けんけん、けまり
再び、地下室に籠った。今のところ、魔力暴走の兆候はない。
とは言え、二度と不覚をとらないためには、念には念を入れないと。
嫌だけど。やりたくないけど!
最大の懸念であるG対策として、アレそっくりな模型を作ってみた。長い触覚もきっちり再現。
大丈夫。材料は竹だもの。土で茶色く塗っただけ。握ったって、怖くなんか、こわく、なんか・・・。
制作途中で何度も握りつぶしてしまったけど。何度も手を洗ったりしたけど。
一葉さん達にも、協力してもらった。リアルに出来上がった模型に糸を付けて、物陰から引っ張ってもらうのだ。訓練用の部屋には、隠れる場所、もといGが出てきそうな隙間をあちらこちらに作ってある。どこから出てくるか判らない。それを迎撃する。
モグラたたきならぬ、G撃ちシュミレーションの開始だ。
そこっ!
投げ串を投擲!
練習用のロックアント串を両手に握り、縦横無尽に投げる、投げる、投げる!
模型は見る間に穴だらけになり、新しい物を作らなければならなかった。これは必須事項で、これも訓練。本物じゃない。だいじょう、ぶ・・・。
幽霊は退治出来ないが、Gには実体がある。むやみに恐れる事はない。近づけさせなければいいんだ。わたしに近付くヤツには天罰を。
今度はそこっ!
毎日、一定時間をシュミレーションに費やした。終了後、一葉さん達が、やたらと世話を焼きたがっているように見えた。はて、何故だろう。
ロックアントシーズン直前まで、頑張った。最後まで暴発も暴走もしなかった。
猛特訓の後遺症で、茶色の小判型の物体を目にしたとたんに串を投げてしまう、という条件反射、もとい落ちが付いたけど。
とにかく。
よくやった、わたし!
今期は、平穏そのもの。早めに巡回を開始し、トリガー個体を採取しまくったのが良かったらしい。
棘蟻もシルバーアントも居なかった。
ロックアントの狩りの合間に、ロックビーの蜂の巣清掃をする余裕まであったりして。清掃用に作っておいたツナギとか掃除道具とかが役に立ったのが、嬉しいような悲しいような。
双葉さぁん! もう、飽きたでしょ? だめ? あ、そうなの・・・。
痺れ蛾の繭の採取も順調に終わった。
なんとなく、繭のありそうな場所に勘が利くようになっていた。しらみつぶしに飛び回らなくて済むのは、助かる。効率的な移動のおかげで、去年よりも沢山採取できた。一方で、羽化した成虫は、かなり減っていた。
よしよし。この調子で、減少してくれるといいな。
ローデンに近い領域では、盛んにハンターが繭の採取に励んでいるのを見物した。
ギルドが積極的に採取を奨励している上、買い取り価格もそこそこ、何より、刃物を振り回さなくても採取できる手軽さが受けているらしい。ローデン以外のギルドから出稼ぎしているハンターも混ざっている。ということも聞いた。結界に隠れて、盗み聞きしたんだけど。
うーん。
痺れ蛾は、[魔天]の[周辺部]全域に分布している。他の国のギルドでは、買取していないのかな?
気にはなる。ローデンのギルドハウスに行けば、詳しい話は教えてもらえるだろう。
でも。
そこには、ヴァンさんが待ち構えている。
わたしの弱みを握ったヴァンさんが、すんなり情報を教えてくれるとは思えない。
更に。黙っているとは言ってくれたけど、わたしの正体が職員その他大勢にバレている可能性は高い。
だって、ヴァンさんだもの。
受付のお姉さん達の圧力に負けて、ベーラベラベラ漏らしまくっているに違いない。
どうしよう。
いいや。放っておこう。わたしがギルドの内情を知ったところで、出来る事はない。今のわたしは、賢者様でもギルド顧問でもないのだから。
痺れ蛾の成虫は、そろそろ寿命だ。ほとんど見かけなくなった。では、生き残りの成虫から鱗粉を採取しながら、まーてんに戻ろう。
途中で、おかしな物を発見した。
立ち木に、封筒が張り付いている。
どういうこと?
[魔天]にポストがあっても、意味はない。魔獣は手紙を読まないし、読めない。
三葉さんぐらい、だとおもう。最近は、隙あらば、わたしの日記を盗み見ようとしている。日本語は駄目! 読ませない。恥ずかしいんだってば。
それはさておき。
投函者、もとい差出人は、ローデンギルドとなっている。宛先は空欄だ。
読んでいいのかな。
周辺も探索してみたら、あちらこちらで見つけた。でも、それなら、一枚くらいは読ませてもらってもいいだろう。
最後に見つけた封筒を、幹から剥がして封を切る。
「次の者を見かけたら、ローデンギルドに連絡を!
身長およそ百二十メルテ、白髪、色違いの瞳の子供。
情報提供だけでも、報酬を差し上げます
ローデンギルド」
・・・
ギルドハウスや街門でチラシを配ればいいのに、何故、[魔天]で封筒?
あ、雨か。封筒は防水加工がしてある。中身を保護する為だろう。
それなら、書き終えてから、蝋を塗ればいいだけじゃないのかな? 封筒に使っていたのは、家畜の革だ。ロー紙や魔導紙に比べれば安い、とは言え、これだってそれなりに費用は掛かるはず。
じゃなくて。
[魔天]でこんなものをばらまいたって、目にする人はほとんどいない。ハンター宛の通知なら、ギルドハウスで十分事足りる。
つまり。
わたしに対する罠、あるいは挑戦。
いやいやいや。よく考えよう。アンゼリカさん達と別れたのは、もっとダグ寄りの領域だった。それに、わたしの活動範囲がどれくらいなのか、ヴァンさん達は知る余地がない。
だから、封筒をばらまいた?
いやいやいや! 誘い出しているとは限らないから。落ち着け。
この二年半、わたしは徹底的に身を隠していた。もとい、ほとんど地下に籠っていた。人前に出たのは、あのラインダンス盗賊一行だけだ。
それの話が聞きたいのかな?
そうかもしれない。いや、きっとそうだ。それなら、封筒の内容は無視していい。今まで、盗賊がらみの事件は、ろくな結果になった事がない。他もそうだけど。
どちらにしろ、無視だ無視。帰ろう、そうしよう。
慌ただしいハンターの警笛が、聞こえてきた。なになに、ターゲット、発見。
ふうん。頑張ってねー。
彼らの邪魔をしないよう、『音鳴』で結界を張る。『音入』を改良した魔道具で、わずかではあるけどホバー効果がある。地面や草を踏まずに移動できるのだ。つまりは、ネズミの回し車みたいな感じで、コロコロと結界を転がす。
ころころ、ころころ。
うん? 結構な勢いで何か近付いてくるようだ。ハンターに追われた魔獣がこっちに来たかな? 巻き込まれるのも嫌だし、ここは高みの見物といこう。
一旦、結界を解除し、よく葉が茂っている木に登った。こんなこと、日本人だった時には、絶対に無理だった。逆上がりさえ出来なかったのだから。まあ、今は便利に使わせてもらってる。っと、ここまで登ればいいかな?
再び結界を張る。
しかし、こんな足音、初めて聞いた。またまた新種の魔獣でも出たのかな。
「このあたりですわ!」
・・・あれー?
足音のする地点から、女の子の声が聞こえる。やがて、わたしの眼下に現れたのは、
騎馬戦の、馬。
中学校の運動会で見かけるもの。三人一組で馬役、その上に一人が乗って、相手の帽子とかたすきを取って競い合う、あの競技の、馬。
そうか、三人が歩調を揃えて走っていた足音が、一頭分に聞こえたんだ。新種ではなかった。ちょっぴり安心。
騎士役は、十六、七の女の子だった。
ローデン王宮魔術師団のマントを羽織って、手にはピッカピカの術杖らしきものを握って、馬役の男達に指示を出して。
何を探しているんだろう。サイクロプスなら、少し離れた所にいる。でも、魔術師がサイクロプスを仕留めるのは難しいし。馬役以外に同伴している二人が凄腕だとして、どうやって素材を持ち帰るのか。
そもそも、なんで、女の子を担いで[魔天]を爆走していたのか。
「目を瞑ってくださいませ!」
へっ?
きゅばばばばばっ
目が、目がぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!
彼女は、無数の光弾を四方八方にばらまいた。実体のない光の玉は、隠れていた木の葉をすり抜け、運悪くわたしの目前で炸裂したのだ。さっきの掛け声は、同行者への警告だった。
「そこですの?!」
ひえっ
いやもう、暫くは見えないから、二度目の光玉は効果ないと思う、思うけど! 瞼越しにもわかる眩しさに、度肝を抜かれた。
この子、凄腕だわ。ペルラさんに匹敵するかも。
あ。
度肝を抜かれた勢いで、もとい光撃に驚いて、乗っていた枝を踏みはずした。
結界は、落下しても壊れない。物理攻撃耐性は完璧。象が乗っても大丈夫。
しかし、中の人までは保護してくれない。
球面だから、採れる体勢も限られる。そして、ホバー効果も、墜落するような勢いまでは緩和してくれない。
どさっ
地面に、お椀状のくぼみが残る。いてて、タイミングがずれて、尻餅付いた。
「そこーーーっ」
うわっ。紛うこと無き集中砲火!
「見つけましたかっ」
聞き覚えのある声だねぇ。って、のんびり構えている場合じゃない。
ダッシュ!
男性の声が聞こえたのとは反対方向に駆け出した。見えなくても、木にぶつかってもいいから、とにかく逃げる!
ふわっ
すとーーーーん!
・・・あ、あれぇ。
ちょっとした無重力体験を経て、漸く視力が回復した時には、空が遠くなっていた。
「ふふふ。わたしの情熱、甘く見ないでください」
どうやら、即席落とし穴に、結界ごと嵌められた。それにしても、情熱? 無駄技術の間違いだ。
結界の周囲は、見る間に土で覆われていく。
「わたくしが、わたくしが発見したんですわよ!」
「ええ。お手柄です。陛下にもしっかりご報告しますね」
「きぃぃぃーーーっ。泥術師が偉そうにっ」
「何よりの褒め言葉です♪」
「なんであなたのような人が陛下の勅命を受けられるんですのーーーーっ」
「わたしは、あなたの先輩なのですが」
「認めませんわっ!」
泥コーティングで聞き取りにくいけど、魔術師二人が言い争っている。
「本当に、この中にいるのか?」
馬役か同伴ハンターが、泥団子がせり上がってくるの見物しているらしい。
メヴィザさん。本当に、無駄な腕ばかり磨いていたようで。
「彼女の結界は見せてもらったことがありますし、クロウさんの怯え様から間違いはないと思います」
威張るなぁっ。・・・クロウさんって、誰?
「では、戻りましょう」
「ですから! なぜ、あなたが指示を出しますのっ」
「ターゲットは確保しましたし」
「きぃーーーーーーーっ」
テンション高いなぁ。
「クロウさん。お願いします」
きゅろ〜
この声、もしかして、しなくても。あの時のサイクロプス? あ、いや、元気だったならいいんだけど。なんか、嫌な予感しかしない。
「大丈夫ですよ。何かあれば、わたしがあなたを守りますから」
きゅろっ
どすっ
衝撃で、イン土団子のわたしは、つんのめった。
「何をぼさっとしているんです? 置いていきますよ?」
「〜〜〜〜〜! お願いいたしますわ」
「「「・・・おう」」」
また、騎馬戦、するんだ。わたしも、そっちがいい。
玉転がしの玉役は、いやだーーーーっ。
なかなかに、なかなかの速度で移動しているらしい。
そして、わたしは完全に目を回していた。繭採りに付いてきた一葉さんと四葉さんもグロッキー。しがみついているわたし諸共に、転がされまくっている。
勝手に結界が回っている。ルームランナーじゃないっての。一定の速度ではなかったりするし。回転に合わせて走る事も、座っている事も出来ない。
その上、外の様子も見えない。
どーん! ごろごろごろごろ・・・どーん!
漂流時代の最後に経験した大嵐でも、ここまで、ここまでは酷くはなかった。おええ。
気持ち悪くなってきた。
閉じ込められていた時間も判らなくなっている。でも、ようやく止まったようだ。頭がふらふらする。二日酔いの薬が効いてくれないかな。
バッド酒の原液を飲んで、ようやくふらつきが治まった。しかし、固形物を食べる勇気はない。口直しも兼ねて、蜂蜜湯で小腹を満たす。
まだ、泥カバーは付いたままだ。
外の様子が分からない以上、結界を外す気にもなれない。しかし、外さなければ、逃げられもしない訳で。
そうだ。このまま、転がしていけるかな?
・・・駄目でした。ブレーキよろしく、ガッチリ地面に固定している。無駄技術〜〜〜〜っ
メヴィザさん達は、泥団子を遠巻きにしているようだ。声がよく聞こえない。甲高い少女のわめき声は聞こえるんだけどな。それによれば、今夜はここで野営することにしたらしいが。
これから、どうなるんだろう。
いや、どうする気なんだろう。
衆人環視の中で、正体バラして公開処刑とか。
地球では、娯楽が少ない時代、人や野獣同士を戦わせ、死闘すら見せ物にしていた。
魔獣を簡単に生け捕りに出来るようになっているなら、そんな施設が作られていてもおかしくはない。
もうちょっと、死に方を選ばせてくれてもいい気はするけど。今更じたばたしたって始まらない。
今のうちに、荷物の整理をしておこう。串投げ練習の合間に、マジックボンボンを沢山作っておいてよかった。
コツコツ。
「そろそろ移動しますね」
え? また運ばれるの?!
「ここから出してよ!」
って、聞こえるはずはない。『音鳴』を解除していない。広げていた荷物を、慌てて「山梔子」や「山茶花」にしまい込む。
にょえ〜〜〜〜〜〜っ
昨日より酷い。
どん! ごろっごろどん! ごろごろっどーん!
打ち所が悪かったようだ。
そこから先の記憶が、ない。
運動会シリーズ、其の二、でした。




