213.キートゥルィとダンス
シエルが舞姫の力を存分に使うのは、もっぱら戦っているときになる。しかもSランク級の存在と戦っているとき。つまりシエルが全力で舞っている姿を最後まで見た人というのは、基本的にわたしを除くと精霊たちくらいになる。
そうなると果たして「見た人」と言っていいのか、はなはだ疑問が生まれる。わたしもまだ人を捨てたつもりはないけれど、何が言いたいのかと言えば、せっかくシエルが踊っているのに途中で倒されてしまうなんて勿体ない。ということだ。
今までのシエルの舞は相手が倒れるまで、魔物を全滅させるまでのことなので、中途半端なところでフィニッシュになってしまうことも少なくない。それはやっぱり勿体ない。
できれば、一つの演舞としてこちらのタイミングで舞を組み立てて、最後の締めまで持って行きたい。
戦いなのに何を言っているんだと思われそうだけれど、せっかくのシエルの舞を拘るのは当り前で、大切なことなのだ。あとできればわたしの歌も聴かせたい。その話をしたときのシエルの『エインは歌を聴いてもらうのも好きだものね』と言った直後の『でもエインの歌を独り占めできなくなるのは、少し複雑な気分なのよ』と付け加えたときのシエルの表情はとても可愛らしかったと記しておく。
そのときにシエルに反対されていたら、わたしは諦めていただろうけれど、舞には歌というか音楽があった方が良い。無音でダンスをしている動画を見たことがあるわたしだからこその感覚かもしれないが、音楽があってこその振り付けもあるわけだし、せっかくならシエルの舞を骨の髄まで堪能してほしい。
そういうわけで、キートゥルィ――トゥルのところにやってきた。
この白い大きなドラゴンは、わたしたちが戦ったことがある相手の中でもっとも強いから。わたしたちとの戦いを遊びと称して受けられるほどの強さを持っているから。
フィイ母様の方が強いのは間違いないのだけれど、遊びの一環だとしても母様に攻撃を仕掛けるのは気が引ける。
それに母様は巣窟の奥に気軽に来ることはできないので、相手をしてもらうと目立ってしまう。
魅せられる機会があれば魅せたいけれど、あえて見せたいものでもない。はっきり言ってしまえば、シエルと一緒に新しい舞の方法を考えたから、わたしたち以外の誰かに見せたいのだけれど、それは友達に自慢したいくらいのもので、知らない人にまで教えたいわけではないのだ。
「だから我の元へと来たわけか。体の良い実験台のようだが……退屈しのぎにはちょうど良い」
トゥルの元から威厳たっぷりにそんな声が聞こえてくる。
確かにトゥルを実験台にするなんて、普通の人には無理だろう。国が相手でも手を出すべき相手ではない。トゥルの相手をしようと思ったら、それこそS級ハンターが必要になる。倒そうと思ったら、S級でも足りないだろうけれど。
「そういうことなら問題ないわね。正直私たちもどれくらいのものになるのか分かっていないから、怪我で済むくらいでやるのよ」
「我に怪我をさせると来たか。なかなかどうして……いや、エインセルか」
「ふふ、トゥルにもエインの歌を聴かせてあげるのよ」
「それは楽しみだ」
「それでは始めましょうか」
シエルが合図をしたところで、シエルの口元から力が抜ける。
たった今から、シエルの体の一部はわたしの制御下に置かれた。自由な手足を使って、シエルがくるりと一回転。ふわりと服が風をはらんで映えるような絶妙な動き。
同時に足下から鈍色の水がシエルの回転にあわせて広がっていく。
今回の舞台を言い表すのであれば、雨の中の都会。どんよりとした雲の下、普段ならそれなりに人がいるビル群の間。雨で誰もいない中、シエルとトゥルだけがいる。そんなイメージ。
ビルは無いし、雨はまだ降っていないけれど。何よりシエルがどこまでイメージできているかは分からない。王都のように人が多いところとは教えたけれど、果たして……。
シエルの準備が整ったので、わたしは歌を響かせる。いつものようにシエルと精霊たちだけが聞こえるそれではなくて、確かに世界に声を響かせる。
シエルの体の一部だけをわたしが動かす。それ自体は昔からできていたけれど、こうやって歌えるようになったのは最近のこと。少しずつではあるけれど神に近づいていくにつれて、呼吸の必要性が下がってきたから。
とは言っても、現状でできるのは5~6分くらい。だいたい一曲を歌い終えるくらい。短いけれど、それで十分。
歌うのは都会の喧噪が突然消えて、時が止まってしまったかのような感慨。こちらの世界の歌ではなく、こちらの世界の言葉ではなく、こちらの世界に無いであろう風景を歌う。
別に前世に飢えているわけではなくて、シエルが興味を持って気に入った歌だから。それにこの世界は歌が少ないので、こちらの世界の歌を歌うこと自体が少ない。
スローテンポの曲にしびれを切らしたのか、トゥルがシエルに向かって飛びかかってくる。岩すら紙のように切り裂く爪が高速で近づく。
シエルは撫でるかのようにその爪に触れると、――トゥルと比べると――ゆったりとした動きで力を受け流す。しかしながら、衝撃すべてを受け止められずにバランスを崩してしまった。
その状況でもシエルは楽しそうに体勢を整えると、トゥルが過ぎ去った方向を向いた。
その巨体から繰り出された一撃は、地面を抉り――同時にそれは地面にある鈍色の水を宙へと巻き上げる。
少なくない量の水は一定の高さまでいくと、重力に負けまるで雨のように降ってくる。
そうして――雨の滴は宙で跳ねる。
まるで透明な傘があちこちに開かれているかのように。
跳ねて跳ねて跳ねて――いくつかは地面に戻ってくる。
その間をシエルが舞う。まるで一瞬一瞬を切り取られているかのように、時が止まっているかのように、動と静がはっきりとした――ダンス。
シエルのたおやかな腕に、肩に、膝に、足に。当たった雨はシエルとは違い、好き勝手に跳ねていく。
シエルの動きはどこか心落ち着かなくさせるもの。どうしようもなく目を引き付けるのに、なぜか不自然に感じてしまう。
そう言う歌をわたしが歌っているから。そういう歌もわたしは好きだから。
トゥルも黙って見ているわけではなく攻撃を仕掛けてくるけれど、その動きは本気でシエルを倒そうとしているものではなく、トゥルなりにシエルにあわせて動いているのではないかと思う。
もちろんシエルでなければ――わたしの結界がなければ――簡単に死に至る一撃ではあるけれど。今はシエルとのダンスを楽しむものでしかない。
シエルが腕を時計のように大きく回したその時、何モノも阻むことができないわたしの歌がぴたりと止まる――止める。
世界が止まる。
そう錯覚するように、雨粒が宙に浮かんだまま動かなくなる。
わたしはゆっくりと歌を続ける。
シエルもゆっくりと動き出す。
蹴り上げた水は、違和感なく宙へと弾け――……やがて重力を忘れたかのように、球になって留まる。
シエルの足が地面を離れる度に少しずつ、確実に増えていく。
シエルの動きにぶつかった鈍色は、その動きにあわせて動き、そして不自然なくらいぴたりと止まる。
鈍色同士がぶつかると、くっつき、大きくなる。
シエルの周りに増えていった、鈍色の玉は次第にトゥルの周りにも増えていく。
それに何を感じ取ったらしいトゥルから、大きな魔力を感じた。
直後に放たれる業火。シエルには明かりにしかならないそれは、いくつかの鈍色に時間を取り戻させた。
悔しそうなうなり声をあげるトゥルとは裏腹に、わたしは今の光景に目を奪われる。
星が――無機質な街灯の光が、あたりを包み込んでいた。
トゥルの炎、それに残り火。それらを鈍色の水が反射する。
予定外だけれど、想定内。
無数の鈍色の玉に囲まれたトゥルが思ったよりも動けているのは、想定外だけれど。でも動きにくそうにしているから、無問題。
そうしている間にも、トゥルとの遊びの時間は終わりに近づく。
宙に浮かんだ鈍色の玉が――幻想的とも、無機質とも言えるような装飾品だったそれらが――暴力的な魔力を帯びる。正確には少しずつ蓄積され、それでも表面化しなかったそれが次の役目を果たすために露わになる。
それなのにトゥルが余裕そうに見物に入っているのが癪であり、同時に嬉しくもある。しっかりとトゥルも楽しんでくれていたようだ。
そうして歌が終わる。同時にシエルも目を閉じて足下に顔を向ける、最後の決めのポーズでぴたりと止まった。
途端。鈍色の玉から魔力が解き放たれ、鋭い針に形を変える。
その質量を存分に使って針が伸びる先にトゥルがいて、標本にでもされたかのように宙に縫いつけられた。
自由に呼吸する権利を取り戻したシエルは、肩で息をしながらトゥルの方を見るのだけれど、トゥルはいとも簡単に鈍色の針から抜け出してしまった。
よくよく見てみれば、針が刺さったところもあるけれど、その強靱な鱗に阻まれ折れてしまっているものも少なくない。
「久方ぶりに痛みを感じたぞ。加えて、なかなかに楽しい見せ物であった」
「もう少し気を使わずにやっても良かったかしら?」
「そうだな。この術で我を倒すのは難しかろう。傷を付けただけでも偉業ではあるだろうがな」
咆哮のような笑い声でシエルを称えたトゥルは、それでもやはり強者の風格を醸し出していた。
感想は返せていませんが、すべて読んでます。いつも感想ありがとうございます。
比較的短いですが、区切り的にちょうどいいので投稿しました。
完全に趣味に走ったというか、勢いに任せて書いたというか、久しぶりにこんな感じで書けて楽しかったです。
たぶん1年くらい前から構想自体はあったのですが、披露する場所がなさ過ぎて思わずぶち込んだところは否定しません。





