91.訃報
西の領土のお祭り好きの風土は、退屈しのぎにピッタリで毎日、あちらこちらを回って楽しんだ。
結局別荘候補地だった向かいの山にも、景色を楽しむ用のコテージが造られていて、そこから夕焼けを楽しんだり露天風呂を満喫したりした。こじんまりしていて、俺はこっちの方が好きかも。言えないけどね。
そんなのんびりモードの俺の所へ突然の訃報が入ってきた。
人族研究所の所長メリノさんが亡くなった。研究所からルドルへ、ルドルから黒龍城へ、そこから西の別荘へと連絡が来たんだ。
すぐさまルドルの所へ飛ぶ。
「ルドル先生!メリノさんがお亡くなりになったって聞いた。すぐに行ったらお葬式に間に合う?連れて行くよ!」といいながら部屋に駆け込む。
「あぁ、ソウ君、いや、黒龍王様。お葬式はもう終わっていると思います。違う町や村に住んでいるとね、訃報をもらった時にはすでになにもかも終わっているものですよ」と寂しそうに微笑まれた。
「そんな……。寂しいね。お別れもできない」
「いえ、生きているうちにお別れはしています。違う場所に住んでいる人と別れる時には、今生の別れと思えと言われていますからね。しかもお互いいい年ですから、来世も出会えたら一緒に研究をしようなんて言って別れたのです」
「あんなに、元気だったのに。魔力飴は間に合わなかった?」
「魔力飴での回復は勿論、妖精族の回復も辞退したようです。老衰に効く魔法は存在しませんから、好きなことをやって大往生だと自分でいいながら亡くなったと、手紙にありました。我々にできることは、悲しむことではなく、生前の彼女への感謝でしょう」
「そう、そうなの」俺は脱力した。メリノさんは確か81歳。寿命と言われればそれまでだ。
ルドルとセルゲイは70代だ。あと十年ほどでお別れってこと!?
竜族の寿命が約二千歳。俺は何世代の人族の営みを見送るんだろう。考えるとゾッとした。バカなことを言い合っているモックだって、あと50年一緒に居られるかどうかだ。怖い。怖い。怖い。
外は季節外れの雪が舞いはじめ、あっという間に吹雪になった。
側近たちは、異変を察知したが、どう頑張ってもテイル村到着まであと20分はかかる。
「ソウ君」と言って、ルドルがちょっと成長したブラックドラゴンの俺を膝に抱っこしてくれた。
「悲しいですね。お別れは。でも寿命って誰にでもあるんです。ブラックドラゴンにすらね。ですから天寿をまっとうしたものは褒めて送り出しましょう。早すぎる死だけを悼むので十分だと思うのです。そして私達は人族を早すぎる死から極力回避させられる魔力飴を完成させました。メリノさんは見届けてからいってくれました。幸せだったろうと喜んでください」優しく語りかけられた。
その後も、メリノさんとの楽しいエピソードや、若いころに怒られてしまったこと、謝ろうと思ってそのままになっていたけど、くだらない事だからメリノさんも忘れてくれているはずだ、なんてエピソードを沢山話してくれた。
吹雪は収まった。が、側近たちは濡れネズミになって順次到着してきた。
俺がお膝に抱っこなのは見なかったことにしてくれるのか、そこには触れずに服を乾かして、台所でお茶の用意をはじめてくれている。勝手知ったる他人の家だ。
治癒魔法も最強の俺の周りでは即死じゃない限り、早すぎる死に遭遇する機会はないだろう。だったら褒める死しかないことになる。
10年後に怯えはある。でも今は、とりあえず、それで良しと納得しよう。




