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盗賊なんか、大嫌い

 枯れたトレントからも、糸が取れる。でも、布にするには質がいまいちだ。ということで、ロープにした。最初は、数本ずつをって細い紐にする。次は、その紐を撚って太くする。

 細い物は、小袋の口紐に使った。一センテの太さのロープは、長さを変えて、用意する。獲物を縛ったりぶら下げたり、あるいは盗賊を捕縛するのに使う。

 細くても、そこはトレント。丈夫さは折り紙付きだ。ただ、わたしは真結びしか出来ない。漁師さんとかいろいろな結び方を知っているんだろうけど、やっぱり、人前に出る気はないし。


 これまた試行錯誤、かな。




 何故、盗賊対策を充実させているか。


 [魔天]で見かける盗賊が、以前よりも増えていたから。


 さすがに[深淵部]までは入って来ない。しかし、盗賊達は、イイカゲンなやり方で森を荒らすので、ロックアント並みにたちが悪い。食べもしないのに、むやみやたらと動物を殺して回る。もったいないじゃないの。


 どう見ても、ハンターとは纏っている雰囲気や装備が違う。しばらく観察して、確信が持てた時点で痺れ矢を使い、行動不能にしてから、不意打ちで気絶させてロープでぐるぐる巻きにし、街道近くまで運んで捨てている。今のところ、見かけるのはせいぜい四人までのグループなので、二往復で運びきれる。


 三葉さん達も手伝ってくれた。地面を引きずると跡が残るからやらなくていいよ、と言ったら、○ーザンのように、枝から枝へ蔦を渡しながら簀巻き状態の盗賊を運んでいった。・・・見なかった事にしたい。


 その後、通りかかった隊商に連行されるか、狼などに喰われてしまうかは、彼らの運次第だ。最後まで責任を持て、といわれても困る。殺す必要性は感じないし、生かして[魔天]よりは安全なところまで連れて行っているんだから、感謝して欲しいくらいだ。


 面と向かっては言わないけど。




 今年の芋虫軍団は、ゲリラ戦に出たようだ。一か所で採れる繭の数は二十余り。そして、[周縁部]全域に分布していた。


 広大な[魔天]を、七日ほどのさなぎの期間に、もれなく探索するのは、無理としか言い様がない。

 自家用の糸は、十分確保できている。でも、成虫を野放しにすれば、また巨大コロニーを作ってしまう。


「地道に、成虫を落としていくしかないかぁ」


 素材に出来ない魔獣を、ただ撃ち落とすだけというのは、精神的に疲れる。


 人手は欲しい。切実に。


 でも。


「使えない人はお呼びじゃないって」


 街道にもほど近い森の中で、うろうろしている盗賊二人を見つけた。隊商を襲撃するタイミングを計っている。


 背後から忍び寄り、痺れ矢を射った。


「たった二人で、よくやる気になったよね」


 三葉さんが、うんうん頷いている。手早く縛り上げて、街道脇の木の根元まで運んでいく。もうじき、馬車が通る。護衛は、三騎いる。

 この二人をおまかせしよう。


 隊商に見つからないうちに、森に戻った。



 二日後、同じ隊商を見かけた。さっき転がしてきた三人の盗賊も、幌を張った荷台に拾っていたようだ。

 緑の髪の男性が、馬の上でぶつぶつ言っている。


「おかしいですよ。また、同じ縄でしたし」


「ずいぶんと奇特なハンターもいたものだ」


 御者台の金髪の若い女性が、感心している。


「そうじゃなくて! なんで、生かしておくんですか」


「私に判る分けないだろう?」


「武器も取り上げてないし。怪我らしい怪我もしていない。ここ数年間、報告されている事例と同じです」


「なにも、隊商を襲っているのではないのだから、そう目くじらたてなくても」


「違います! この謎の討伐者に支払うための報奨金が溜まってるんです。それ目当てに、偽物も現れ始めたって。聞いているでしょう?」


「なんで、名乗り出ないんだろうな」


 水色の髪のがっしりした体型の男性も、疑問を口にした。


「だから。私が知る分けないだろう」


「質問したわけじゃありません。単なる疑問です。いちいち答えなくてもいいんです」


「そ、そうか?」


 森の奥に逃げ損ね、『楽園』に隠れて様子を見ていたら、そんな話が聞こえてきた。

 なんだ。盗賊を拾っていった人達、自分達の手柄にしなかったんだ。もったいないことをする。


 皆、身のこなしに隙がない。ハンターではなく、兵士あるいは護衛専門の傭兵のように見える。

 報奨金の話をしているくらいだから、兵士の方かもしれない。


 騎士団てば、いつの間に傭兵稼業をやり始めたんだろう。




 いくら結界に隠れていても、移動すれば跡が残る。木の実クッキーをかじりながら、彼らが通り過ぎるのを待つ。


 お昼なんだもん。お腹すいてるんです。


「ん! マイト! 何か食べてるだろう!」


「姫さんの目は節穴ですか? おれが両手で手綱握ってるの、見えてるでしょう?」


「だが」


 勘のいい女性だなぁ。甘味の少ない世界では、こんなクッキーでも喜ばれるのかな。


「いや。私にも、香ばしい、こう、食欲をそそる匂いが」


 騎乗していた金髪の男性が、鼻をひくつかせる。おいおい。


「ミハエルさん!」


「ほら、叔父上もこうおっしゃっているじゃないか」


「全員、今は任務中だ」


「は。申し訳ありません。班長」


 やっぱり、騎士団の巡回班なんだ。でも、鎧とか装備してないんだけど。


「例の盗賊団をおびき出すためとはいえ、なんでこんな班編成で出なくてはならなかったんだ。他にも適役がいただろうに」


 一番年嵩の男性が、ぶつぶつ言いだした。心なしか、背中が丸い。


「班長、それは言わない約束で。前後に展開中の班からも警告は来ていません。今年ははずれですかね」


 若い男性は、肩をすくめて、こちらも愚痴ともつかない感想を漏らした。


「いや。今年は、各都市にも協力を願って、隊商の数を制限した。あいつらに取っての獲物が少ないこの時期、おとりだろうがなんだろうが、襲ってきてもおかしくはないだろう。なんとしても討伐しなければ、協力してくれた商人達にも申し訳ないぞ」


 班長さんが、きっぱりはっきり宣言する。うわぁ。そんな大掛かりな作戦だったんだ。でも、そんな大規模な盗賊団が潜める場所なんて、[魔天]の反対側にあったかな。


「やっかいですよねぇ。魔獣をけしかけて、護衛がそれに気を取られたところを襲撃するなんて」


 なんですと?!


 やたらと森に入り込んでいたのは、襲撃に使う魔獣を見繕うためだったのか!

 適当に攻撃して、怒った魔獣を隊商のところまで引っ張っていって、隊商と魔獣が共倒れになったところをおいしくいただく。と。それなら少人数の盗賊でも、襲撃の成功率は上がる。


 悪賢いにもほどがある。


 森で見つけた死んだ動物達は、軽く脅かすつもりが、やりすぎて殺してしまっていたんだ。もしくは、さらに大型の魔獣を呼び寄せる餌にしたとか。


 最近は、相打ちになっている場合も見かけるから、腕の立つ盗賊は、最初の頃に捕縛済みだと思うんだけど。それに、ロックアントが大群を作らなくなってから、大物魔獣はこの辺を徘徊しなくなったはずだし。


 くっそー


 縛り上げるだけじゃなくて、お仕置きしておけばよかった。繭探しの最中に捕まえていたから、どちらにしろやってなかったけど!


 結界の中で考えるのに集中していて、気付くのが遅れた。四葉さんに手の甲を叩かれてから、察知した。


 ・・・なんてものを釣り上げてくるんだ。


 『楽園』の中からは、攻撃できない。


 うーん。巡回班の人達に見つかってしまうけど、この場合は仕方ないか。


 できるだけ、大きな木の陰に回り込んでから、結界を解除し、術杖をしまう。代わって、「朝顔」と痺れ矢を準備。


 魔獣がわたしに気が付いた。殺気で脅し付けて、引き返してくれる事も期待した、けど。


 完全に逆上している。止まらない。


 その背後に居た盗賊達には、痺れ矢をごちそうしてあげた。手足を射抜いてしまったのは、勘弁。二人倒れたところで、慌てて木に隠れようとしたけど、もう遅い。残る二人にも命中。これで、逃げられる心配は無くなった。


「森から何か出てくるぞ! 注意しろ!」


 ここで、班長さんが声を上げた。


 まあ、ミシミシバキバキ踏み折る音が近づいてくれば、いくら何でも気付くよね。


 ぎょぉぉぉぉぉおっ


 サイクロプスが大きな爪のついた手を交互に振り上げながら、わたしに向かって突進してきた。


「おい! 誰かそこにいるのか?!」


 あーあ。気付かれた。


 サイクロプスに痺れ矢を射掛ける。何本も刺さっているのに、まだ倒れない。あらら。興奮している魔獣には麻痺効果が弱いんだ。選べる手段は、そう、多くない。


 うん。ごめんね。


 サイクロプスの腕をかいくぐり、「椿」を抜いて、彼の首を切り落とす。


 彼の命よりも、自分の保身を優先してしまった。


 頭部に強い衝撃を与えるとか、森の奥に投げ返すとかすれば、彼は助かったかもしれない。多少の怪我はしても、生き延びられたはずなのに。人前で技を振うことに、躊躇した。


 かといって、放置も出来なかった。


 だって、人が死ぬのも嫌だったから。



 ・・・それもこれも、全部、盗賊の所為だ。あいつらが、妙な知恵を付けたりするから、彼もわたしもこんな目に遭うんだ。許せない。どうしてくれよう。


「お、おい。怪我はないのか?」


 なーぜか、班長さんの声が弱々しい。変だねぇ。


「うん。ちょっと待ってて」


 死んだサイクロプスの横を通り過ぎ、死んだように横たわっている盗賊のところに行く。まず、手足を射抜かれた二人を両脇に抱え上げ、街道に運び出した。


「おまえ・・・」


 金髪の男性が、絶句している。


「あと二人」


 言い捨てて、残りを拾ってきた。緑の髪のお兄さんが、怪我をした二人の手当をしている。盗賊は、痛がるそぶりを見せない。

 痺れ矢は、手足の筋肉を麻痺させるからね。最も、痛覚は麻痺していない。なので、涙だけぼろぼろ流している。そうか、痛いか。ふん。


「この中で、一番情報を知っていそうなのは誰だと思いますか?」


 班長さんに訊いてみた。


「たぶん、こいつだとおもうが」


 指差したのは、四人の中で上物の剣を持っている男だ。運良く、矢が擦っただけだ。


「それじゃあ」


 ロープを取り出し、その男をぐるぐる巻きにする。


「あ!」


 緑髪の人が、ロープを見て、またまた声を上げた。


「お兄さん、縄はありますか?」


「いや。すまない。使い果たしてしまっている」


 ミハエルさんと呼ばれていた金髪の男性が、教えてくれた。おいおい。いくら囮班でも、装備不足はまずいでしょ。


「それじゃ、はい。これ」


 三人分の捕り縄をウェストポーチから取り出して手渡す。緑髪さんと班長さんとミハエルさんが、あわてて、残る三人を縛り始めた。


 もう一つ、薬瓶も取り出した。


 わたしが縛り上げた男を仰向かせて、薬瓶の中身を飲ませる。


 痺れ蛾の解毒薬だ。成虫の鱗粉から精製して作った。痺れ矢と一緒に、ウェストポーチに用意してある。だって、万が一誤射した時には、ちゃんと回復させないと悪いでしょ。


「君。今、何を飲ませたんだ?」


 一人、手持ち無沙汰のお姉さんが質問する。


「ボクの矢には、痺れ薬が塗ってあるんだ。これは、それを治す薬。さ、これで、しゃべれるようになったよね?」


 ん? なんで自分の事を「ボク」って言ったんだ? まあ、いいか。


「で、でめえ」


 まだ、完全に痺れが抜け切ってないようだけど、話せるようにはなった。


「じゃ、尋問はお姉さん達に任せるから」


「お前はどうするんだ?」


 緑髪のお兄さんが、縛り上げた盗賊を荷台に積み込みながら訊いてくる。


「帰る」


「待て待て待て! いくつか教えて欲しい事がある。もうしばらく付合って欲しい! 頼む」


 班長さんが、取りすがってきた。


「少しだけだよ? それより、残党がどこにいるか、聞き出すのが先じゃないのかな?」


 この際だ。徹底的にあぶり出してもらいたい。


「そう、そうだな。この先どの辺りで待ち構えているんだ?」


 班長さんは、抜いた剣で盗賊のほほをぴたぴたと叩く。怖っ。


「ケチラとノーンの間で二件七人、ノーンとダグの間で一件五人。それから、二日ほど戻ったところで二人。今日も三人拾ったな」


 ミハエルさんが、今年の捕縛状況を教えてくれた。あーらあら、まだ、結構な人数がいたんだ。やだねぇ。


「なんだ、と!」


 盗賊が目を見開く。


「やっぱり、御者が美人だと、ころっと引っかかるよなー」


「俺は反対したんだ!」


「だから班長。今更ですよ」


 お兄さんと班長さんが漫才をしている。ちょいと、それどころじゃないってのに。


「盗賊さん? ほら、残っているお仲間はどこに居るのさ」


 出しゃばりかとは思ったけど、声をかけるついでに脇腹を軽く蹴ってやる。


「お、れたち、で、さいご、だ。ちく、しょ、う」


「本当か?」


 班長さんが、尋問に復帰した。


「きょ、ねんま、で、は、ま、だ、うま、く、いって、い、たん、だ。さいき、んは、けし、かける、まじゅ、うが、へっ、ちまっ、て。や、っと、ここま、で、おびき、だ、した、んだ、ぞ」


 うっすらと頬を切られて、必死にしゃべる盗賊。嘘ではなさそうだ。


「あーそう。ごくろーさまでした」


「てめ、この、くそがき! おぼえて、いやがれ!」


「やだね。むさいおじさんなんか、誰が覚えているもんか」


 こいつらで最後なら、もう、記憶からきれいさっぱり消し去ってやる。

 二度目の街道デビュー。

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