不運な迷子
魔術、ぼーん! 筋力、どっかーん! 森は、ぼろぼろ。屍、累々・・・。
飛び起きて、夢だったと実感できた時は、心底ほっとした。
不調、もとい暴発癖が直らなければ、いつかは目の当たりにしていたかもしれない惨事。
今の処、誰も死んでいない。直前まで、わたしにしがみついていた一葉さん達が無事だったのだ。周囲の動物達だって、当然無傷。野生動物の逃げ足は、半端ない。
しかし、念には念を入れて、体質改善訓練の確認テスト、第二弾を行う事にした。
克服したの。回復したの。もう二度とやらかさないの! と、自信を持って言えるように。
魔道具作りも封印し、やる事は機織りと刺繍だけと決めて、地下室にこもるのだ。
どうよ、このストレスフルな環境。耐久テストにはもってこいでしょ。
と、目論んだのだが。
甘かった。
地下室でも、いや、だからこそ、空調は万全にした。作業室のドーム型天井に取り付けたモニターは、地上の光や景色を映し出す。しかし、適度な調光効果があるので、眩しすぎるという事はない。浴室その他水回り設備も整っている。
前回、暇に飽かしてあれこれ増設していたら、最終にはこうなった。快適すぎる。
傍らでは、三葉さんが編み物に熱中し、一葉さんと双葉さんが、交互に部屋の掃除をして回っている。四葉さんは、・・・また踊っている。
BGMは、魚の女の子が好きになった男の子に会いにいく、微笑ましいやら、はた迷惑やらな映画のテーマ曲。ここに来る前に、山の洞窟でジャガイモ酒の蒸留作業の合間にマンドリンの練習をしていた時の曲だ。いつの間に録音していたんだか。
気が緩む。
鼻歌を口ずさみながら、きーこん、ぱたこん、と織り機を動かす、こののどかさ。四葉さんは、よし、録音してないね。
うーん、平和だ。
まーてんを引き払って、ここに住み着きたくなる。・・・体質的に無理なんだけどね。
夢くらい見ても、いいじゃない。
今度の実験には、一葉さんも三葉さんも付いてきた。どうやら、地下室に興味津々だったらしい。
まーてんの仕込み部屋は放置でいいのか? と、思ったら、すべて完成済みだった。留守中の世話を一葉さんに頼んでいたらしい。労働報酬は、双葉さん一押しの蜂蜜酒。一葉さんが一口飲ませてくれた。あら、本当に美味しいわこれ。
そして、小分けにした酒瓶その他諸々を、さっさと仕舞えと「わたし」に要求する双葉さん。最近、態度がでかすぎる気がする。・・・あ、ごめんなさい。蜂蜜漬け、欲しいです。
空になったロックアントの小屋も、「山茶花」に入れた。湯船の屋根は、ゴミ除け代わりにそのまま置かせてもらう。どうせ、年に数回は行き来するのだ。撤収は、いつでも出来る。というか、あれだけ大きいと、仕舞うのも取り出すのも大変で。
それはともかく。
ここ、いいわぁ。
何者にも警戒しなくていい、安心の隠れ家。壊さなくてよかった。
こんなグータラ生活に慣れきってしまったら、地球に、日本に帰ってからのリハビリが大変。かもしれない。
まあ、いいか。その時になったら、考えよう。そうしよう。
少なくとも、次のロックアントのシーズンが来るまでは、一歩も地上には出ないつもりだった。
設備は整っていても、閉鎖空間であることに代わりはない。ここで暮らす事すなわち耐久テスト、になる。なっている。いるんだってば。
しかし。今、非常にうっとうしい状況になっている。地下入り口をカモフラージュしている小屋の周りを、むさいおじさん達が十重二十重に取り囲んでいるのだ。
騎士団? 全く違う。どうみても盗賊。好意的に見ても盗賊。最悪でも盗賊。
「お頭ぁ! やっぱり近づけませんぜ!」
「そんな訳あるかよぅ。その辺の丸太を持って来いぃ。でかいやつを一発ぶつければぁ、結界なんかぁすぐに壊れるぅ」
妙に甘ったるい声を出しているのが、頭目らしい。スキンヘッドの強面巨漢には似合わない、気がする。
【防御】の魔法陣を使える魔術師は、少なくない。しかし、魔術防御に優れているとか、物理攻撃なら耐え抜くとか、人によって向き不向きも強度もまちまちだ。その上、術者の魔力が切れたら解除されてしまう。
と、以前、メヴィザさんに教えてもらったことがある。
つまり、人海戦術で攻撃し続ければ、いつかは結界がなくなるのだ。
しかし、ここは例外。
『重防陣』の強度は、なかなかのものだし。術具に蓄えられた魔力残量は、まだまだあるし。わたしが居れば、急速チャージも可能だし。
現在挑戦中の彼らでは、到底歯が立たないだろう。
それはさておき。
丸太小屋を作ったのは失敗だった。どうやら、盗賊達は小屋を自分達のねぐらにしたいらしい。無謀な。全員が入れるほどの広さはない。おしくらまんじゅうでもするつもりなのだろうか。
「ここを拠点にぃ、獲物を狩るんだぁ」
「「「へいっ」」」
ハンターが採取に出かける時の緊張感という物が、これっぽっちもない。その上、会話の内容が、うまい酒がどうとか、女がこうとか。
彼らの言う「獲物」は、狼や鹿ではなく隊商の事だ。ということは、彼らは正真正銘まぎれも無く見たままの盗賊。
「このおぉぉうぅ」
痺れを切らした頭目が、結界面を殴りつけた。
無駄でした。
腫れ上がった拳を抱えて、ピョンピョン跳ね回っている。
さて、どうするか。
地下道を延ばして、彼らの背後に回って一網打尽。では、どうだろう?
あら簡単。
それなら、少し遊んでもいいかな。
機織り道具を仕舞って、『爽界』を止める。そして。
「え?」
「あ。」
「どこから?」
盗賊達の動きが変わった。
ローデンの牢屋で好評だった、「匂いだけ御馳走」。
『重防陣』の結界は、匂いだだ漏れだもんね。四葉さんが床下に通じる扉を小さく開けて、一葉さんがうちわで扇ぎ出す。ふふふ、おぬしも悪よのぅ。
次の料理は、ちょっと香辛料の配合を変えてみよう。
「ぐああああっ! 堪らん〜〜〜〜〜っ」
「どこだ。どこで焼いてるんだっ」
「ちくしょーーーーっ」
結界への挑戦そっちのけで、鼻をひくつかせて右往左往する手下達に、
「おまえたちぃ〜〜っ!」
自棄になって、結界を殴って蹴り付けて。その度に、痛みにのたうつ頭目。
「ここ? ここか!」
「って、まだ入れてないじゃねえかっ」
小屋の周りをぐるぐると歩き回り、においの出所を突き止めた子分達が、ようやく切り出してきた丸太を抱えてきた。
「「「「「そうれっ」」」」」
どん!
「「「「「くいてーーーっ」」」」」
どごっ
「「「「「喰わせろーーーっ」」」」」
ずどっ
だんだん掛け声が、おかしな方向に。それでも、結界はびくともしない。焦り過ぎて、タイミングが合ってないんだもん。小砦の門戸も破れないと思う。
諦めるかと期待もしたけど、一向に立ち去るそぶりは見せない。それどころか、丸太を二本に増やしていた。
手持ち無沙汰な男達は、一人が剣で結界に切り掛かかり、しかし根本から折ってしまってからは、ゾンビの様に結界周辺を彷徨いている。頭目も、自慢の拳が役に立たないと知って以下同文。
夕方まで、無駄に騒がせておいた。途中、丸太の一本が折れたり、数人が倒れたりもした。水も飲まずに暴れ続けるからだ。まったく。
その間、わたしは、料理を作り、棘蟻素材のストック容器に移し、そしてまた作る。その繰り返し。ああ、醤油が、味噌が欲しいなぁ。そういえば、ヌガルかチクスでは売っていたような。手作りへの道は遠そうだし、今度、買いに行こう。
日が暮れて、足元が暗くなる頃、裏口を作って彼らの背後に出た。そっと、風上から痺れ蛾粉末を散布する。動物相手には通用しない方法だけど、嗅覚の鈍い人相手なら。
「え?」
異常に気が付いて、最も風下にいた手下が声を上げた時には、大多数が地面に倒れていた。まもなく、残っていた手下達も崩れ落ちる。
空腹に疲労感も重なってるだろうから、今夜はゆっくり眠らせてあげよう。
一葉さん達と手分けして、全員に酒を飲ませた。
うむ。みんな寝たね。頬を叩いても、反応は無し。表情が、ちょっと苦しそう? いやいや、それは気のせい。
彼らに飲ませたのは、双葉さんの仕込み酒作成中に爆誕した、トンデモ酒の一つ。わたしですら一口で卒倒する、あの、バッド酒のハイパーカクテル、だったりする。
双葉さんのコレクションを譲り受けて、再び調合したのだ。いや、バッド酒を樽に三つも作ってどうする気だったのか、双葉さんとは一度きちんと話し合いたい。
栄養ドリンクサイズのガラス瓶には、「最終手段!」とラベルを貼り、そして、四人には、常時十本持っているように頼んだ。残り、もとい配りきれなかった分は「山梔子」に。更に、樽酒もいくつか用意した。
万が一、わたしが正気をなくした時、一葉さん達に使ってもらう為だ。なにしろ、原酒よりも即効性がある。あった。
これで、わたしが街を廃墟にしてしまう心配はなくなった。と、思う。
それはさておき。
気絶した盗賊達を運んで、二人三脚風につなぎ止めていく。一人一人をかっちりと縛り上げるよりも、縄の節約になるでしょ。
何より、臭い。垢だらけにフケだらけ。何日、水浴びしてないんだろう。長時間、触っていたくない。
裏口を埋め戻し、地下に戻り、まずは入浴と洗濯。はぁ。生き返るぅ。
一休みして、地下の撤収作業に入る。といっても、仕込み中の酒樽以外を「山茶花」や「山梔子」に仕舞うだけ。ここなら、少々放置しておいても問題ないらしい、とは、職人双葉さんの談。まあ、いいけどさ。
次は、『重防陣』を解除して、丸太小屋を撤去した。替わって、周囲の岩に似た外観を持つ、小さな石室を作る。扉部分は、ウェストポーチにも使っている鍵穴魔道具をセットし、鍵となる物がないと開かない仕組みだ。踏み荒らした地面には、周囲からかき集めてきた草も植えて、石室の上にも所々に土や草を乗せて、と。
小屋? どこに建ってましたか?
夜明け前、盗賊団子から少し離れた所で、火をおこす。昨日の串焼きを温め直していると。
ぐぎゅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ
カエル、じゃなかった。腹の虫の大合唱。
「あ。え?」
「食わせろぉ〜・・・。って、おい」
「どうなってるんだよ!」
「離れろ!」
「げっ。縛ってあるぞ!」
「そこーーーーぉっ。何食べてるんだぁ〜〜〜〜っ」
ひときわ大きな頭目の絶叫で、全員が目を覚ました。 朝から、賑やかだねぇ。
「おはよ。よく眠れた?」
「そうじゃねぇえ。こいつは、てめぇがやったのかぁ〜〜っ」
起きたてにも関わらず、怒りマックスのご様子。うつ伏せの体勢から、頭を持ち上げ、たき火を見る頭目。当然、わたしも目に入る。
「うん。美味しいよ?」
「「「「「そうじゃねぇっ!」」」」」
なんだ。料理の感想じゃないのか。
「食べたいの?」
ごっくん!
揃いも揃って、つばを飲み込む音が鳴る。
「おい小僧ぅ。さっさとこの縄をほどけぇっ」
数人が、縄を解こうと四苦八苦している。でも、無理だろう。細めのトレントロープで、丁寧に丁寧に結んであげたのだ。わたしでも、ほどけるかどうか。真結びにしちゃった気がする。
「そんなところで、ナニしてるの?」
「てめえがやりやがったんだろうがっ」
「食わせろ。その肉食わせろーーーーーーっ」
涙目で叫ぶ盗賊の、魂の叫び。さて、彼らの優先順位はどっちだ?
「本当に食べたい?」
ごっきゅん!
「い、いいい、今なら、命だけは助けてやるぅっ」
のたうつ一同は、浜に打ち上げられた魚のようで、可笑しい。頭目だけは、オットセイ。むちむち、びちびち。笑っていいかな。
「そんな格好で言われても、説得力ないよね」
頭目の頭から湯気が立つ。
「ボクの後ろに付いて来られたら、これ、一口ずつ分けてあげる」
まだ、体を起こす事が出来ない一同に、長い串を掲げて見せた。一口肉の串焼き、ロングタイプ、焼きたてホカホカ。しかも、二本の串には、ちゃんと人数分の肉が刺さっている。なんて親切なわたし。
「こんだけ縛られてたら、歩けねえっ」
「そうでもないよ?」
二人三脚の要領を教えた。実際には、十八人十九脚だけど。うははは。
「じゃ。がんばってね〜」
たき火を消して、立ち上がる。
「「「「「待ちやがれーーーーっ」」」」」
盗賊達の行列、もとい手つなぎチームは、両端から中央に向かって徐々に背丈が低くなっている。背丈の差があり過ぎると、すぐに転んでしまうと思ったからだ。並べ方に苦労した。
その成果もあって、時折、つまづきながらも追いかけてくる。
「やればできるじゃん」
「てめえにだけは言われたくねえっ!」
「じゃ。おじさんの分のお肉は無し」
「すいやせん」
人の食欲は、不可能も可能にする。ものらしい。
わたしは、縛り付ける前に取り上げた武器防具の数々を、大きな籠に背負ってきている。その後ろを、ぎゃいぎゃい言いながら、不潔な男達の行進が続く。
「小僧ぅ。覚えてろぉっ!」
「じゃ、頭目さんもお肉無し、と」
「・・・ちくしょうぅぅぅぅっ」
悔し涙を流す頭目。
「それにしても、こんなところで盗賊稼業やってても、儲からないんじゃないの?」
ぶつぶつと恨み節をつぶやき続ける頭目に替わって、副官らしき男が答えてくれた。
「俺達は、元々南街道を縄張りにしていた。最近、密林街道の羽振りがいいと聞いて、一旗揚げに出てきたんだよっ、おっとおっ!」
で、勝手の判らない森に入り込み、動物の狩もろくに成功していない、と。酷い体臭だし、頬もこけている。頭目さんは、目の下の隈が凄い。
「ふうん。でもねぇ。この辺りは、[魔天]じゃないけど、サイクロプスをしょっちゅう見かける所なんだ。おじさん達、危なかったね」
サイクロプスの活動地帯と聞いて、全員が青くなった。本当、運が良かった。
早朝に出発した一行に、昼時、一串分の肉を食べさせた。革袋の湯冷ましも飲ませる。
「へっ。腹さえ減ってなければっ!」
少しは顔色が良くなったようだけど、ソレは無理。トレントロープは千切れません。
「ここで別れる? もう一本あるんだけど」
素早く立ち上がる盗賊ご一行。よしよし。
街道までの最短コースを選び、歩き方に慣れたせいもあって、日が暮れる前に整えられた道に出た。
街道脇で火をおこし、串焼きを温め直した。
「はーい。ご苦労様でした。ご褒美だよ」
「・・・なんか、違う気がする」
疲労困憊した盗賊さんの一人が、ぼそりとつぶやく。
「要らないの?」
「「「食べる。ください」」」
素直でよろしい。
でもって、たき火に燻し草を投げ込む。
「げっ! なんて物を!」
「明日の朝には迎えが来ると思う。それまで頑張って」
「「「「「頑張って、じゃねえーーーーーーっ」」」」」
燃やしているのは、狼除けの薬草だ。街道で人を呼び集めるなら、これが一番手っ取り早い。
「だって、狼が来たら困るでしょ」
「同業者が来たらどうする気だっ」
そうだねぇ。良くて身ぐるみ剥がされて、悪ければ首チョンパ。
「その時は、潔く諦めて♪」
「「「「「できるかっ!」」」」」
冗談なのに。
街道の見える場所で、狼避けを焚いたとして。街道付近を縄張りにしている盗賊なら、警戒するだけだろう。そもそも、巡回班がひっきりなしに通る場所だから、流れの盗賊でも近寄らないはず。
「あ、そうだ」
彼らの手が届かない木の枝に、戦利品を詰め込んだ籠をぶら下げる。そして、ロー紙に一筆したためて、籠に入れた。
「小僧。何してるんだ?」
「おじさん達の荷物だよって、書いてあげたんだけど」
「とっとと返せ!」
「自分達で、取ればいいじゃん」
「「「「「できるかぁーーーーーーーっ」」」」」
更に、両端の人の空いている足を、籠を下げたのとは別の立ち木に結びつける。
これでよし。
「よし、じゃねぇ!」
「迷子にならないように、だよ。それじゃ、元気でね」
「解けっ。ほどいて行きやがれーーーーーっ」
「誰が迷子だぁーーーーっ」
「もう一口! もう一口だけっ!」
「このっ、悪党ーーーーーーっ」
一日中歩いていたにもかかわらず、そこそこに元気だ。これだけ声が出せるんだから、明日、隊商か巡回班が来るまで、死ぬことはないだろう。
迷子を街道まで案内して、ご飯も食べさせた。ああ、いいことをした。
では、実験を続けよう。
三人四脚でも難しいのに。




