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胃袋を握るもの

 一国の王を爆発事故に巻き込んでしまったからには、それ相応の処罰を受けるべきだ。


 それが。どうしてこんなことに。


 第二弾は、王様の相談係。


「罰じゃないよね、これ。違うでしょ」


「ナーナシロナ様は、十分嫌がっておられますよね」


 にっこり微笑み返しするスーさん。


「だからって、罰になる?!」


「なります」


「言い切った!」


「わたしが白と言ったら、黒も白です」


「職権乱用反対!」


「国王の特権の一つですし、たまには有効利用させてもらわないと」


「ちょっと。こんなんが王様やってていいの?!」


 思わず、ウォーゼンさんに異議を唱える。


「ほとんどの国務ではきっちり法令に則っている。問題はない」


 スルーされた。それに、ほとんど、って言った。・・・国のトップの掟破りを容認するなんて、ダメダメじゃん。


「いやだから! 殺害未遂犯に相談するって、ありえないでしょ」


「いいんじゃねえか?」


「ヴァンさんまで何言ってるのさ!」


「盗賊一味でも頭の切れる者は、減刑の取引に使いますよ。牢に収監したまま、襲撃の手順や情報入手先、彼らの訓練方法などを聞き出せるので、大層重宝します」


「やけに具体的だね」


「「お手て繋いだ盗賊団」の参謀は、なかなかの情報通でした。首を切るのは惜しいと報告があったものですから、生かす手段を騎士団から相談されました」


 腹黒スーさんは、健在だった。


「・・・あ、そう」


 なんか違う、絶対に違う。とは思うが、これ以上突っ込めない。大体、「お手て繋いだ盗賊団」って、何。突っ込みどころがあり過ぎる。


「ちょっと、時間を取り過ぎましたね。ご相談したい件は、ジングバー殿の「布」の件です」


「あれ?」


 そういう話は、音頭取ってるペルラさんがするものだと思ってたのに。


「注文以来が殺到しているのは本当です。依頼人が工房に押し掛けてしまっては作業の邪魔になるので、王宮を通してしか受け付けない、と、各方面に通達はしたのですが、減るどころか増々増えているのが現状で」


「・・・どうしたらいいですか?」


 知るかっ!


 しかし、スーさんもステラさんも、超真面目。


「ボクが差し入れ・・・」


「却下だ!」


「おめえの持ち込む量は、けたを越えてんだよ!」


 オヤジユニゾン。プラスげんこつ一個。全く持って楽しくない。


「また殴った〜」


「うるせえ! 迂闊に受け取ってみろ。ギルドに話が広がったら、若造ハンターどもが無茶しまくるに決まってら」


「なんで?」


「おめえ、見た目は成人直前の子供にしか見えんだろうが。んなやつが、ごっそり採取できるならって、[魔天]のことをよく知らねえ奴らが、ほいほい入り込むだろ。ようやく芋虫どもの分布範囲が判ってきたが、新人にゃ厳しい場所ばっかりだったしよ。怪我人程度ならまだいいが、若手の死亡者が増えるのは、ギルドとして容認できん。

 それに、採取に使う陣布。アレの数も十分とは言えんしよ」


 鼻息荒く宣言するヴァンさん。


「そういうもん?」


「ここに直接持ち込んだって言い張っても、後ろ指を指してくるヤツは必ずいる。裏取引がどうとか、王族が使うって明言してる品に、ケチ付けるわけにはいかねえ。そうならない為には、常識の範囲内で説明が付けられるようにしねえとな」


 唸るライバさんに、ため息をつくペルラさん。


 それにしても、常識。うーむ。この世界の社会通念を知る機会は、それほどなかったような。


「どれくらいの注文が来てるの?」


 頭をさすりながら、当事者のペルラさんに確認を取る。誤摩化せる範囲内なら、ギルド経由で繭を売っぱらえるだろう。でも、注文分を作るのに足りるのかな。


 マジックボンボンを全て片付け、るふりして、中身を指輪に移し替え、機能をオフにしたボンボンも収納。侍従さん達は居なくなっていたから、スーさん達の目の前でざかざか回収した。見物していた一同から、深いため息が聞こえたのは、無視。


 見晴らしのよくなった休憩室に、蹴倒されていたテーブルを起こし、椅子を拾い集め、相談所の体裁を整えた。


 そして、そのテーブルを取り囲んで、なぜかエッカさんまで混ざり込み、うろ覚えでいいからと列挙してもらった依頼者リストは、ロー紙一枚では足りなかった。おまけに、というか、注文数も一反、二反などの可愛らしいものではない。


 なお、既にペルラさんが受注している分は、含まれていないそうだ。おい。


「・・・現在の生産体制では、一年では捌ききれませんわ」


 レンのドレス姿が、効果抜群の広告塔となったのだろう。全く持って、余計な事を。


「えーと、これって、王宮と依頼者との仮契約なんだよね。本契約の書類とかは、・・・って、あれ?」


 国王夫妻と工房組が、凍り付いている。


「どしたの?」


「は、アハハ、アハハハハハッ」


 スーさんが乾いた笑いを漏らす。視線は明後日を向いたまま。


「わたし、ご婦人方から「お願い」された話をそのままペルラさんに伝えただけで・・・」


 ステラさんの額に、脂汗が流れている。


「お、俺は知らねえ! なーんも聞いてねえからなっ」


 おたつくライバさん。


「ペルラさん?」


「契約っ! ってどうすればいいんですの?!」


 周章狼狽。ぽやぽや頭を振り乱して、視線もきょろきょろ。笑っちゃいけない。


「お婆様、落ち着いてくださいませっ」


 髪を逆立てたままのティエラさんが、ペルラさんの方に手を置いて、落ち着かせようとするが、無理だった。いや、無駄だ。


 アンゼリカさんは、素早く調理室に逃げ込む。わたしも続こうとしたが、目の前で扉は閉められてしまった。ちょっと!


「てめえら揃って大馬鹿野郎ぉがぁーーーーっ!」


 慌てて耳を手で塞いだ直後、ヴァンさんの怒声が室内に炸裂した。


 鞭の爆発よりも、威力があったかもしれない。




「おい国王陛下様よぅ? いっくらペルラが有能で有能だからって、量産どころかまだ試行錯誤してるような工房に無理難題押し付けといて、後は任せたと逃げる気はねえだろうな。んん?」


 完全に、あっちの人系の管を巻いて、愛想笑いを浮かべるスーさんに詰め寄る。ヴァンさん、ガラが悪いにも程がある。一応、一応は、王様なんですよ〜?


「まあまあ、ヴァン。陛下にもご都合というものもありますよ。ペルラさんとは王宮で慣れ親しんだ相手ですし、当時と同じ感覚で「お話」されていたのではありませんか?」


 エッカさんのフォローに、国王夫妻は、取り縋るように揃って頷く。


「王宮内でも服作ろうって時に、予め素材を調達したり縫ったりする女官の調整やらするだろうが。それも、口先だけで済ませてたってのか? 後からでも記録してねえってのか? 随分ザルな仕事してたって訳だ王宮は!」


 ギルドの収支報告書を作るのに相当苦労していたからだろう。立て板に水の勢いで、ガンガン責め立てるヴァンさんに、二人とも反論できないでいる。

 思いっきり心当たりがあるのかな。体を寄せ合い、小さくなっている。


「契約書も無しに売ろうとしてたのか? 馬鹿か。馬鹿だよな。何考えてんだこの馬鹿!」


 ペルラさんは、ライバさんに叱られている。


「で、ですが。商工会で工房の登録をした時には、何の説明もなかったのですわよ?!」


「普通は、工房長の下で見習いやってる時に仕事だけじゃなくて雑務や取引のやり方を覚えて! それから独立するんだ。

 んな当たり前のことを商工会で手取り足取り教えたりするもんか。ましてや、あの当時牛耳ってた奴らなら、知ってても教えたりはしなかっただろうしよ」


「ライバさん。よく知ってるね」


「騎士団の工作班は、街の工房から魔道具やら素材を調達するからな。それなりに、話は聞いてたんだ。王宮の女官長様が、知らなかった方がおかしい!」


「わ、わたくしは! 直接工房や商人と話をする機会がなかったんですの! 役目上、無理でしたの!!」


「知らねえで済む訳あるかあっ!」


「女官長になる前は?」


 平の職員時代には、接触してたはずだよね。


「・・・品物を届けてくださった方達とは、世間話をするどころか、目も合わせてもらえませんでしたの」


 ペルラさんは、蚊の鳴くような声で弁明した。


「「・・・」」


「けっ。自業自得だ。こいつが、どんだけ暴れまくってたか。あん時、街中に広まった「武勇伝」、教えてやろうか?」


 ヴァンさんの容赦ない物言いに、ぐうの音もでないペルラさん。


「それはいいから。ライバさんも、受注状況とか、最初から聞いておけば良かったんだよ。ペルラさんだけ叱るのは不公平だと思う」


 わたしの指摘に、ヴァンさんも乗った。


「そうだ! ライバ。おめえが一等近くで見てたのに、なんでさっさと気付かねえんだよ馬鹿野郎がっ」


「俺が貴族相手のあれこれに口出しできる訳ねえだろうがっ」


 ヴァンさんの噛み付きに、ライバさんは必死で抵抗。騎士団所属だったとは言え、ライバさんの主張は納得できる。貴族出身でもない団員がモノホンお貴族様のあれこれに精通している方がおかしい。


 わたしの扱いも、絶対におかしい。


 自覚なく混乱に拍車を掛けていた王国最高権力者夫婦と元王宮女官長様は、増々小さくなっている。


 ちなみに、ティエラさんは、ヴァンさんの音響攻撃に耐えられず失神していた。無理もない。


「あらあらあら。ティエラさんは、おねむかしら。一晩中、騒いだものね。皆さんには、朝ご飯を用意しましたよ。お腹空いてるでしょう?」


 アンゼリカさんは、ヴァンさん達のお説教の最中に、ちゃっかり料理していた。流石は、女将さん。気が利き過ぎている。


 じゃなくて。


「ボクも手伝ったのに」


「ダメよ? きちんと食べてもらわなくちゃいけないんだから」


「・・・いいけどさ」


 お仕置き第三弾は、もう始まるのかぁ。


 お題・アンゼリカさんの手料理を「出されたその場で、残さず」食べる。

 期間・アンゼリカさんの気が済むまで。


 これって、無期限と同義だと思う。だって、アンゼリカさんだし。


 しかも。


 叱り叱られている人達をぬって食膳を運んで並べるのはいい。しかし。


「これ。朝食じゃないよね」


 わたしの目の前にだけ、どーんと大皿が鎮座している。椅子に座っているわたしの視線よりも高くそびえる肉の山。昨日の昼食よりもまだ酷い。これって、大食い決勝戦? ウォーゼンさんでさえ、どん引きしている。ステラさんとペルラさんは、揃って口元を押さえているし。


「味付けの感想も聞かせてねっ♪」


 聞いちゃいない。ドリルな巻き髪を四方八方に突き立てたアンゼリカさんは、上機嫌で配膳を続けている。その髪型、似合い過ぎてて怖い。


 衆人環視の中、必死でかき込み、完食は、した。


 食後のわたしは、相談事を続けられる状態ではなかった。中断されてラッキー、とは言い難い。


 そして、見た目にも腹が膨れた状態だというのに、食後の香茶まで容赦なくおかわりさせるアンゼリカさんに、完全降伏した。


「もうだめ。口から漏れる」


「あらあら。それなら、エッカさん、いいお薬ないかしら?」


「食欲不審の方に処方する薬なら」


「やめてぇ〜」


 処罰として、食事を取り上げるのではなく、水攻めならぬ食攻めって、アンゼリカさんらしいというか何というか。おえ。


 カンタランタの粉末その他諸々の消化剤は持っている。しかし、取り出せない。一葉さんと四葉さんが、わたしからウェストバッグを取り上げてしまったからだ。

 実際には、背中に括り付けられているので、手を伸ばせば届かなくはない。しかし、二人から容赦なくぶっ叩かれる。マジックボンボンを収納した後、指輪も使用禁止と言い渡され、以降は指無し手袋を嵌めさせられている。ということで、「山梔子」からも取り出す事が出来ない。おええ。


 エッカさんの言う処方薬は、食欲増進効果をもたらすものだろう。そうじゃなくて、消化剤が欲しいの。本当に胃がはち切れたらどうしてくれる。エッカさんのいじめっ子。


 気を取り直したペルラさん達は、工房の運営に関する検討を再開した。ぐったりしているわたしは、放置してくれるようだ。

 きちんとした注文受注手続きを決める、とか、販売価格はいくらなら適正か、とか、受注制限がどうたら優先順位がどうとか。最初に決めておくべき項目だと思った。口を挟む元気がないから黙っていたけど。


「ロナ殿。随分と、おとなしいではないか」


 侍従さん達は退散したのに、ウォーゼンさんはあれからずーっと居残ったままだ。まあ、スーさん達の護衛なのだろうが。


「言葉じゃなくて、料理が漏れる」


「おう。そうかそうか。そういう事なら黙っとけ」


 話が一段落したようで、ヴァンさんもわたしに声を掛けてきた。わたしに世話を焼くアンゼリカさんのとばっちりを避ける為に、今まで無視してたのはヴァンさん達の方でしょ。


 にたぁりとヴァンさんが嗤う。ちくしょー。後で覚えてろ。


「お昼も期待しててね♪」


 ウキウキアンゼリカさんが、立ち上がる。え、もうそんな時刻?


「・・・もう死ぬ」


 そりゃ、自分に剣を突き付けたりはしたけどさ、こんな死に方は遠慮したい。


「けっけっけっ。食い過ぎで死ねるたぁ贅沢じゃねえかあぶっ」


「ヴァンも遠慮しないで食べていって。ね?」


 アンゼリカさんの裏拳をもろに喰らったヴァンさんに、ちょっとだけ溜飲が下がる。


「あのっ。大まかな合意が得られましたのでそろそろ王宮に戻りますっ」


「わたくし、少々王宮に用件を思い出しましたのっ」


 慌てて席を立とうとするスーさん達を、輝く笑顔を振りまくアンゼリカさん。


「まあ。ななちゃんの作った食料庫には、美味しい食材が、たくさん、た〜くさんあるのよ。少しくらい人が増えても問題ないわ。遠慮なく食べていってね?」


 いやもだめもいう前に、アンゼリカさんは調理室に突撃していった。


「・・・ロナよぅ。余計なもん作りやがってっ!」


 ライバさんが、食いしばった歯の間から恨み言を漏らす。


「ざまみろ、と言いたいんだがな。こう、思い出しちまうぜ」


「俺もだ」


 ヴァンさんとウォーゼンさんが、揃って胃の辺りを押さえている。


「エッカ様。胸焼けに効くお薬はございませんの?」


 ペルラさんの懇願に、ステラさんもうなずく。


「皆さんの料理は、普通の量でしょう?」


 エッカさんだけは、通常運転。治療師の消化能力は、常人を遥かに越えていた。薬効テストの繰り返しで、無駄に鍛え上げられている、のかもしれない。


「いえ。見ているだけでもう・・・」


 まだ配膳されてもいないというのに、スーさんが胃を押さえている。


「そう思うんなら、アンゼリカさんを止めてよ!」


 たった一食でこの有様だ。お願いだから、協力して。


「アンゼリカさんは、ものすごく楽しそうです。お止めするのは、気の毒でしょう?」


「エッカさぁ〜〜〜ん」




 昼食を食べ終わった頃に、王宮からスーさん達の迎えの馬車が来た。しかし、腹ごなし、と称して、徒歩で向かうそうだ。きっと、馬車の揺れで酔うのを避けたのだろう。


 わたし? エッカさんのドクターストップで、ようやく、アンゼリカさんから解放された。顔色が悪いというので、ベッドに連れて行かれたが、横になったとたんに、敷布団の沈み込みで吐きそうになった。結局、床の上で腹を抱えて唸っていた。


 教訓。アンゼリカさんだけは、怒らせてはいけない。

 脂料理の苦手な人が、焼き肉食べ放題の店に連れて行かれた後、締めと称してコテコテのラーメン屋に引っ張り込まれた感じ。を、想像してみました。

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