「遊び」の定義
「あ〜、仕事かどうかはいいから。なんか、やりたい事はねえのか?」
ヴァンは、残る気力をかき集め、漸く口を開いた。
今回、ななしろがエッカから請け負った内容は、罰則という名目ではあるが、依頼して作業に当たってもらうからには、紛れもなく「仕事」に当たる。他の誰に聞いても、そう答える。
ななしろは、「英雄症候群」の最初の発作を起こす直前、この工房で、とんでもない作業量をこなしていたのを、ペルラも、ライバも、その目で見ていた。後日、それを聞き及んだエッカは、短期間の重労働が発作の一因であった、と診断した。
となれば。なにがなんでも、休みを取らせる必要がある。
ヴァンとアンゼリカは、森の中で見た異形を思い出す。強大な力を秘めた、美しい獣。だが、その姿を見られたくはなかったと、ひどく落ち込んでいた。
街中で重度の発作を起こしたら、今度こそ、衆人環視にその身をさらす事になる。周囲の被害もさることながら、本人が、一番辛い思いをするだろう。
だというのに!
自分から提案した罰ゲームであっても、出来るだけ負担にならないよう気を使ってやれば、「休みは要らない」などと巫山戯た事を言う。
怒ればいいのか。呆れるしかないのか。
複雑な顔をした一同が見守ること暫し。
「薬草の調合がしたい」
「わたしの仕事を増やさないでください」
即刻、エッカが拒否した。
「けち」
「けち、ではありません! 幸い、ハッピークッキーのレシピには問題ありませんでしたが、いつもうまくいくとは限らないのですよ?」
「だから、試すんじゃん」
「そういう事でしたら、ウチで調薬体験してみませんか? もちろん、報酬はお出しします」
「おいこら。そいつは、ロナの休みにならねえだろうが」
「あ」
「別にいいけど。でも、同じ調合ばっかりだと、飽きそう」
「・・・」
常日頃、従事しているエッカは返事に詰まる。確かにその通りだと、認めたくはないが、認めざるを得ないことを、身を持って知っている。
だからと言って、治療院に保管してある特殊な調合レシピを、片っ端からやらせるわけにはいかない。そんなものを覚えられたら、治療院の商売が成り立たなくなる。
効能の不明な組み合わせを気軽に試されるのも困る。非常に、困る。
「そうだわ! お母さんと一緒に、料理しましょう。ね?」
「アンゼリカさんの料理にならないけど、いいの?」
「あら。」
「そうだ。ボクが食べる分だけ、アンゼリカさんが作って。ボクが作った料理は警備の人に食べてもらえばいいよね」
「わたしも食べたいわ!」
「わ、わたくしも!」
にやり。ななしろが口元をゆがめた。
「お前ら。ロナに釣られてるぞ?」
ヴァンに嗜められて、女性二人が我に帰った。
「それに、ロナさん。薬草を混ぜるのは禁止です」
エッカの注意に、舌を打つ。
「けち」
「だから! けち、ではありません」
「ちなみによ? 何を混ぜるつもりだったんだ?」
好奇心丸出しのライバが質問した。
「アルファ砦で使ったやつ。別の料理に混ぜてみたいんだ。それとは別に、テルテ百バーセント粉末も使ってみたいなぁ。それからね」
「止めろ。止めてくれ」
「ですから! 調薬は禁止です。だめです。やらないでください!」
訊くんじゃなかった。楽しげに指を折って数えるななしろとは対照的に、全員がげんなりとなる。
「他は。他にもこう、なんかあるだろうが」
「散歩、かなぁ」
「おう! そうだよ。そういうんでいいんだよ」
ようやくまともなことを言ってくれた、と胸を撫で下ろした。が、続きを聞いて、またまた頭を抱える羽目に。
「ええと。[魔天]のね、まだ、見てないところに行きたいんだ」
「・・・小僧。そいつは、「散歩」とは言わねえ」
ペルラとエッカは、真っ青な顔をして頷く。
魔獣の闊歩する密林での採取は、命懸けの仕事だ。相応の経験と実力を身に付け、凶暴な魔獣をやり過ごし、あるいは討ち取り、そして、生還しなければならない。
それ故に、ハンター達は[魔天]を恐れ敬い、[魔天]の恩恵を受けながら立ち入るだけの力を持たぬ人々は、ある種の聖域として崇め奉る。
街道都市周辺の林や草原でさえ、飢えた野獣が数多く生息している。武装した巡回兵が警戒している街道筋ならともかく、「[魔天]を散歩する」などと言えば、正気を疑われるだけだ。
「逃げる気じゃねえだろうな」
何故か、全く動じていなかったヴァンが、疑わしげに問い質す。
「お土産持ってくるからさ。楽しみにしてて♪」
「要らんっっっ! 散歩するなら街ん中にしろ」
「え〜、狭いじゃん」
「狭くないっ」
東の街門から西の街門まで、普通に歩けば半日はかかる規模の都市を、狭い、とはこれ如何に。
「ななちゃん。もう少し、もう少し、なんとかならないかしら」
「アンゼリカさん、なんとかって?」
「街の中で出来ることよ」
「う〜ん。機織りとか?」
「それはわたくしの仕事ですわ!」
ペルラが、速攻突っ込みを入れる。
「魔道具作んのも仕事だからな?」
ライバも先手を取った。
「え〜〜〜〜〜〜ぇ?」
言った傍から、駄目出しされてしまう。
「ギルドハウスで、ねーちゃん達とお喋りでもしてろ」
「やだ」
「やだって。あいつらも、随分と心配していたんだぞ。顔ぐらい見せてやれよ」
「それ。ヴァンさんのおしおき?」
思わず、涙目になってしまった。そりゃ、綺麗なお姉さんは好きだけど、あれは眺めて楽しむものだ。にいちゃんおじさん達は喜ぶだろうが、わたしは遠慮したい。美女軍団の玩具扱いは、一度で十分だ。
罰当番だというのなら、仕方が無いけど。
「うっ」
あれ?
ヴァンさんが狼狽えている。残る四人は、顔を赤らめている。そう、エッカさんまで、え?
「〜〜〜お、おまっ。その顔は、卑怯だぞぶっ」
ヴァンさんは、アンゼリカさんの一撃を受けて沈没した。南無。
「いいの、いいのよ。ななちゃんは、可愛いの。ヴァンのお願いなんか聞かなくてもいいのよ」
そして、わたしはアンゼリカさんに抱きしめられてしまった。
「あ、あの〜?」
状況が、理解できない。
ええ。アンゼリカさんが、ふかふかでぷよんぷよんなのは、判りましたー。
「そうですわ。ナーナシロナ様は、昨晩は一睡もしていらっしゃいませんものね。夕食まで、お休みくださいませ」
まだ顔を染めたままのペルラさんが、早口で捲し立てる。
「あらあらあら。そうね、お夕食の支度をする時刻ね。メニューは何がいいかしら〜♪」
「普通で! 量は普通でいいからね?!」
「ま〜か〜せ〜て〜ぇ」
わたしの頭を解放すると、お玉を振りつつ、部屋を出て行くアンゼリカさん。行きがけの駄賃に、ヴァンさんの頭を踏んづけていく。南無。
「わたしも、寝ていませんでしたね」
「お、おう。そうだな。俺達も、休憩するか」
「話が終わったんなら、ボク帰る」
「そいつは、駄目だって、さっき、言っただろう、が」
瀕死のヴァンさんは、それでも目ざとく釘を指す。
「そうですわ。ぽんこつの言うことではありますが、お約束いただいたことは守ってくださいませんと。
お加減はいかがですか? ベッドでお休みになれますか?」
うわ。ペルラさんが、女官さんモードに切り替わった。
「留守番してる双葉達が、心配してるだろうから、一度は帰らせてよ」
「んあ? おめえに引っ付いてる連中が少ないと思ったら、住処に残ってたのか。だがよ、一月ぐらいは大丈夫だろ?」
「・・・だと、いいけど」
蜂蜜を乱獲してないと、いいけど。
何かと世話を焼こうとするペルラさんには、閉口した。機織りしなくていいのか?
折り良く、工房に帰って来た織り子さん二人に状況を説明してきてと部屋から追い出し、漸く落ち着けた。
でもなかった。
休憩する、と言ったにもかかわらず、ヴァンさんとライバさんが、部屋に居座ったからだ。何やら、わたしに文句を言っていたようだが、聞いてない。聞こえてないもんね。
わたしは、床の上に伸びたまま。頑張れ、わたしの胃袋。夕食までは、もう間が無い。
ティエラさんは、ヴァンさんの音響攻撃を受けてから夕食に呼ばれるまで、見事に熟睡していた。[魔天]帰り直後に奉仕労働までさせられていたのだから、無理もない。
休憩室に出て来たときは、随分と顔色が良くなっていた。善きかな。
そして。メデューサ頭はそのまま、ではなく、パワーアップしていた。
「ティエラ。その髪型は、何とかならなかったんですの?」
「なりませんでしたわ。お婆様」
あ、うん、の呼吸。
じゃなくて。
「そうか。ティー坊も、小僧に、なんかしてもらえるんじゃねえのか? ヴァン、どうだ」
怖い会話を中断させるためとは言え、今そのネタを持ち出さなくても。
「お。そうだな」
「・・・本当に、よろしいんですの? おじさま」
ぶふぉおおっ
「おいっ。そこ、吹き出す所か?!」
「だ、だってっ。ぐふっ」
おじさま。
この呼び方が似合わない筆頭であろうヴァンさんが、おじさま。これは、笑わずにはいられない。囚われの姫君を救い出す大泥棒ではあるまいし。
「何が可笑しいのかは存じませんが、笑い過ぎではありませんこと?」
ティエラさんに答えたいけど、答えられない。これ以上口を開けば、止まらなくなる。絶対。
「ミレイ様、ラトリ様がお越しになるまで、影となり日向となって、お婆様を手助けしてくださった方ですのよ?」
ダメだ。誰か助けて。
ヴァンさんのあれは、心配が二割、面白ネタ拾いが八割。タダより高い物は無い。その証拠に、ほら、ペルラさんのこめかみには青筋が。
一方のヴァンさんは、至って平静。に見せかけてはいるが、決してペルラさんと視線を合わせようとしない時点で、バレまくっている。
きっと、機織り事業がなんとか軌道に乗せられると判断した時点で、うっかりペルラさんを弄ったに違いない。
「そうねぇ。夕食時に果物やお菓子を持ってきてくれたのよね」
配膳を整えながら、アンゼリカさんが追撃する。
最初におじさまと呼ばれて有頂天になり、アンゼリカさん達のサポートが加わってからも、しばしば差し入れを持って来ていたのかもしれない。
昨晩、工房にやってきたのは、ティエラさんが帰ってきた事を聞きつけたからだろう。
実害が無いばかりか手土産持参で労ってくれるとなれば、疲労困憊していたティエラさんが、「ものすごく親切な人」と勘違いするのも当然と言えば当然。
だけど。
いい歳こいて、何やってるんだ、ヴァンさんは。乙女の弱みに付け込んで、こっ恥ずかしい呼び方を定着させるなんて。弄られネタを自分から提供するとは、さすがぽんこつ。
ライバさん達は、おじさま呼ばわりに慣れていたらしく、全く動じていない。でも、わたしの含み笑いが止まらないのをみて、苦笑していた。
「ところで、このちんちくりんに、無報酬で、なんでも依頼してもよいと、判断してもよろしいのでしょうか?」
ヴァンさん相手に、極上の言葉遣で確認を取るティエラさん。で、ちんちくりんとは誰の事?
「俺らの頭をこんなんにしてくれたお詫びだとよ」
ニヤリ
そう。全員が、ふわふわのカラフルボンボン状態なのだ。料理の邪魔になるからと、アンゼリカさんは頭巾を被っている。思いっきり、はみ出しているけど。
わたしは、鞭が爆発した時も、いつもの手ぬぐいを巻いていたので、被害ゼロ。日頃の行いが良いからだ。
「そういうことでしたら。是非とも、何が何でも、お引き受けしていただきたいことがありますの」
やけに強調するなぁ。
「何?」
「どんな内容でも、よろしくて?」
「聞いてから判断する」
「・・・それも、そうですわね。このちんくしゃに出来る事など、そう多くはありそうもありませんし」
とことん、上から目線。可愛いなぁ。
「ティー坊。こいつを煽るのは止めとけ。いや、止めてくれ。俺達が尻拭いする羽目になるんだぞ」
ライバさんが、ティエラさんの両肩を揺さぶる。
「あら。そんなに難しい事をさせるつもりはありませんわ。糸繰りを手伝いなさいませ。これなら、文句は無いでしょう」
ふんぞり返って宣言する。ああ、祖母譲りの見事な形のお胸ですこと。
じゃなくて。
「それで、いいんだ?」
「倉庫にある繭が片付くまで、逃がさなくってよ」
うにょうにょうにょ
あ、なるほど。ペルラさんが恐れられていた一端が判った。かもしれない。もっとも、ティエラさんの場合は、笑いが取れる。
「ちょっと! また、くだらない事を考えましたでしょう?! 明日から、バリバリ働いてもらいますからね。よろしくて?」
「ティエラ。あなたこそ、手を抜いたりしたら・・・、判ってますわね?」
ここで、ペルラさんの教育的指導が入りました〜。
「あ、はい。お婆様。勿論、ですわ」
ころっころ、態度を変えるよね。ティエラさんてば、なんて器用な。
「さあさあ。そういうことなら、沢山食べて、元気を付けてね♪」
うわぁ。来た。
「これの、どこが、普通なの?」
「あらあら。ななちゃんは、食べられるでしょう?」
朝よりも、昼食よりも、少なくはなっているだろう。それでも、食器の大きさで誤摩化されているが、明らかに他の人よりも多い。二倍、にばーい。
「ロナ。諦めろ」
「食欲の無い方に処方する薬は、食前に飲むものですよ」
いそいそと薬包を取り出すエッカさんを見て、げんなりした。休憩時間と称している間に、一度、治療院に戻っていたエッカさんは、大きな鞄を引っさげて戻ってきた。来なくていいのに。
その鞄の中身は、着替え。ではなく薬の山だった。持ってこなくてもいいのに!
「いい。自力で消化する」
「おかわりもあるのよ。遠慮しないでね」
「・・・」
頑張れ、わたしの胃袋。
弄り、弄られる。の、巻。




