chapter.2 炎上の朝
「他の配信者もエンジェルステラとコラボしてみたい~って言ってるよ。お金を出したりは……してなかったけど」
RABIはのどかがずっと追いかけている配信者の一人だった。
家に閉じ籠もってばかりののどかにとって、魔法少女キュアキュアシリーズと共に心の支えになっていたのが、YouTuneだったからだ。
どこにも行けないのどかの代わりに色々なところを旅したり、様々なことに挑戦してみたり。笑ったり泣いたり……静かで孤独な時間を埋めてくれる物の一つだった。
それを否定されてしまうと、何だかとても空しい気持ちになってしまうのは当然だった。
「RABIがどういう風にコラボするのかなぁとか、オフの二人はどんな感じなのかなぁとか気になるし。戦いの邪魔をしなかったら、アリかなぁ~って思うんだけど」
中学生なりの価値観で訴えたが、両親はどうも考えが違うらしい。
「勿論、楽しみにするのは否定しないけれど」と前置きしてから、父の良悟はのどかを諭すように話し始めた。
「動画配信者は、再生回数に応じた広告収入で生計を立ててるからね。エンジェルステラとのコラボでチャンネル登録者数をぐんと伸ばそうとしてるのが見え見えなんだよ。登録者数が増えれば、その分他の動画の再生回数も飛躍的に上がるだろうからね。そしたら収入も増えていくと、RABIは踏んでるんじゃないかな。この盛り上がり方なら、百万円以上の効果ありそうだしねぇ……」
「お父さんもそう思う? 私も〜!」
母が同調するのを見て、のどかはクッションを抱いてふぅんと口を尖らせた。
「なぁんだ。やっぱりお金なんだ……」
「そんなもんだよ。俺だって金が欲しい!」
「RABIは違うと思ったのになぁ〜。イケメンだし」
「顔は良くても性格悪ければ台無しね」
配信を一緒に楽しんでいると思っていた両親から厳しい言葉がでてくると、のどかは次第に項垂れていった。
なんだか大人の汚いところを垣間見てしまったようで。
「でもさ、エンジェルステラの二人は本気で戦ってた。あんな危険な現場で、信じられないくらい必死で、カッコよかった。懸賞金云々さておき、俺は二人を応援するよ」
「私も。本当は正体なんかどうでもいいんだけどね。健気に戦うまどかとなぎさのことが気になるだけで」
すかさずポロッと本音を言う二人に、のどかはゆっくりと顔を上げた。
「そうだよね。魔法少女はお金がどうのじゃ動かない。お金儲けのためじゃなくて、エンジェルステラは本気で世界を救おうとしてるんだもんね……!」
安心したようにパアッと明るい笑顔を見せたのどかは、興味のなくなったRABIの配信を途中で切った。
この配信がその後物議を醸すことになるなど、この時は誰一人想像していなかった。
*
いつもはのんびり過ごす土曜の朝、伊織はキリキリ痛むお腹を擦って、なかなか進まない朝食と悪戦苦闘していた。
父の良悟がソファで寛ぎながら観ている朝の情報番組、そこで昨晩のRABIの配信が話題になっていたのだ。
《RABIは完全にエンジェルステラファンを敵に回しましたね》
《そういう意味ではナイトスカイ・エンターテイメント側も同じじゃないんですか? 一千万円の懸賞金を出そうって話ですから》
《ナイトスカイは彼女達の活動を全面的にサポートしつつ、魔法少女の価値観を高めようとしているんですから、別の話だと思いますよ。きちんと事務所に所属すれば、公式のグッズや著作物が広く販売されることになりますよね。今みたいに二次創作的なものではなく、ですよ。公式のYouTuneチャンネルやSNSアカウントからの情報発信……妙な検証サイトからの情報に踊らされる必要がなくなります。色々とメリットがあるじゃないですか》
《けれど魔法少女ですよ、彼女達は。アイドルじゃないんですから》
《魔法少女は昔から女の子の夢、アイドルですよ》
《魔法少女の姿をした、V2モンスター専門の駆除業者でしょう? エンジェルステラは》
《駆除業者ってなんですか、駆除業者って》
酷い有様である。
「駆除業者は酷い。V2だって元は人間だぞ? エンジェルステラも、業務でやってる訳じゃないってのに」
父のツッコミにホッとしながら、伊織はすっかりふやけたお茶漬けをズズズと啜った。
昨晩はずっとこの話題で眠れなかった。
優也からは一晩中LINKのメッセージが送られて来たし、健太郎からはエンジェルステラ専用アプリでやべえことになってるぞと、真夜中にバンバン通知が届いた。
SNSは大荒れだった。エンジェルステラをなんだと思ってるんだ、アイドルじゃねぇんだとか、RABIに限らずコラボしたがってる配信者は多いんだとか。そもそもナイトスカイが金を出すとか言わなければ良かっただの、RABIが最初だっただけで誰が炎上してもおかしくなかったんじゃないかだの、火種はあっちにこっちに飛びまくり、各所でギャンギャン騒いでいるようだった。
ベッドに潜り込み、無視して寝ようと決めたのに、どこまで炎上しているのか気になって全然眠れかった。いっそのこと見なければ良かったと思ったくらいだ。
「お兄ちゃん、顔色悪いよ?」
遅く起きてきたのどかの方がさっさと朝食を終わらせて、自室に戻っていく。
昨晩は食い入るように観ていたRABIの配信について話題になっているのに、炎上したこともあって冷めてしまったのかも知れない。
兎にも角にも食べるものを食べて落ち着かないとと、ソーセージを無理矢理口に突っ込んだところで、ブルブルと《ステラ・ウォッチ》が細かく震えた。《緊急出動》の文字と共に、サイドボタンをクリックするよう促す表示。
「マジか」
指示どおりにクリックすると、ウォッチに地図が表示される。
どうやらそこでV波を観測したらしい。
伊織はその場にあったおかずを無理矢理口に突っ込んで、台所で片付け物をする母に「ごちそうさま」と食器を渡してから、慌ただしく自室へと戻っていった。




