罪人の末路
ええと。
ななしろです。
ただいま、緊縛プレイ中。好きで、こうなっている訳ではありませんが。
過去、数多の盗賊達に施した仕打ちが、祟りとなって帰ってきたのでしょうか。
十数人の成人男性に、投げ飛ばす間もなく、雪崩の様にのしかかられて。その後、痺れ薬の効果が切れた三葉さんと四葉さんに後ろ手を縛られ、足首もがっつり固められて。
むう。植物型魔獣には、痺れ薬が効きにくいのか。
・・・暢気に観察している場合じゃなかった。
立ち上がろうにも、背中には人が座り込んでいるし。這っていこうとすれば、誰かに尻を踏まれるし。えっち。
「で? 何のつもりだ?」
「や、やぁ。ヴァンさん。目が覚めるの、早いね」
「とぼけるんじゃねえ」
いつもなら絶叫しているところなのに、重低音のドスの利いた声を出すヴァンさん。なんか、めちゃくちゃ怒っているような。
「我々が納得できるよう、ご説明、いただけますよね?」
スーさんの声は、穏やかだ。穏やかだけど、王様オーラ全開。威厳あるなぁ。さすが、王様。
「ななちゃん?」
ひぃっ!
重しになっていたのはアンゼリカさんだった。なんというか、人体のツボを押さえているというか、体重は軽いはずなのに、ちっとも立ち上がれそうにない。
「わたくしたち、暇ではありませんのことよ?」
ペルラさんの声は、最高に尖っている。語尾に突っ込みを入れられそうにもない。
素直に白状するしかなさそうだ。でもなぁ。これは、わたしのけじめなんだから、ヴァンさん達には、関係ない。
「あらあらあら。関係あるかどうかは、聞いてわたし達が決める事よ?」
アンゼリカさん、とうとう思考まで読めるようになったんですかっ!
「相談も無しに、勝手な事をしやがりまくりやがって。そうだよな。腹立つよな。もうちょい縛り上げてもいいぜ」
ライバさん、誰を煽ってるの。
「ちょ、!」
いててててっ。関節、そこ、決まってる。痛い、痛い痛い痛いっ、ぎぶーーーーーっ!
「なにが原因で、そうしようと思われたのですか?」
裁判官の様な口調で、あくまでも穏やかに問いかけるスーさん。いや、裁判なんか行った事ないけどさ。
「え、えとですね」
「簡潔に」
「・・・ハイ」
自白強要。でもないか。実際、悪い事しちゃったし。
「王様と側近ご一同様に、理不尽な暴力を働きました〜。なので、極刑が妥当かと・・・」
「暴力?」
ステラさんが口を挟む。
「うん。鞭で、引っ叩きまくったでしょ」
おい。鞭のショックで、ど忘れした訳ではあるまい。まだ一刻も経ってないぞ。
「それは、我々に非があります。ロナ様がおっしゃったように、修羅場の工房に押し掛けて作業の邪魔をしたのですから」
そう思うなら、最初から来なければいいのに。
「それだけじゃなくて。その鞭、不具合があったみたいで、爆発しちゃった。そういうのって、製造者が責任を取らないと」
「不具合とは?」
エッカさんが、副音声込みで質問した。つまりは「もっと詳しく」。
えー、あー、うー。
あくまでも現時点での推測だと前置きして、爆発した理由をげろった。しゃべらなければ、いつまでたってもこの拘束からは逃れられない。だろう。
「では、わたしの取り扱い不注意ですね。ロナさんの責任ではありません」
「え? 違うでしょ」
「陛下。どうでしょう?」
「作り手の予期しない使われ方で壊れたのですし、双方とも責はありませんね」
スーさん、良い訳ないない。
「そうだな」
「ヴァンさん、それ、違う」
「何がだ」
まだむっつり声だ。しつこい年寄りは嫌われるよ?
「爆発した後、ヴァンさんやペルラさん達も巻き込んだし」
「「「「後?」」」」
まだ、気付いていないのか。
「あ〜、その、髪の毛が、ね?」
「「「「「 ・・・あ 」」」」」
ようやく、お互いの髪型大変身に目が向いたようだ。
縮れ具合に差はあれど、パッと見すれば、綿菓子の被り物。本当に、元に戻るのかな。
「てぃ、ティエラ。よく、似合って、ましてよ」
「お婆様こそ・・・」
巨大ボンボンとメデューサもどきの睨み合い。だ、だめだ。想像するんじゃない。ここで笑っちゃ・・・。
ぷっ
わたしじゃない。
誰かが吹き出した。他の人も釣られた。
結果、大爆笑。
「アハハハハハッ」
「ヒーッヒッヒッヒッ」
「オーッホッホッホッホッ」
アンゼリカさんも、わたしの背中の上で声を出さずに笑っている、らしい。振動が、ぐりぐりと背骨に響く。笑いたくても、痛い。いてて。
「お、おめえ。目隠ししてたのはっ、これ、見てっ、笑わないようにっ、するっ、ためかっ」
ヴァンさんが、ヒーハー言っている。そして、誰かが、わたしの尻を突つく。いや、蹴ってるよね。
「ヴァンさんの、スケベ」
他にやりそうな人に心当たりが無い。
「けっ。おめえみたいな、貧弱なガキが、なに、偉そうんぶっ」
ざまみろ。
「全く。躾のなってないポンコツですわね」
「エッカさん、壊れてない鞭はありませんか?」
「あらあらあら。この剣を使わせてもらいましょうよ」
あれ? 女性三大巨頭が、物騒な方向に。
「ダメダメダメっ。それ。ものすっごく危ないから。アンゼリカさん、やめぶっ」
背中に座ったままのアンゼリカさんが、わたしの後頭部を撫でた。床に押し付けるように、ぐりぐりと。痛い。
「そんな物騒な剣を持つなんて。ななちゃんこそ危ないじゃないの」
ぐぅりぐりぐり
怒ってますね。
じゃなくて。
「いや本当に。アンゼリカさんの腕前なら、ヴァンさんだけ、ではなくて、建物、まで切れちゃう」
かもしれない。お笑いチャンバラしてた時に見た剣技は、それはもう只者ではなかった。
「まあ。ななちゃん、おいたはダメよ?」
ぐりぐりぐりーーーーーっ!
「まあまあ。女将殿。今のところは、その辺で」
まだ、笑いの残る声でウォーゼンさんが止めてくれた。助かった。頭が潰れるかと思った。
「ななちゃんったら、いっつも無茶ばっかりして、ねぇ?」
背中からは、下りてもらえなかった。背骨、ごりごり。痛い。痛いです、アンゼリカさん。
「そうですよね。それに、わたし達の髪の毛と、その物騒な剣が、どうしてつながるんでしょう」
ステラさんが、参戦。
「ロナさん?」
エッカさんまで、吊るし上げに参加した。だから、さっさと始末したかったのに。こういう追求のされ方は、精神的にしんどい。
ごりっ
「痛たたーっ。いう、言いますっ。今回は、運良く髪の毛ちりちりだけで済んだけどーっ。最悪、全員が、ミンチになってたかもしれないしーっ。いてててっ。殺しかけちゃった訳だしーっ」
「死んでませんよ?」
爽やかーに言うスーさん。
「じゃなくてっ。みんな、死にかけたんだよ? 怒るでしょ。ヤバいでしょ。放置したらだめでしょ?!」
「ナーナシロナ様も、失敗されることがあるんですのね。安心しましたわ」
「そうだな。小僧もただの人だった訳だ」
「そこっ。安心するところじゃないからっ」
ペルラさんとライバさんの頓珍漢な感想に、全力で突っ込みを返す。
「こういう髪型も、目新しくていいですね」
「レイシア、面白がってくれるかな」
「おおう。のろけか?」
「彼女、髪型を弄るのが好きなんですよ。ロナさん、これ、他の人にもできませんか?」
「ちょっとーっ! 何のんきな話してるのっ! 怒るとこでしょここはっ!」
王様の側近だってのに、危機感が足りなさすぎる。
「だって」
「なあ?」
「見た目がちょっと変わっただけですし」
「さっきの鞭をもらったら、肩や腰が軽くなった気がするし」
どうして、話が通じないんだ。
「王様死なせかけたって白状したんだから、ここは当然打ち首でしょ? んで、手間掛けさせるのもなんだからじしゅてきにぃーーーーーっ」
ごりごりごりっ
「あらあらあら。何を早とちりしてるのかしらぁ?」
アンゼリカさんの容赦ないツボ押しで、台詞をぶった切られた。
ごごんっ
「勝手な事してるんじゃねえっ!」
だめ押しに、ヴァンさんの一撃が。殴り方で、誰がやったのかが判別できる自分が悲しい。そして、後頭部もおでこも痛い。
「そうですよね。処罰を決定する権限は、騎士団の隊長以上の職位にある者に限られていますし」
スーさん。ナイス。そういうことなら。
「王様権限で、今すぐこの場ですっきりさっぱりいぃっ」
ぎりぎりぎり
一葉さんアンド四葉さんペアによる海老固めが決まった!
じゃなくて、痛い痛い痛いーーーっ
「そぉんなに罰が欲しいってんなら、山ほどくれてやるぜ」
「ヴァンさんには権限無いでしょ」
「それでは、この件に関しては、ヴァン殿に一任しましょう」
「副騎士団長として、容認しよう」
スーさんの宣言に、ウォーゼンさんまで乗った。
「こんな時ばっかりっ」
盛大に文句を言う。しかし、文句を言ったのはわたしだけ。拍手する音まで聞こえてくる。酷い。
「だって。わたし、国王ですから」
「いやだからね? 国王陛下を害するような人を放置しちゃいけないんじゃないかなーって」
「だから、罰だって言ってるだろうが」
「無駄に引き延ばしてもいい事ないじゃん」
「無駄?」
「だって。ボク、ばげっ」
ぐりっ
化け物、と言おうとして、床に押し付けられた。これがわたしじゃなかったら、歯が欠けてるよ。
じゃなくて。
「けっ。おめえってやつは、ほんっっっっとに頭悪いよなぁ。
おめえは、おめえだ。どこの誰だろうが、おめえを知ってるヤツには、おめえでしかねえんだよ。こんだけ言ってもまだわかんねえのか。ああん?」
いやだから。その、本性が肝心でしょ。
「ななちゃんはね。優しくて、気高くて、可愛くて。それでいて、ものすっごく、鈍くて鈍くて鈍くて鈍くて鈍くて」
ごりごりごりごりごり・・・
「鈍くないよ。鈍くないって。今も痛いしぃ〜〜〜」
勘弁して。師匠の投げ技を受けた時より、数倍痛い。とんでもなく痛い。
「虐待反対!」
「罰が欲しいんだろ?」
「ななちゃん、鈍感なんですもの」
み、味方はいないのか。・・・鞭の爆発でも、【遮音】の術杖は無事だった。頑丈だった。結界は維持されたままだ。すごいぞ、わたし。
じゃなくて。
これでは、警備の傭兵さんは駆けつけてこない。ヴァンさんが呼びにくるまでは、警備に徹しているのだろう。プロだなぁ。
じゃなくて!
そうだ。
「ティエラさん。好みの術杖作るの手伝うから。助けて」
今までのやりとりに全く参加していないティエラさんなら。
「あら! それは嬉しいですわ。でも、この髪型は、どうしてくださるんですの?」
目隠しを取っ払われ、真っ先に見たものは。
うにょうにょうにょ
軽く身じろぎするだけで、四方八方に展開された髪の毛が、まるで生きた蛇の様に身を躍らせる。見れば見るほど、
「・・・りあるメデューサ」
「ふんっ。いい気味ですわ」
あ〜〜〜っ。鼻で嗤われた。
「こんな時だけ、素直なんだから。ななちゃん、時と場所を選ぶべきよ」
がふっ。ななしろは、肺腑をえぐる連続攻撃を受けた。
「ところで、りあるメデューサ、とはなんですか?」
ステラさん。気にするところはそこですか。
「俺は、この邪魔っけな袋が大量にある理由を聞きてえんだが」
ライバさんも居たんだっけ。酷い渋面をさらしている。
「えー、と。身辺整理とぉ、皆さんへのお詫びを兼ねて、ですね」
「「「「「「「要らん!」」」」」」」
「「「「要りません!」」」」
と、男性陣、ステラさん、あ〜んど、アンゼリカさん。わお、完璧に声が揃った。
「不要ですわっ!」
ただ一人、金切り声で絶叫したのがペルラさん。顔色も悪い。薬草あるよ、マジックボンボンのどれかの中に。
「・・・中身は、なんなんですの?」
ティエラさん。素直な、あなたが好き。
夜が明ける頃、ようやく処分、あるいは罰当番の内容が決まった。
会議の途中、被告人は異議を申し立てた。が、誰も耳を傾けてくれなかった。無視された。それどころか、補償対象が追加された。
しかし、どう聞いても重罪犯に課する罰則ではない。単なる嫌がらせだ、それらは。
「罰なんだからな。罰。そこんとこ、よーく心得ておけよ!」
スーさんから総監督を任ぜられたヴァンさんが、ふんぞり返って宣言した。
「え〜〜〜?」
まずは、ライバさんの分。
それは、広げたマジックボンボンの回収、だった。
だから、どこが罰なんだ。普通は、加害者から金品ごっそり巻き上げるもんじゃないの?
「一つも残すな。うちの工房に隠すな。一個でも見つけたら、ただじゃ置かねえ。朝食前に、全て片付けろ。いいな」
「けちぃ。繭の一個ぐらいいいじゃん」
「ケチじゃねえっ!」
「ウチの負債をこれ以上増やしてどうする気だ?!」
オヤジコンボが炸裂。二人とも、つば飛ばして喚かなくても聞こえてるってば。
「素材がなければ、売るものも作れないでしょ」
「そういうのは、俺達が考えるからいいんだよ。とにかく! 余計な事はすんな!」
怒り成分よりも、懇願成分の方が多め。何故だろう。
回収作業を始める前に、侍従さん達が立ち去っている。工房の警備員や王宮へ伝言するためだ。
ちなみに、彼らが気絶している間に湧いて出たマジックボンボンのことは口外無用、と、スーさんに念を押されている。マジックバッグの試作品である事、開発者がわたしである事は教えたが、中身に何が入っているか、までは言えなかった。もとい、喋ろうとしてヴァンさんに口を塞がれた。
「世の中にはな、知らない方が幸せな場合が、あるんだよ」
ヴァンさんの忠告、もとい恫喝に、脂汗をたらしながらも大きく頷いている。
「女性の隠し事は、口にしないが吉です」
侍従さんの一人が、がたがた震えながら宣言した。
ん?
振り向けば。
アンゼリカさんが、わたしの背後にいた。相変わらず、にこやかなお顔。ざ・女将さん。
その隣には、ペルラさん。こちらもにっこり微笑んでいる。
髪型は、あえて目をつぶろう。
なんだけど。
背景には、般若様と仁王様がそびえ立っておられた・・・。
ひえ〜〜〜〜〜っ!
逃走ならず。




