァンさんお仕置きグッズと化していた。いいけどね。


「陛下から、ロナ殿を監視、げふん、手伝うよう命令があった。これが命令書だ」


「王宮の依頼じゃないか。見張り役は十分足りてるんだから、ウォーゼンさんまでいる必要は無い。さっさと、王宮に帰れ!」


「それと、官舎の兵どもから、頭をなんとかしてきてくれ、と泣きつかれてな。ロージーもいろいろと工夫してくれたのだが、どうにもならなくて。少なくとも元に戻るまで、ここに住まわせて欲しい。雑用でも何でも引き受けよう」


 わたしからは視線を外したまま、ペルラさんに向かって話すウォーゼンさん。ほぉう、いい度胸だ。


 話を聞いていたライバさんは、自分の髪をいじり始める。伸ばして、びよよよよん。根性の入った縮れっぷり。


「おめえもか」


「いじるほどに、酷くなってしまった」


 ウォーゼンさんの見てくれは、不良騎士、暴走族仕様。鍛え上げられた肉体美と相まって、いや、ちぐはぐすぎて涙が。


 おば樣方は、判断に苦慮しているのか複雑な顔をしている。ここは、笑っていいんだよ?


「ロナ殿。なんとかならないか?」


 結局、わたしへの依頼だった。


「わたくしもですわ!」


 ティエラさんも乗った。


「面白いから、しばらくはそれでいいんじゃない?」


「流石に、この髪型で陛下の謁見には付き添えなくてな」


 あ〜、深刻な話し合いも、爆笑大会になるだろうな。それはそれで、場が和みそうだけど。駄目なのかな。


「他にも、いろいろ、いろいろ! 頼まれてるの。手が回らないよ」


「ああ。余裕ができたらでいい。頼む」


「んじゃ。その時に連絡するから」


 帰れ、帰れ!


「だが、王宮にも官舎にも居場所が無いのだ」


「自宅で愛娘の相手をしてたら?」


「・・・それが、毟られそうになった」


 ぶはっ!


「おいくつでしたかしら」


「もうじき十歳になる。これが気に入らないらしくてな」


 情けない顔で、おでこから突き出したポンパドールを突いている。昔懐かし日本の暴走族。見れば見るほど、謎だ。何故、こんな髪型になったのか。


「だったら、丸刈りにすればいいじゃん」


「「いやだーーーーっ!」」


「お断りいたします」


 聞き耳を立てていたヴァンさんとライバさんが、即座に拒否。くるくる巻き毛のエッカさんも反対派だった。洗髪が楽になるのに。

 というか、何故、ウォーゼンさんじゃなくて、あんた達が返事をする。


「こ、これ以上減らしてくれるな」


「二度と言うな。言うなよ?」


 二人は、頭に手をやりつつ部屋から遁走した。こちらの世界でも、男性の悩みは同じらしい。


 ティエラさんは、逃げるライバさんに引っ張って連れられて。どなどな〜。

 おば樣方も、そそくさと移動していく。午後の作業、頑張ってね。


「あ、でもさ。侍従さん達もクリクリになってたでしょ?」


「彼らは、それほど酷い、ごほん、極端におかしな形にはなっていなかった。なので、差し障りの無い部署で勤務するそうだ。だが、俺は、副団長という役目上、人前に出るのは、少々、触りが・・・」


「スーさんはどうなのさ」


「あの方は、国王だからな。どんな髪型だろうと、問題は無い」


 ・・・いいのか。あれで。


 やっぱり、ローデン王宮は、とっても変。




「副団長殿。お話はお済みでしょうか」


 神妙な顔をしたエッカさんが、声を掛けてきた。


「エッカ殿。ここでは、畏まらないでくれ。俺は、押し掛け居候だからな」


「それを言うなら、わたしもですね」


 顔を見合わせて、笑う二人。


「そう思うなら、とっとと帰れば?」


「ロナ殿は、これから何をするのだ?」


 ちょっと。わたしの話を聞いてる?


「午後は、わたしがお願いした痺れ薬の改良ですね」


「・・・何に使うんだ?」


 渋い顔をするウォーゼンさんに、苦笑するエッカさん。


「違いますよ。ランプに使えるように手を加えてもらうんです」


「油、だったのか?」


「何が」


「小砦跡でハンター達を行動不能にした時、使っただろう?」


「あれは、蛾の成虫の鱗粉だよ。これから弄るのは、それの蛹から分離した奴。効果時間とか使い方も違うんだ」


 メヴィザさんに渡したから、報告書で知ってる筈なのに。材料は教えてなかったっけ?


「蛹から糸を取った後に残る蛹の利用方法を教えていただきました。でも、痺れ薬が大量にあっても困るだけなので。治療院で解決出来ればよかったのですが・・・」


「だからさ、まとめて処分した方が楽でしょ。新しい魔道具も作らなくて済むし」


「それはそれ、これはこれです! 必要な魔道具が余計な関心を持たれないようにするのは、わたしが引き受けますから」


 ぐぬぅ。


「エッカ様。くれぐれも、何卒、なにがなんでもお願いいたしまするですわ」


 ペルラさんが必死の形相で、エッカさんに詰め寄る。


「お任せください。ありとあらゆる手段を使ってみせます」


 くるくる縦ロールを揺らして、胸を叩くエッカさん。


「その手腕で、自力で改良すればいいじゃん」


「ですから! うちの治療師達では手も足も出なかったんです」


「油なのだろう? 何が問題だったのだ」


「燃やせはします。ただ、そのまわりにいた者達が昏倒してしまうんです」


「・・・」


「あれだけの量の油をみすみす廃棄するなんて!」


 どれだけ灯に飢えてるんだ。ナイスミドルが、歯ぎしりして悔しがっている。


「そういうことなら、俺も協力させてもらいたい」


「ウォーゼン様?」


 ペルラさんが、首を傾げた。わたしも。


「薪を集める時間を節約できる。巧く使えば、夜間行軍も可能だろう」


「灯の魔道具があるんじゃないの?」


「出来るだけ魔石を節約したいじゃないか」


 ウォーゼンさんが、胸を張って断言した。


 騎士団よ、あんたたちもか。

 ある意味、欲と欲のぶつかり合い。

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