怒(いか)りんぐ
「フライパン? ライバ様がお作りなっているではありませんか」
「そうだよねぇ」
ティエラさんの疑問に、わたしも同意する。
「あれはっ! もともとっ! 俺が小僧に作成方法を伝授してもらったもんなんだよっ」
ロナ坊、改め、もとい小僧に元通り。いや、坊主からランクダウンした。酷い。
「え? こんなちっちゃくて? 伝授?」
「ナーナシロナ様は、確か、二十五におなりになるのでは?」
「え、えーーーーーーーーっ!」
ティエラさん。驚き過ぎ。
「長命種? 長命種なのっ?! すごいわ。初めて見たかも、こんな小さい人」
「小さい」を連呼するなっ。
好きでちびこいてる訳ではない。もう少し、ぼんきゅっぼん、まではいかなくていいから、贅沢は言わないから。こう、背丈が、身長が欲しいっ。
ああもう、ティエラさんは無視する。話が進まない。
「他に、何か置いてったっけ?」
「おい。ふざけてんのか? 今、目の前にある桶は何だってんだよっ」
「ぬるま湯が出るやつ?」
「桶自体も魔道具だろうが」
ライバさんが、ライバさんの目がマジだ。
「蛹を加工する容器もですが、一番注目されましたのが、一階の厨房ですの」
「たいしたものは入れてないはずだけど・・・」
「どこがですの?!」
「ふざけんなって言ったはずだよな? んん? 聞いてなかったのか?」
あ、いや。だって。
「温度を一定に保つ部屋とか、薪を使わずに料理できる竃とか、街のあちこちにあるじゃん」
「・・・効果だけを見ればそうですわね。ですが、そう言う魔道具を使っているのは、多くの従業員を抱える商家ですとか、繁盛しまくっている食堂ですとか、予約で一杯の宿屋ですとか。そうでなければ、ギルドハウス、商工会館、治療院などの公共施設、あるいは、見栄っ張りな貧乏貴族、本当に裕福な貴族、そして王宮ぐらいですのよ」
「い、一気にグレードが上がったね」
「ぽっと出の一工房に、こんな豪華な設備をどうやってあつらえたのか、根掘り葉掘り朝から晩まで尋問されましたわ」
顔は笑っている。思い出し笑い? にしては、なんか怖い。だって、目がマジ。
「豪華って」
「調理場の魔道具を見たコンスカンタの職人の方は、「負けたっ」と捨て台詞を残して泣きながら部屋を飛び出して行きましたわ」
「・・・」
どこか、変、だったのだろうか。魔石の魔道具なのに。
「揚げ句の果てには、ヴァンやエッカまで呼び出されたんだぜ」
「なんで?」
魔道具の善し悪しは、彼らには判断できないだろうに。
「尋常じゃない手段で入手したのだろうと疑われて、そんなやつは工房に入らせてないと反論したらよ、警備の連中以外の証人はいないのかってことでな。小僧の仕業だと、散々訴えて、それでも口裏合わせているんだろうとかねちねち言われ続けて。騎士団の団長らがおめえならやりかねねえって言ってくれて、漸く疑いは晴れた。
んだがな」
ドスの利いた一本調子で、淡々と語るライバさんも、怖い。
「厨房の魔道具の話は聞いてねえって、商工会の連中は騒ぎ立てるわ。それを聞いたコンスカンタの職人が、ローデンでの魔道具職人の扱いがなってないって非難しまくるわ、陛下までがずるいと泣き出されるわで、大騒動になったんだよ」
スーさん、ずるいって何が。現場を混乱させてどうする気だ。
「それで、各方面との折衝と泣き落としと妥協の結果、ナーナシロナ様が持ち込まれました品々の適正価格を算定し、それに見合った金額を必ずお支払いすること、ということで、やっと、やっと収まりがつきましたの」
泣き落とし。冠かぶった人の泣き顔が思い浮かんだ。いやいやいや。それはないでしょ。
「大騒ぎした揚げ句に、自分達の懐にはたいした利益が無いと知って、商工会が妨害工作を始めた時は、ほんっとうに腹がたったがよ!」
「厨房の魔道具は、機織りには関係ないじゃん」
「ふ、ふふふ。工房で働く職人が使う設備ですのよ? 無関係では通りませんでしたのですわ」
「紡績済みの糸巻きの山とか、ロックアント素材の部材とか! てってー的に数え上げられたしなっ」
「ナーナシロナ様の「お願い」ではありますが、もう、わたくし一人の手には余るのでございますのことよ」
わあぁぁ。ペルラさんが壊れた。
「あ、あの。お婆様? この無愛想、ごほん、こちらの方が、本当の本当に、これとかこれとか、女将様の居座っていらっしゃる厨房の魔道具とか、本当に、作ったと言われますの?」
ティエラさんが、信じたくない! といった顔でペルラさんにお伺いを立てている。
「あなたに教えて、でも作れなかったマジックボンボンも、ナーナシロナ様発案の魔道具ですのよ? そうそう、失敗して使えなくなった分の素材代はティエラの支払いですわよの。よろしくですわ」
「お婆様っ」
絶望的なうめき声を上げるティエラさん。たった今、返済金が増額した、らしい。
「あのさ、魔道具作る時に失敗は付き物〜なんだし?」
「素材を使ったことには、代わりありませんものですわよ?」
「そこまで厳しくしなくても」
「身内だからこそ、なあなあでは済ませられないのでございますですの。毎月の帳簿に漏れがあれば、それこそワタクシの支払うべき金額が増えてしまうのでございまするのですわ」
不正帳簿のペナルティ? だからって。
「ティー坊には、ちゃんと働いた分の賃金は払ってるぞ。そっから天引きしてるだけだ」
ライバさんまでグルなのか〜。
「この一年、銅貨一枚頂いたことは無いですわっ」
全額、まるっと? ブラックどころじゃない。
「実質、ただ働きじゃん!」
「ふ。ふふふふ。三食おやつ付きでいいご身分ですわよね」
エッカさんって、いっちゃった系患者の治療も出来るかな。
ティエラさんは、涙目で絶対に違うと訴えているのに。
「だが、調理場の方は女将が手を回してくれてな。あそこは、「森の子馬亭」の出張厨房って扱いになってる。だもんで、あの部屋の設備は、うちの工房では支払わなくてもいいことになったんだ。その上、毎日毎日、うまい料理を出してくれるし、食わねえやつには鉄拳くれるし」
「あ〜、三食きちんと食べなさい、って?」
「そういうこった。ああ、ありがたや、ありがたや〜〜〜」
厨房に向かって手を合わせて拝んでいる。
そう言う習慣もあるんだぁ。
じゃなくて!
「ライバさん、違いましてよ。アンゼリカ様は、厨房の魔道具一式を買い取ってくださいましたのよ。その上、厨房の借用費まで払ってくださっておりますですわ。その分、わたくしどもの食費と相殺しておりますので、ええと、あら?」
金勘定まで怪しくなっている。
「ペルラさん。今日はもう寝よう。ね? 糸はなんとかするから」
そう言ったとたんに、きつくきつく睨まれた。
「ナーナシロナ様。けっして、絶対に、お手持ちの糸はお出しになりませんよう。重ねて、くれぐれも、なにがなんでもお願い申し上げまする」
なにそれ。ものすごい念の入れよう。
「う。わかった」
「本当だな? やるなよ? やるんじゃないぞ?!」
「ライバさんまで」
「よく事情はわかりませんけど、このチビ、ではなくて、こちらの方の素材提供を受けてしまえば、工房の支払うべき金額が増える、ということですの?」
ライバさんとペルラさんが、またまた大きく頷いた。
「やらないでくださいましね? やったらお仕置きですわ!」
ティエラさんも敵に回った。ちぇっ。
とにもかくにも、夕ご飯までは部屋で休むように言って、ペルラさんを自室に押し込めた。
いっそ、「最終手段!」を持ち出そうとも思ったけど、そのままショックでぽっくり逝かれるのも怖かった。なんたって、あれの味は刺激的すぎる。
わたし達は、作業室に戻って糸取りを続けることにした。
「それにしてもさ。どれくらい注文が来ているの?」
ペルラさんが半狂乱になってるくらいだ。一回の採取で賄えるのだろうか。やっぱり、手持ちのを提供した方が。
「やるなっつってんだろうがっ」
ライバさんが、手にしていた糸巻きでわたしの頭をぶん殴った。
「まだ何にもして無いじゃんっ」
「出すんじゃねぇっ。大人しく糸紡ぎに集中しててくれっ」
半泣きで取りすがるライバさん。
「でもさ、これじゃあ、いつ注文を捌き終わるか判らないんだもん。ボクがずーっと手伝えないこと、ライバさんも知ってるでしょ?」
「そりゃ、判ってるがよぅ」
・・・忘れてたな。
「手伝えないとはどういうことですの?! 敵前逃亡は死刑ですわよっ」
独裁者の軍隊じゃあるまいし。
「英雄症候群。前に来たとき、うっかり再発させて、砦一つ全壊させた」
「ご冗談はおよしなさいませ」
ほほほ、と笑って誤摩化そうとするティエラさん。
「副団長さんとか、メヴィザさんとか、まんま現場で目撃してた。聞いてみれば?」
「・・・」
ティエラさんの顔が引きつっている。無理も無い。やらかした本人が、一番びびった。
「ヴァンの、うわさ話が誇張されたもんだとばかり・・・」
ライバさんの手も止まった。
「えーと、ハンターのユードリさん、だったかな? その人も、がっつりばっちり見てた」
「・・・・・・」
あの道行きに加わっていた騎士団員も多数取り揃っている。ダグにも、誇張されまくった話が伝わっていることだろう。しくしく。
「それに、ボクがローデンに長居すると、あのサイクロプス、怯えて街壁に穴掘ったりしないかな?」
「あのって、あの?」
おやまぁ。ライバさんも知っていたとは。
「泥術師にひっついてる、あの?」
「そう。あの、サイクロプス」
「「・・・・・・・・・」」
まだ警戒対象になっているようだし。いくら「ロナちゃん、怖いっ!」という理由だったとしても。街の中で無差別破壊活動なんかやらかした日には、その場で討伐されてしまうだろう。
臆病者コンビではあるが、リア充死んでこい! と心底思いもしたけど。そんな情けない理由で本当に死なせたりしたら、後味が悪い。
それはさておき。
わたしは、債権者になったつもりは無い。それでも、片方が、「返済、返済」と必死になっているのだ。少しでも、減らせるよう協力したっていいじゃない。
「あ、ああ。すまん。受注状況とか、返済計画とか、ペルラが教えてくれなくてな」
話が戻った。よしよし、でもないか。
「聞いても判らない、って、ライバさんが一蹴したんじゃないんだ?」
「・・・」
図星だったようだ。
「一番、頼りにしているはずのライバさんが、そんなんじゃ、ペルラさんが一人で躍起になるのも無理ないよねぇ」
「う」
「経理の手伝いしてくれる人はいないの?」
「だから! 商工会の連中がここぞとばかりにひでえ嫌がらせをしてくれやがってっ」
責任転嫁は見苦しい。
「お婆様が、元王宮女官長だった伝手でごり押ししているとかなんとか。酷い中傷ですわっ」
で。公募で集めたくても、そっぽを向かれていた、と。
「それこそ、伝手でも何でも使って、優秀な人を雇えばよかったのに」
「ペルラが、ムキになっちまってなー」
「体壊したりしたら、元も子もないでしょ?」
ライバさんもティエラさんも、深々とため息をついた。
これだから、無駄にプライドの高い人って。
「小僧は、その手の優秀なやつに心当たりはねえか?」
「居る訳ないじゃん。師匠は偏屈、ボクは英雄症候群。趣味は素材集め。人伝なんか作れる環境じゃないっての」
「あら。見た目以上に、相当、変わった人でしたのね」
「ボクも、光魔術をぽんぽん使う魔術師なんか初めて見た」
「おーっほっほっほっ! もっと褒めた讃えてくださってよろしいんですのよ? ジングバー家の次代を担うのは、わたくしを置いて他に居りませんもの!」
いや。褒めてないから。メヴィザさんの同類だなーと、呆れてただけだから。
「えーと。ペルラさんは、火系統と風が使えるんだよね」
「水も使えるって聞いた気がするぜ」
「ティーさんは、光だけ?」
「ひ、光魔術の使い手は稀少なんですのよ。十分ではありませんこと?」
そう言いつつ、片頬が引きつっている。
「それもそうだね〜」
「判ればよろしいんですの」
桶に向き直って、糸取りに集中している、振りをし始めた。
きっと、小さい頃から、あのペルラさんの孫、とか比較されて、ひねくれちゃったんだね。
「ちょっと。なにか不躾なことを考えませんでした?」
「なんにも〜?」
自分に対する評価に敏感すぎるくらいだし、間違いなさそう。苦労したんだろう。でも、その性格で相殺されていると言うか、台無しになっていると言うか。
「・・・怪しいですわ」
「手が止まってるよ〜」
「きーーーーっ。後で覚えてらっしゃいませっ」
いやいやいや。忘れる。綺麗さっぱり洗い流す。
夕食時に仕事の話は禁止! と言い聞かせて、この二年の間の面白そうな出来事を教えてもらった。
消化の良さそうな料理ばかりで、ペルラさんも落ち着いて食ぺられる。流石、アンゼリカさん。
聞くばかりでは申し訳ない気がして、新しい魔道具を作った話をした。とたんに、わたしを除く全員が頭を抱えた。
ティエラさん云く、「魔道具の開発は、魔術師の術具とはレベルが違う〜〜〜っ」だそうだ。簡単なの? と聞けば、祖母孫コンビに「逆ですわ!」と怒鳴り返された。
アルファ砦の大規模結界の時に教えてもらった、かもしれないけど、あれはほら、賢者様が聞いた話。だから、ロナちゃんは、知らない。知ってるはずがない。忘れていた、とも言わない。
結局、おもしろ剣シリーズの紹介は出来なかった。電撃鞭を取り出しただけで、全員が背中を向けて耳を塞ぐ有様。何故だ。
そりゃあ、人に向ければ怖いけどさ。武器なんて、使う人次第なんだし。
武器でなければいいよね、と、ロックビーの蜂蜜を差し入れようとしたら、これも却下された。お茶に入れるくらいいいじゃん!
途中、四葉さんが、勝手に鼻歌「楽石」を取り出して踊り出したのには、参った。止めてっていってたのにぃ〜っ。しかも、わたしの頭に登って、ぴこぴこ、ぴこぴこ・・・。
どうやら、楽しそうな雰囲気に混ざりたかったらしい。楽しい? あああ、一葉さんまで真似し始めちゃった。でも、コミカルな動きに、最後には、全員笑い転げてたし。今回は、今回だけは許す。
夕飯の後、ペルラさんは、昼間よりは少し、少しだけましになったように見えた。
が、闖入者のおかげで台無しになった。された。
「漸くお会いできましたっ」
案内するはずの警備の傭兵やお付きの人達を後方に置き去りにし、足音荒く駆け込んできたのは。
「へ、陛下?!」
ペルさんは棒立ちになり、
「え? え? ええっ?!」
状況が判らず、おたつくティエラさん。
ライバさんは、あ、こっちも固まってる。
「あらあらあら。困った方ねぇ?」
困った時のアンゼリカさん。ここは、ひとつガツンと!
「前回いらした時も、ろくにお礼を伝えられなかったのですよ? あの時は、重要な情報までお持ちくださったというのにっ」
「まあ。それは駄目ね」
「そうですよねっ」
あ、あれ?
一応は、お忍びのつもりらしい。地味目の服装をしている。だからよし、じゃない。直接乗り込んでくるとは、何企んでいるの。
追い返そうとして、しかし、その前に、増えた。
「あなたっ。わたしを置いていくなんて、ずるいです」
「エルバステラ様?!」
闖入者、其の二が、どーんと突入してきた。ペルラさんは硬直したまま。
ぷっつん
「お婆様っ!」
・・・とうとう、果ててしまいましたとさ。
じゃなくて!
「ティーさん。エッカさん、じゃなくてもいいや、治療師さん、呼んで来た方がいいよね」
「え? ええ? あっ! 行ってきますわ」
あ、先手取られた。わたしが行く、って言っとけば良かった〜。しまった。逃げそびれた。
「そうね。ここでは落ち着かないものね。お部屋に連れて行きましょう。ライバさん、手伝ってくださる?」
「お、おう」
王様の前でどうしたらいいのか判らずにいたライバさんが、アンゼリカさんの指示で動き始める。というか、逃げ出した。アンゼリカさんも、行かないでぇ〜〜〜〜っ。
そこに、第三陣が到着。
「遅かったかっ」
副団長なのに、使いっ走りみたい。食堂から運び出されるペルラさんを見て、うめき声を上げている。
警備の人も、お付きの人達も、いきなり人が倒れてどうしていいか判らない様子でオロオロしている。
「二人とも、そこ、座って?」
「「え?」」
「おすわり」
わたしは、にっこり笑って、国王夫妻の目の前の床を指差した。
お客様、ご案内〜。




