202.その後と遊びと学園長
大変遅くなりました。生活が落ち着くまで、こんな感じで不定期になりますので、ご了承いただければと思います。
「なるほど、確かにそうすればより魔法陣を効率化できるわね」
「その分扱うのは難しくなるけれど」
「魔道具として使えばその心配もないわけね。とはいえ魔道具にするのも大変そうだけれど」
「そのあたりが魔道具職人の腕の見せ所なんだよ」
リーエンス先生とやり合って数日、宣言していたとおりシエルは彼の元へと遊びに行くようになった。
こちらもあちらも完全に警戒を解いたわけではない――シエルはあまり警戒していないようだ――けれど、まあ遊びでいいのだと思う。その内容が授業さながらの話であったとしても、シエルが遊びと言っているから遊びなのだ。
なんて話はおいておいて、場所はリーエンス先生の研究室の例の隠し部屋。魔道具を使って魔術的な探知にかかりにくくしているそこは、なにやらたくさんの器具がおかれた工房のような場所で、あるものにはさわらないようにと言われているのでシエルもわたしも触っていない。
そもそもわたしはこの部屋で表に出たことがない。ある意味シエルはこの点に関してはとても警戒している。
そして地下ではあるけれど明かりが十分にとられていて――奥に太い格子で区切られた牢屋が用意されていた。
プライバシーはないけれど、一応ベッドなどの一通りの家具はおいていて、上でやりあったときの落とし穴に落ちたら、ここに捕らえられる仕組みになっていたのだと思う。
捕らえた後どうするのかは――予想はできる。だからこそリーエンス先生は侵入者を捕らえることに重点を置いていたのだろうし。
そしてそのおかげで、シエルに殺されずに済んだわけだ。
リーエンス先生を手に掛けた場合、それはそれで学園生としてやっかいな状況にもなっただろうし、なんだかんだで悪くない落としどころだったのかもしれない。
少なくともシエルは、人形魔術――魔法――が決着するまでは学園から出て行きたくないだろうし、今となっては案外学園に居続ける理由は存在している。
「それにしても君の方は、魔道具の授業を受けていなかったのに、どうしてこんなに興味を持つんだい?」
「人形魔術の人形は魔道具だもの」
「人形魔術か。僕も興味はあるんだけどね」
「どうしたのかしら?」
「あれは魔術の腕も必要になってくるから。僕では子供の遊び相手――いや、駆け出したちの練習相手がせいぜいだよ」
駆け出しの練習相手ができるということは、不格好であっても戦わせることができるということだろう。それで戦力になるのか、魔物と戦わせられるのかといわれると微妙だけれど、それなりに熟練度が高いのではないだろうか。
曲がりなりにも宮廷魔術師ということだろう。
逆に言えば、国のトップ層の中でも人形魔術はその程度しか扱えない。リーエンス先生が王宮魔術で落ちこぼれだとしても、全体からみれば上の下はあるだろうし、人形魔術が不人気なのもわからなくはない。
「なるほどね。――そこのところ間違えているわよ」
「あ、本当だ。……何で君は学園生なんてやっているんだろうね」
「結構学ぶことはあるのよ? さっきの魔法陣の効率も気がついていなかったもの」
「そんな話をしている時点で、学園生の域を越えているんだよ」
リーエンス先生の言葉に、シエルは全く気にした様子もなく「そうなのね」と返す。
年齢差や相手や内容を考えなければ、やっていることは学校の宿題を終わらせる勉強会にも見えなくはないのがおもしろくもあり、おもしろくない。
「剣術なんかは学園生レベルじゃないかしら?」
「模擬戦で負けなしじゃなかったかい?」
「一番下のクラスだもの。あとは経験ね。剣術じゃないわ」
「……――フィイヤナミア様の義娘はA級ハンターだって噂があったね」
「A級のハンターカードがあるけれど見るかしら?」
「いや、必要ないよ。魔術師とはいえ……」
「舞姫よ」
「それでA級というのは信じられないんだけども」
呆れたようにリーエンス先生がつぶやく。一応シエルを大別すれば魔術師タイプと言っていいだろう。だけれど、その戦い方は魔術師のそれとは大きく違うし、じゃあ何かといわれると「舞姫」というしかないだろう。
魔術師っぽく戦えるけれど、戦えるだけで本領ではない。その戦い方がちょっとB級やA級にも通じるだけだ。というと、なにいっているんだといわれても仕方がないとは思う。
「ともかく、A級のハンターをしているともなれば、戦闘経験も豊富ってことか」
「宮廷魔術師は違うのね?」
「人によるかな。魔術の威力は高いけれど、直接戦闘は全くできないという人もいれば、それなりに戦えるという人もいるよ」
リーエンス先生の言い方に疑問を覚えたらしいシエルが問いかけると、リーエンス先生は特に気にした様子もなく答えてくれる。こういう部分だけ見れば、いい先生だと思うのだけれど。人は見た目によらないとはこのことか。
「それで意味があるのかしら?」
「研究職でもあるし、軍隊だと後ろから魔術を撃てばいいだけだからね」
「そんなに違うのね」
同じ戦うにしても、騎士や兵士として軍の一人として戦うのと、ハンターとしてひとつのパーティ――もしくはソロ、もしくは複数パーティ――で戦うのは大きく違う……のだと思う。
わたしたちはぱっと見ソロのハンターとしての活動が主で、同レベルの人と一緒に行動するということがほとんどないので、その辺の違いがわからない。
とはいえ、人数が全然違うだろうし、動けない人を含めて動くのも軍の方がフォローは利きそうだ。
「ところで王宮で一番の魔術師って、どれくらいの強さなのかしら?」
「A級の最上位――人類最強クラスらしいね」
「らしい?」
A級の最上位で人類最強クラスなのか。それが一般認識で間違いないのだろうけれど、不思議な感じがする。フィイ母様はもちろん、ムニェーチカ先輩だってS級だろうし、ドラゴンを倒したとかいう人たちもS級の実力を持っているだろう。
わたしたちがしらないだけで、ほかにもS級の実力の持ち主はいるだろうし、そもそもこの国の――少なくとも上層部はムニェーチカ先輩を認識しているはずなのだ。
しかしながら、わたしたちがそういう人物にたびたび会うだけで、世間から見るとA級がトップなのかもしれない。
少なくとも表向きにはA級が最上位で、伝説としてS級のハンターがいて、フィイ母様は……――規格外とか考えられているのかもしれない。いや、フィイ母様の力は疑問視されることもあるし、とにかく強いくらいの認識しかないのかもしれない。
A級ハンターで考えると……カロルさんくらいだっただろうか? B級の人はたびたび見たけれど、A級はそんなに知らない気がする。となると、やはりA級で最上位になるのか。
と、わたしは思うのだけれど、シエルはリーエンス先生が言葉を濁したことの方が気になったらしい。
シエルの疑問にリーエンス先生は律儀に答え始める。
「実力を見ることができる機会がないんだよ。Aランク以上の魔物が出てくることはほとんどないからね。
Aランクの魔物を倒したのは確からしいから、A級というのは間違いないけど、最上位なのか――一部いわれているS級レベルなのかというのははっきりしないんだよ」
「A級の魔物なんて嫌というほど出てくるけど」
「そんなわけが――ああ、巣窟か」
その存在を思い出したリーエンス先生が言葉を切って、納得したような声を出す。巣窟にはA級どころか、S級だって掃いて捨てるほどいる。
何人がそこまでいけるのかは、知らないけれど。
それにしてもリーエンス先生がここまで簡単に教えてくれるのは、教師だからという以上に、宮廷魔術師時代に何かあったからだろうか? 落ちこぼれと見られていたらしいし、なにもないことはないか。
「連れて行ってはどうかしら?」
「それは無理だね。国家間の問題になる可能性があるから、手続きが大変だし、国防的な観点から見るともっと難しい。
A級の魔物がほとんど出ないといっても、全くないわけではないからね」
「それは大変ね」
個人がとても強くなれるこの世界だからこそなのだろうけれど、一人がいなくなったからと国防に問題が発生するのはどうだろうかと思う。
その人は果たしてまともに休みが取れるのだろうか? 少なくとも長期休暇で旅行とかは無理そうだ。
でも考えてみれば、フィイ母様も中央から出ることは難しいのか。
そんなことを考えながら、二人の会話を聞いていた。
◇
きっかけというものはどこに転がっているのかわからないもので、シエルの場合はリーエンス先生がきっかけになったといっても良さそうだ。具体的には、シエルのことを知っている人相手には口調がいつもの調子になった。
そんな今日は学園長に呼ばれたのでやってきている。その理由は聞いていないけれど、リーエンス先生関係なんだろうなって気はしている。
「そういえば、競技会はどうするんだい?」
「興味ないのよ」
「そういえばそう言っていたね。一般生徒ではない君が出るつもりがないというのは、こちらとしては複雑ではあるが――助かるよ」
シエルの話口調が変わったことに学園長は特に大きな反応を見せなかったけれど、驚いているような雰囲気はあった。それでも変わらず接してくれるあたり、学園長なのだろう。
さてもうすぐ一ヶ月の休みが始まるということで、競技会とやらも近い。だから本題にはいる前に話の種にしたのだろう。シエルは本当に興味なさそうだけれど。
とはいえ、競技会がどういう手順で行われるのかよく知らない。
せっかく目の前に学園のトップがいるので、シエルに尋ねてもらうことにしよう。
「競技会ってどういうことをするのかしら?」
「大きなものだと戦いを学んできた生徒の為の闘技会を指すね。闘技会には魔術を禁止した部門と魔術のみの部門とどちらも許される部門がある。加えて個人とパーティとの部門分けもあるから、それだけで計6部門やるわけだ」
「ふうん」
「同時に魔道具を発表する場もあるし、魔術の研究発表もできる。学園で学んだことの発表会といってもいいだろう」
「そんなにいろいろあって人が集まるのかしら?」
シエルの何気ない言葉に学園長は一瞬なにをいっているのかわからないといった表情を見せたけれど、頭を振ってシエルの言葉を否定する。
「競技会は学園生の大きな目標の一つなのだよ。よりよい成果を残すことができれば、貴族からスカウトされることもあるし、ハンターになったとしても期待の新人としてランクが上がりやすくなる。具体的には競技会で見せた実力にふさわしいランクまで駆け足で進めるようになるね。
ともすれば二十歳をむかえるまえに上級ハンターになることもできるだろう」
「それが他のことでもいえるのね」
なにを専攻しているにしても、競技会で結果を残すことができれば、強力なコネを手に入れることもできると。
第一学園と合同ということは、将来の貴族家当主に自分の実力を見てもらえるということでもあり、うまくいけば一般市民から一発逆転で上流階級になることもできそうだ。
そうなると権力を笠に着て強要してくる人も出てきそうだけれど、その辺は学園側がうまく対応するのだろう。
「それでどうやったら競技会に出られるのかしら?」
「興味がなさそうだった割には、積極的だね」
「知っていて損はなさそうだもの」
それほどに重要なものであれば知らないということが目立つ原因になりかねない。
学園長も納得はしたのか、特に疑問を呈することもなく答えてくれる。
「闘技会であれば、休みがあけ次第予選が行われる。学年無関係で行われるから新入生でも参加はできるね。
例年だと参加者をランダムに四つに分けて、トーナメント形式で行う。各ブロック上位2組が競技会に出られる。同時に他の部門でも第二学園で審査があって、その審査に通った者が競技会での発表が許される」
「参加するには申し込みをしないといけないのかしら?」
「そうなるね」
『ということらしいけれど、出場するのかしら?』
『わたしは出たいとは思いませんが、パーティの二人にはいい経験になるかもしれないなとは思ってます』
『確かにそうかもしれないわね』
パルラにしても、ベルティーナにしてもだいぶ動けるようになってきたようだし、力試しに出てみてもいいのではないかとは思う。性格的にどちらも厳しそうだし、それに――。
『とはいえ、まだ危ないんじゃないかしら?』
『ですから、来年以降の話ですね。聞いてみた感じ、新入生で出場するのは特に腕に自信がある人だけになりそうですから』
彼女たちが以前よりも強くなったのは確かで、ベルティーナだって体力が結構付いてきた。パルラに至っては同じ授業を受けている中では上位の実力を持っている。
だけれど、それも下位クラスの中での話。ようやく基礎が固まってきたくらいかなーと言ったレベルでしかない。
競技会の予選に出たとして、上級生や上位クラスと当たってしまったら、力試しと言う間もなくやられてしまうことだろう。
実際に上位の授業を見たわけではないので、絶対とはいえないけれど、わたしたちとレシィ様関係を除いたら、同じ授業を受けている人だと一人二人くらいしかいい勝負すらさせてもらえないのではないだろうか?
逆に英雄くんことジウエルドは、いいところまでいくんじゃないかと思う。優勝してしまうか、優勝候補相手に善戦するところまでいくか。どちらにしても出場したら目立つだろう。
「再度問うけども、君は出場しないんだね?」
「ないわね。仮に出たとしても、エイルネージュは結界魔術が少しだけ得意なハンターなのよ」
「少しだけ……ね。それにも言いたいところはあるが――それよりも、聞きたいことがあるんだよ」
「リーエンスかしら?」
シエルの何気ない返答に、学園長は重々しくうなずいた。





