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BGMは波乱の調べ

 すったもんだの末、午前中は糸取り作業、午後はエッカさんの依頼消化、というスケジュールになった。


 ティエラさんは、散々抵抗した。最初は、わたしに丸投げする気だったらしい。

 でもねぇ。手伝うとは言ったけど、引き継ぐとは一言もなかった。ならば、丸一日協力しろと食い下がる。だがしかし。たった半日でも、ティエラさんが紡ぐより早いし、仕上がりも丁寧だし。

 ペルラさんに逐一指摘され、挙げ句の果てに「ナーナシロナ様よりも糸巻きの数が少なければ、賃金を減らしますわよ」と、脅された。


 エッカさんの「お願い」も加わり、これでティエラさんの勝ち目はなくなった。


「いいい今に見ていらっしゃい! 覚悟しておく事ね!!」


 ああ本当に。可愛いよね。


「俺は聞いてない。聞いてないからな」


 ティエラさんの桶に追加の繭を投げ込むと、そそくさと離れていくライバさん。さて、なんのことやら。


「で? エッカさんは、なんでここに居るの?」


「ええ。休暇です。たまには、ご縁の無い方の仕事ぶりを見物させていただこうと思いまして」


 作業場に、当然のこととして混ざり込んでいた。


「職場放棄は、よくない」


「ですから。休暇ですよ」


「治療院は忙しいって、昨日言ってた」


「あれから、ロナさんお一人にお任せするのはどうかと考え直しました。後任への引き継ぎ予行にもなります」


「糸紡ぎを見てる暇があるなら、仕事してきたら?」


「そんな事はありませんよ? ロナさんの手つきは、見ていて飽きません」


 話が、通じない。


 あ〜あ。ティエラさんの髪の毛が、またまた逆立っちゃった。朝食後、おば樣方にも手伝ってもらい、香油をたっぷり使って綺麗に結い上げていたのに。これも、魔力効果なのかな。にょろにょろ〜。


 それはともかく。


 二人が隣り合って作業しているのに、ギャラリーは片方とだけ会話している。となれば、もう一人が面白いはずがない。


「ティーさん。年寄りの戯言ざれごとは、真に受けない方がいいよ」


 もう一人のぽんこつジジイも、がっつり含む。


「・・・あなたが、一番、腹が立ちますわね」


 おかしいなぁ。っと、本日の、糸巻きノルマは完了。


「・・・・・・ほんっとうにっ! 腹が立ちますわ!」


「雑に繰るからだよ。糸はデリケートなんだから。ほらほら、深呼吸して」


「むきーーーーーーーーっ」


 あ〜らら。こんがらがっちゃった。


「後はやっとくから、ロナは上がった上がった」


 ライバさんが、わたしを追い出しに掛かる。


「そうですね。ティエラさん、お怪我はありませんか?」


 エッカさんが、後ろ手で追い払っている。これ以上、刺激するな、ということだろう。


 年配であっても男性二人に気を掛けてもらい、少しは機嫌が上向いたらしい。ティエラさんに気付かれないうちに、静かに作業場を立ち去った。


 昼食まで、まだ間がある。それならば、今のうちに、作る物リストを作っておこう。


「・・・読めないわ」


 調理室と休憩室を行き来しているアンゼリカさんが、手元を覗き込んで一言漏らす。いくら、火を使わずに調理できる魔道具があるからって、そんなにひょこひょこ離れてて大丈夫なのかな。


 それはともかく。


 わたしは、左手にペンを握り、日本語、しかも漢字多めで書いている。素晴らしい事に、書いた本人にも読めない時がある。ぐぬぬ。

 こちらの文字は、漢字に比べれば遥かに覚え易い。だから、利き手でない左手でもなんとか読める字体が書けるようにはなった。

 それを、敢えて日本語で書いている理由は、情報秘匿のため。中途半端な仕様が拡散して、事故でも起きたら大変だもんね。


 というのは建前で、本音は日本語を忘れたくないから。


「見ちゃ駄目だよ。これはね、ボクの秘密なんだから」


 口元に人差し指を当てて、ウインクしてみる。あ〜、似合わない。やるんじゃなかった。


「そ、そうなの。あら、そうなのね。それなら、休憩室ではなくて、お部屋でした方がいいわ」


 おや。通用した。


 昨日の上目遣いといい、自分では、背中が痒くなる仕草なんだけど。でも、ちょっとした融通なら利かせてくれそうだ。ここ一番、という時に使わせてもらおう。


 ペルラさん達も、機織り部屋から移動してきた。四葉さんが、彼女達の後から付いてくる。あれ? いつの間に。


「ナーナシロナ様。ありがとうございます。おかげさまで、はかどりましたわ」


「なんのこと?」


 四葉さんは、褒めてポーズを決めている。・・・何を、してたの、かな?


「初めて聞く曲でした。とても楽しゅうございました」


はたの動きとテンポが合って、こう、ワクワクしました」


 助っ人織り子さんのミレイさんとラトリさんが、代わる代わるにお礼を言う。


 曲、テンポ。まさか。


「しぃばぁ〜〜〜〜っ。あれ程、勝手に鳴らすなと!」


 掴み掛かられて、慌てる四葉さん。ふっ。わたしも成長したのだよ。これでどうだっ。


 しびびびびびっ


 首長竜の鱗の欠片を仕込んだ手袋だ。滑り止め効果だけじゃないぞ。どうだ、参ったか!


「あ、あの。ナーナシロナ様のご指示ではありませんでしたの?」


「ちょ、蛇様が、あ、死んでません? 死にそうですよ!」


 わたしはおば樣方に拘束され、四葉さんは解放された。ちっ、すぐに回復しちゃった。「朝顔」の上にも落ちたことがあるし、慣れたのかな。

 一葉さんが文句を言っているようだが、四葉さんはどこ吹く風。・・・なんの会話をしているんだか。


「四葉、出して」


 ふいっ


「出しなさい」


 ふいふいっ


「出してってば」


 ふい〜〜〜〜っ


 料理が盛りつけられた皿の間を、逃げる逃げる。ああこら! お肉を落としたじゃないの。


「ななちゃん。行儀が悪いわよ」


 レフェリーのゴングで、勝負は中断されてしまった。こぼしたのは、わたしじゃないのに。うぐぐ。


「ペルラよう。何を聞かされてたんだ?」


 ティエラさんの襟首を引っ掴んで連れて来たライバさんが、質問した。


「だめ! 駄目だからね? あああ、出さないでってば〜〜〜っ」


 わたしの手の届かないところに陣取った四葉さんが、嬉々として「楽石」セットを並べる。立ち上がりたくても、背後のアンゼリカさんがそれを許さない。


「まあ。それくらい、いいじゃないの」


 いじめ? いじめだよね。わたしは嫌がってるのに、四葉さんを唆すなんて。

 更には、わたし一人だけ、朝食同様の特盛りメニュー。


 アンゼリカさんも、わたしに何か恨みがあるのか?


「へぇ。面白いな」


「お食事の場が、明るくなりますわね」


 ぐぎぎ。


 同席している皆さんには、好評のようだ。が、しかし。何故ここで鼻歌シリーズを選択する?!


 せっかくのアンゼリカさんの料理の味も、よくわからない。それくらい大急ぎで食べ終えた。


 絶対に取り上げなくちゃ。


「忘れて、お願いだから」


「無理です。すっかり気に入りました。午後もお願いしたいです!」


 ミレイさんは、両手を汲んでお願いポーズ。


「あらあら。お替わりかしら」


 違うでしょっ。


 ご機嫌で踊っている四葉さんの隙をついて、「楽石」を取り上げた。


 即座に、次の石をセットする四葉さん。それも駄目!


 取り上げる、乗せる。の攻防が続く。全員の食事が終わっても、まだ終わらない。どんだけ貯め込んでたんだよぅ。


 虫瘤バッグを漁る四葉さん。出てこない。漸く、最後まで回収出来たようだ。長かった、もとい多かった。

 ちなみに、自決前に渡そうとしたのは空の「楽石」。ライバさんの回収命令に紛れ込ませていて、わたしの手元に戻っている。


「あ」


 今度は、出鱈目ダンスを始めた。玩具売り場で泣き叫ぶ子供のようだ。


「あの、癇癪を起こしている、のでは?」


「何も、全て取り上げなさらなくても」


 四葉さんが所有していた「楽石」の三分の一は、鼻歌シリーズだった。早押しゲームではないけど、聞き分けた。だってだってだって! 数音聞こえるや否や、再生皿からぶんどった。

 他は、試作楽器を練習していた時のもの。これだって、とてもとても人様にお聞かせできる技量ではない。いつの間に録音していたのか、油断も隙もありゃしない。


 同じ趣味の三葉さんは、まだいい。ある程度技量の上がった曲ばかりを選んでいる。・・・でもないな。時々、とんでもない「音」を拾ってくるし。


 暴れ続ける四葉さんを見て、ため息をついた。


 わたしの手元には、録音済みの「楽石」がない。ただし、三葉さんが盗聴してきた商工会の会議記録だけは、取り上げた。無理矢理、強制的に、土下座してまで回収した。

 録音用の魔道具も無い。三葉さんと四葉さんが、二人が勝手に録音するので、わたしが手を出す暇も隙もないからだ。


「一旦渡すけど、後で、空の「楽石」と交換。いい?」


 ぐにぐにぐに


 不満らしい。


 ごねられて、更に変な収拾を始められるのも困るし。


「わかった。三個追加する」


 ぐにぃ


 もう少し、おまけを付けろ。かな?


「五個」


 プルプルプル


「七個。もういいでしょ?」


 ぴっ


 漸く交渉成立。ひとまず、鼻歌シリーズ以外の「楽石」を返した。


「好きに鳴らしていいけど。ボクの前では、やらないでね」


 ぴこっ


 調子のいい。


「蛇様に止めさせようとした理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」


「ただの風来坊に、そんな丁寧に喋らないでよ」


「「とんでもありません!」」


「レオーネ姫様の調教、ごほん矯正をやり遂げられた方です。どれほど感謝しても足りません。言葉遣など、序の口です」


「ヘンメル様は、あれ以来、すっかり元気になられました。そればかりか、性格も明るく積極的になり、私どもが、殿下の変化をどれほど喜んだ事か」


 ステレオで捲し立てられてしまった。


「ボクは、依頼を受けただけ。後は、本人達のやる気次第だったんだから」


「切っ掛けを与えてくださいましたのは、紛れもなくナーナシロナ様ご本人ですわ」


 ペルラさんまでもが、鼻息荒く断言する。


 耳、塞いでおこう。


「わたくしは認めなくってよーーーーーーっ」


 やっぱり。ティエラさんが、髪を振り乱して怒鳴った。


「お元気ですねぇ」


 ずずず、と香茶をすするエッカさん。


「小僧が来てからは、一段と酷いな」


 ライバさんは、指で耳をほじくっている。


「それなら追い出そう。今追い出そう。すぐ追い出そう」


「そうですわ! って、自分でいう人がどこにいますのっ」


「ここにいるよ〜」


「あなた、馬鹿でしょう。馬鹿ですわね。大馬鹿ですわ!」


「まあ、ロナが馬鹿野郎なのは今更だしな」


 そういうヴァンさんは、ぽんこつ一直線。


「聞きたかったんだけどさ。ヴァンさん、何の用?」


 昼食を囲むテーブルには、いつの間にやらヴァンさんが混ざり込んでいた。罰ゲームの話は、もう終わった筈。何故に今更顔を出す。


「つれねえこと言うなよ。見届け人だよ、見届け人。おめえがサボらねぇように、しっかり見ててやっからな」


「出てけ」


 さぼるなんて、とんでもない。さっさと終わらせて、ちゃっちゃと帰る。それなのに、作業はするな、などと無理難題を押し付けるし。理不尽。


「ちょっと! わたくしを無視するなんて、いい度胸ではありませんこと?!」


 ティエラさんの台詞は癒されるわぁ。音量をもう少し控えめにしてくれれば、完璧。


「無視してない。くちばしを突っ込んできたヴァンさんが悪い」


「おじさまは、悪くはありませんわ。諸悪の根源が、偉そうに言わないでくださいます?!」


 ぶーーーーーっ


 今のは、不意打ちだった。


「おい、こらそこの馬鹿娘。何が可笑しいんだ」


 口の悪いマッスルジジイが、おじさまと呼ばれて、にやけている。笑わずにいられるか? 無理だ!


「ええと、何の話をしていたんだっけ」


「誤摩化すなはぶっ」


 ティエラさん。アンゼリカさんの教育的指導には、文句を言わないんだね。


「ええと。聞かせてもらえたのは、ななちゃんが演奏したものなの?」


 あ。


 しまった。わたしが言わない限り、誰も知らないままで済んでいた。迂闊! 


「手慰みなんだもん。人に聞かせられる代物じゃない」


 全員が、ため息をついた。


「ロナさん。もう少し、街の慣習を覚えませんか?」


「?」


 エッカさんの言っている意味が理解できない。


「楽器を扱えるのは、弾き語りを生業にする吟遊詩人か、代々家業として受け継いでいる一族ぐらいですのよ。彼らは、師匠から弟子へ、技術と知識を受け継ぐ、一種の専門職ですわ。吟遊詩人は、どの街でも人気ですし、歌曲一族は、各地の王宮や貴族と期間契約を結んでいます。ですので、常にローデンにいる訳ではありません。わたくしどもの身分では、そうそう気軽に耳に出来ないのです」


「そうなんだ?」


 東の遊牧民の人達は、二胡みたいな楽器を使っていた。でも、都市部では普及していないらしい。専業音楽家の独占事業、っぽい。報酬をもらうなら、当然かもしれない。とは言え、余暇で合唱とかしないのだろうか。


「貴族の中には、教養として嗜む方もおられます。ですが、まあ、腕前は、その・・・」


 おやまあ。ジャイ○ンが、ここにも。


「ボクのも、ただの暇つぶし」


「いえいえ。珍しい曲、というだけでも価値があります」


「へえ」


 わたしが知っているのは、アニソンとかジェイポップとか。グループサウンズや童謡も混ざっている。こちらの人が知らないのも当然だ。


 虫糸対策とか、最近はGトラブルにも時間を取られて、マンドリンの演奏技術は上達していると言い難い。装飾音を入れようとして音が外れたり、テンポがスローすぎたり。まともに演奏できるのは、数曲に限られている。

 聞き苦しさは、物好き貴族とどっこいどっこい、はっけよい。自分一人の時ならともかく、他人に聞かれるなんて恥ずかしすぎる。


「例えばですね? 新曲を披露すると、依頼主の評判は上がり、招かれた客の自慢にもなります」


「え? 玉乗り一団が、我先に発表しまくるんじゃないの?」


「玉乗りではなくて! 依頼も無いのに新しい曲を作る余裕なんてありませんよ」


 スポンサーがいないと作曲する暇も練習する時間も取れない、と。世知辛いねぇ。


「あれ? その人達、普段は何しているの?」


「ですから。一族に伝わるものや広く知られた楽曲を演奏します。ちなみに、演奏する人数が増えれば増えるほど、依頼額は上がります。

 そうそう。聖者様の伝承は、どの都市でも大人気ですよ。作者が「誰でも弾いていいよ」と許可していて、吟遊詩人は誰もが覚えているとか」


 ぐはぁ! 何それ?!


「違うわよ。みんなが聞きたがって、あちらこちらに呼ばれ続けるのに音を上げたんですって。竜の人でも、疲労困憊することがあるのね」


 アンゼリカさんが、嬉しそうに、ものすごく嬉しそうに話している。わたしは内心げんなりしているが、顔には出さない。少しでも悟られたら、とんでもないリアクションが帰ってくる。

 例えば、吟遊詩人を呼んで、歌ってもらいましょうよ。とかなんとか。


 そんなことになったら。誰が何と言おうとも、逃げる。逃げ出す。地の果てまでも逃走するぞ。


「それで。何の話をしてたんだっけ?」


 おや。潰れた。




 元宮廷女官のおば樣方による婉曲且つ執拗な要望に根負けした。四葉さんは、大喜び。いつもより激しくぐにっています。絡まりそう。


「ペルラ様のお誘いをお受けして、よかったです」


「一時はどうなる事かと心配しましたが」


 おば樣方は、キャッキャとはしゃいでいる。訳が判らない。


「まだ、根本的解決にはなって無いじゃん」


「とんでもありません。あの新素材を存分に扱えるだけでも冥利に尽きます。感激です」


「その上、珍しい曲まで聞かせていただけるなんて! ロナ様、どうぞよろしくお願いいたします」


 ふんぞり返って威張る四葉さん。でも、四葉さんは再生しているだけで、奏者はわたしなんだけど?


「こちらの魔道具は王宮では見た事がありませんね」


「魔道具じゃないよ? ただの水晶。魔石の上に乗っけると、記録していた音を再生するんだ」


「「「「「・・・は?」」」」」


「不思議だよねぇ」


「あ、いえ。そうではなくてですね。では、元々、石が、楽曲を記録していた、のですか?」


 ミレイさんが、つっかえつっかえ喋った。いやいやいや。楽曲なんて大げさなものじゃないでしょ。


「そんなのがあるの? 四葉が持ってるのは、全部、ボクが弾いたんだけど」


「では、石に記録させる方法、は、どのようにして?」


 今度はラトリさん。


「録音の魔法陣は、魔法陣辞典に載ってるでしょ」


 そう言ったら、ペルラさんは深い深いため息をつき、他の人達も頭を抱えている。ただし、アンゼリカさんは、判っているのかいないのか、いつも通りの女将さんスマイル。


 そして、ティエラさんが絶叫した。


「このっ変態! 魔法陣を使える人も限られているというのに! そもそも、あなた、魔術が使えるのではなくて?!」


「魔道具にしたんだってば。でもって、ボクは(普通の、規模の小さな)魔術は使えないよー」


「こ、ここここ、このっ、嘘つきぃ〜〜〜〜〜〜っ」


 嘘は、言ってない。ないったら、ない。

 アコースティックギターは、高校の授業で触ったことがあります。いやはや、難しい。綺麗に響かないんですよ。再挑戦してみたいです。

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