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127.氷の魔女の腕試しと金色の蜘蛛

「やっぱり、基礎は大事ってことよね」

「そうですね。わたしは寝ずに十年近く、基礎ばかりやっていたようなものですし」

「寝ずにというのも、なかなかぶっ飛んでいるとは思うのだけれど」

「確かにそうですねぇ……」


 巣窟ももう第三十層にたどり着こうかというところ。

 襲ってくるのはBランクの魔物ばかりで、普通ならこんなに和やかに会話できるものではない……と思う。

 だけれど、わたしは結界でAランクの魔物であっても無傷でいられる自信があるし、カロルさんは近づいてくる魔物を一瞬で葬り去っている。


 氷を使った魔術であるのは変わらないが、その方法は多彩。

 氷のトゲで急所を突き刺したり、氷漬けにしたり、物量で押しつぶしたり、鋭い刃を作って切り裂いたり。

 すべての魔術を詠唱なし、魔法陣なしで行っている。


 職業のおかげなのは間違いないだろうけれど、わたし達のようなイロモノとは違って、堅実さがある。

 わかりやすい強さというか、魔術師はかくあるべし、みたいな感じ。

 こういうのを見ると、少しばかり羨ましく思う。シエルならともかく。


『寝ない方が良いのかしら?』

『寝てしまうと寝る前の感覚を忘れる可能性がありますからね。

 その時点で、後退しているとも言えるでしょう』

『それならがんばって起きていてみようかしら』

『それはそれで、効率悪くなりますから寝た方がいいですよ。

 眠って思考をリセットすることで、よりよい発想が生まれることも珍しくはないですし』


 シエルの疑問に答えると、シエルは『難しいわね』とため息混じりに呟いた。

 仮にシエルが寝ようとしなくても、わたしが強制的に寝かせる。

 シエルの健康が第一。


「それにしても、無詠唱で魔術が使えるのは便利ですね」

「氷に関することだけよ。誰かさんの助言のおかげで、威力をあげて、消費魔力を下げることもできたわ」

「その誰かさんには感謝しないといけないですね」

「ええ、感謝しているわ」


 何とも白々しい会話をしているのだけれど、あえてこんな発言をしたのには訳がある。

 というのも、カロルさんがフェイントでこちらに魔術を使おうとしてくるのだ。


「感謝している割には、狙ってきますね?」

「魔力は向けているけれど、狙ってはいないわよ。

 頑張って耐えているわ」

「それはわかっていますが……」


 カロルさんが自信たっぷりにドヤ顔をするけれど、なぜそんな顔ができるのか。

 向けている時点で割とアウトだと思うのだけれど。

 でも、まあ。カロルさんにこちらを害しようとする意図がないことはわかった。


「どこに向けているのかはわかるのかしら?」

「今は腕とか、足とか狙ってますよね」

「狙っていないわ、向けているのよ」


 そこが大事らしい。攻撃する意図はないと言いたいのだろうけれど。

 ということで、カロルさんはこちらの急所に魔力を向けない。

 だからこそ、平然と隣を歩いている。強いて警戒を強めることもしていない。


「それでなにが望みなんですか?」

「ワタシの魔術を受けてくれないかしら?」

「それで満足してくれるなら良いですよ」

「感謝するわ」


 カロルさんが綺麗な笑顔でお礼を言う。

 この笑顔をもっと別のことで見せればいいのに。


 で、カロルさんからの頼みだけれど、フリーレさんに負けたくないとか、自分の魔術を試したいとか、そう言う類の頼みなのだろう。

 魔術に傾倒しているカロルさんだから、おそらく後者だろうか。

 A級ハンターのカロルさんが全力を出して魔術を使える状況なんて、そうそうないだろうし。

 ここはAランクやもしかしたらSランクの魔物がいる巣窟。簡単に壊れることもないだろうし、全力を出すには悪くない場所だ。


 今回は前回みたいに模擬戦でもないので、気楽に受けよう。

 ただ、一応結界の強度は上げておく。

 きっとB級用までの結界も意味をなさないので、外側をA級用として使っているものにする。


 それから、普段シエルに使っている神力を使っていないものを内側にして、神力入りをいつもシエルに使っているように纏わせる。

 ここまですると、さすがに魔力が消費されるけれど、1割も減っていないので問題ない。


 そうしている間に、カロルさんも準備を始めた。

 使うのは以前と同じく氷の(グラシオ・)(レンツォ)のようだけれど、その様子は前と違う。


 10本宙を漂う氷の槍は以前よりも小さくなっている。

 だけれど使われている魔力の量は以前よりも多く、威力は確実にあがっているだろう。圧縮することで、攻撃力を上げたのだろうか?

 あとちょっと装飾が凝られている。


「それじゃあ、良いかしら?」

「はい。かまいませんよ」


 わたしが返事をすると、カロルさんがパチンと指を鳴らす。

 それと同時に10本の氷の槍がこちらに飛んできた。

 速度はやはり前より上。わたしが避けようと逃げ回っても、すぐに追いつかれるだろう。


 身体強化を行えば速度は勝てるかもしれないけれど、一対十での鬼ごっことなれば、カロルさんの操作次第で捕まりそうだ。

 氷の槍が操れるかどうかは知らないが、可能性は頭に入れておいた方がいいと思う。


 なんて考えている間に、一本目が外側の結界に当たった。

 直後、その結界が凍り付く。その後2本目がぶつかり、落としたガラスのように砕け散る。

 蒼の煉獄を耐えた結界だったはずなのだけれど、やはりカロルさんの魔術も強くなっているようだ。


 2本目は結界と相殺され、3本目が内側の結界に当たる。

 こちらは先ほどのように一瞬で凍り付くことはなく、それでも当たったところの周辺が凍った。

 4本目以降も同じように結界を凍らせ、9本目で結界を相殺する。これにはちょっと驚いたけれど、同時にそこが限界というのも理解した。


 最後の1本は最後の結界にぶつかったものの、何の痕跡も残せずに消え失せる。

 これならば、何発来たとしても守り切れるはずだ。

 わたしにもそれなりに有意義な時間だったと確認したところで、カロルさんに声をかけた。


「満足しましたか?」

「ええ、十分よ。今のワタシでは貴女には届かないわね。

 不意打ちで打ったとしても、準備されて終わるわ。そもそも、不意打ちは不可能かしらね?」

「そうですね。あれほどの魔力の固まりなら、気づかないことはまずあり得ません」

「それも基礎を積み重ねた結果かしら?」

「だと思います。カロルさんも何となくならわかるんじゃないですか?」


 魔力の探知について、わたしはそこまで詳しい訳じゃない。

 魔力操作とか、魔力の循環とかやっていたらできるようになっていたことだ。すくなくとも基礎というのは違いないだろうけれど。


「そうね。だけれど、貴女ほどは無理よ」


 まあ、わたしに追いつくというのは無理だろう。

 魔力の探知が基礎の積み重ねによって生み出される以上、いかにそれに

時間を当てられるかによる。

 普通に魔術の研究をしていても、魔術を行使するだけでも、意味はあるだろう。

 だけれど、効率が良いとは言えない。


「そう言えば、シエルメールの方もわかるみたいよね」

「魔術の強弱くらいはわかっているみたいですね」

『あと最近はエインの魔力もわかるようになってきたのよ!』

「フリーレとの戦いで最後に見せたのは、まぐれでも何でもなかったわけね」

「まぐれじゃないですね。あの槍を掴んだのはわたしも予想外でしたけれど」

「当たっても問題はなかったのよね」

「大丈夫だったと思います」


 シエルがあの槍を掴めたのも、結界があるから。素手でさわったら、熱で大変なことになっていただろう。

 それはともかく、シエルの主張にふふっと笑いたくなってしまう。


「氷の槍も無意味だったみたいね」

「とりあえず、わたしをどうにかしたいなら小島を破壊できるくらいは必要みたいです」

「小島の規模にもよるけれど、町とか破壊できそうよね」

「そうかもしれませんね」


 たぶん氷の槍を休みなく数時間、何十時間レベルで打ち続けられたら、わたしの魔力が尽きると思うから、無意味ではないとは思うけれど、とても現実的ではない。

 それから、わたしの結界の耐久を正確に調べたいけれど、わたしの結界を壊せる人を思いつかない。フィイ母様ならいけるだろうけれど、今度は逆に場所が思いつかない。

 巣窟の中なら可能かもしれないけれど、ここはフィイ母様の魔力が及ばない場所。連れてきてしまったら、中央の監視が疎かになるかもしれないし、それだけのために連れてくるというのも気が引ける。

 というわけで、町を破壊するほどの威力がないと無理なのかは闇の中だ。


「満足もしたし、先に行くわよ」

「はい」


 カロルさんの力試しで止まっていた足を動かして、次の階層へと向かった。





 第三十層にはいると、魔物の強さがさらに増す。

 具体的にはAランクの魔物が現れる。

 その代わり遭遇頻度は低くなった。


 これについては、思うところがある。


 何せ――魔物の数が減ったというのもそうだけれど――なにやら白くて大きな塊をそこらで見かけるようになったのだから。

 同じく天井や床、壁に細長いものがくっついている。


 ぼかすのはやめよう。


 蜘蛛の糸がそこらに垂れ下がり、魔物を捕らえている。

 故に数が少ない。

 糸から逃れた魔物が襲ってきても、カロルさんの氷の槍がその息の根を止める。今は羽の生えた大蛇が崩れ去った。


「さて、ワタシはここまでかしらね」


 次の階層に続く階段の前でカロルさんが足を止める。

 そういった理由の一つに、今が第三十五層――カロルさんが余裕を持っていけると言っていたところというのがあるだろう。

 そして、糸の密度が高まっているというのもあると思う。


 これを進めば、人造ノ神ノ遣イがいると見てよさそうだ。

 探知で探れればいいのだけれど、どうにも巣窟だと別の階層を探知できない。

 魔力を探る方も同じく。


「どうしますか?」

「魔力に余裕があるうちに引き返すわ。一緒に行って巻き込まれるのも御免だもの。

 それにここまで来た収穫も十分にあったものね」

「それなら、帰りもお気をつけて」

「ええ。そちらこそ、負けないとは思うけれど気をつけなさい。

 それから……」


 カロルさんが何かを言いかけたけれど、首を左右に振って「なんでもないわ」と誤魔化した。

 絶対に何かあるわけだけれど、話したくないのであれば無理には聞くつもりはない。

 カロルさんを見送ってから、シエルと入れ替わる。


「来てしまったもの、行かないといけないわよね?」

『無理にとは言いませんが、行っておいたほうが良いと思います。

 わたし達が行きたいからと来たようなものではありますし』

「確かにそうなのだけれど、蜘蛛は考えていなかったわ」

『わたしもです』

「でも、仕方ないわね。行きましょうか」


 シエルが意を決して足を踏み出す。

 第三十六層。仮に巣窟が第五十層までだとしてもまだ先は長く、それでもAランクの魔物が現れるところ。

 初めて来た階層だけれど、その様相が普段とは大きく異なっているという事は一目でわかった。


 階層中に蜘蛛の糸が張り巡らされていて、蜘蛛の糸で作られた塊も無数にある。

 糸は粘性を持っているものもあれば、とにかく丈夫なものもあり、安易に触れないほうが良いものだ。


 ざっと探知してみれば、この階層で動いているのが1つだけだということが分かる。

 他にも動いているといえば動いているものもいるけれど、もがいているという表現が正しく、間違いなく塊にされた人や魔物の動きなのだろう。

 それにしても……捕捉してしまった。実際に目にしているわけではないけれど、気持ち悪い。


 形がわかるというだけでなく、何なら細かい毛すらわかる。

 探知の精度が高くて後悔することは、今日を除いてくることはないだろう。


『そこの角を曲がった先に広間があって、そこで待ち構えています。不意打ちは難しいでしょう』

「さっきから、糸を踏みながら行っているものね」


 シエルを案内する最中、やむを得ず糸を踏みつけることがあった。

 捕まえてくるわけでもなく、足がくっつくわけでもないこの糸がある理由は、おそらく侵入者を捕捉するためだろう。

 金狼から考えるに、それくらいの知能は持っていそうだし。


 シエルが何度か深呼吸をして、勢いよく広間に飛び出す。


 そこには奴がいた。太く毛の生えた8本の足、顔の左右に赤く光る各3つずつの眼、鋭い顎を持つ、金色の毛に覆われた何か。

 シエルよりも大きな、蜘蛛の魔物。

 それが目に入ると同時に、わたしの目の前が真っ赤に染まった。


 ほんの数秒、思考が出来なくなる。

 気持ち悪さでいっぱいになる。

 彼の存在を近寄らせないために、結界を広げる。


 作戦があったわけではない。

 それでも普段とは別の行動をとれるのではないかと思っていた。

 だけれどそんなことはなかった。


 大きさは違っても、蜘蛛は蜘蛛。

 そのフォルムを見た瞬間、わたしとそして、()()()も普段と同じ行動をとった。それこそ、今まで培われてきた経験による反射だ。

 シエルの魔術が金色蜘蛛を切り裂かんと迫るが、いかんせん威力が足りない。

 なにせBクラスの魔物に通じるかもわからない魔術だ。


 わたし達の行動はほんの数秒程度。だけれど、蜘蛛にしてみればそれだけ隙が出来れば十分だった。


 蜘蛛は腹の先端をこちらに向けて、糸を発射していた。

 気が付いた時にはすでに遅く、わたし達は蜘蛛の糸の繭の中に閉じ込められてしまった。

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