一瞬(エドアルド)
領主としての役目を放棄するように騎士となって、いく年の時が流れただろうか。
明日は第一隊の出陣、俺自身も数日遅れてやっと戦場に立つ。先発隊として立つ兵や騎士が入り乱れる深夜、様子を窺う小さな存在に気付いた。
小さいといってもあくまで自分たちと比べてだ。
目深にフードを被った隙間から一房の漆黒の髪が流れ落ちている。雰囲気からすると成人女性のように見えるその人は、頻りにこちらの様子を窺っていた。
明日立つ者に用があって来たのだろう。
家族か恋人か―――別れの際に戻れぬ者も多い。せめて知るのもが相手なら橋渡しをしてやろうと足を踏み出そうとした時、この世界で一番気心の知れた友がその人のもとへと向かって行くのが見えた。
「意外だな―――」
漏れた言葉はそのままの意味。
女性関係が派手なあの男が好んで付き合うのは後腐れのない女ばかりだと思っていたが、そこでフードを取り姿を現したのは意外にも可憐な一人の女性。
黒髪がとても印象的な、目の前の男を心から案じる様子が滲み出ている、まだ少女と言っても可笑しくない年頃の女性だった。
遊びで付き合えるような女性ではない。
彼女を見下ろす男も今まで見た事がない表情で彼女を見つめている。何事が呟き互いに抱擁を済ませると、女性は名残惜しそうに男の前を去って行った。
去っていく彼女を見送る男の様子は初めて見る光景だ。
本命がいたとは気付かなかった。もしかしたら叶わぬ想いなのだろうかと、友の意外な一面を垣間見てしまった居心地の悪さから知らぬ振りでその場を去る。
宿舎に戻った俺のもとに領地に残る母より手紙が届いていた。
内容は結婚が決まったので急ぎ戻るようにとの事だ。
冗談じゃない、これから戦争に行くっていうのに何を考えているのか。国を勝利に導き生きて戻るつもりはあるが、先の未来は誰にも解らぬものだ。
俺は断りの文句をしたためながら、ふと先程の光景を思い出す。
身を案じ言葉を尽くしてくれる女性は数多いるが、俺自身があのように迎え入れるべき存在は得ていない。
友人の想い人であろう黒髪の女性が脳裏を駆けた。
「馬鹿な事は考えるな。」
自身に言い聞かせながら、結婚をするつもりはないと母への返事を書きなぐり封をした。




