閑話 エインが居ない日 後編 ※シエル視点
席に着くなりすぐに湯気立ったスープが運ばれてくる。
シンプルだけれど高価そうな少し厚みのあるお皿に入っていて、何だか食べにくそうだ。
きっとマナーがあるんだろうな、エインが居たら教えてくれそうなのに、なんて思うけれど実は最低限は教えてもらっている。
国によってマナーは違うから絶対ではないとは言っていたけれど、何も考えずに食べるよりはマシだろう。エイン曰く相手を不快にさせないことが大事だって話だから。
汚く食べないことと、あまり音を立てないこと。これに気を付ければいい、と自信なさそうに言っていた。
だから私だけでも実践は出来る。と言うか、普段からやっている。
ふとした時にエインが教えてくれたことを自然にできている自分が、なんだかうれしく感じてしまう。だってエインの存在を確かに感じさせてくれるから。
そうやってスープを飲んでいた私をフィイはじっと見つめていたかと思うと、ふふふと笑って話を始めた。
「さてさて、食べながらでいいから話を聞いてくれるかしら?」
「エインのこと?」
「ええ、ええ。そうよ」
「早く教えて」
エインのことを教えてくれるなら、別にこのスープが無くなっても構わない。
思ったよりおいしかったから少しだけ勿体ない気もするけれど、エインのことに比べると些事も良いところだ。
「エインセルちゃんはたぶん、最高神様のところにいるわ。神の住まう場所、神界にいるといえばわかりやすいかしら?」
「どうしてそう言えるの?」
「この屋敷がある場所は神々から神託が下る神殿の役割も果たしているのよ。
つまり神々の力が及びやすいところね」
「エインに神託が下った?」
神託というのは何となくでしか分からないけれど、神様の言葉ということでいいのだろうか。
でも話を聞くだけなら、1日もかからないと思うのだけれど。
いや、エインは神界というところに行ったのか。
「違う。神様の力が及ぶ場所だから、エインを神界に招けた?」
「そうね、そうだと思うわ。どうしてそう言えるのかだけれど、さっきも言った通り私は最高神様に作られ送り込まれた存在だから……と言っても納得は出来ないわよね。
エインセルちゃんはね、最高神様と同質の力を持っているわ。彼女もまた最高神様に送り込まれたようなものね」
「エインは神様じゃない」
私は何度も訊いたけれど、肯定してくれることはなかった。
だからエインがフィイと同じということはないはずだ。
「エインセルちゃんは私たちとはまた違うのよ。
私たちはそもそも役割があって、それに合わせて人とは違うように作られているわ。
だけれど、エインセルちゃんはおそらく、ただの人の魂よ。それに最高神様が力を分け与えた……いえ、貸していた力をエインセルちゃんが自分自身に定着させたのね。故意ではなかったみたいだけれど」
「つまりエインは人?」
「一応区分としては、神の力の一端を扱える人になるかしら? だけれど同じ最高神様由来の力をもつ私たちは、家族と言っても差し支えないわね。
ではでは、話を戻しましょうか。どうしてエインセルちゃんが神界に行ったと言えるのか」
そうだ。大事なのは今エインがどこにいるかで、ちゃんと帰ってくるかどうかだ。
他のエインの話も聞きたいけれど、今はその時ではない。
優先順位は間違えないようにしないと。
「最高神様の力を持つエインセルちゃんは、単純に最高神様の目に留まりやすいわ。
しかもおそらく最高神様が送り込んだような存在よ。だけれどエインセルちゃんは、そもそも自分が神の力を持っている事を自覚していなかったわ。
送り込むときに最高神様は何も説明をしていなかったのね」
「だから今説明している?」
「ええ、ええ。そう予想しているわ。説明をするには一方通行の神託は不向きだものね。
エインセルちゃん自身も神の力には慣れているはずだから、神界に呼んだ方が楽だったのかもしれないわ」
神様に連れていかれたということか。むー……文句を言いたいけれど、言えばエインに迷惑がかかるかもしれない。
でも、だけれど、一言くらいは欲しかったわ。
「釈然としていないようだけれど、分かりにくかったかしら?」
「ううん。大丈夫。それより、エインはちゃんと帰ってくるの?」
「そうねそうね。早ければ明日にも戻ってくるかもしれないわ。
創造神様との話の内容次第では、なんとも言えないけれどそこまで長くはならないでしょう」
フィイの言葉を信じるとして、私が出来ることは待つことくらいね。
だけれど、そうね。以前エインが居なくなったと思ったときは、私はボロボロだった。
あちらこちらに怪我をしていたし、髪が今の色になったのもその時だったかしら。
歌にならない震えた声。それはエインがボロボロの私を見て心を痛めたから。
自分が居なかったことで私を傷つけてしまったのだと、そう思ったのだろう。
自惚れではなく、エインがそこまで私を大切にしてくれていることは、理解しているつもりだから。
「私は元気な姿をエインに見せればいい?」
「そうね、そうよ。だからそのスープはたんとお食べなさいな」
フィイの優し気な視線が、何だかとてもくすぐったい。
でも確かに、昨日の私でエインに会うわけにはいかなかった。
昨日の私をみたら、きっとエインは自分を責める。
でもきっと、またエインが急にいなくなったら、私は同じような状態に陥るだろう。
やっぱり私には、エインが居ないと駄目なのだ。
信じて待つなんて、難しい。
今回はたまたまフィイが居たから何とかなっただけなんだと思う。
そこでふと、あることを思い出した。
「そう言えば、結界は残ってる。神界にいるんじゃないの?」
「分かりやすく説明するためにそう言ったけれど正確には、エインセルちゃんは眠っているみたいなのよ。夢の中で神界に行っているわ」
「エインは眠った状態で魔術を使えるの?」
「そうなのよね。たぶん寝ながらにしてこの精度で魔術を保っていられるのは、エインセルちゃんだけじゃないかしら?
それだけ貴女を守りたいのね」
そう言われると嬉しくなる。こんなにもエインは私を守ろうとしてくれている。こんなにも、大切にしてくれている。
「そうなの! そうなのよ。エインはね、すごいのよ?
ずっと私を守ってくれているの。それからね、歌もうまいのよ」
「ええ、ええ。そうね。その結界を破れる人がどれくらいいるのかしらね。
しかもそれ、無意識でやっているせいか加減が出来ていないわね。
いまこの世界で一番安全なのは、貴女かもしれないわ」
「そうなのね、すごいわ、すごいわ! やっぱりエインはすごいのよ」
「それに貴女の食べ方もエインセルちゃんが教えてくれたのではないかしら?」
「ええ、ええ! エインはいろいろ知っているのよ。お茶会の作法は知らなかったけれど、簡単なマナーなら教えてもらったわ。他にもたくさん」
いつの間にか言葉遣いがエインと話している時と同じになっていることに気が付かずに、私はたくさんフィイと話をした。
◇
エインの話をするのはとても楽しい。
エインのことを褒めてくれると、私のことよりも嬉しくなる。
だけれど1つ思い出した。前にエインが居なくなった時、私はエインに何もしてあげられなかったせいだと思っていたのだ。
あれから何年もたったけれど、私はエインに何かをしてあげることができたのかしら?
今もまだ、エインに守ってもらっているだけではないだろうか。
でも、エインがしてもらいたいことって何だろう?
午後のお茶会で私がこんなことを考えていたら、フィイが口元に持っていたカップを静かにおろしてじっとこちらを見た。
カップを置く動作が綺麗だなと、私でも思う。
「エインセルちゃんが起きないのは、最高神様のところに行ったと言ったけれど、本当はもう1つ理由があるのよ」
「理由?」
「ええ。彼女はとても疲れているのよ。体力的にではなくて、精神的にね。そもそもエインセルちゃんは体力的な疲れは感じないのだろうけれど。
だけれど、少し気を抜いただけで眠ってしまうほどに張り詰めていたわ」
言われてハッとした。
エインが休んでいるところを私は知らない。
5歳の時に1日居なかっただけ。
疲れていないはずがないわ。
参っていないはずがないわ。
私なら3日も持たないはずなのよ。
だけれどエインはそれをやってきた。
私のために、私を守るために。
精神的にエインが疲れていることは、知っていたはずだった。
だとしたら、エインが帰ってきたら労ってあげよう。
休ませてあげよう。
――だけれどどうやって?
――何を言ってあげたらいいの?
―――わからない。
大切なことは何かしら?
私がエインに何かしてあげること?
私はエインに何かしてあげたい。
少しでもエインのためになることをしてあげたい。
だけれど方法がわからない。
私が何かしてあげられたら良かった。
だけれど大切なことは私がするかではなくて、エインのためになるかだ。
きっとフィイならいい方法を知っている。
エインの事をちゃんと評価してくれているフィイならば、任せられる。
それは何だか虚しいけれど。
それは何だか悔しいけれど。
まずはエインに元気になってもらわなくちゃ。
「フィイ。お願いがあるの」
「なにかしら? どんな事かしら?」
「私のことをシエルと呼んでいいから、エインを元気づけてくれないかしら?」
「貴女はそれでいいのかしら?」
「……これで良いのよ。私ではどうやってエインを元気づけて良いかわからないもの」
「ええ、ええ。分かったわシエル。
だけれど、そんなに落ち込まなくて大丈夫よ。だってシエルはまだ大人ではないのだから。
いいえ、いいえ。大人でもエインセルちゃんの気持ちを知るのは難しいわね。彼女の隠された本音を引き出すのは、私でも難しいわ。
だから今のシエルが何とかできなくても大丈夫よ」
なんてフィイは話す。
私は子供。エインに守られている子供。フィイはそれで良いという。
たぶんエインも似たようなことを言うだろう。
でも次は私がエインを元気づけられるようにしたい。
決意を新たにしていると、フィイが少し困った顔をしていた。
「でも、そうね、困ったわね」
「やっぱり難しいかしら?」
「エインセルちゃんの本音を引き出すことは何とかなるわ。ちょっとズルい方法だけれど。
だけれど困ったのは、きっと私とシエルが仲良くしているところを見ると、エインセルちゃんが嫉妬するからなのよ」
「嫉妬って、よくわからないわ」
「怒るかもしれないってことよ」
「エインは私がフィイと仲良くなったくらいで怒らないわ。そんなことはしないわ。
そんなに心が狭くないのよ」
「もちろん嫉妬しないかもしれないわ。頭では良いことだと分かっているはずだもの。
だけれど心が狭いとかそう言う話ではないわ。
シエルもエインセルちゃんが誰かと仲良くしているときに、羨ましいと思ったことはないかしら?」
「あるわ。だって皆エインと触れ合えるのだもの。でも仕方がないのよ」
エインがビビアナとお風呂に入っていた時、なんだかとても羨ましかった。
私もエインと触れ合いたかった。
何とか我慢しているだけで、精いっぱいだった。だって仕方がないと知っていたから。
「それが嫉妬ね。シエルはエインのことが好きだから、そんな風に思ったのでしょう?」
なるほど。確かにそれならわかりやすい。
エインが私とフィイを見て、あの時のわたしのように思ってくれたなら、それは何だか嬉しいような気がするわ。
あの感情は辛いものだけれど、それでもなんだか。
そんなエインも見てみたいなんて、私はやっぱり悪い子なのね。
「私はどうしたら良いのかしら?」
「そんなエインセルちゃんも受け入れてあげたらどうかしら?」
「それなら簡単ね。簡単よ」
急に怒られたらわからないけれど、それが嫉妬だというのであれば、それもまた愛おしい。
どんなエインが見られるのかしらと、ちょっとだけワクワクしてしまった。
だけれど、そんなことよりも、早くエインに会いたいわ。
あまり遅いと私が神様に嫉妬してしまうかもしれないのよ?
なんかこう……伝わってくれると嬉しいです。
私の技量ではこれが限界でした。はい。
それから次まで閑話を続かせてください。
後「84.嫉妬と拍子抜けと本音」を少し修正しました。本編への影響はないはずです。





