chapter.2 予想外にも程がある!
近い。
脇の下で抱え込まれ、頭に顎を乗せられると、その気はなくてもそれっぽく見えてしまうのが伊織にだって理解出来た。
その証拠に、キュアキュアStore中の女性達が「ほんもの」「BL」と嬉しそうにコソコソ喋っているのが聞こえてくる。
目がウロウロする。
ウロウロはするが……、優也に弁明しよう、という気持ちには何故か至らない。
「伊織。お前、マジか」
極端に嫌がる素振りも見せず健太郎にされるがまま身を委ねる伊織を、優也は軽蔑するような顔をして、そっと距離を取った。
「キモ」
優也は持っていたアクスタを商品棚に戻し、伊織に一瞥もくれずにそのまま店から出て行ってしまった。
完全に視界から優也がいなくなったことを確認し、健太郎が伊織を解放するまで数十秒。
「……やり過ぎだって」
「そうか?」
「そうだろ。何だよ彼氏って」
「良いじゃん彼氏ヅラしても」
「そうじゃなくて」
潰された髪の毛を整え直し、伊織はふうと息を吐いた。
「最悪。明日からどうしよう」
「どうしようって?」
「前の席なんだよ。どうやって顔を合わせれば」
「冗談の通じないヤツだな」
「お前の言い方が冗談に聞こえないんだよ」
健太郎と一緒にレジに並び、健太郎の支払いでアクスタをGETする。ありがとうと一応は礼をしたものの、まだ周囲の視線が自分達に向いているような気がして落ち着かない。
「お前のせいで視線が痛いんだけど」
「イケメンと一緒だからだろ。役得だな」
女性客に浴びせられる妙な視線すら健太郎は楽しんでいるらしい。気恥ずかしいような、けれど何だか、ちょっと楽しいような。
「それよりマジで久しぶり。ちょっと話さないか」
「僕は構わないけど……」
店から出てアクスタをリュックに突っ込み、ふと視線を上げると、健太郎の後ろの方に、見覚えのある女子生徒がいる。
「つ、円谷君の、彼氏……?」
数メートル先、両手で顔を覆う前髪の長い彼女は、どう見ても。
「安樹さん、今日も居たんだね……」
リュックを背負い直しながら溜め息をつく伊織に、健太郎がンッと首を傾げた。
「誰。同じ学校……?」
「うん。彼女ね、僕のストーカー」
「はぁあ?!」
「なんかね、僕のことストーキングするのが趣味みたい」
「な、なるほど……?」
「安樹さん、悪いけどここからは」
「――“なぎさ”、ですよね?」
突然、安樹星来が声のトーンを上げた。
「あの、私知ってます。“まどか”のことは」
何を言い出すんだ……!!
伊織は慌てて安樹に駆け寄ろうとした、それより先に健太郎が反応して彼女の口を無理矢理塞いでいた。
「なんでお前俺の名字知ってンだ」
「名字? エンジェ……なぎ……」
もごもご動く口からヤバい言葉がやたらと出てくるのを、流石の健太郎も警戒したらしい。これ以上喋るなと力一杯彼女の口を塞いでいる。
「彼女、僕のストーカーだって言ったじゃん……」
「にしても!」
「これ以上はヤバいよ。事件性疑われちゃう。安樹さんも健太郎も、一旦落ち着こう。場所、変えよう」
良いよね、と伊織が力強く二人に目配せする。
仕方ないとばかりに安樹と健太郎は頷いて、三人、キュアキュアStoreを後にした。
*
絶対に外に会話が漏れることのない場所というのを探すのは、なかなかに難しい。
カラオケボックスの個室にやって来た三人は、ようやく肩の力を抜いた。
「面倒くさいことになっちゃったな……」
荷物をソファに下ろしながら伊織が言うと、
「本当に、何がどうなってるんだ」
健太郎も同じ動きをしながら、何度も首を傾げていた。
「何がどうって……、二人はエンジェルステラなんでしょ。私は知ってるから、隠さなくても」
「だからそれだよ! 何で伊織の学校の生徒が俺達のこと知ってて伊織のストーカーをしてるんだ。で、それを容認しているお前もお前だ、伊織!!」
遂に我慢がならなくなったらしく、健太郎は立ったままビシッと安樹を指差した。が、彼女は全くペースを乱そうとせず、注文用のタブレットを手に取って、メニューと睨めっこを始めている。
「懸賞金には興味がないし、他に友だちも居ないから誰にも言わない。安心して」
「安心出来るか! さっきキュアキュアStoreの前で言いかけたろ!」
「友達が居ないのは本当だよ。僕もずっと警戒してたけど、知られてから半月、全然誰とも喋る気配がないんだから。……まぁ、僕はもう、魔法少女はやめたんだし、関係ないんだけどね」
ハハッと自虐的な笑いを零しながら、伊織も紙のメニュー表を見始めている。高校生二人は完全に奢られる気満々のようだ。
「大体な、警戒心なさ過ぎなんだよお前は。だからバレるんだろうが!!」
「いや、無理だよ。最初からバレてたみたいだし。それより、ドリンクとポテトと……ピザも頼んでいい?」
「頼むのは構わないけど、バレるのはダメだろ」
「頼んでも良いって、安樹さん。タブレット貸して」
「ちょっと待って。私クリームソーダ頼みたい。……はい、入れといた」
全くもって予想外の事態に、健太郎はぐったりした様子で、深くソファに腰を下ろした。
あちらこちらから様々な楽曲が重なるように響いてきて、落ち着ける要素が全くない。壁一面の大型モニターには流行の楽曲のPVが映し出されている。切り替わりの早い映像、どぎつい色がチラチラ視界を横切っていく。
「伊織と二人きりで喋るつもりだったのに、なんで余計なのがくっついてくるんだよ……」
「仕方ないじゃん。安樹さんにはもうバレてるんだから、あれ以上騒がれるよりはマシだと思ってよ」
「そうじゃなくてさ。これじゃ、言い辛いだろ、色々……」
「色々って?」
既に幾つか頼んだ形跡のあるタブレットが健太郎のところに回ってくる。
ドリンクとつまみを何点か追加で注文し、それから深くソファに座り直して、大きく息を吐く。
「戻りたくなったらいつでも戻って来いよって言おうか、それとも俺一人で大丈夫だから戻ってこなくてもいいぞって言おうか、ずっと迷ってることとか……?」
ボソリと、健太郎が本心を吐き出したところで、二人にとって聞き覚えのある楽曲のイントロが流れてくる。
《みんなきらきら☆キュアキュアれぼりゅーしょん!》――日曜朝八時半放送、きらきらジュエル☆キュアキュアのオープニングテーマ曲だ。
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ブロマンスの新作「辺境のバケモノと、ある絵描きの話」も投稿してますので、そちらもご覧いただけると有り難いです……!!
今後も毎週少しずつではありますが更新していきますので、お付き合いいただきますと幸いです……!!




