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バナナは、おやつに含みません

 勝った。


 違うか。


 年期が違うのだよ、年期が。


 ティエラさんが糸巻き一つを作る間に、わたしの手元では三本仕上がっている。これでも、時間が掛かっている方だ。普段は、魔術魔道具を惜しみなく、もとい遠慮なく使いまくっているからね。


「・・・相変わらずよう。おめえってやつはよう」


 糸巻きの仕上がり具合にも、差が見えている。色々な物を抱えて工房中を行ったり来たりしながらも、作業の進捗具合を確認しているライバさんは、ただただ、ため息をついていたた。


 ライバさんは、糸取りの補助だけでなく、その後の蛹の加工を一手に引き受けている。まさに八面六臂の大活躍だ。腰、大丈夫かな。


「傭兵さん達には頼まないの?」


「不届き者が増えているらしくてな。人を増やしてくれと泣きつかれているくらいだぜ?」


「不届き者って、泥棒?」


「そうではありませんわ! 工房の秘密を探ろうとしているんですのっ」


 情報を盗む目的なら、泥棒でいいと思う。


「原料とか道具の詳細とか、全部公開すればいいじゃん」


 チャレンジャーが増えれば、ペルラさん達の負担は減る。はず。


「今現在進行中でそんな暇がどこにあるというんですのーーーーっ」


 うんわぁ〜。目が血走っている。美少女なのに、台無し。


「叫んでばかりいて、疲れない?」


「こうでもしなければ、やっていられませんわっ」


 やさぐれた中年オヤジの台詞だ。はちまき巻いて、スルメを咥えて、カップ酒を煽っているティエラさん。・・・似合うじゃん。


「なにか、不埒な事を考えませんでした?」


 ちょっとお茶目な想像してみただけだってば。


「なんで、他に人を雇わないのさ」


「腕と資質と誠実さと。三拍子揃った優良物件なんざ、そうそうみつかるかっての!」


 膨れっ面のライバさんが、さも当たり前のように言う。


「腕と資質は判るけど、誠実さって、なに?」


「今や、この糸で織られた布地は、ローデンの新名物として認識されつつあるんですのよ?! 迂闊な人に情報が漏れたら、どうするんですのっ」


「いいじゃん。他の都市でも織ってもらえば。この工房だけが、こんなに苦労する事はないでしょ?」


「他所の都市より、まずは自分とこの街の職人に広めるべきだって言ってるんだよ! この唐変木!」


 どこが唐変木だと言うんだ。


「だってさ。この繭、[魔天]で採れるんだから、他の都市でも買取してもらえるでしょ。運んでくる間に蛹が痛む心配をするよりは、近い所で糸にしてもらった方がコストも下がるし」


「採取方法もまだ手探りの段階なんだぞ?」


「だから、その辺も協力してもらえるじゃん」


 三人よれば、文殊の知恵。もっと手軽で効率のいい方法があるかもしれないし。


「成功する前に大事故が起きたら、その時点で、繭だけでなくローデンがそっぽ向かれてしまいますわ」


 実例として、ロックアントの話を持ち出された。


 その昔は、サクサク採取されていたのが、ある日、採取の最中にかなりの人数が死傷した。無謀の結果なのか蛮勇の証拠なのかは知られていない。しかし、その話が広まるに連れて、ロックアントを採取するハンターが激減した。

 以来、百数十年、ロックアントを狩る技術はすっかり廃れてしまった。だそうだ。


 みんな揃って、よわむしけむしーっ。


 今、わたしが苦労しているのもそれが原因かっ。


 どうりで、流通量は少ないくせに、多種多様な素材として利用されている訳だ。昔は、豊富にあったんだから。


「これ、この繭は、採取に、それほど手間はかからないはずだけど」


「あの「陣布」ってやつがあれば、の話だろ?」


「それもそうか。でも」


 去年も今年も、結構な人数が使っていたような。


「で! そいつを作るのに、特殊な加工が必要と来た。短い採取期間で、どれくらいに人数を派遣すればいいか、「陣布」とやらは何枚持って行けば足りるのか。試したくても、モノが無いんだよ、モノが!」


 わたしが次の言葉を紡ぐより早く、ライバさんが一気に捲し立てた。


「二年以上前に、ペルラさんには教えたじゃん」


 うがーーーっ!


 ライバさんが頭をかきむしる。


「あいつ一人で作れる量なんてたかが知れてるだろうがっ。そもそも、機織り自体、織り手が辞めちまって頭抱えてたんだぞ。とうとう、身内なら出来るだろうって、強引にティー坊が巻き込まれる羽目になってるんだってーのっ」


 つまり。


「ペルラさんが一人で何役もこなさなくちゃならなくて、働きすぎてる、と」


「他にも、いろいろ、いろいろあるがな。まあ、そういうことだ」


「だったら、分業すればいいじゃん」


 騎士団の団長さん副団長さんみたいに。


「できるやつがいねぇって、言ったばっかりだってのに、もう忘れたのかっ」


「だからさぁ。こうなる前に、なんとかしようとは思わなかったの?」


「・・・そうしようと思った時は、もう手遅れだったさ。相次ぐ注文に問い合わせにうわさがうわさを呼んでくれやがってなっ。ちくしょう!」


 怒濤の展開に、手が打てなかった、と。


「前評判だけでこんだけ注目されてるんだから、将来安泰だね♪」


「気楽に言わないでくださいます?! 今を乗り越えられなければ、将来もへったくれも無いんですのよっ!」


 ティエラさんにしてみれば、もしかしたらゆくゆくは自分のものになるかもしれない工房だから、評判倒れになるのは困る、非常に困る、ってことかな。


「見かねて、商工会から人を寄越そうかって話もあった」


「受ければ良かったのに」


「見返りに、売り上げの三分の二を持ってかれても、そう言えるか?」


 ライバさんの低い声には、濃縮二百パーセントの恨み辛みが込められていた。


「うわぁ・・・」


 どうやら、商工会のトップは以前と同じメンツか、同類さんばかりらしい。


「拒否してやれば、俺達の邪魔ばかりしやがる。とうとう王宮に目をつけられて、全員しょっぴかれたけどな。ざまあみやがれだ!

 だが、けりがついたのも最近なんで、商工会は、うちの手助けをしている状況に無いんだとよ」


 トップが入れ替わって方針もころっと替わって。そりゃ、落ち着くまでは、他人事に手を差し伸べてる場合じゃないわな。


「一段落ついたかしら? おやつの時間よ」


 ひっ!


「おう。女将。いつもすまん」


「困った時は、お互い様よ」


 気配察知はともかく、聴力だけでも控えめにすれば、刺激多過でオーバーヒートしないで済む。その為の術具を身に付けてはいた。


 しかし、しかしだ。


 ここまで気配を消して近付くなんて。アンゼリカさん。わたしを驚かして面白がってるでしょ!





 ティエラさんとわたしの糸取りが、いいタイミングでほぼ同時に区切りがついた。


 機織り部屋とは別に休憩室を設けたらしく、そちらに案内される。


 まんま、「森の子馬亭」の食堂。内装に、アンゼリカさんのセンスが光る。


 じゃなくて。


「あ、あのさ?」


「あら、口に合わなかったかしら?」


「・・・いえ。美味しい、です」


 おやつ、じゃなかったの?


 わたしの目の前には、ほかほかと湯気を上げる料理が所狭しと並べられている。炙り肉、シチュー、大小のパン。果物だって、よりどりみどり。


 おやつ、の範疇ではない。誰が見ても、そう言うはず。


「これまた、気合いが入ってる、な」


 ほら、ライバさんも呆れてるぞ。


「だって。ななちゃんたら、ちっともうちの料理を食べてくれないんですもの」


「それ、理由になってない」


 ようやく一皿食べ終わったと思ったら、次の料理が出てきた。まだあるの?!


「女将様。このまま御夕食、になるのでしょうか?」


 うら若き女性としては、食べ過ぎによる体重増加は非常に気になるところだろう。


「違うわよ? これは、ななちゃんの、お・や・つ♪」


 とか言いながら、ティエラさん達の前にも、わたしと同じメニューが揃っている。ボリュームには、かなりの差があるけど。わたしだけ特盛りとは、嫌がらせに違いない。


「食べきれないって!」


「安心して? 王妃様から譲っていただいた容器があるのよ♪」


 すちゃっと赤い保存容器を取り出すアンゼリカさん。そうか、無駄にはならないのか。


 じゃなくて。


「最初から、食べ切れる分だけ持ってくればいいじゃん!」


「だって、だって。ななちゃんに、うちのお料理を全部見てもらいたかったんですもの」


「それも理由になってないっ」


 もじもじしと恥じらうアンゼリカさん。その理由も理解できない。


 遅れて休憩室にやって来たペルラさんは、豪華な料理の一群に目を回し、ついでに口元を押さえて引き返して行った。疲労のあまり、濃厚な料理のにおいで気分が悪くなったようだ。


「ほら。ペルラさんは食べられないって」


 手にしていた容器を取り上げて、てきぱきと移し替える。


「仕方ないわねぇ。ななちゃん? 後で、全部食べてね♪」


「無理!」


 まさか、わたしの変身現場を目の当たりにしたショックで、本当におかしくなっちゃったとか。


 テーブルの上の料理が綺麗さっぱり片付けられ、普通のお茶とクッキーだけになった。おや、よく見れば、クッキーの片面が白い。


「これは?」


「ハッピークッキー、森の子馬亭ラベルよ♪」


 クッキーのレシピは解禁されたらしい。では、お味は? 一口齧る。


 あ! これって。


「贅沢だねぇ」


「ななちゃんの為だもの♪」


「もう、それはいいから!」


 砂糖と卵白で作ったアイシングでコーティングしてある。純白の砂糖は、貴重品、というか貴族御用達の贅沢品だったはずだ。

 こういう知識もあるんだ。そういえば、街の奥で見つけた喫茶店でも、チョコレートケーキがあったっけ。腹の立つ世界ではあるが、楽しいこともある。こういう発見は、うれしいな。


 ん?


「どうしたの?」


 全員の手が止まっていた。アンゼリカさんですら、ポットをてにしたまま、固まっている。


「ふ、不意打ちとは、卑怯千万ですわっ」


 なぜか、顔を真っ赤にしているティエラさんは、齧りかけのクッキーを握りしめてしまった。あわわ。もったいない。


「不意打ち、って、なにが」


「いつも、そんな風に笑ってろよ。そうすりゃ、小僧だなんて呼ばねえのによ」


 ライバさんが、ため息混じりに意味不明な言葉をつぶやく。


 ことり。


 ポットをテーブルに置くと、おもむろにアンゼリカさんが泣き出した。


「あ、え?! なんで! 美味しかったよ?」


 ますます泣きじゃくるアンゼリカさん。なんでーーっ?!


「初めて、初めて、うちの料理を食べて、笑ってくれたわっ。うれしい〜〜〜〜っ」


「そ、そうなのか?」


 おたつくライバさん。


「そうだっけ?」


 わたしには、さっぱり訳が判らない。


「そうなのよっ。いつも、硬ーい顔して、口の端をちょこっと持ち上げるだけで、そうでなければ、思いっきり意地悪な顔をしてるしっ。満面の笑顔なんて、今まで一度しか見たこと無いのよーーーーっ」


 とうとう、しゃがみ込んでしまった。


「そ、そうだっけ?」


「そうなのか?」


「そうなのよっ!」


 ・・・これは、しばらく、泣き止みそうにないな。


 ライバさんとティエラさんに目配せして、そーっと休憩室を離れた。


 休憩になったんだか、ならなかったんだか。


「あ、あ〜。続きを、始めるか」


「そう、いたしましょう」


「うん」


 しかし。


「どうした? ロナ坊」


「小僧でも構わないのに」


「あんな顔見て、今更呼べるか。じゃなくてだな。何、難しい顔してんだよ」


「ペルラさんには、明日の朝までに織り機二機分の糸を用意してって、言われたけど、一機分でも無理かも」


 繭から採った糸は、そのままでは織り機に使えない。別の糸巻きに巻き付けて、あるいはいくつものシャトルに取り分けなけばならない。糸巻きの数は、織り幅にも依るが、たしか、千とか三千とかだったような。

 ロックアントの部品を、即興で、とんてんかんてん作るようにはいかない。


「だけどな。これだけは言っておくぞ」


「うん?」


「徹夜はするな! 絶対するなっ。素材の持ち込みも禁止だっ」


「え〜?」


 間に合わないじゃん。


「えー、じゃねぇっ! こないだは、それの所為で再発したんだろうがっ。おかげで、おかげでなぁ。あっちこっちから、えらい文句を言われ続けたんだよっ」


 鬼の形相で迫るライバさん。発作の原因は、別なんだけど、とは教えない。だいたい、あれは克服したんだもん。もう、やらない。はず。


「徹夜はともかく。素材出しちゃ駄目って、どうして?」


「支払う金額が増えるだろうがっ」


「誰に?」


「おめえだよっ」


 街道都市では、金貸しは重罪だ。借金による身売りを防ぐ為だとかなんだとか。ヘリオゾエア大陸入植以前からの慣習だそうだ。


 血縁同士での融通や、裕福な身代の人による寄付、そして王宮から下される報酬、そして正当な商売。現金であれ、身分証での出入金であれ、認められている取引はこれだけだと聞いた覚えがある。

 もっとも、宿屋のチップや小規模な物々交換は、目溢しされている。


 大口取引などの即金で支払えない場合は、最初の契約時に各種条件ごとの違約金が取り決められる。違約金に利息はつかない。というか、何日オーバーしたらいくら追加される、といった違約金条項に事細かく決められている。きっと、複雑怪奇な利息計算の出来る人が少ないからだろう。


 違約金の額は、契約者同士の相談で決まる。相場は、一応あるらしいが、契約内容千差万別となれば、妥協点もとい罰金もピンキリ。無論、法外な金額の違約金は認めらない。契約外で追加請求するなどもってのほか。

 それでも、最悪、全財産が没収されるケースもある。らしい。


 ちなみに、都市間の運搬を依頼された隊商は、大抵、天候も見越して余裕を持たせた日程で契約する。期間以内に到着できる分には、違約にはならないからだ。

 傭兵もケチれない。どんな些細な契約違反でも、商売上のマイナス評価が下されてしまい、下手をすれば今後の取引さえ拒否されてしまう。


 とにかく、借金システムが無い世界は、手持ちの現金でやりくりしろという、浪費家には厳しい世界でもあった。


 わたしには、関係ないけど。現金なくても生活できるから。寧ろ、使いどころがない。


 そもそも、


「前に、蛹を加工する魔道具の分を出来上がった布でって言ったけど、もっと後でいいよ?」


 物々交換なんだから、問題ないはずでは?


「おめえが! これでもかって置いてったロックアントとかな、空き部屋に放り込んでった糸とかなっ。全部っ、代金を支払わないわけにはいかねえんだよっ」


「そうなんですのよ。そういうわけにはいかないんですの」


「お婆様っ」


 幽鬼の様な足取りで、ペルラさんがやってきた。


「あ〜、あのさ。織り機用の糸なんだけど」


「わかっておりますわ。先ほどは、御無理申し上げましたわね。誠に失礼いたしましたの」


 語尾がすっかり怪しくなっている。


「お婆様。もう、お休みになってくださいませ」


 おやつを食べ損ねた所為もあるのだろう。本当に、酷い顔色をしている。


「そうはまいりませんわ。わたくしのプライドが許しませんもの。なんとしても期限までには返済いたしますわよ」


 焦点の合わない目で微笑まれると、ものすごく不気味。


「体を壊しちゃったら、 元も子もないってば。って、期限?」


「工房の魔導炉に関する助成金は、問題なく通りましたわ。ですが、ですけど! その後の監査でですね? あまりにも高機能すぎる設備が大問題になりましてっ! 「工房の従業員の好意にも、限度がある。それ相応の金額をきっちり耳を揃えて支払うように」、とのお達しが下されましたわっ」


 こ、怖いっ。無意識なんだろうけど、乱れ髪が、うにょうにょとうねるさまは、まるでメデューサ。めぢから、もとい目力がんりきも半端ない。


「えーと。返済無期限で、そゆことで」


「そいつは通らねぇ。金額も、返済期限も、決められっちまってんだよ」


「誰に?」


 この手の契約立ち会いなら、商工会が関わっているはず。力技を使ってでも、撤回させてやる。返される方が、いつでもいい、そもそも返さなくてもいい、と主張しているのに。勝手に債権者にしないでもらいたい。

 きっと、前任者達がやっかみ半分で、押し付けたんだろう。


「助成金の配分を決定する会議の方々ですわ。陛下も加わっておりますの」


「じゃ。スーさんに直談判してくる」


「するんじゃねぇ! って、スーさんって、誰だ?」


 ライバさんは、細かい事を気にする質らしい。


「陛下を略称でお呼びするなんて、妃殿下の他にはナーナシロナ様くらいのものですわ。ではなくてですねっ!」


 ついうっかり返事をするペルラさん。


「ちょ、ちょっとお待ちなさい! 陛下に拝謁を賜る名誉なんて、あなたみたいな風来坊にある訳ないですわっ!」


 うんうん。ティエラさんの言い分は正しいと思う。


 でも、それはそれ、これはこれ。


「会議の参加者は、ローデン以外にコンスカンタの方々も加わっておりますの。わたくしどもばかりを、えこひいきして頂くわけにはいかないのですわ」


「あ、そうなんだ」


 街道国家の中でも、魔道具作成に抜きん出たコンスカンタの人が加わっていれば、誰が見ても「素晴らしい」と太鼓判を押せる製品かどうか、判断してもらえる。

 「賢者様」の遺産を、公平に使用している証立てにもなる。なるほど。


「でも、だからって、何で期限付きなの」


 立ち上げたばかりの事業で、早々に収益が上げられるとは限らないのに。


「ですからっ」


「小僧が置いてったアレやコレやをな、みーんな! 揃って! 欲しがったんだよっ」


「フライパン、だけじゃなくて?」


 ライバさんとペルラさんが、大きく頷いた。


 でもさ、返済期限と、どう関係するんだろう。

 作者の頭の中も、かおす。

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