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大人の証明

 さて。


 所構わずの変身癖も、なんとかしたい。切実に、今すぐ。


 これ以上、人に正体を曝したくない。というのもある。何より、お気に入りの服をボロ切れにしてしまうのが痛い。今でも、一着縫い上げるのに苦労しているので。

 いや、縫うのは何とかなるけど、裁断がね。左右の袖の長さがちぐはぐだったり、腕が通らなかったり・・・。元家庭科劣等生の烙印は伊達じゃない。


 先日のストレスは、魔道具作成などで発散できた、はずだ。とはいえ、本当に、アレだけが原因だろうか。


 敵を知ればいずれは勝てる。根本的原因が分かれば、対策も立てられる。この先、煩わされることも無くなる。


 双葉さんのロックビー巡回に付合ったり、G対策に頭をひねったりしている間にも、考えて考えて考え続けて。


 蜂蜜漬けを薬代わりに使えたのは良かった。でも、それは無理矢理押さえ込んでいただけだった。だから、Gの衝撃で、脆くも瓦解した。


 では、どうればいい。


 黒竜時代、不調を感じなくなったのは、まーてんで暮らし始めて二百年以上経ってからだ。確かに、人化した時の見た目は、昔、森から出られなかった時とほぼ同じぐらい・・・。


 つまり、おこちゃま? わたしって、まだまだ、子供?


 違うっ!


 断じて違う〜〜〜〜〜っ!


 わたしは、おこちゃまじゃないっ!


 ・・・ちょーーっと落ち着こうか。はい、深呼吸して。


 おそらくは、バランスの問題。


 外的環境と体内状態が釣り合わないが為に、引き起こされると推測する。成長していく間に、自然と調整能力が発達するのだろう。


 成長ではなくて、適応。適応だから。


 たぶん。




 魔獣を魚、[魔天]を海、その外側の地域を真水に例えると、理解し易い。気がする。


 海水魚をいきなり真水に放り込むと、死んでしまう。塩分濃度が下がる為、えらや体内の塩分代謝が適応できない所為だ。

 種類によっては、海から陸へ、陸から海へ移動する魚も居る。鮭やウナギ、アユなど。しかし、彼らも一気に遡上する事はない。暫く河口に留まり、体を順応させてから移動を開始する。


 一方で、面白い研究もされていたはず。金魚と海水魚が同じ水槽で飼育されていたのだ。確か、特殊な調整をされた水を使っていた。記事を読んで、すごいと感心した。そして、水質維持装置とか、高そうだなぁと思った。


 それは置いといて。


 わたしは、魔力適応とか生態とかを鑑みるに、魔獣に準じた生き物、なのだと思う。魔獣そのもの? なんとなく、嫌だ。もどきでいい。

 その魔獣もどきが、魔力の薄い土地で体調を維持できるようになればいい。 もう一度、二百年間、引き籠るのもいいけど、身体が完全に環境適応するまで、悠長に待つつもりもない。

 薬に頼らず、完璧に変身状態をコントロールすればいいのだ。これ、大人の証明。えっへん。


 もう一点。こちらの方が重要だったりする。

 ムラクモ達にもわたしの不調が影響している、かもしれない。可能性がある限り、即急に確かめる必要がある。と、思う。


 正気をなくして、大暴れ! なんて、してないよね。ね?




 ・・・さて、どうしたらいい?


 魔力。わたしの体の中にもある。ええと、環境中の魔力濃度を無視して、体内塩分を常に一定に保つような感じで・・・。


 できるか!


 いやいやいや。落ち着いて。まずは、体の中の魔力がどんな状態なのか、再確認してみよう。


 術式を実行する時、体の中から導き出されるもの。これは、何となく判る。最近は、ほんの少し、のつもりが、垂れ流し。というよりは蛇口が取っ払われたかのような勢いで放出されている。

 ため息が、超低温ブレスになるとか。他にも、岩盤焼き用のプレートを加熱しようとしたら、真っ赤になって溶け落ちるとか。そんな時、勢い余って噴出している、っぽい。

 何となく、というレベルで収まっていない。はあ。


 特製キャンデーを食べる時、喉から胃の腑が焼け付くような感じになり、その後、熱は全身にゆっくりと染み渡っていく。てん杉の生の実も、初めて食べた時はそんな感じだった。


 ウォッカを飲んだ時の感覚に近い。かもしれない。


 最も、日本で生活していた頃は、とことん下戸だった。なぜ、ウォッカを知っているかというと、職場のプロジェクト打ち上げ会で、うっかり飲まされたからだ。飲んだ直後にダウンしたけど。そして、翌日、翌々日の二日酔いに悩まされた。急性アルコール中毒にならなかっただけまし、とウワバミ上司に言われた。飲ませた張本人の台詞じゃ無いと言い返したかったけど言えなかった。頭痛が酷くて。


 それはさておき。


 自分の感覚と手当たり次第に並べ立てた推論を基にして、体質改善に挑んだ。

 何度も何度も泣きたくなった。仮説に仮説を積み上げているのだから、思うように成果が現れないのは当然で。


 辛抱堪らず、暴れた。猛烈に暴れまくった。

 森でやれば環境破壊。山でやれば近所迷惑。結局、雷雲の中で暴走族、もとい、ぶっ飛びドラゴンと化した。天然の雷に混ざって、わたしの放った術も混ざったけど。雷鳴と一緒に吠えまくったけど。

 これも、ストレス発散手段だもん。問題ない。ないったらない。


 ひと暴れして、すっきりしたところで、再び挑戦する。それの繰り返し。


 ロックアントの集結期を挟み、魔道具開発と平衡して、体質改善に取り組んだ。寧ろ、魔力操作訓練、と言った方がいいかもしれない。


 いやほんと。死ぬ気になれば、大抵の事はなんとかなるもんだ。


 体内での魔力循環、らしきものがスムーズになった、と思う。長年のお通じの問題が、すっきりさっぱり解消したような。あるいは、長年の鼻炎が治って、深呼吸しているような。

 ・・・なんで、こういう例え方になるんだろう。


 オマケで、高出力時のコントロールが精緻になった。射程とか照準とか結界密度とか。

 だがしかし。薪に火をつける、バケツ一杯の水を集める、などの、基本中の基本、使えるようになりたかった魔術は、やっぱり使えなかった。巨大な火の玉が燃え盛るばかりで・・・。おー、のうぅ!


 何度か、死ぬかも、と思った事もある。一葉さん達が居なければ、そのまま天に還っていたかもしれない。


 それでも良かったんだけどな。




 体質改善に自信がついてきたので、[魔天]の外での耐久テストに挑む事にした。

 とは言え、ローデンには向かわない。また騒動に巻き込まれて、また暴走したりしたら、今度こそ討伐対象にされてしまう。

 ・・・それもいいんだけどね。


 最初は、[魔天]中央を貫く南北山脈のど真ん中で試そうとした。

 魔道具作成をする洞窟よりも標高の高い場所は、海都並みに魔力が薄い。空気も薄い。

 つまり、人が来ない。来られない。


 実験にはうってつけの場所だった。


 しかし、寒い。猛烈に、寒い。


 山地での実験早々に、四葉さんがギブアップしてしまった。


 暴走変身以降、どこに出かけるにも、グリーンブラザーズの誰か一人が必ず付いてくるようになった。逃げる間もなく、這い上がってしがみつく。忍者の生まれ変わりかもしれない、と思う時もある。


 その彼らは、寒さに弱い。わたしは平気だけど。


「だから、留守番しててって、言ったのに」


 小刻みに震えながら、それでも、戻る気はないとガッツリ巻き付く四葉さん。服の内側に潜り込んでも耐えきれないと、締め上げる事で猛烈アピールしてくる。ぐえ。


 已む無く、[周縁域]に移動した。


 ダグの小砦跡周辺は、すっかり静まり返っている。

 そこには、フォレストアントの蟻塚が林立していた。石材同様に粉々になった砦内の小屋に使われていた木材を取り囲むように、巣を作ったのだろう。


 ふむ。ここでいいか。


 岩石魔術で地下室を作り、固めなかった土は「山茶花」に放り込む。入り口の雨避け、兼、地下室のカモフラージュ用に、小さな小屋も建てた。

 地上に土の山がなければ、勘違いしたサイクロプスに襲われることはない。偶々通りかかった人が小屋に気付いても、地下室があるとは思うまい。


 最初、地下室は一部屋だけ。のつもりだった。魔道具作成も出来ると思いつき、工作室も作った。


 次は、カメラ。


 体質改善期間中に、訓練と称して山ほど魔石を作った。魔包石もある。ふはは、魔道具なんか腐るほど作れるよ〜♪ ・・・虚しい。


 それはともかく。


 周囲の蟻塚に仕掛けさせてもらい、地下の管理室でモニターする。昼夜と天候を確認する為だ。音声を聞く事も出来る。時折、ぎしょぎしょという、フォレストアントの鳴き声が入るのが、面白い。


 むしろ、画像ライブ配信機能だけの魔道具は、失敗続きだった。作れなかった。組上げた側から、崩壊した。


 何故だ。




 [周縁域]での実験には、酒の仕込みが一段落していた双葉さんも付いてきていた。

 その双葉さんは、わたしが二部屋目を作っている間、四葉さんとつるんで、周囲からベリー類を採取して来た。大量に。


 質問。細い体でどうやって?

 アンサー。自分達で蔓を採取し、籠を編んでいた。君達、どこまで器用なんだ。

 出来たばかりの工作室に、ふたつ、みっつと、籠を運び込み、そして、酒を出せ! と、要求する双葉さん。


 あ、あのね? ここは、酒倉じゃ、ないんだ、ってば!


 果実酒、好きだけど。好きだけどさ。ジュースじゃ駄目なの? ・・・あああ、地下室が、籠の底から染み出した木苺の汁でべったべたに! わかった、判りました。降参!


 ご褒美に、ジュースやジャム用の果物を追加採取してくれましたとさ。めでたし、めでたし。


 では、終わらない。


 山では、たまーに、落盤とか、崩落とか、山体崩壊とか、物騒極まりない現象が起きる。魔道具作成に失敗した結果だったりするが。

 まーてんでは、地面を深く掘る事が出来なかった。雨避け屋根の支柱を支える穴を作る時は、ものすごい魔力抵抗を感じた。湯船を作った時が例外中の例外だろう。

 倉庫? あれはプレハブだもの。置いているだけ。


 とにかく。ここに、そんな障害はない。止めてくれる人もいない。双葉さんの酒倉要求を切っ掛けに、気が付けば、そこは地下要塞と化していた。


 穴堀職人も、ジョブチェンジ先に追加かな?


 右も左も、厚さ五メルテの一枚岩。万が一、サイクロプスに見つかった時を想定し、天井部分は十メルテ近い。更に、鉄筋材の替わりにロックアントを配筋した。

 我ながら、やり過ぎ感が半端ない。なんたって、部屋の天井高よりもまだ厚い壁。まあ、脆くはないのだから、問題ない。ないったらない。


 地上の小屋から階段を下ると、ホールに入る。壁の一画には外部カメラの監視モニターが張り付いている。ホールは、寝室、浴室、調理室、工作室、酒倉の五室に繋がっている。

 双葉さんには、一番広い部屋を盗られた、もとい要求された。飲んべえの執念、恐るべし。


 全室に換気用魔道具、調理室には消臭用の『爽界』も完備。小さいながら浴室もある。こちらには『温風』をセット。ええ、カビも湿気も許しません。排水対策に、トイレ用の術具を改良した大容量対応型を設置。


 ちなみに、浄化装置を地下の工作室で改良工作している最中に、一度、きっちり爆発した。壁の一部が壊れて、土に埋まった。岩壁を打ち砕く衝撃を受けても死なないとは、わたしの頑丈ぶりも天井知らずのようだ。

 そして、無駄に鍛えた魔力操作のおかげで、すぐさま部屋を復元する。

 装置の改良が終わり、浴室への設置が完了するまでの間、わたしはずーっと泥だらけだったけど。


 以降、新しい魔道具の作成と稼働実験は地上で行う事にした。もちろん、カメラで人気がない事を確認してからだ。


 ほーら、役に立ってる。





 地下室暮らしも五ヶ月近くになるが、今の処、変身暴走の気配はない。蜂蜜漬けも特製キャンデーも使わずに、この快挙。


 やっぱり、Gの所為だった? そう、断じたい。おこちゃまだったから、ではない。ないったらないったらない。


 そう言えば、そろそろロックアント狩のシーズンだ。ここから撤収する時が来た。


 しかし。


 双葉さん、反旗を翻す、の巻。


「もう来ないんだよ? こんな空間を地下に残しておいたら、危ないんだってば」


 地下室の壁を壊して埋め戻そうとしたら、猛烈に抵抗してきた。


 術具も使わずに温度湿度が一定に保たれる地下室が、大層、お気に召した模様。味に違いがあったかな。


 強制的に部屋から連れ出そうとしたら、全ての樽に体を巻き付かせて徹底抗戦の構え。樽を取り上げようにも、細く細ーく、伸ばしに伸ばして、それでも、千切れそうで千切れない。そもそも、馬鹿力で抱え込んでいて、持ち上げる事すら出来ない。


 うむむ、この謎生物め。


 じゃなくて。


「いつも来られる訳じゃないし」


 拒否!


「一緒に埋まりたい訳じゃないでしょ?」


 拒否!!


 ・・・またも、説得工作に失敗。


 だって、ロックアントも放っておけない。まーてんの倉庫の扉は、三葉さん達にも閉められるように作ってある。それでも、心配は心配なのだ。早く様子を見に行きたい。


 盗賊対策に、小屋を中心に『重防陣』の術具を仕掛けておいた。術具だから、わたしは結界内に入る事は出来る。これが魔道具だと、きっちり拒否される。結界の外から術を解除する事も出来ない。


 ・・・違いが判らない。どちらもわたしが作った物なのに。





 何がどうしたらこうなる。


 今年の[魔天]は、棘蟻祭りとなった。


 赤、赤、赤だらけ! [周辺部]に逃がしたら、魔獣の死体だらけになる、かも知れない。


 通常のロックアントの大顎は、体躯に比例してそれなりに大きい。しかし、赤い棘蟻のそれは、更に太く長く延びていて、カマキリの大鎌に似た形をしている。変な収斂進化なんかしなくていいのに。

 この顎が、凶悪な凶器。

 ちなみに、シルバーアントは、形はロックアントそっくりだけど、体全体が大きくて、硬い。


 見た目に多少の差異はあっても、どいつもこいつも、この時期の特徴である「大食い」を、標準装備している。

 そんな腹ぺこ魔獣が団体さんで押し寄せてくるのだ。一対一なら容易く勝利するアンフィも、群れが相手では多勢に無勢。哀れ、骸骨君と成り果てる。


 全く持って、始末に負えない。


 棘蟻の大顎に捕まる前に顎下に潜り込み、急所を狙い一撃で仕留める。小さい言わない! 間に合わなければ、ドラゴンに戻って、アリ団子にする手もある。でも、素材的に、もったいない。

 あああ、まだ居た。それ以上食べるな散るな増えるんじゃないっ!


 今年は、それなりの被害が出た。[深淵部]のトレントの実が完食された。ロックビーの巣や大型魔獣が喰われた。[周辺部]では、魔獣の暴走が起きた。痺れ蛾鱗粉を惜しみなく使って、暴走が氾濫にまで拡大することは、辛うじて阻止した。


 ・・・ねえ。ロックアントの天敵。どこかに居ませんか? 切実に、手伝って欲しい。というか、替わって。


 ほとんどが赤棘蟻、シルバーアントとロックアント少々、という殺戮成果を丁寧に解体していく。ええ、無駄にはしません。暴走する原因を調べたい、という動機もある。どれだけ解剖してみても、突き止められなかったけど。

 今年は、トリガーロックアントを真っ先に潰せなかったのが敗因だったのだろう。あっという間に集合し、群れ全体が赤棘蟻に変異していった。


 魔獣の生態は、本当に斜め上を行ってくれる。


 染色素材を大量に確保できたのは、嬉しい。一体ずつ解体した甲斐がある。というか、何かしらの成果が無ければ、本気でやってられない。


 で。


 十分に休養を取り、英気を養った所で、今度は痺れ蛾繭の採取だ。ぜはーっ。


 獲れ獲れ獲れ獲れ獲って獲って獲りまくれーっ!


 勝った!


 採取した繭の数は、去年よりも多い。そして、羽化してしまった成虫からは、容赦なく鱗粉を強奪した。


 この調子で、個体数が減ってくれるといいなぁ。


 ローデンに近い領域で、ハンターをちらほらと見かけた。よしよし、『繭弥』陣布を有効利用している。マジックボンボンも持っているようだ。


 彼らでは獲りきれなさそうな高所の繭だけ、先回りして採取しておいた。

 王様は、国一番の働き者。主人公は、[魔天]で一番の働き者。

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