閑話 レシミィイヤの苦悩 後編 ※レシミィイヤ視点
試験が進み、例の少女の情報が集まってきた。
名前はエイルネージュというらしい。ハンターをしながら王都までやってきたらしく、入学試験の受付もハンター組合経由で行われた。
ハンター組合から受付が行われること自体は珍しくなく、中にはハンター組合がお金を出して通わせるという場合もある。
実際に今回の試験でもハンター組合がお金を出している人物が居るので、その人のついでに申し込まれたようだ。
ハンター組合がお金を出した人物については、こちら側でも把握はしているので、良いとする。
気になるのはエイルネージュなる人物には、ハンター組合がお金を出していないこと。
わたくしと同じ年齢にしてE級ハンターの資格を持っているとなれば、ハンター組合がお金を出して通わせるに十分な才能を持っているといえる。そうではないと言うことは、彼女の能力が特殊であるとか、ハンター組合が支援する必要がないほどの存在がその背後にいるとか。
そして彼女の成績。頼んで裏で採点をしてもらったところ、かなり優秀な成績を収めているらしい。
わたくしやルーニャが受けてきたような、それこそ国のトップが受けるような内容は回答できていなかったようだけれど、上位の貴族が受けるような教育は受けてきたのだといえるレベル。
特に貴族と平民とで差がでる礼儀作法の試験でも、彼女はそれなりの結果を出している。
ここまでで考えるのであれば、家名は明かしていないものの名のある家の令嬢であることは想像に難くない。
加えて微妙な作法の違いから、オスエンテの貴族ではないだろうともいわれている。
他国からお忍びで来た侯爵程度の家の出の者。まとめるとそうなるのだけれど、どうにも納得ができない。
他国の侯爵令嬢ともなれば、オスエンテとしても蔑ろにはできない。特に彼女の経路を考えると、中央から来たという可能性が高いのだという。
お忍びできている以上、過度な接触は避けなければいけない。同時に多少の無礼に対しては寛大に対処してくれるだろう。
だけれど、どうしても頭に残った可能性につなげたくなる。
試験の結果は正体を隠すために、わざと低く見せているのではないか。
直感なんて言うつもりもなく、ただの妄想でしかないのだけれど、直接話してみなければ納得することはできない。
そう思い、わたくしは最後の試験で顔を出すことをお付きに伝えた。
◇
わたくしの決定がぎりぎりになってしまったせいもあって、試験会場に向かうのが少し遅れてしまった。
本来遅刻は厳禁なのだけれど、学園側も事情をわかってくれているため、それが理由でわたくしの成績が決まることはない。
しかしながら、試験の内容――ダンスの巧拙――に関しては配慮されることはなく、わたくしの実力が見られることになる。
ダンスホールについた時、すでにペア分けが終わっていたのか、ぽつんと一人の少女だけが手前で佇んでいた。
その少女こそエイルネージュ様だろうと近づいてから、「おまたせいたしました。貴女がエイルネージュ様ですね」と声をかける。
そのときに彼女の容姿を確認したのだけれど、確かに白髪碧眼だった。
可憐で小さく、透き通るような肌は下手な貴族、いえ王族であるわたくしよりも手入れが行き届いているのではないだろうか?
姿形だけの印象であれば、王族と言われてもわたくしは驚かない。
「はい。エイルネージュと申します。まさかわたしのお相手がレシミィイヤ様とは思いませんでした」
「あら、わたくしのことバレてしまいましたか」
「ええ、もちろんです。オスエンテの至宝とすら言われるレシミィイヤ様のことを存じないわけないではないですか」
他国の人物であるはずなので、わたくしのことは知らないのではないかと思ったのだけれど、そんなことはなく持ち上げられてしまった。
ただ彼女の言葉は聞いた話を繰り返しているだけというような形式的なもので、儀礼的な意味合いの言葉なのが透けて見えた。
察するにわたくしが王族だと知って取り入ろうとするタイプではない。
それどころか、わたくしを一国の姫だと知ったうえでのこの反応ということを考えると、やはり相当身分が高い方なのではないかと邪推してしまう。
だとすれば今度は試験結果の中途半端さが気にかかる。
今は少しでも情報を集めたいところではあるけれど、入学試験中だということを忘れてはいけない。
ホールの中央に行くように促すと、ダンスで女性パートしか踊れないことを告げられた。
ダンスが得意な人であれば、両方のパートを踊れることは少なくないけれど、王族であっても自身のパートしか踊れない人もまた少なくない。
幸いわたくしは男性パートも踊れる、というよりも踊れるからこそ、こうやって試験に介入できたのでエスコートをするように手を伸ばした。
「これはわたくしの、というよりも王族の都合ですから、わたくしがリードいたしますよ」
「わかりました。お願いいたします。レシミィイヤ様」
躊躇うことなく取った手はわたくしの手よりも小さくてしなやか。
手袋をしているせいか違和感があるものの、彼女の身長が低いせいかなんだか妹ができたような感じさえする。
そんな彼女を連れてホールの方へと移動すると、ちょうどわたくしたちの周りだけ空間ができあがった。
わたくしを見ていると言うよりもわたくしたちを見ているらしく、視線はエイルネージュ様にも向けられている。
彼女の美しさであれば当然の反応だと思う。近寄ることが躊躇われるというか、ふれると壊れてしまいそうな雰囲気が彼女にはあるから。
それなのにエイルネージュ様自身はその自覚がないらしく、わたくしの方を見て納得していた。
おそらくわたくしが姫だからこんなにも遠巻きにされるのだと思っているのだろう。
そのように思わず苦笑してしまったけれど、ここからが本番なので気を引き締める。それにこれは入学試験でもあるのだから、ダンス自体にも気は抜けない。
程なく音楽が流れはじめ、ダンスが始まる。
彼女のダンスは可もなく不可もなくといった印象を受けた。
特別上手というわけでもなく、それでも上級貴族が見せるには十分な程度の技量といった感じだろうか。
あの仮面の少女であれば、飛び抜けてうまいだろうから、彼女が仮面の少女である可能性をわたくしの中で少し引き下げた。
それから彼女に話しかけて探ってみたのだけれど、何とも捉え所のない返答が返ってくる。
あえて矛盾を孕ませてみても、彼女は「姫様はわたしを貴族のように言うんですね」とクスリと笑うだけ。
これだけ踊れておいて、あれだけの成績を残しておいて、よく言えたものだと目を丸くしてしまったけれど、そこはすぐに表情を戻して対応できたと思う。
お忍びのつもりかもしれないが、本当に隠せていると思っていたのだろうか?
彼女と話すほどに、彼女についてわからなくなっていく。
本当に貴族の出ではないのでは? と考えてしまうほどに。
だけれど、彼女があえてそう思わせるように答えている可能性もあり、じれったい感情が心の内からわいてくる。
こうなったら、もっと直接的に話を聞いてみるしかないか。そうすれば少なくとも、今のように混乱することはない……と思いたい。
「第一学園でも通用するであろう作法を身に着けている方であれば、他に考えられませんから。
才能はあってもそれを伸ばせるところとなると、限られてくるものです」
「なるほど、では隠しても駄目みたいですね。つまりこの国の貴族ではなく、それなりにダンスができるわたしが姫様のお相手に選ばれたんですね」
「はい。表向きは」
「表向きは、とはどういうことでしょうか?」
エイルネージュ様が可愛らしく首をかしげるけれど、もうごまかされない。
もしも素で今までの反応をしていたのであれば申し訳ないけれど、そんなことはないはずだ。
そう思って何者かを尋ねても、家名のない家の者だと返答されてしまった。嘘をついている様子もなく、まっすぐこちらを見ている。
成績の話をしてもどこ吹く風とばかりに、返されてしまう。
なんだか空回りしている感じしかしない。
だとしたら、アプローチを変えてみるか。
「ではエイルネージュ様は、黒髪でドラゴンの仮面を被った方をご存じでしょうか?」
「どなたでしょうか?」
「いえ、心当たりがないのであれば構いません」
本人ではないにしても関係者である可能性もあるのではないかと尋ねてみたら、これはわずかに反応があった。
A級ハンターの関係者であれば、十分な教育を受けていてもおかしくはないか。
それだけの経済力も伝手もあるだろう。
だとすればこちらの方向で攻めるのが良いだろうか。
というか、そうなのだ。仮面の少女と同じくエイルネージュ様は鑑定を妨害する何かを持っている。
それだけでただの平民というわけがないのに、相手のペースに呑まれてしまっていたらしい。
エイルネージュ様には何かあるとして、オスエンテに害をなすものではないのかを判断する。それを念頭に話をしていこう。
ここからが本番だと、じっとエイルネージュ様の瞳を見つめる。
「エイルネージュ様は鑑定職をご存じでしょうか?」
この質問が彼女にとってのクリティカルであるのは間違いない。
大事なのはわたくしが彼女の反応を見過ごさないこと。
そこから確実に彼女が何者かを探っていく。エイルネージュ様が何者かわかれば、仮面の少女についても何か掴めるかもしれない。
仮面の少女が関係なくても、背後関係を問いただすことはできるだろう。
「はい。鑑定職は知っていますよ。ですがレシミィイヤ姫。わたしはただ、平穏に学園生活を送ることができればそれでいいんです」
エイルネージュ様の声が真剣なものに変わる。
まるでわたくしに言い聞かせるように、それ以上を聞いてはいけないというように。
雰囲気の変化に呑まれて、わたくしが言葉を失っている間に彼女は言葉を続ける。
「おとなしいドラゴンは、変に刺激しない方が良いですよ」
この言葉が言いたいことはわかる。
彼女に何かがあるというのは間違いなかったということだ。それを彼女自身が伝えるつもりはないようだけれど、これはほぼ答えではないのか?
わたくしに対してドラゴンだと、強大な存在だといえるのは、そうそう存在しない。
そもそも、わたくしが予想していた人物には、家名はないのだ。
中央に君臨するフィイヤナミア様には、家名など存在しないのだ。家名を持ち合わせていないのではなく、家名を持つ必要すらない。それがフィイヤナミア様。
その義娘にも当然家名はない。確定ではないけれど、もう無視できないほどには可能性が高いといえる。
そして刺激するなという言葉。暗に放っておけと言っているのだろう。
わたくしは彼女の――エイルネージュ様の演技にまんまと騙されていたのだ。
いえ、わたくしだけではなく、多くの人が騙されているに違いない。
もうこれ以上彼女を探ることはできないし、するつもりもない。
だけれど一つだけ確認をしておかなくてはいけない。
オスエンテという国は長らく平穏であったけれど、そのせいもあってか傲慢な者はいる。
何も知らない彼らが、彼女にちょっかいをかけないとも限らない。ともすれば国際問題に発展する。
それだけは避けたい。
「わたくしはドラゴンについては詳しくないのですが、ドラゴンとは警告もなしに襲ってくるものなのでしょうか?」
「よほどのことでもない限り、警告くらいはしてくれるかと思います」
それを聞いて幾分か安心する。
エイルネージュ様の背後を知って、手を出すようなものはいない……と思いたいのだけれど、一人思い浮かんでしまう。
幸い思い浮かべた人物の興味はエイルネージュ様にはいかないだろうことか。
いや、仮面の少女とエイルネージュ様は関係があるような反応をしていた。
仮面の少女はエイルネージュ様の護衛か何かだろうか。それほどの人物に迫るだなんて……。
愚兄のことは一度忘れて、笑顔を顔にはり付ける。
同時にこちらの用事は済んだことを学園側に伝えた。
「ありがとうございます。エイルネージュ様がオスエンテでの時間を平穏に過ごせますこと、心よりお祈りしていますね」
「姫様こそ無理はなさいませんよう、ご自愛ください」
それを貴女が言いますか、といいたいところだけれど、エイルネージュ様にしてみればわたくしの存在が面倒の種だったのは間違いない。
いえ、もしも彼女の正体を完全に暴いてしまった時の方が、わたくしの負担は大きくなるのか。
だとしたら、彼女の言葉は心からの言葉だったのかもしれない。
◇
昨日に引き続き、今日もまたお父様に謁見を申し込み、早いうちにそれが叶った。
エイルネージュ様の事を伝え、可能な限り干渉しないようにとお父様にお願いすると、お父様は困ったような笑みを浮かべた。
「お父様、どうなさいました?」
「いや……な。お前に伝えておくべきか迷っていたのだが、伝えておいた方がよさそうだ」
真剣な顔をして話すお父様の緊張感がわたくしにも伝わってくる。
わたくしの案件も大きな問題を孕んでいるけれど、それ以上の何かがあるようなそんな感じだ。
息を呑んでお父様の言葉を待つ。
「先ほど『先詠み』から報告があった」
「先詠みから……ですか」
「遠くない未来。オスエンテ崩壊の危機が訪れる」
その言葉を聞き、そして申し訳なさそうなお父様の表情を見て、わたくしは自分の役目を理解した。





