閑話 願いが叶う日1 ※シエル視点
「これで話は終わりかしら?」
エインがいくつ話をしたいのかはわからないけれど、エインの声色的には十分話した、って感じがする。
少なくともひと段落と言った感じだろうか。
『すぐに話しておかないといけないのは、あと1つですね』
「何かしら?」
今思い出したという感じなので、そこまで重要な話ではないのかもしれない。
というよりも、さっきの話をすることでエインの頭がいっぱいだったのかしら?
『最高神様がシエルのお願いを1つだけ叶えてくれるそうです。何でもというわけではないらしいですが』
「お願いが叶うのね?」
『叶えることが可能か不可能かは、神託を下してくれるそうです』
願いを叶えてもらえるというのは、なんとも素敵なことではないかしら?
とても重要そうな話だと思うのだけれど、それだけエインがさっきまでの話を重要視していたってことよね。
それはそれで、私のことを考えてくれていたということで嬉しい。
願いを叶えてもらえるというのは確かに重要だけれど、内容は初めから決まっているようなものだから悩むこともないし。
「私はエインの身体が欲しいわ」
これしかありえない。結局神託があって、エインの体がもらえるのは1日だけになったけれど、本当に残念で、仕方がないのだけれど、願い事はこれにした。
◇
朝。何だか変な感じがして、ぼんやりと目を開けると見たことがない人がいた。
驚いて目を見開いてしまったけれど、不思議と嫌な感じはしない。それに思い当たる節もある。
だけれどこれは、夢ではないかしら?
夢でも構わないわ。私に似ていて、だけれど私よりもずっと可愛いこの人は、きっと私の愛しい人だから。
夢に出てきただけでも大満足。でも夢じゃないならもっと嬉しい。
違和感の正体は頬に触れた彼女の手。それが私の頬に触れていて、じんわり温かい。夢かどうか確かめるためにその手を撫でてみる。
そこにいるか確かめるために。彼女の存在を確かなものにするために。
はっきりとした感覚にこれが夢じゃないと分かると、なんだかとっても嬉しくなって、思わず彼女を抱きしめる。
それだけでとても満足してしまう。一生分の幸せを手に入れたみたいね。
「エインよね? おはようエイン」
一応確認してみると、間延びした声で「おはようございます、シエル」と返ってきた。
いつもはしっかりしてるエインの眠たそうな声。それだけで、頬が緩んでしまいそうになる。
「ふふふ、眠たそうなエインも可愛いわね。このまま寝てしまうのはどうかしら?」
「それも良いですね。なんだかぽかぽかしていて、とっても幸せです」
「提案しておいて何なのだけれど、今日は時間がないから起きましょう?」
「んー……」
ゆっくり起き上がったエインが、座ったままゆったりとした動きでゆらゆらと揺れている。
目が開ききっておらず、真っ黒な髪がエインの白い肌に色を付けているようだ。
エインは肌は薄い橙と言っていたけれど、私と比べて少し濃いというくらいで、温かみがあって私は好き。
抱き合った時も温かかった。体がではなくて、もっと別のところが。
本当はもっと思いっきり抱きしめていたかったし、何ならエインを抱いたままにして眠ってみたい。
だけれどエインが身体を持っていられるのは、今日一日だけ。だから眠っていてばかりはもったいない。
でもエインと一日ごろごろしているというのも、本当に魅力的だったわ。
いいえ、いいえ。幸せとほほ笑んだエインを前に、よく耐えたというべきかもしれないわね。
目を閉じて揺れている姿もとても微笑ましいのだけれど、今はきちんと起きてもらうのよ。
「エイン、エイン。目は覚めたかしら?」
「はい、おはようございます」
「おはよう、エイン。うんうん、エインは可愛いわ。可愛いわね」
「見た目はシエルと同じですから、シエルが可愛いんですよ」
エインに可愛いと言ってもらえるのは嬉しいけれど、今はエインを愛でる方が大事。
見た目は同じというけれど、エインと思うだけで全然違うように見えてくる。
髪の色も瞳の色も肌の色も違うからかもしれないけれど。
「いいえ、いいえ! エインだと思うと可愛さが増すのよ。
それに黒い髪も黒の目も、私は持っていないわ」
じっとエインを見ていると、やっぱり本当にそこにいるのか気になってしまう。
さっきも抱き着いたのだけれど、少し寝ぼけていたからもう一度確認しても良いかしら?
もう一度あの温もりを感じても良いかしら?
物心ついた時からずっと、私はエインに触れたかったのだ。
いろいろ理由なんて付けずに、エインを感じたい。
とうとう我慢できずにエインに抱き着いた。
温かい。ぽかぽかする。
ギューッと抱きしめていたら、エインが私の頭を包んでくれた。
頭を撫でてくれた。
エインの動きに合わせて、いろいろ考えていたことが全部溶けていって、幸せでいっぱいになる。
いつか、いつかこんな日がくればいいと思っていたけれど、本当にやってきた今は想像していたものよりももっともっと温かで、柔らかで、優しくて、溺れてしまいそうだ。
心臓がどきどきしている。自分でもどうしたいのかわからないくらい。
エインの綺麗な漆黒の髪が私をくすぐってくるだけでも、愛おしい。
エインと会えたらやりたいことがたくさんあった。いろいろ考えていたはずなのに、こうやって抱きしめられたら、もうこのままで良いかなと思ってしまう。
気分がとても高揚しているのだけれど、激しさなんてなくて、それは朝の柔らかな日差しのように、肌をなでる風のように穏やかな時間でもあった。
幸福に浸っていたら、おもむろにエインから引きはがされてしまった。
名残惜しくて、寂しくて、不満が残ったけれど、エインの顔を見たら全部吹き飛んで行った。
◇
朝食を食べに行く時にも、私はエインとくっついておくことにした。
どうしたらいいかと少し考えてみたけれど、歩きやすさを考慮して手をつないで歩く。
そうすると、屋敷の廊下を歩いているだけのはずが、なんだかとても楽しかった。
道中エインは何か考えているようだったけれど、それでも構わない。
エインと一緒に肩を並べて歩けるだけで、十分なのだ。
そうして始まった朝食は、エインの顔を見ながら食べられるというだけで、いつもよりも何倍も美味しく感じられた。
エインは調味料としても優秀だったみたい。
◇
朝食が終わってエインとやりたいことを頭の中で確認していたら、フィイが「とりあえず、エインセルちゃんの服が必要ね」とつぶやく。
エインを見ると何だかとてもひらひらした服を着ている。
薄い黄色は花のようで可愛いと思うのだけれど。
これを着て外に行くと考えると嫌だけれど、家の中ならそうでもないように思う。
私がずっと着ていた、白い布よりもちゃんと服になっているし、触り心地も悪くなかった。
布越しにエインの体温がわかるのも、個人的には好きなポイントだ。
今日はエインとやりたいことがいっぱいあるのに、なんて思っている間に話が進んでいく。
「ええ、ええ。それならいくつか用意しているから問題ないわ。
シエルにもちゃんとした服を着慣れてもらわないと困るものね」
「嫌よ。今日はエインを独り占めするんだから」
そう言う約束だったはずなのだ。
如何にフィイと言っても、この時間をあげるつもりはない。
それなのに、フィイは全く引いてくれる様子はなく、何か企むような笑顔になった。
「あらあら、良いのかしら? 今ならエインセルちゃんを着せ替え人形にできるのよ?」
「それが何かしら? エインは何を着ても可愛いわ」
エインならあの白いのを着ていても可愛いに違いない。
わざわざ着せ替える必要は感じない。
「確かに、確かに。エインセルちゃんは可愛いわ。だけれど、着飾ることでもっと可愛くなるのよ?」
「本当かしら?」
これ以上エインが可愛くなることなんてあるのかしら?
そんな思いでフィイを見ていたのだけれど、フィイは自信たっぷりに「ええ、もちろん」と宣言する。
すぐにフィイが合図を出して、使用人が一人エインの後ろに立つ。
それから「失礼します」と言って立ち上がらせると、淡い緑色の生地をエインの肩にかけた。
確かストールだっただろうか。アレは舞うときに色々使えて便利なのだけれど、今はそんなことどうでもよかった。
一枚布が追加されただけなのに、エインの雰囲気が変わった。
先ほどまでは黄色い服が可愛いだけだったのに、今はちょっと大人っぽく見える。
使い慣れていないせいか、エインがしきりにストールを気にしているのも、なんだか可愛い。
これは、これはすごいかもしれないわ。
今なら、フィイの言いたいこともよくわかるもの。
服はそれ自体の見た目よりも、着た人を引き立てるのね。
今は淡い色ばかり着ているけれど、濃い色の服とか着せたらどうなるのかしら?
エインの髪と瞳と同じ黒とか似合うんじゃないかしら?
「どうかしら?」
勝ち誇ったようにフィイが聞いてくる。
悔しいけれど、これは認めざるを得ない。
「なるほど、そうね……フィイの話にも一理あるわね」
「そうでしょう、そうでしょう。ということで、エインセルちゃんの服を探すのはどうかしら?」
「いいわ。いいわ。やりましょう。でも半日よ?」
エインは着せ替えたいけれど、私はもっとエインと触れ合いたい。
だから半日。これは譲れない。着替えるということは、エインとちょっと距離が出来てしまうということだもの。
「それは分かっているわ。シエルとエインセルちゃんの時間を徒に消費させるつもりはないもの」
「それなら急ぎましょう。どこに行けばいいかしら?」
話が分かるフィイがそう言ったので、私は待ちきれなくなって、フィイに案内を頼んだ。
◇
通されたのは、沢山の服がある部屋。
ソファとテーブルもあって、エインが着替えている間はここで待つらしい。
奥にカーテンがあって、その向こうで着替えるのだとか。
「私は分からないから、今日は見ていることにするわね」
「そうね、そうね。それが良いかもしれないわね」
私の宣言にフィイが頷く。
私としては、完璧に似合うエインの服を決めたいのだけれど、私が選ぶよりも今までたくさんの服を見てきた人に任せた方が良いと思うのだ。
私の我儘でエインの可愛さを引き出せなかったら、それこそ時間の無駄なのだから。
こんなことならもっと、考えて服を選んでいたら良かったわ。
元々男性だったエインは女性ものの服には詳しくなかったようだし。
ここで勉強して、エインにぴったりの衣装を見つけてみたいものね。
「そう言えばシエルも、着せ替えられるのよ?」
「あら、そうなのね?」
「今後、これから先ね、ドレスを着る機会も増えるかもしれないのよ。
その時に慣れていたほうが良いもの。
それにエインセルちゃんと並んで可愛い恰好したいでしょう?」
「私はエインが可愛ければいいのだけれど……でも、エインから可愛いと思われたいわね」
そうだ。今まではあまり気にしている余裕はなかったけれど、私も着飾ればそれだけエインに可愛いと思ってもらえるかもしれない。
それはとてもうれしいことだ。
でも、ハンターをするとなると、そんなにひらひらした服は着られないのよね。
「そう言えば、紹介しておきましょうか」
考え事をしていたら、フィイが話しかけてきた。
見れば後ろにいた使用人の女性が私の前にやってきている。
「この屋敷にいる間、シエルのお世話をする子よ」
「サウェルナと申します。どうぞルナとお呼びください」
サウェルナと名乗った女性は深々と頭を下げるのだけれど、私はどう対応して良いのかわからない。
こういう時は自己紹介をしたらいいのだっけ?
「シエルメール。よろしく」
「はい。よろしくお願いいたします。シエルメール様」
サウェルナ――ルナはそれだけ言うと、サッと元の位置に戻った。
このまま話をするにしても、何を話せばいいのかわからなかったので助かる。
と言うか、たぶんそのままいられても、何も話さなかったと思う。
「あらあら、そろそろ移動するみたいね」
「もうすぐ着替えたエインが見れるのね。楽しみね、楽しみだわ!」
ちょっとだけストールを肩にかけただけでも全然違ったのだ、あのカーテンの向こうからエインが現れるのを待つだけでも、ワクワクが止まらなかった。





