さよなら
「なんだ。ヴァンさんだ」
あ。ヴァンさんのこめかみに青筋が。
「・・・ご挨拶じゃねえか。久しぶりに会ったってのによぅ?」
睨まれた。
「好きで来たんじゃない。無理矢理、強引に、問答無用で拉致されてきたの。機嫌がいい訳ないでしょ?」
弱みを握られているからと言って、弱気になるのはよろしくない。ここは、強気で押し通す。
「は? おめえを、拉致? すげえな! どこの勇者だ」
喜ぶなっ。
「ヴァンさんも一度体験してみるといいよ。とっても刺激的だから」
「あああのですね? 本当は大至急直接ご相談したい件があって、ご迷惑とは思いつつこうしてお願いに参りました!」
ただのくたびれ中年に成り果てたスーさんが、ようやく本音を漏らした。
だがしかし。
「やだ」
「そんなっ」
「誘拐犯に協力する被害者がどこにいるのさ」
迷惑なんて可愛らしいものではなかった。誰が見てもそう言うはず。
「・・・あのー。ナーナシロナ様? 先ほどまで、工房の作業にはご協力いただいておりましたが」
壁の隅で小さくなっているスーさん達を見て気の毒に思ったのか、ペルラさんが助け舟を出す。
「だって。ペルラさん、いろいろと大変そうだったし。友達をちょこっと手伝うくらいならいいでしょ?」
「オトモダチ、でございますか?」
「うん。違った?」
ぱあああっ!
ペルラさんは、ものすごく嬉しそうに笑った。おや、友達が少ないのかな? まあ、仕事柄、無理も無かったとは思うけどさ。
「ペルラさん、ずーっと頑張ってたでしょ。もうやらなくていいよ」
「・・・はい?」
笑顔が凍り付いた。
「工房諸共、機材一式ぶっ潰してあげる。今まで、お疲れ様でした」
「・・・・・・はい?」
「ペルラさんに心労掛けまくったお調子者には、たっぷり「ご褒美」をあげるからね」
びしぃっ!
さぁて。続きだ続き。
「おい、ロナ! ちょっと待てよ。事情を説明しやがれっ!」
ヴァンさんに背を向けたら、肩をつかんで強引に振り向かせられた。
「ちょっと。邪魔しないでよ」
「こんの野郎・・・。俺はなぁ、王宮連中が入ってったのに物音一つ聞こえねえってんで、傭兵連中に頼まれて様子を見にきたんだ。まあ、音がしなかったのは、また変な道具を使ったんだろうが。
こいつら、何してんだ?
それによ。おめえが持ってる物は、鞭、だよな? なんで、光ってるんだ?」
ヴァンさんが、信じたくはないけれど目の前にあるから信じないわけにはいかないけどこれ何だ、という顔をしている。下手に喋るより、分かりやすい。かもしれない。
「騒動を拡大させた迷惑人をお説教しているところ。これは、叩いた瞬間に雷を出す魔道具。巻き付いている時にもビリビリ来るんだ。いいでしょ」
「「「「「どこが!」」」」」
お仕置き対象者達からは、駄目出し、もとい悲鳴が上がる。
叩いてよし、拘束してよし、脅しにも使える。一石三鳥。我ながら、傑作だと思う。
「もう、十本は取り上げたはずなのですが。まだ持っていましたか」
エッカさんが、呆れている。
「ヴァンさんみたいな手癖の悪い人がいても問題ないように、たっぷり用意しておいた」
それを聞いて、ますます顔色が失せる被告人一同。
「俺の名前を出すな! というか、手癖が悪いってどういう意味だよ、おら!」
ほら。言ってる傍から、鞭を取り上げてるし。
「慣れない人が触ると危ないよ?」
「のぉうわぁぁぁあっ!」
言わんこっちゃない。
鞭を丸めようとして、リボン部分を素手で触ってしまった。当然、電撃のプレゼントを貰う羽目になる。勢い良く鞭を引き寄せたのが運の付き。手放すどころか、鞭を全身に纏わり付かせている。
一人で緊縛プレイとは、なかなか出来るものではない。さすが、ヴァンさん。
「ナーナシロナ様。ポンコツはどうでもよろしいのですが。工房を破棄する、とおっしゃいましたか? 聞き間違いですのよね?」
ペルラさんは、放置プレイですか。
「こんなにペルラさんに苦労をかけるとは思ってなかったから。御免ね」
「いえいえ。わたくしも大層楽しゅうございました。
・・・ではなくてですね! 今更、中止は出来るはずがないではありませんか!」
「だからさ。工房そのものが壊れちゃえば、そこの人達の無理難題を引き受けなくても済むでしょ」
小砦とは比べ物にならないくらい、徹底的に、再建不可能なまでに粉砕してくれる。
「・・・ななちゃん。いくらなんでもそれは強引すぎると思うのよ」
空いた口が塞がらなくなったペルラさんに替わって、アンゼリカさんが、のろのろと口を開く。
「でもさ。これくらいしないと、中途半端に「やっぱり止めます」なんて無責任でしょ」
「これだけ世間に知られておりますのよ?」
「いきなり作業場が無くなって、道具も資材も壊れっちゃって、何も手が付けられません。って、言い訳が立つじゃん」
「いえ、ですから。わたくし、止めたいとは一言も申しておりませんわ!」
「んにゃ。あんな酷い顔を続けさせる方が酷いと思う」
わたしは、「英雄症候群」のお墨付きを貰っているし、砦一つ全壊させた前科もある。「うっかり」壊したと言えば、どこからも文句は出ないだろう。
「ティーさんの苦行も終わる訳だし。嬉しいでしょ」
「は? え? わたくし? それはまあ、・・・ではなくて! お婆様が苦労して作り上げた工房を壊すって、本気ですの?!」
おや。もっと喜んでくれるかと思ったのに。
「本気も本気。大真面目。そうだ。理由もなく建物を破壊した犯人として、ボクの事は国外永久追放にすればいい。
これで、一件落着。めでたしめでたし♪」
「「「「「どこがっ!」」」」」
「その前に、スーさん達のお仕置きを済ませないとねっ♪」
「「「「「どちらも止めて〜〜〜〜〜っ!」」」」」
「おいこらてめえっ! 巫山戯んのも大概にしやがれってんだっ!」
ようやく、自爆、もとい自縛から解放されたヴァンさんが立ち上がった。エッカさんに解いてもらったらしい。侍従さん達は、まだ起き上がれないというのに、とことん無駄に体力があるんだから。
「なんだ、もう止めちゃったの? ボケ防止になると思うんだけど」
適度な刺激で若返り。違うか。
「誰がボケだコラァアっ!」
ガントレットまで装着して、襲いかかってくるヴァンさん。
バシン! ガンガン!!
・・・バシン?
一葉さんと四葉さんが、扉から離れてわたしによじ上る。いや、服の中に潜り込んできた。
ヴァンさんは、傍らに目を向ける。そう、ガントレットを打ち付ける音ではない、違う音がしたのだ。
釣られて、その場にいる人達が「ソレ」を見れば。
束ねられた鞭の山に、小さな青白い光がチロチロと舌を延ばしている。
ヤバい。
「・・・・・・全員そこから離れてっ!」
遅かった。
わたしが警告した直後、魔道具達は、爆発した。
げほ
爆音と粉塵はすごかったけど、火は出なかった。
そして、皆、気絶しているだけだ。人数分の呼吸音が聞こえる。これなら、暫く耳が聞こえない程度で済むだろう。
わたしは素早く耳を塞いでいたので、被害を免れた。さて。
『浮果』を使って、埃を集める。
視界が晴れて、晴れたはいいけど、思わず目をこすってしまった。
部屋は、壊れていない。大きなテーブルがひっくりかえっている。でも、誰も押しつぶされていない。椅子が倒れているのは、さっきまで逃げ惑っていた人達が蹴り倒していた所為だ。まあ、それもいい。
床の上に咲き乱れる、パステルカラーのお花畑。その実体は、モコモコ頭。アフロヘアー。あるいは、綿菓子頭とも言う。
なんというか、メルヘン。とってもメルヘン。
この世界の人達は、カラフルな髪の色をしている。ピンクや黄緑、水色に淡い紫色、金髪にオレンジ色、などなど。
わたしなんか、やっと変身できたと思ったら総白髪になっていて、大ショックだった。もう、慣れたけど。
それはともかく。
髪の毛の太さとか、癖の有る無しとか、要因は色々あるのだろう。それでも、今の今まで、天然パンチパーマの人は見た事がない。それが、一面のぽやぽやヘアスタイル。他の人の髪の毛でも試したくなる。やらないけど。
楽な姿勢に寝かし直しているうちに、一人一人の縮れ具合が異なる事に気が付いた。
ペルラさんは、チリッチリに縮み上がっている。圧縮ボンボンは、めちゃくちゃ重そう。そのお孫さんのティエラさんは、どういう訳か、メデューサっぽく激しくウネっている。意外だった。逆じゃないのか〜。
綺麗に結い上げていたステラさんは、髪の長さも相まって、とってもファンキー。三頭身位に見える。スーさんの淡く金色に光るふわふわヘアーは、蜂蜜入りの綿菓子の様だ。舐めたら甘いかな。二人を並べてみたら、お笑いコンビ。
ヴァンさんは、白髪混じりで配色が面白い。だけじゃない。感触が、硬い。スチールタワシみたい。元に戻るかな。
だいたい、なぜ鞭が爆発したのか。あれだけ試作イコール爆発を繰り返して、安全性は確保したはずなのに。
直前に、なにかしたっけ? でもなぁ、発電リボンの材料は虫糸だから、ちょっとやそっとじゃ断線しないはず。
縛り上げて、解かれて。その後は、エッカさんが束ねて積み上げて・・・。
あ。
使い方の説明、してなかった。
電撃鞭は、電流を発して相手にダメージを与える。ちなみに、試作第一号では、魔石から直接電気に変換していた。出力が半端なく、鞭本体諸共黒焦げになった。合掌。
ということで、バッテリーもどきに電気を蓄え、インパクトの瞬間に放出する仕組みにした。更に、バッテリーもどきの負荷軽減と、魔石の消耗を押さえる為にも、使用しない時は充電しないように安全装置を付けた。
それが、ずーっとスイッチが入ったまま放置されて、オーバーロードあるいは過充電されてしまった。リボン部分を束ねていた所為で、家電コードののショートに似た状態にもなったのだろう。いわば、電線剥き出しだもんね。
納得。
まあ、いい機会だ。
お土産セットは作ってないけど、未解体の蛹をマジックボンボンに移し替えて。魔包石も小分けにしておこう。ヴァンさん達でも食べたり飲んだりできる食品や、その他素材も出しといて。
あっという間に、マジックボンボンの山が出来た。・・・まさか、これも積み上げたら爆発するとか言わないよね。
蜂蜜樽とお酒一式は、マジックバッグに。
「これ、双葉に渡してね」
一葉さんと四葉さんに預けた。
こてん、と蔦先をかしげる二人。無駄に器用な仕草を覚えているなぁ。いつの間に。
「まーてんには頑張って二人で帰って。そうだ、オボロ達に頼めばいいかも」
更に蔦先がくねる。悩んでいるのが丸わかり。面白い。
「けじめを付けるからさ。もう、一緒には居られない。双葉さんと三葉さんにも今までありがとうって伝えて」
ようやく、わたしがお別れを告げているのを理解したようだ。四葉さんは奇妙なダンスを始める。思い留まれって言ってるのかな。
でも、もう、決めた。
「あ、そうか。三葉さんと仲良く分けてね」
手持ちの「楽石」を、二人用に分けて、四葉さんに差し出す。
「一葉さんには、こっちかな」
ドライフラワーセットだ。入浴剤代わりに使える。
以前の収納カードは、中途半端に残った為に後々各方面に迷惑をかけた。なので、「山茶花」と「山梔子」には、最初から、わたしからの魔力供給が途絶えたら内容物ごと消滅する術式を加えてある。
ということで、首長竜の素材とそれを使った道具類、趣味全開の各種魔道具などは、収納している亜空間諸共破棄する。
そもそも、毒血は危なすぎる。放置なんか出来ない。鱗や肉も以下同文。わたし以外には扱えないだろうし。
わたしの抜け殻や牙も処分だ。だって、恥ずかしいし。なんとなく、首長竜素材以上に、物騒な気もするし。
ええと。こんなもんかな? おっと。これは出しておこう。そう、空間の属性剣。抜け殻で作ったナイフの「白薔薇」でも、指先を突つくのが精一杯だった。「椿」は残しておけない。となると、わたしを斬れる剣はこれくらいしかないだろう。
「では。二人とも、今まで大変お世話になりました」
剣の柄を握り、鞘から抜き出し、一息にさくっと、
・・・出来ませんでした。
「あ、ちょっと?!」
一葉さんと四葉さんが、剣を取り上げようと飛びかかってきたからだ。
「危ないってば!」
痺れ薬付きの竹串で、二人を麻痺させる。ああ、びっくりした。
「双葉さんと三葉さんにも、よろしく伝えてね」
動けないはずの蔦先が、小さくひくついている。う〜ん。人が死ぬ瞬間なんて、見せないほうがいいか。
二人の上に、着ていた上着をそっと被せる。
これで、準備よし。
心臓を一突きすれば、流石のわたしでも死ねるはず。でもな。散々、獲物の血抜きはしてきたけど、自分の血が噴き出すところは、もう見たくない。ウェストポーチから手ぬぐいを取り出し、目隠しして。
今度こそ。
もう、十分だ。面倒事も、寂しい思いも。
母との約束を破ってしまうことになるけど。
もう、いやだ。終わりにしよう。
「おいこらロナ! ナニしようとしてんだこの馬鹿野郎!」
うおっほい!
「え?」
「なっ、何っ!」
ヴァンさんの大声で、気絶していた人達が目を覚まし始めた。こりゃいかん。
「またおまえはこんなに積み上げやがってーーーーーっ!」
ラッセル車よろしく、マジックボンボンを掻き分けている。
「みなさんお世話になりましたっ」
「【花咲く天空】!」
びかっ
残念でした。目隠ししてるから、どんだけ光っても手は止まらないもんね。
「【風縛】っ!」
ペルラさんの絶叫が響いた直後。
ぎゅう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ
うおおおおっ。
絞られてます絞られてます。腕が動かせない。
空間の剣は、勢いをつけて切り付けないと発動しないよう改良した。それが裏目に出た。刃は当たっているのに、頬の皮一枚切れてない。失敗した!
「よくやったっ」
がさがさがさがさっ
げっ。この足音の数は、ヴァンさんだけじゃない。
「いいぜ」
うわ、真横に立ってる。
「刃物持ってて危ないってっ」
「おめえが、一番、危ない、んだっ」
手癖の悪いヴァンさんは、【風縛】が解かれた瞬間にわたしの手から剣をはじき飛ばした。
直後。
「「「「「「「それーーーーっ」」」」」」」
のおおおおおおおおおおおおおっ
潰された。
やけくそも、極まれり。




