鞭は、熱いうちに打て
国王夫妻の後ろで、なぜか、お付きの人達まで行儀よく正座した。
「ねえ。ボクは、ペルラさんところが一大事だって聞かされたんだけど。ローデンも大変なんだって?」
こくこく。
挨拶もそっちのけで事態の確認を取るななしろに、頷く事しか出来ない一同。
「それだから、ボクは、メヴィザさんのトンデモ運搬で連れてこられたんだよね? 騎士団と〜魔術師団と〜合同でやったんだから〜、知らないはずはないよねぇ?」
こくこくこく。
もちろん知っている。命令書にサインした張本人は、国王なのだから。
「アンゼリカさんも手助けしてるみたいだしー。だからさー。たんこぶの返礼は忘れてさー、少しは協力しようかなーって」
「た、んこぶ、ですか?」
「うん。土団子の中で、思いっきり! ぶつけまくった」
にーっこり。
「お丈夫で、なにより、です・・・」
本来なら、丈夫どころではない。あの土魔術結界に捕われた盗賊は、よくて気絶、打ち所が悪ければ捻挫骨折は当たり前、拘束時間が長時間に及べば窒息寸前、といった有様だった。
四日も転がされて、解放されたその日のうちに工房の手伝いをしている方が、おかしい。
とは、誰も言えなかった。
「でもさ、ペルラさんがやつれまくってて、見てられなくて。さっきまで作業の手伝い、してたんだ」
言葉を切り、うつむくななしろ。
「「「「「ありがとうございますっ」」」」」
正座した姿勢で、床に手をつき頭を下げ、感謝しています、と精一杯アピールする一同。
「で」
その一音に込められた気迫、もとい怒気に、さらに身が竦む。
「その修羅場の工房に、一体全体何しに来たの」
「お詫びとご挨拶に」
「誰に?」
「ナーナシロナ様ですっ」
「なんで」
「でですから。お詫びと」
ななしろは、国王の言葉をぶった切った。
「国王陛下様は、たかが平民にかかずっている暇があるんだ?」
仕事をさぼってる場合か! という副音声が、全員の頭の中に、くっきりはっきり聞こえた。
「ただの平民なんかじゃありませんわたし達の難題を解決してくださった恩人です!」
王妃は一気に言い切る。副音声は、無視したらしい。従者達は、王妃の肝の太さに無言で驚いた。
「それって、修羅場の工房に押し掛けてくる理由には、ならない、よねぇ?」
「あのそのわたし達もなかなか時間がとれなくてこうしてお伺いしている次第で」
突撃を指示した張本人であるところの国王は、座っているにもかかわらず、思いっきり腰が引けている。
「お忙しい国王陛下自らお越しいただき恐悦至極、ってお礼申し上げるべき所なんだろうけどねぇ・・・」
微笑みかけるななしろ。だが、誰一人顔を上げていないので、誰も見ていない。
すぅーーーーーーーっ。
「いーっちばん! 協力しなきゃならない人が邪魔しに来るってどういう事なのさーーーーっ」
怒声を浴びせかけられ、器用にも、全員揃って正座した姿勢のまま背面に倒れた。さながら、ドミノ倒し王宮バージョン。
だがしかし。
いち早く、王妃が復帰した。真後ろにいた侍従の膝が、クッションになったためだ。ちなみに、その幸運な犠牲者は、正座による足の痺れと恐れ多くも王妃のヘッドアタックを受けた衝撃で、悶絶している。
「ですけど! またいつお発ちになるか判らないじゃないですかっ。毎回毎回、すぐに、すぐにいなくなってしまわれますしっ」
「そんなん理由にならないでしょーがっ」
「なりますっ。ご不調を隠して無理をお願いしてしまって。どれだけ謝罪しても足りないくらいなんですよ?」
やや遅れて、国王も参加。しかし、床の上で足を抱えたままだ。威厳もへったくれもない。
「国王陛下が平民にそんな言葉遣をするんじゃありませんっ」
「恩人に対する礼儀ですどこもおかしくありませんっ」
貴族達が聞いたら猛反発間違いなしな主張を、最高権力者本人が堂々と口にした。従者達は、懸命にも口を閉ざしている。もっとも、未だに足の痺れが酷くて、まともに話せる状態でもないのだが。
「十分おかしいし変だしおかしいでしょっ。ってそうじゃなくてっ。ペルラさん、卒倒しちゃったじゃないか。肝心要の人が倒れるような事するなんてどういうつもりなのさっ」
「そんなつもりは、」
「つもりはなくても、スーさん達が押し掛けてきて卒倒したんだよ? 言い訳無用っ!」
「言い訳とかそう言う事ではなくてですね?」
「優先順位って物があるでしょうが。国政に携わる人が、そんな勝手ばっかりしてっ。大・迷・惑、なの! したの。しでかしたの。判る?」
「これでも国王ですから、少々のわがままは許容範囲内ですっ」
とうとう開き直ってしまった。だが、足の痺れはまだ取れていないらしい。床に座り込み、必死に撫でさすっている。
「少々の範囲を超えてる!」
「どうしても、どうしても直接お会いしたかったんですっ」
王妃も理由にならない理由を打ち明けた。
「王宮に呼ぶとか、方法はあったでしょ?!」
「「来ないくせにっ!」」
「当たり前! 工房の問題を解決する方が先!」
「「そうではなくてっ」」
国王夫妻と、稀代の職人(自称:見習い)の工房、もとい攻防が続く。
かに見えた。
「ですから、あれ程余計な刺激は与えないように、と注意したではありませんか」
「不本意ですけど、ちんちくりんが来たおかげなのか、お婆様は昨日より食が進みましたの。ですけど、あんなものを呼び込むと知っていれば、叩き出していましたわ!」
えーと。ティエラさん。例え、心の中では激しく同意できるとしても、いくらなんでも、国王陛下に対して「あんなもの」はないと思う。その上、わたしを捕獲したのは、紛れもなくティエラさん本人のはずでは?
ティエラさんは、エッカさんを連れてきた。しかし、寝床から引きずり出してこい、とまでは言ってない。どう見ても、エッカさんは寝間着だ。
「エッカさん。こんばんは〜」
「ナーナシロナさんではないですか。あんな短期間に、二度も発作を起こすなんて。災難でしたね」
食堂の床では、正座の所為で立てなくなったマグロ、じゃなかった、侍従さんや兵士さん達が未だにのたうち回っている。
渋い顔をしつつわたしを労るエッカさんに、足元のマグロの元締めを指差す。
「災難は、継続中。これ、どうしたらいいいかな」
「ナーナシロナ様。災難とはあんまりではありませんか」
半べそをかくスーさん。でも、わたしに泣き落としは効かない。それに、ティエラさんの呼び方よりはましだと思う。
「面倒ごとの大本尊でしょ。災難と言わずして、他に何と呼べと」
「ナーナシロナ様には言われたくはありませんっ」
スーさんと一緒に押し掛けてきた時点で、ステラさんも同罪だって。
「今、いっちばん迷惑を被っているペルラさんを気絶させておいて?」
「そ、それは・・・」
「今までも、どこそこの貴族から追加注文が入ったとか、レンのドレスがどこかのご令嬢に大層褒めそやされたとか。励ましてるつもりで力一杯圧力掛けてたんでしょ」
「「・・・・・・」」
え? 図星?
そんな事はしていません! って、反論してくると思ったのに。二人とも、視線が泳ぎまくっている。
そーか、そーか。ペルラさんが、捕獲したわたしを大急ぎで王宮から連れ出したのも、追加注文の話を聞かされる前に退避したかったのだろう。
王宮組は、とこっとん、役に立たない事しかやってないようだ。
スパン!
ふむ。魔道具鞭の光具合は、まずまずのようだ。放電する時にパチパチと効果音が鳴るのもいい。ちなみに、電撃は強弱の切り替えが出来る。強なら即気絶。弱は、痛覚刺激を倍増。鞭の技を際立たせてくれる。
というわけで、問題ないね。
「・・・ちょっと。そこの素っ頓狂。手にしている物は、なんですの?」
ティエラさんの声が震えている。
「見た通りのものだよ」
「そのご大層な代物を握りしめている理由をお聞きしても?」
エッカさんは、判りきっている答えを聞きたくないけどでも聞いておかないと怖い、といった顔をしている。
「お仕置きするから」
「「誰を!」」
鞭の先で、国王夫妻を示す。
「よーく、思い返してね? レンの被害甚大なマイペースっぷりで、王宮中が振り回されてた時と、今と、どこが、違うのかな?」
わたしの台詞を聞いて真っ青になった極悪夫婦に、あらためて鞭を振り上げる。
「おおおおお待ちなさーーーーいっ! いくらなんでも、曲がりなりにも陛下に鞭は駄目ですわーーーーーーっきゃああああっ!」
ティエラさんが、大慌てで飛びついてきた。が、一歩下がって身を躱し、ついでに足を引っ掛けた。
なんのことはない。レンのあの行状は、親譲りだったわけだ。畜生! わたしの苦労とか苦労とか恐怖とか、全部、あんた達の所為じゃないかっ!
「ナーナシロナさん流石に鞭はまずいですよとにかく落ち着いて」
「却下」
なに、わたしが直々に拳を振るうより、よっぽどマイルド。ほら、問題ない。
「俺が替わりに打たれるからそれだけは」
床を這って、スーさんの前に出てきたウォーゼンさん。
そーかそーか。ウォーゼンさんの忠義は受け取った。
「んじゃ、ご一緒に」
「は? あ、うわぁぁああああっ!」
ウォーゼンさんは、鞭に巻き付かれたとたん、床の上を跳ね回った。
「・・・あれ?」
「何が「あれ?」ですのっ! 早く、早く止めて〜〜〜っ」
床ダイビングでおでこをぶつけたにもかかわらず、ティエラさん復活。結構、丈夫な頭をしているんだねぇ。きっと、メヴィザさんの土団子運搬にも耐えられるだろう。団子仲間が盗賊だけでは悲しすぎる。
「その鞭は普通の物とは違いますね」
脂汗を滴らせたエッカさんが、それでも冷静を装って質問する。
「魔法陣を仕込んであるんだ。判り易く言えば「痺れる鞭」、なんだけど。思ったよりも、刺激が強かった。かな?」
「「「「「早く止めてくださいっ!」」」」」
お供一同が絶叫した。こんな時まで、タイミングを揃えなくても。
一方で、スーさんステラさん夫婦は、完全に顔色をなくしている。
「あの、まさか。「それ」でわたし達に「お仕置き」する、つもりだったのですか?」
愛想笑いでお伺いを立てるステラさんに、微笑み返し。
「安心していいよ。この鞭、まだまだあるから♪」
「「「「「ですから止めてくださーーーーーいっ!」」」」」
一葉さんと四葉さんに、誰も部屋から出さないよう、お願いした。
ということで、逃げ回るスーさんステラさんと、彼らを庇って犠牲になる、もとい鞭の実験台になるお供の方々の悲鳴で、食堂は大騒ぎとなった。
ティエラさんは、果敢にもお仕置きを阻止しようとしては転がされる、の繰り返し。本当に、丈夫な頭だ。感心する。
そして、鞭を引き剥がして手当てするエッカさん。といっても、楽な姿勢で寝かせておく位しか出来ない。ちなみに、エッカさんは、決して鞭の攻撃範囲には近付いてこない。ちっ。年寄りのくせに、ヴァンさん並みにすばしこい。
「もう、その辺でやめましょう。ね?」
「やだ。まだ一回も当ててないもん」
「「「当てないでくださいっ」」」
身動きは取れなくても、なんとか声を出す事は出来るらしい。
「応援を呼んできますわっ」
どう頑張ってもわたしを捕まえられないティエラさんが、業を煮やして部屋の外に出ようとする。
が、扉の前に居座っている一葉さん達は、接近を許さない。
「なんなんですの! この蛇はっ」
蛇じゃなくて、植物型魔獣。だから、光を浴びせかけても目つぶしにはならない。とは教えない。それどころか、元気いっぱい。わたしを真似て、蔦先をビシバシ打ち振るっている。
いや、もともとわたしですら遠慮なくぶっ叩く人達、もとい蔦達だけど。
「これだけ騒いでいれば、いくらなんでも警護の傭兵が駆けつけてきます。ナーナシロナさんは、目立ちたくないのでしょう?」
エッカさんが、搦め手で制止してきた。
「大丈夫♪ 音は外に聞こえてないから」
「この変態! 魔術師でしたのねっ!」
変態とはどういう意味だ。ティエラさんの頭蓋骨の方が、よっぽど変態じみている。何回素っ転んだっけ。にもかかわらず、気絶もめまいも起こしていないとは。
「ボクは魔術を使えない。【遮音】の魔道具を使ったんだよ」
「は? 魔道具、で、結界?」
ティエラさんの動きが止まった。そこまで驚く事かな。
「ナーナシロナさん。いつの間に」
「総元締が突入してきてすぐ」
エッカさんと話をしつつも、なおもスーさんを追い回す。
「ごめんなさいごめんなさい! もうしませんからっ」
壁際に追いつめられ、ようやく謝罪したスーさん。でも、遅いっての!
「反省するふりならサルでも出来る!」
「そんなに怒ってばかりでは、また発作が起きるかもしれませんよ?」
またまた遠回しに宥めようとするエッカさん。
「今度は正気を保って、誠心誠意、全身全霊を込めて、一切合切、完膚なきまで叩き潰してあげる♪」
「お婆様の苦労を無にするつもりですの?!」
王宮をぶっ壊す。と、言ったつもりだったのに。
「そうか、工房が壊れたら、機織りどころじゃなくなるよね。ペルラさんの頭痛の種がなくなる。よし。そうしちゃおう」
「「「「「止めてくださいっ」」」」」
何度目の制止だろう。他に台詞はないのかね。
「ペルラさんの事業は、元はと言えばナーナシロナ様が発起人ではありませんかっ」
ステラさんが悲鳴を上げる。
「だから。責任を持って、終わらせる」
なまじ他人に頼ろうとしたのが間違いだった。どれだけ面倒でも、わたし一人で痺れ蛾を狩りまくってれば良かったんだ。
がちゃ。
「なんで、俺が傭兵みたいな事をしなくちゃならねえんだよ。いくら人手不足だからってよぅ・・・」
通行止めにしていた扉が押し開けられた。そこって、内開きだったっけ。一葉さんが慌てて閉めようとしたけど、遅かった。アンゼリカさんの日々のメンテナンスのおかげか、とっても滑りがいいらしい。巻き付いて踏ん張ろうにも、椅子と一緒に滑った。
食堂の様子を見て絶句するヴァンさんが、棒立ちになる。
がちゃり。
「まだ、寝ていた方がいいぞ」
「そう言う訳には参りませんわ。ナーナシロナ様のことですから、きっと、陛下方にも容赦ありませんもの。それに、工房の責任者として、きちんと陛下をお迎えしなければ」
「そうねぇ。ななちゃんは、すぐに無茶をする・・・」
また、増えた。
一旦、退場していたペルラさんとアンゼリカさん、ライバさんも、もう一つの扉を開けた。開けてしまった。
そこも内開きだったか。
扉に押されて、四葉さんが床の上を滑っていく。
『楽園』にしとけばよかった。
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【遮音】結界
大抵の結界は術者を中心にした球状となる。術具を使っても同じ。
ななしろの作った【遮音】魔道具は、部屋の形状に添った形状で結界が形成される。なので、他の魔術師に感知されにくい。野外では、読心術も阻止する。
ちなみに、最初は、普通に球状結界面の【遮音】用魔法陣を作ろうとした。が、そちらは悉く爆散している。




