閑話 べルティーナの過去と学園生活(下) ※べルティーナ視点
その子との出会いは……とても説明が難しい。初めての魔法陣学の授業で、周りが知らない人だらけで、席は大体埋まっていて――誰かと相席になるくらいならいっそ自分の部屋に戻ろうかなとすら思っていたときの事。特にこの授業は上級生も受けるような授業で、周りは体が大きな人も多くて、本当に帰りたかった。でも将来のことを考えると、魔道具師になるのが良いと思うから、受けた方が良い授業でもあった。
魔道具師ならずっと引きこもって、魔道具を作っていればいいだけだから。本当にどうしようもない時にはハンターになるしかないからそっちの授業も一応取っているけど、でも理想は引きこもってできる仕事をしたい。人と関わる仕事なんてしたくない。
今帰りたい気持ちと、将来の不安とで、なんだかもう気持ち的にどうしようもなくなってきたときに、その子を見つけた。
ベルよりも小さくて怖くなさそうな女の子。それだけで顔も見ずに隣の席に座ってしまったのだけれど、ふとどんな子なのかなと気になってその子を見てしまった。
あたしはいつも簡単にだけれど魔眼を使っている。それは怖い人をすぐに見つけて離れられるように――屋敷にいたときにお父様をいち早く察知して逃げられるように、寝ているとき以外は使えるようにと頑張った。でもきちんと使っていると、魔力が見えすぎてしまって疲れるので簡単にしか使っていない。
それがいけなかった――今思うとよかったのかもしれない――。近くで見たからようやく気が付くことができた。隣の子はお父様なんかよりももっとたくさんの魔力を持っている。今まで見たことがないほどに、とてもとても大きな魔力。それなのにこの距離になるまで気が付かなかった。それがどうしてなのかわからないのだけれど、ベルがわかったことはこの子がその大きな魔力をベルが知っている誰よりも上手に扱っているということ。
何も魔術を使っていないように見えて、その子はずっと結界を使い続けている。それもよく見る丸いやつじゃなくて、その子の体の形に合わせて、もう一枚服を着ているかのようなそんな結界がちゃんと見たときにはぼんやりとわかってしまった。
この子はとてもすごい子だというのが、とてもよく分かった。
だけれど、この子についてはもう一つ分かった。魔術のすごさはもちろんなのだけれど、そのすごさの割りに怖い感じがしなかった。ベルよりも小さな女の子で威圧感がないし、ベルに気が付いた時の視線が何というか……ベルのことを悪く思っていない大人みたいな視線だったから。ベルのことをいじめる人や虐めるようになる人はもっと別な表情でベルを見るのだ。
そうしているうちに授業が始まっていて、それだけ長い間隣をじっと見てしまっていたことに気が付いたのだけれど、何も言われなかったので、やっぱり怖くない人なんだなと思った。
◇
魔法陣学の授業が終わって、あたしは一つ行動を起こすことにした。
入学してから行ったことがない学食というものに行ってみようと思うのだ。
今までは寮の部屋まで戻って食べるか、簡単に作ったお弁当をひと気のないところで食べていたのだけれど、弁当を持ってきていないから。寮に戻ってもよかったのだけど、何かあった時のために実際に学食に行って使えるようになっておきたかった。
なぜこう思ったのかと言えば、こそっとついて行っても怒らなさそうな人が近くにいるから。女の子が学食に行くのであればこっそりついて行って、どうやって使うのかを見せてもらおうと思った。
かくしてベルは初めてここの学食の料理を食べることになった。店員さんとほとんど話すことなく料理を手に入れることができて、この学食がなんて素晴らしいところなのだろうかと感動した。
周りに人がいっぱいいることと、そのせいで席がほとんど空いていないことが問題だけれど。次に来るならもっと人がいないときにしよう。幸いというか、魔眼のおかげで人が少ないところはわかるのだけれど、今の時間だと人が居ないというところがない。知らない人と相席で食べるなんて言うのは無理なので、必死に辺りを探してみると、まだ知っている人の近くが空いていたのでそこに座らせてもらおうとそちらに向かった。
怖くなくても話すことができるかと言われたら無理なので、彼女に気付かずに座ってしまったということにして、とにかくご飯に集中することにした。学食のご飯はたぶん美味しかったのだけれど、周りが気になってしまい味はあんまり覚えていない。あとこうやってたくさんの人と一緒に食べていてわかるのだけれど、ベルは食べるのが遅い。
だから味わうことよりも早く食べなくてはと、一生懸命になっていた。あとから思うとそこまで急がなくても時間的には結構余裕があったのだけど。
そして一生懸命食べていたら、目の前の女の子がいつの間にか立ち上がっていて「面倒な人が来ますよ」とだけ言って、立ち去ってしまった。声をかけられるなんて思っていなかったから思わずビクッと体を震わせてしまったけれど、「面倒な人」というのが気になったので、魔眼を使って入り口のほうを見る。様々な魔力がある中で、一つ忘れられない人のものを見つけた。
お父様に次いで会いたくない……何だったらお父様よりも会いたくない相手。気が付いた時には体が逃げ出す準備を始めていた。食べかけのお昼ご飯が惜しいとも思わないほどに、会いたくない相手だった。
教えてくれた女の子に感謝しつつ出口へと向かうのだけれど、人がたくさんで思うように進めない。
そうしてあたしは彼――アルクレイ君とすれ違ってしまった。嫌みを言うだけで擦れ違って行ってくれたのでよかったけれど、座っているところで出会っていたら何をされたのか分かったものではない。
それから助けてくれた女の子を見つけて、その子がとても器用に人の波を歩いていくのでそのあとをついていかせてもらうことにした。それに教えてくれたお礼も言いたかった。
どう声をかけるべきか、迷いながら女の子の後をついていくと、いつの間にか寮の階移動の魔道具に乗っていた。
密室で二人だけという状況に頭が真っ白になったけれど、魔道具から降りたところでようやく声をかける決心がついた。というか、ここまで来たら声をかけないという選択肢がなかった。だって周りに誰もいなかったから。ずっとついて回っていたのがばれてしまったわけだから。
「どうしました?」と返ってきた声にベルを悪く思っている様子はなくて、思い切って自己紹介をした。
◇
女の子の名前はエイルネージュというらしい。エイルネージュさんはベルと同じ階に住んでいて――それだけお金持ちということだ――、ベルがずっと後をつけていることにも気が付いていたらしい。というか、二人だけになった時に気が付いたのだけれど、エイルネージュさんは結界のほかにも魔術を使い続けているのがわかった。たぶんこれは探知の魔術。あたしが見ているものが間違いでなければこの階の全てを探知しているらしい。魔力がたくさんあるのは知っていたけれど、ベルが思っているよりももっともっと魔力を持っているのかもしれない。
そこではどうしてベルが追いかけていたのかを話して、勢いでベルが見捨てられたことも話して、正直ほかに何を話したのかは思い出せないのだけれど、話が終わってもベルのことを悪くは思っていなさそうだった。
◇
それからいくつかの授業で一緒になり、頑張って近づいて気が付かれて話をすることができて、ハンターになりたいという平民のパルラちゃんとも話すようになって、独りぼっちだったベルとしては考えられないようなことになった。
それでも二人とは違うクラスなのでずっと一緒というわけにはいかなかったけれど……。でも学園に行くのが少しだけ楽しくなった。嫌だった戦闘訓練も二人がいるなら、ちょっとくらい行ってもいいかなって思った。クラスでは会えなくても、ベルが取っている授業にはどちらかがいたから、クラスに集まらずにすぐに授業に行きたいなと思ったくらいだ。
特にパルラちゃんは見かけるとすぐに合図をしてくれるから、安心して隣に座ることもできたし、たくさん話しかけてくれるからなんだかとても仲良くなれたような気がした。エイルネージュさんは……勝手に追いかけておいてなんだけれど、少し近寄りがたいところがあるから、
「パルラちゃんはエイルネージュさんのことどう思ってるんです?」
「エイルネージュちゃんのこと?」
ある日、パルラちゃんと二人で話せる機会があったから、そんなことを聞いてみた。ベルよりもずっと前からエイルネージュさんと一緒にいるパルラちゃんがどう思っているのか気になるし、ほかの人がどう見えているのかというのも気になったから。
「んーっと……あたしがそう思うというだけなんだけど、たぶん貴族様だよね」
「ベルもそう思います」
「でも身分とか気にしていないと思うよ。だからといって怒らせちゃったら、とっても怖いと思うんだけど」
「それくらい強いと思うですか?」
「あたしよりも強いんだろうなってことしかわからないかなー」
「なるほど、わかりました。ありがとうございました」
「あ、でもね。あたしはエイルネージュちゃんともっと仲良くなりたいんだ」
「ベルも……仲良くなれたら嬉しいなって思うです」
やっぱり普通の人には、エイルネージュさんがどれくらい強いのかはわからないみたい。だからそんなに騒がれていないのだろう。だってあたしが見たことがある人の中で一番ということは、学園長よりもというわけだから。なんで学園に来ているんだって思いたくなる。
でもベルと一緒にいてくれるから、卒業まで学園にいてほしいなと思うし、ちょっと近寄りにくいのもいいかなと思う。ベルが怒らせないようにだけ、気を付けたいなって思う。
◇
とうとうやってきてしまった野外訓練の授業。嫌々授業に行くと、パーティを組めという死刑執行にも似た宣言をされてしまった。知らない人とパーティを組むようなことがあれば、ベルはよくて無視されるようになるだろう。いっそ無視してくれればいいのだけど、たぶん虐められるんじゃないかと思う。
だってパーティを組んで、山の中に入っていくのだから。先生たちが常に見ているわけでもない中で、いじめられたらベルは死んでしまうかもしれない。
でもとてもとても、とてもとてもとても、幸運で、奇跡ともいえる事が起こったから、ベルには知り合いがいる。二人とパーティを組めなかったら今から回れ右してこの授業から逃げようと決意したところで「3人でパーティを組みませんか?」と声がかけられた。
これを逃してしまうと、ベルはもうどうしようもなくなってしまうので、すぐに首を縦に振った。
そうしてパーティを組んで山に入って分かったことは――入る前から分かっていたけれど――ベルだけが体力がないこと。その前にベルがパルラちゃんに貴族だと伝えないといけなかったのだけれど、パルラちゃんは受け入れてくれたしベルとしてはなんだか気持ちが軽くなったので、それはなんでもなかった。これで隠し事もなくて少し距離が近づいたように思えた。
エイルネージュさんが自分の正体について教えようかとパルラちゃんに聞いたのは驚いたけれど、どうやらエイルネージュさんはバレてもそんなに困らないらしい。だとしたら、やっぱりとても身分が高い人なんだと思う。上位貴族の秘密を知ったから殺された、なんてことはこの世界ではたまにあることだから、下手に聞かなかったパルラちゃんの判断はベルは正しいと思う。
余計なことに首を突っ込むと、嫌なことに巻き込まれるのだ。具体的にはお父様の不機嫌とか。
それは良いとして、あたしが体力がない話。戦闘訓練で知っていたけれど、エイルネージュさんだけではなくて、パルラちゃんも体力がある。それとも逆だろうか? 何故か魔術師のエイルネージュさんが昔から山にはいることがあったパルラちゃんよりも体力があった。
それなのにベルは少し山道を歩いたら疲れてしまうほどで、気を使われて休むことになった。言い訳をするなら、周りを警戒しながら歩いていたのでいつも以上に疲れやすかった。でも一緒に警戒していたパルラちゃんは平気そうだったので、やっぱりベルの体力がないのだ。
二人ともベルに怒ることはなくて、ゆっくりと休ませてしまった後、あたしたちは初めて出会う魔物――ゴブリンと遭遇してしまった。
エイルネージュさんが前に立ってくれて、ベルたちは後ろから攻撃するだけでよかったのだけど、まず初めての魔物との戦いということでいっぱいいっぱいになってしまって、指示はもらっていたのにすぐには動き出せなかった。
それから戦っている最中なのに、エイルネージュさんの動きに目を奪われてしまった。細剣を出して戦うエイルネージュさんの動きは、最初からどう動くかが決まっていたのかのようにスムーズで「剣舞」の名前の通り、本当に「舞って」いるかのようだった。何とか状況を思い出した後、必死に攻撃の準備をしたけれど、結局エイルネージュさんが一人で倒してしまったようなものだった。一人ならもっと時間をかけずに倒せたんだと思う。
ベルはハンターになりたいわけではないけれど、でもこんな風に足手まといになるのは嫌だった。エイルネージュさんは徐々に慣れていけばいいといったけれど、今は全くの役立たずと言われているような気がしたし、違うとも言えそうになかった。
ううん。ちがう。ベルはエイルネージュさんに見捨てられるのが怖かった。今のままだと見捨てられてしまうのではないか、もう楽しいと思える学園生活を送れなくなってしまうのではないか。
だからベルはパルラちゃんに空いている時間を使って、少しでも戦えるようになろうと、一緒に頑張ってもらえないかなと、こっそり尋ねていた。





