218.ドワーフのまとめ役とテラーラティナ
バッホさんの店は一目にそこが鍛冶屋だとはわかりにくい。一応看板はあるけれど「トゥワ・バッホの店」としか書かれておらず、店と言うこと以外の情報が読みとれない。
中もシンプルなカウンターがあるだけで、装備品が展示されているわけでもない。奥からは鉄をたたく音が聞こえてくるので、辛うじてここが鍛冶屋なのだとわかる。
そのカウンターの入り口側に椅子をおいて、バッホさんはカウンターの向こうに座った。結構高い椅子のようで、よじ登ってから座っている姿はなんだか愛嬌があった。
シエルが用意された椅子に座ったところで、バッホさんがまじめな顔をして口を開いた。
「それで用事とは何じゃ?」
「とりあえず、これ」
「紹介状か。確かに本来なら必要じゃが……魔石の加工か……」
「この魔石。加工できる?」
「どれ……これは……?」
バッホさんが片目を見開くようにシエルが差し出した魔石を見る。それから不思議そうに首をひねった。すごい魔石かと思ったら、何の変哲もないゴブリン産の魔石だったから、その落差に混乱でもしているのだろう。
それから自分の中で整理が付いたのか、バッホさんがまっすぐシエルを見た。
「可能か不可能かで言えば、可能じゃな」
「ドワーフは魔石の加工もできるの?」
「得手不得手はあるが、誰であれある程度なら可能じゃな」
「じゃあ、お願い」
「報酬はどうする?」
「いくら?」
シエルの言葉にバッホさんが首を左右に振って、否定を表す。
「金はいらん。お前さんが持っている魔物の素材を使って、武器を一つ作らせてくれんか?」
「どれくらいのがいい?」
「一番ランクが高いものだとどうなる?」
バッホさんの目がきらりと光った気がした。
どうもかなりの職人気質らしい。見たことがない素材で作品を作りたいってことなんだと思う。確かにわたしたちであれば、バッホさんが普段使わないような素材を渡すことができると思う。
シエルに『一番はトゥルの龍鱗だと思うのだけど、見せてみて良いかしら?』と尋ねられたので『良いと思いますよ』と返した。
「これが一番」
そういって見せた真っ白なトゥルの鱗を見て、バッホさんは目を丸くした。別にトゥルからはぎ取ったわけではなく、落ちていたのをもらってきたものだけれど、やっぱりとんでもないものなのか。
「見たことがない……ドラゴンの鱗は何度か見たことがあるが、これほどのものは未だかつて見たことがないわい」
「これでいい?」
「触っても良いか?」
「構わない」
おそるおそるトゥルの鱗を手にしたバッホさんは、しばらくそれを見つめていたかと思うと、首を振った。
「悪いがこれではダメじゃ。ワシの技量が足らん」
「じゃあ、これ」
「これもまた……!」
次にシエルが出したのは、巣窟下層にいる有象無象の素材。カマキリの鎌を非常にヤバくした何か。有象無象といっても、S級くらいはあるだろうから十分だろう。これを使っていた魔物もA級の結界を数発で切り裂いていたし。
「これなら使えそうじゃ。何を作る?」
「くれるの?」
「フィイヤナミア様の義娘への献上品と考えれば、作れるだけで光栄なことよ」
「材料は取るのに?」
「それはそれ、これはこれじゃよ」
笑うバッホをシエルは興味深そうに見る。特に気分を害したわけではなさそうだ。どちらかというと、シエルに好感を持たれやすい対応だろうか。そう思っていたら、空から急に先ほどの茶髪の精霊が姿を見せた。
ちょうどシエルとバッホさんの間くらいに出てきて、じっとシエルを見る。
対して彼女の存在に気が付いたシエルは目を輝かせて『精霊がいるわ! どこかリシルみたいな精霊がいるのよ!』とわたしに報告してくる。シエル的にもリシルさんに近いと感じるのか。だとすると、少なくとも上位精霊なのは確定だろう。
『たぶん上級精霊だと思います』
『それは珍しいわ、珍しいのよ!』
シエルとの会話をしている横で、件の精霊とリシルさんが話をしている。二人の雰囲気もあって、ほんわか空間。シエルの反応にもほっこりしてしまうのを考えると、何ともすばらしい空間なのだけれど、バッホさんだけが、取り残されてしまっている。
茶髪の精霊の方をじっと見て「テラーラティナがこんなにも……」とつぶやいているので、この精霊さんも名前持ちらしい。
『少しだけ代わってもらって良いですか?』
『別にずっとでもいいのよ? 魔石を加工してもらうといっても、どう加工してもらうかわからないのだもの』
『わかりました。きりが良いところまで任せてもらいますね』
わたしたちが入れ替わった瞬間、何か電波を感じ取ったらしいテラーラティナさんがピンと背筋を伸ばして、わたしの方を見た。それからわたしに何かを話しかけてくれているのだけど、わたしにはわからない。
「ごめんなさい。わたしは貴女たちの声は聞こえないの。後でゆっくりはなそう」
シエルの口調に寄せつつ、テラーラティナさんに謝ると、彼女は首を左右に振って気にしていないと伝え、わたしに抱きつこうとしてくる。
そしてすり抜けた手を見て、ちょっと不満そうな顔をする。
それをリシルさんが慰めているらしい。すぐに彼女に寄ってきて、話をしている。
「あの日のことはやはり間違いじゃなかったみたいじゃな」
「聞こえないし、触れないけど」
「だとしても、精霊に好かれすぎておる。テラーラティナがあんなにうれしそうにするなんてな」
「テラーラティナはバッホの契約精霊?」
「いや、契約はしておらん。できるはずもない。名前付きの上位精霊なんてものは神みたいなものじゃからな。フィイヤナミア様よりは下だと言っておったが」
ということは、テラーラティナさんはリシルさんみたいに、気に入ったから側にいるわけだ。
「トゥワを名乗るバッホの精霊は別にいる?」
「そうじゃな。今は……」
そういってバッホさんがキョロキョロ周りを見回していたら、チョコレート色をした子犬みたいなのが、物陰から飛び出してきた。それからわたしに飛びかかってきたかと思うと、そのまま髪飾りこと精霊の休憩所に吸い込まれていった。
「その中に入っていったな」
「入った。気にしなくていい。そのうち出てくる」
「不思議なものをもっとるのう」
「拾った」
「精霊に好かれているのは、それのおかげか。だが精霊が見えるというのは……」
勝手に勘違いしてくれているようなので、放っておく。精霊使いならたぶん人でも精霊が見えるし、気にしない気にしない。
「人族以外は皆、精霊が見える?」
「獣人族なんかは、感じ取れるだけじゃな。それで話を戻すが、この素材を使って何を作ればいいんじゃ?」
「見た目に気を使った細剣」
「剣舞用ということじゃな――あい、わかった」
何か思うところがあったらしいが、請け負ってくれるらしい。変に詮索されるのもイヤなので、自分で納得してくれるのならそれで良いとしよう。
「魔石の方は同じ形のイヤリングを三つ」
「かなり小さくなるが」
「小さくても良い。片耳で三つ。シンプルなデザインで」
「魔道具にするのか?」
「それは気になるけど、今回はいらない」
イヤリングを魔道具にできる。これは良いことを聞いた。ドワーフだけの技術じゃなければいいのだけれど。
「じゃあ、テラーラティナが急かしているから、おいとまする」
「そうした方が良さそうじゃな。ワシにとばっちりがきそうじゃ。
出来上がりはだいぶ先になるが」
「イヤリングだけだと?」
「明日にはできるの」
「じゃあ、明日取りにくる。細剣は次の学園の休みにでも。それからこれも置いていく」
トゥルの龍鱗をおいて、店を出る。これ以上いるとバッホさんがテラーラティナさんに視線だけで殺されかねなかったから。
「人がいない場所に案内してください」
小声で尋ねて、シエルと入れ替わる。移動はシエルの方が速いから。
テラーラティナさんは何かわかったような顔をして、先導を始めた。
◇
連れてこられたのは、森の中。滝の近くの洞窟。周囲にはCランク、Bランクの魔物がうようよしていて、普通の人はまずこないだろう。
そして森の中だからか、滝の近くだからか、精霊がたくさんいる。
ここが目的地だとわかったところで、シエルがわたしと入れ替わった。そうして始まる身振り手振りによるコミュニケーション。基本的にイエス、ノーで答えられる質問をして答えてもらう。
かつてリシルさんとも同じようにやりとりをしたなとしみじみ思う。今は言葉は通じないまでも、ある程度は言いたいこともわかってきたから。それだけのつきあいということだ。
さすがに初対面のテラーラティナさんの言いたいことはわからない。
とりあえず質問をしてみよう。
「初めまして、わたしはエインセルといいます。貴女はテラーラティナさんで良いですか?」
軽くジャブ。肯定で返ってくるだろう質問をぶつけてみたのだけれど、なぜかテラーラティナさんは綺麗な顔を歪ませて、仕方なしとうなずいた。それをリシルさんが包容力のある笑顔で見ている。
うん、わからない。
「名前はテラーラティナでいいんですよね?」
これにはすぐにうなずく。特にイヤな顔をしていない。
ということは、そういうことか。
「テラーラティナさんもリシルさんのように愛称で呼んでほしいんですか?」
これにも即肯定。心なしか目が期待に満ちている。
こちらで愛称を考えろと。テラーさんはちょっとかわいくないし……。
「では、ララナさんと呼びますね」
リシルさんと同じ三文字で攻めてみたら、納得したのかうなずいてくれた。
それからはリシルさんからフォローをもらいつつ、テラーラティナさん改め、ララナさんといろいろ話した。話したというか、質問をいくつも受け付けたって感じだけど。
正直わたしたちから聞きたいことはそんなにないので。
その結果、シエルとわたしの関係。わたしの扱い。わたしの正体。そういったことをララナさんに理解してもらえたと思う。
それからララナさんとリシルさんは顔見知りであり、かなり力が強いこと。気に入ってバッホさんの周りにいることが多いこと、ドワーフの町が居心地が良いから離れることはないことなど教えてくれた。
「それじゃあ、また遊びに来るのよ」
途中でシエルと代わって、精霊たちとシエルが踊って、満足したので帰ることにした。
昨日急遽時間ができたので、更新です。
次回の更新予定は未定です。





