195.王都の魔石とレシミィイヤ姫と約束
学園内でもっとも見慣れた場所はどこかと言われると、自分たちの部屋を除くと、おそらくレシミィイヤ姫の部屋になる。
定期的に来ているし、内心はどうかわからないけれど、レシミィイヤ姫は快く迎えてくれるので長居することもなくはない。パルラはともかく、ベルティーナよりは姫様との方が沢山話しているように思う。
シエルメールの事を知っているし、結構個人的なことも話したし。わたしの感覚だと割と友人と言ってしまって良い間柄にはなっている気がする。
何というか、学校では仲がいいけれど、放課後や休日に一緒に遊びに行くとかはない。それくらいのクラスメイトのような感じ。
そんな慣れたレシミィイヤ姫の部屋で、いつも通りもてなされたあと、人払いをして――表に出ているシエルがレシミィイヤ姫と――話をする。
「つまり魔石はもう大丈夫なんですね」
「はい。エイルネージュ様のおかげです」
「公正な取引ですから、気にしなくて良いですよ」
「ですが――いえ、そうさせていただきます」
レシミィイヤ姫と話していたS級魔石の取引だけれど、結局10個ほど売ることになった。それはそれはとんでもない値段になった――相場通りかは知らない――のだけれど、ポンと払えるあたり流石大国の王族だなと感心する。
わたしたちも払えなくないけれど、懐的には大ダメージを負っただろう。ひとつ言えるのは、これでまたお金の心配をする必要がなくなったことだ。
お金の心配をしていたのって、ハンターになる前とか、ハンターになった直後くらいなものだけれど。
世間的な話、市場に魔石が出回り始め安心した声が聞こえては来ている。例年より多少高く節約はしないといけないだろうけれど、無理じゃない程度には収まった。これくらいなら、今までにもなかったわけではないらしい。
「ところで売った魔石はどう使ったんですか?」
シエルもエイルネージュとして話すことに慣れてきた感じはするけれど、こうやってストレートな発言をするあたり、シエルだなーと思う。
わたしが聞いてもたぶん最終的には直接訊くことになるのだろうけど、もう少し回り道はするだろう。でもどちらが良いと言うつもりはないので、わたしは黙って話のゆく末を見守る。
下手すると国家機密に抵触するような質問だけれど、答えられないならそう言ってくれるだろうし、答えられなかったからと言ってシエルの機嫌が悪くなるわけでもない。
「城で使われる魔石の代わりとして使わせてもらっています。具体的な場所を教えることは出来ませんが、城で使われている重要な魔道具は個々に魔石を使うことも出来ますが、強力な魔石ひとつを設置することでも作動します。
城で使われている魔道具は、決められた人員でのみ魔石を交換することが出来るようになっていますので、不審に思われることもありません。彼らには元々王家の魔道具に関係する事を口外しないようにと契約していますから、そこから漏れることもありません」
『王城が大きなひとつの魔道具みたいな感じがしますね』
『言われてみるとそうね。でもそちらの方が住むには便利なのではないかしら?』
『作るのはとても大変そうですけどね』
どれだけ複雑な魔法陣が必要になるだろうか。でも魔石一個で火も明かりも使えて、お風呂が湧かせて、気温を一定に出来る家もやろうと思えば出来そうだ。
魔石一個の一個は高ランクの魔物の魔石が必要になるだろうけれど。
「あとは頂いた魔石の魔力をほかの低ランクの魔石に移して、街に流しました」
「魔石の魔力を移し替えることが出来るんですか?」
「高ランクの魔石から、低ランクの魔石へしか出来ないと聞きますし、移し替えると総魔力量が減ってしまうというデメリットもありますが、一部職業の方であれば出来るのだそうです」
減った魔力は果たしてどこに行ったのか。禁忌とされていない以上消えてなくなったとか、瘴気に戻ったとか言うことはないだろうけど。
普通に考えて、消費されたものとして扱われるのだろう。だとすれば、世界的にはどんどん移し替えて消費してしまった方がいいのだろうけど、そこまでするのはわたしでもあんまりかなと思うのでやらない。世界の危機とかで早急に必要と言われたら、喜んで渡すが。
ハンターとして活動しているときには、魔石は換金アイテム位にしか思っていなかったけれど、意外と魔石でできることは多いらしい。魔力を暴走させる毒のようなものも作れるわけだから、今更か。
「これを機に王都の魔石の流れも調べてみたのですが、どうやら出所不明の魔石が第二学園に運び込まれているようです」
「話して良いことなんですか?」
オスエンテ国の問題というか、何というか。少なくとも部外者であるわたしたちに話す内容ではないように思うのだけれど。
それに――。
『この話を聞かせてどうしたいんでしょうね?』
『どうにもできないと思うのだけれど、どうかしら?』
『わたしもそう思います』
謎の魔石の流れがあって、それがなんなのか探るのを手伝え、という訳ではあるまい。仮にそうだとしたら、レシミィイヤ姫の評価を下げざるを得ない。
わたしたちを良いように使おうというのであれば、回りくどいことをせずにやるべき事と報酬の話をすべきだし、そもそも国外の人に頼むようなものでもない。
「本当は話すべきではないのですが、どうやらエルベルト家が関わってきているらしいので、お伝えしておこうかと思いまして」
「それはありがとうございます」
反中央派が関わってきているのであれば、わたしたちに伝えて置くというのもわからなくもない。何かあってからでは遅いから。
話をしたから、何々をしろというわけでないのであれば、情報自体はありがたい。そう思っていたら、「ところで……」と話し難そうにレシミィイヤ姫が口を開いた。
「エイルネージュ様はわたくしよりも年上なのですか?」
「そうですが……何か問題でもありますか?」
「いえ……その……」
シエルを恐る恐る上から下までレシミィイヤ姫が眺めるのに対して、シエルはよくわからないらしく首を傾げる。
『どうしたのかしら?』
『どこで年齢を知ったのかはともかく、わたしたちが小さいのを不思議に思っているんじゃないでしょうか?』
『そんなに小さいかしら?』
『同じクラスの中でも一番小さいですから、まあ小さいとは思います。これについては仕方がないのですが』
基本的に栄養不足だったから。あれから3年。10年分の遅れを取り戻すには、まだ時間が足りないらしい。このまま平均以下であり続けるかも知れないけれど、しっかりと成長はしている。
わたしは何度でも大人になったシエルが見たいと言うけれど、たぶん前世の高校生くらい。早いと15歳とかで成長が止まるんじゃないかなと思う。
「エイルネージュ様は可愛らしいな、と思いまして」
苦し紛れにレシミィイヤ姫がそう言うけれど、その「可愛らしい」はどういう意味なのだろうか。
シエルの見た目を客観的に――見れる自信はそろそろないけど――見ても、小ささを除いても可愛いとは思う。でもどちらかと言えば、綺麗系だと思うのだけれど、どうなのだろうか?
「姫様から見ても、私は可愛いんですね?」
頭の中で話を広げたわたしが言うのもなんだけれど、シエルがその話題に乗っかるのは少し驚いた。
シエルが言うとなんだか嫌味っぽく聞こえる気がするけれど、シエルにその意図はないだろうし、尋ねる相手もたいがい容姿が整っている。
「ええ、教室内でも評判ですし、わたくしも羨ましく思う事もあります。特にその肌とか……」
「ええ、ええ! この肌を維持するためにがんばっていますから」
自慢するようにシエルが言うのは、たぶんわたしが誉められたから。最近――というか、フィイ母様の邸で暮らすようになってから、スキンケアも最高級のものを正しく使われているけれど、あらゆる外的要因からシエルの肌を守っているのはわたしの結界。
だからかここのところ、肌を誉められる=わたしの結界を誉められると思っている節がある。
さて、相手がそこそこ話をしている相手だからか、テンションがあがったからか、――身内以外には――珍しくシエルが笑顔を見せている。
それを見せられたレシミィイヤ姫は少しだけ目を丸くして「やはりとても魅力的ですよ」と漏らした。それから何かを決意したかのような目で、シエルを見る。
「あの、よろしければ次の休みに、一緒に街まで出てみませんか?」
『デートに誘われましたね』
『これがデートという奴なのね?』
レシミィイヤ姫のシリアスな表情からは想像できない内容に、思わず呟くとシエルに拾われた。
さてどうしたものかと考える余裕があれば良かったのだけれど、あまりレシミィイヤ姫を待たせるのもあれなのでひとまずシエルに「次の休みですか……少し待っていてください」と言ってもらう。それから適当な大きさのノートを取り出す。手帳の確認みたいな感じだけれど、この世界手帳の文化はあるのだろうか?
そもそも一般貴族程度が一国の姫からの申し出に待ったをかけるなんてあり得ないのだけれど、レシミィイヤ姫はシエルメールのことは知っているので大丈夫だろう。
予定の確認をしているフリをしてシエルと相談する。
『とりあえず、デートではなくて遊びに行こうという事だと思います』
『そうなのね? 急にどうしたのかしら?』
『んー……たぶんわたしたちと仲良くなりたいんじゃないのかなと思うんですが、何か裏があるかもしれません』
純粋にそう思っている可能性も十分にあるけれど、そうではない可能性もある。ただわたしたちが変に裏を読む必要もないのかな、と言う気もしている。純粋に仲良くなりたいとか、せいぜい中央とのつながりを得るために仲良くしておきたいくらいであれば問題ないし、裏があっても最悪力業でどうにかできる。
『どうしたらいいかしら?』
『シエルにお任せしますよ。ですが特別嫌いというわけでないなら、一度行ってみても良いと思います』
まあ、それに相手の思惑とか考えていたら、友達とかできる気がしないので、わたし的には一緒に出かけるに一票を投じたい。
シエルは少し考えてから、答えを出したらしく口を開いた。
「出かけるのはかまいませんが、人を連れて行っても良いですか?」
「もちろんです。わたくしも一人で行くことはできませんから」
護衛が必要と言うことだろうか。正真正銘お姫様だし当然のことだろう。別の友達を……となると、少し困る。シエルが気を許しかけているのは、学園だとムニェーチカ先輩と、パルラ、ベルティーナ、レシミィイヤ姫くらい。他の人が来ると、下手するとシエルは全く話さなくなるかもしれない。
それで姫との仲が深まらなければそれでも良いかなと、思ってしまう自分もいるのだけれど、それでは何のために学園に入学したのかわからないので隠しておく。
わたしだってシエルと一緒に森の奥でひっそりと暮らすのは、いいなと思うのだ。
「詳しい時間は追って連絡いたしますが、休日の昼前にお迎えにあがりますね」
「わかりました」
といった感じで出かける予定が決まったわけだけれど、どこに行くとか言う話はしなかったと、ふと思った。
まあ、オスエンテに何があるのかはよくわからないし、レシミィイヤ姫に任せてしまって良かったかもしれない。さすがに誘っておいて、どこに行くか目星もついていないなんて事はないと思うし。
でもそう考えると、やっぱりデートっぽいかななんて感じてしまうのはわたしの考えすぎだろうか。
◇
『そう言えば、一緒に連れていきたい人って誰なんですか?』
部屋に戻ってシエルに尋ねる。パルラかベルティーナでも連れて行くのかと思っていたけれど、彼女たちはたぶん来ないだろう。来たとしてもまともにはなせないと思う。
いつかのカモフラージュの流れでパルラは話したことがあるかも知れないけれど、ベルティーナは話したことがあるのかも怪しい。
「ミアよ。一緒に行った方が安心だもの」
『なるほど』
上流階級のつきあい方とか知っているだろうし、従者だから連れて行くのに不自然という事もない。
「お嬢様、どういたしましたか?」
そして話を全く知らないミアが不思議そうに尋ねてくる。
「次の休みにレシミィイヤ姫と出かけることになったのだけれど、ミアにも一緒に来てほしいのよ」
「かしこまりました。どちらに行かれるのかわかりますか?」
「いいえ。たぶんレシミィイヤ姫が考えているのではないかしら」
「了解いたしました。準備はワタクシのほうでいたしますね」
「ありがとう、任せるわね」
シエルの言葉にミアは一瞬目を丸くして、それからピシッと背筋を伸ばして「お任せください」と勢い込んでいた。





