表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はじめまして、旦那さま。  作者: momo
過去と未来
6/13

後編



 アリシアが嫁いでくる前に恋人がいたのは気付いていた。それについて質問したのはエドアルド自身だったが、アリシアの過去に嫉妬した記憶はない。


 でもまさか―――まさかこいつが?!


 何の連絡もなく突然訪ねて来た戦友とアリシアの抱擁に驚き唖然としていると、こちらへ視線を向けた男がにやりと嫌な笑みを浮かべ、再度アリシアをぎゅうぎゅうに抱きしめるのを見てエドアルドははっと我に返った。


 「人の妻にいつまで抱きついているつもりだっ!」


 離れろと間に入って二人を引き離したエドアルドはアリシアを怒鳴りつける。


 「アリシアっ、この男と知り合いなのか?!」


 美貌の旦那さまのきき迫る勢いに全身をびくりと縮めたアリシアは、目に溜めた涙を拭いながら何とか声を出して答えた。


 「わたしの兄―――」

 「兄だとっ?!!」


 驚き肩に掴みかかるエドアルドに、アリシアは半ば悲鳴を上げながら必死に答える。


 「いえっ、兄の様な人です。子供の頃からいつも守ってくれた人です!」

 「そうそう、俺の心の妹に乱暴するならいくら旦那でも許さないよ?」

 

 見慣れた剣を握る手がエドアルドとアリシアの間に入り込んでくる。アリシアと引き離されたエドアルドは聞きたいことが山ほどあるのに言葉にならず、口をパクパクさせながら戦友と妻へ交互に顔を向けた。

 

 これほど解りやすく面白いエドアルドは初めてだ。都の貧民街出身で最下層から実力で騎士となったグレイだが、そんな男がなぜ豪商の娘であるアリシアと懇意にしているのかと大いなる疑問を持つのも無理はない。自分の妻なら尚更、グレイの様な人間を近づけたくないとの考えにはその対象であるグレイ自身も同感だ。


 「それにしてもよぅ、お前の好みはボンきゅっボンの姉ちゃんだろが。それがこの洗濯板みたいなアリシアでよく我慢できてるよな。宗旨替えか?」


 洗濯板―――アリシアは思わず胸の質量を確認するかに自身の胸に両手を添えた。


 確かに小さい。知っていたし昔からグレイにはそれでからかわれていたので十分にそうだと認識していたが、まさがエドアルドが自分と正反対の肉体を持った女性が好みだと、このような状況で突き付けられるとは思ってもいなかった。


 ふとアリシアが視線を感じて顔を上げると、エドアルドの真剣な眼差しがアリシアのささやかな胸に釘付けにされている。


 「お好みにそぐわず申し訳ありませんっ!」

 「待ってアリシア、俺は別に―――」


 ボンきゅっポンが好きな訳ではないと声を大に放つ前に、顔を真っ赤にしたアリシアは脱兎の如く走り去ってしまう。

 

 グレイの発言に釣られいらぬ誤解を与えてしまった―――せっかくいい感じになって来た矢先の出来事にがっくりと肩を落としたエドアルドであったが、事の原因であるグレイの高笑いに我に帰ると悪友の胸倉を掴んで噛みつくように怒鳴りつける。


 「何でお前みたいなやつが彼女と知り合いなんだっ!」

 「女の過去に拘ってちゃ嫌われるぜ?」 


 グレイはエドアルドに胸倉を掴まれたまま「それにしても」と続けた。


 「アリシアが結婚したのは俺が戦地に出た直後だった筈だし、お前もその後すぐに出陣しただろ。それでよく結婚なんてしてる暇があったな?」


 だいたい死ぬかもしれない戦地に赴く直前によくも結婚なんてしてくれたよなと、グレイはエドアルドの腕を払いのける。一歩間違えば結婚直後の若い身空で未亡人にさせてしまったもしれないのだ。

 

 「ああ、それが色々あってな―――」


 本当に罪深い事をしたと反省しているエドアルドは、アリシアが真っ赤になって走り去った方へと視線を向けてからこれまでの事情を掻い摘んで聞かせる。それを黙って聞いていたグレイは「ふぅん」と一言呟いた後、田舎に引っ込んで体が鈍ってるんだろうとエドアルドを剣の練習に誘った。













 *****


 時間も忘れ剣を交えた二人はほぼ同時になだらかな丘を上ってくる人影に気付いて視線を向ける。夕日に染まる空を背景に、大きな籠を抱えたアリシアが孤児院から戻って来た所だった。


 「彼女とはどんな付き合いだ?」


 気になっていた事をやっと口にしたエドアルドに、剣を鞘に戻しながらグレイが答えた。


 「娘を溺愛する親父が極秘で娘に付けた護衛みたいなもんだ。」

 「溺愛?」


 アリシアは恋人と無理矢理別れさせられ、意に沿わぬ結婚をした筈ではなかったのか?

 そんなアリシアが父親から溺愛されている―――グレイの言葉はエドアルドには理解できず眉間に深い皺を刻んだ。


 「子供の頃のアリシアは外に出るたびに付いてくる護衛を嫌って頻繁に撒いてたんだ。だからあいつの親父は年頃の近い俺を裏切らねぇよう破格の金でやとって、そうとは知られねぇようにアリシアの護衛に付けた。」


 貧民街出身と言うだけで犯罪者の様に扱われるし、事実グレイも汚い裏社会の一員だった。

 人殺しに手を染めはしなかったがそれに近い事はやったしやられもした。おかげで腕っ節は鍛えられ、少年時代より自身の腕で大きな稼ぎを得るようにもなっていた。外の世界に出て騎士の職業に付くと決めたのは、たとえ貧民街出身者でも功績を残せば認められる世界だったからで、正義の為でもお国の為でも何でもない。


 グレイが貧民街を出るきっかけを作ったのはアリシアの父親だ。グレイの腕を見込み、金の為ならなんでもやるグレイを裏切らせないよう莫大な金額で縛り付けた。

 最初は金の為と上手く立ち回っていたが、そのうちアリシアと一緒にいるのが楽しくなり目的は金銭だけではなくなった。その瞬間を目ざとく察したアリシアの父親はグレイを解雇し、その後グレイは騎士団に入団したのだ。


 「解り難いがあの親父はアリシアの為と思えば何だってやる。貴族の中からお前を選んだのもアリシアを裏切らねぇって確信持ったからだろうよ。俺なんかがその気になったら間違いなく抹殺される。」


 エドアルドは貴族の常識から逸脱した存在だ。たとえ押し付けられた伴侶であっても迎えたからには大切にするだろう事はグレイにも容易く予想できる。

 しかもエドアルドは貴族の身分を隠し騎士団入りした根性の持ち主で、肩書ではなくグレイ同様最下層から伸し上って来た。でなければ幼いながら伯爵家の当主であったエドアルドは貴族社会の一員として温い訓練の中、暖かく育てられただろう。もしそうなっていたならこの国は先の大戦で負け戦を辿っていたかも知れない。


 そんな相手だ、アリシアの父親からすれば商売に役立つし愛娘も幸せになれると踏んだのだろう。まさに一石二鳥、思うように事が運んで高笑いでもしているんじゃないかとグレイは笑い飛ばす。


 「随分楽しそうね。」


 籠を抱えたアリシアが少しむっとした様子でグレイに声をかけてからエドアルドへと顔を向けた。


 「旦那さま、ただいま戻りました。それと、今朝は大変申し訳ありませんでした。」


 深々と頭を下げるアリシアに夫婦同室を拒否された事か、それとも真っ赤になって逃げ出した方かと悩むが、すぐにその両方なのだろうとエドアルドは察する。

 グレイの突然の訪問によってその話も一先ずおあずけだ。面倒な友人の前でアリシアをからかう訳にもいかないし、何も知らなかった妻の過去にエドアルド自身も向き合わなければならないだろうと感じた。


 「お前ら夫婦だってのに随分よそよそしいな。上手くいってんのかよ?」


 なんでそんなにしゃべりが固いのかと心に思った事をすぐに口にするグレイを、エドアルドがあしらうよりも早くアリシアがキッと睨みつけた。


 「勿論上手くいってるわよ、ねぇ旦那さまっ。」


 巻き添えとばかりにアリシアから睨まれたエドアルドだったが、表情とは裏腹に上手くいっていると発せられた一言にほっと胸を撫で下ろす。


 「そう怒るなって。洗濯板なんて言って悪かったよ。」

 「いいわよべつに、本当の事なんだから。」

 「いやいや、でかくはないが最後に会った時より確実に大きくはなってたぞ。」

 

 はははっと笑い飛ばすグレイに、エドアルドとアリシア両名からの拳が炸裂した。












 *****


 昔と少しも変わらない―――

 感動の再会を果たし思わず感極まったが、五年…それよりももう少し長く所在すら確認できなかった大切な人の無事が偶然にも確認できて、アリシアは心から安堵していた。


 本当に昔と変わらない、兄のように慕った人。真面目な話が苦手なグレイはいつも軽口ばかりで、再会を果たした瞬間から昔のままに接してくれる。


 先に入団していたエドアルドとは最初の頃こそ気に食わない者同士だったが、さほど時間を持たずに信頼できる間柄になり、かれこれ十年以上の付き合いだと言う。


 孤児院で子供たちの相手をし、気持ちを切り替えたアリシアは二人と楽しい夕食の時間を持てた。退団して領地に戻ったエドアルドと違ってグレイは騎士団に残り、戦場で上げた功績がもとで昇進してしまい書類仕事に追われる日々。それに嫌気がさし勝手に休みを取ってエドアルドを訪ねて来たらしい。


 「そんな事して処罰されるぞ?」

 「降格になれば退屈な紙とおさらば出来るしこっちのもんだ。流石に除隊は困るけどよ。」


 食後に笑いながら酒を飲み交わす二人はアリシアの知らない顔で、それを見ているだけで幸せだと感じられた。

 互いに戦場に立ったのは最近の話なのに、アリシアの前で遠慮してか生臭い話は一切しない。二・三日世話になると言うので今日の所は先に休ませてもらうと、アリシアは一人席を立った。



 それから数刻、辺りは漆黒の闇に包まれ屋敷中が寝静まった深夜。


 アリシアはそっと部屋を抜け出すと客間の前に立つ。

 扉の隙間からほのかに明かりが覗いているのを確認してから小さく遠慮がちに扉を叩くと、さして間も置かず扉が開かれ薄暗い部屋から大きな影が落ちた。


 「どうした、こんな夜中に。」


 入るかと促すグレイに、寝間着にショール姿のアリシアは首を横に振る。


 「タリアスがどうしてるか知らない?」


 越えなければならない想いがそこにある。事情を知る相手が手元に飛び込んできて、今まで知らなかった現実を確認しない訳にはいかなかった。


 アリシアの訪れを予想していたグレイは腕を組んで入り口に体を預ける。不安を湛えてはいるが強い漆黒の瞳に見入るグレイに、アリシアは黙って答えを待ち続けた。


 「お前エドアルドといて幸せか?」


 グレイらしからぬ静かな声色に「え?」とアリシアの唇が動く。


 「幸せじゃないのか?」

 「幸せよ。噂以上に素敵な方で、わたしなんかじゃ釣り合わないって解ってるけど―――」

 「けど何だ?」


 自信なさ気に俯くアリシアの顎に武骨な指が伸びて上を向かせる。されるままになっているアリシアは一度唇を噛むと不安を払いのけるようにグレイを睨みつけた。


 「釣り合わなくても旦那さまと一緒にいたいわ。」

 

 グレイは挑むように引き締められたアリシアの唇を親指でなぞってからそっと離れる。それからいつもの様ににっと口角を上げて笑った。


 「ならタリアスの事なんざ忘れろ。あの男がどこでどうしてようがお前には関係ない。」

 「あるわよっ、大ありよ。わたしのせいでタリアスは前線に送られたのよ!」


 大した訓練も受けていないタリアスはアリシアの父親の根回しにより徴兵されたのだ。

 アリシアをカフェク伯爵家に嫁がせる為に、アリシアから恋人を引き離す為の勝手な都合で、本来なら戦場に立つべきではない人が徴兵された。

 

 アリシアの声が静まり返った屋敷に響き渡り、グレイは苦笑いを浮かべて頭を掻く。


 「そんなの今まで引きずってたのかよ。拒否もできたのに応じたのはタリアス自身だろが。」


 気に病む事じゃないと言われてそうできればどれ程いいか。原因を作った自分にそれができる訳がない。


 「知ってるの、知らないの?」

 「俺の隊に派遣されたのに知らない訳がないだろ。」

 「だったら意地悪しないで教えてよ。」

 「初戦で負傷して即帰還―――」


 負傷の言葉にアリシアは息を呑み恐怖に慄いた。だが声を出さずにじっとグレイの目を見て続きを待ち続ける。そういう所は強いよなと、グレイはふっと笑って先を続けた。


 「―――かすり傷程度だったがやっぱり鍛冶屋って理由でそのまま除隊になった。」


 戦争に武器はつきもの、その武器の生産に携わる鍛冶屋が徴兵される事はまずない。アリシアの父親が大金を積んでタリアスの徴兵を促したのもただの脅しだったのだ。拒めば話はそれで終わりの筈が、タリアス自身が徴兵に応じて出兵した。

 除隊になったタリアスは鍛冶屋としての仕事を再開している。


 「元気に…してるの?」

 「帰還して一度見に行ったら元気にしてたぜ。ガキが三人もいた。」

 「こど、も?」


 驚き見開かれた瞳がやがて細められると、ほっとしたように声が漏れた。


 「そう、よかった―――」

 

 そうか、子供がいるのか。

 アリシアの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちる。


 優しいあの人の事だから家族を大事にしているに違いない。二人の未来は別れたけれど、それぞれの場所で紡がれて行っているのだ。

 

 安心からか嬉しそうに微笑むアリシアの瞳からとめどなく流れ落ちる涙に、グレイは手を伸ばしかけて止めると、そのまま頭に持って行って豪快に頭を掻き毟った。












 *****


 「てな訳だ、お前も知りたかったんだろ?」


 アリシアを見送ると扉を閉め、それと同時に薄暗い部屋に問いかける。

 開いた扉の死角になる場所に立っていたのはエドアルドだ。少し複雑そうな青い瞳がアリシアがたった今までいた場所を見つめていた。 


 「その男は本当に―――」


 生きているんだろうな?

 

 発せられなかった言葉にグレイは苦笑いを浮かべた。


 確かにグレイはアリシアの為を思えば死んだ人間も生きていると平気で嘘がつける男だ。しかし今アリシアに話して聞かせたのは事実であり、一つも捻じ曲げてはいない。


 「ちゃんと生きてるぜ。腕のいい鍛冶屋だったんで何かあればすぐに除隊させろと上からお達しもあってたからな。」


 だから大した怪我ではなかったが王都に送り返したのだと付け加える。


 「彼女はその男が好きだったのだろう。なのに何故、父親は金をつかってまで彼女から引き離したりしたんだ?」


 初めから付き合いを認めていなかったのなら早々に手を打ち、アリシアが気に止む手段も使わずに済んだ筈だ。溺愛しているなら尚更、わざわざ娘を泣かせてまで貴族に嫁がせる理由にはならない。


 「女に手が早くてな。流石にあの親父がいるんでアリシアに婚前交渉を強要はしなかったみたいだが、他の女で済ませたってんで怒りを買ったんじゃねぇか?」


 男女の色恋は様々だ。しかし恋人には手を出せないから他の女性で済ませるのはいかがなものかと思うエドアルドに対し、グレイは我慢できるのが不思議でならないと思う性質で、タリアスの気持ちも理解できるがと付け加えたが―――


 「さすがに浮気相手を孕ますのは駄目だろ。あの親父が手を出してなきゃ俺がボコってたぜ。」


 アリシアには言うなよと念を押されながら、彼女の裏にある事情に複雑な気持ちを抱いたエドアルドであった。 














   *****


 突然現れたグレイは自由な時間をを過ごすと満足したのか、僅か三日の滞在の後ご機嫌で王都に戻って行った。 

 生まれ育った王都を離れて五年、久し振りに懇意にしていた友人に再会できたアリシアは名残惜しそうにグレイを見送る。騒がしい存在だがエドアルドにとってもグレイの訪問は嬉しいものであった。


 アリシアはグレイの姿が見えなくなっても視線を向けたまま見送り続ける。エドアルドはそんな彼女の傍らに立ち、黙ってアリシアの横顔を見つめていた。


 「旦那さま。」


 アリシアは視線を戻さず遠くを見据えたまま語りかける。エドアルドは「ん?」と返事をして僅かにアリシアを覗き込んだ。


 「今日から旦那さまと同じ部屋に移らせていただいてもよろしいですか?」


 遠くを見据えたままの穏やかな黒い瞳に、エドアルドの方が驚いて幾度となく瞬きを繰り返し―――


 「―――え?」


 と思わず聞き返してしまった。


 アリシアは一度瞬きをしてエドアルドに向き直ると、顔を上げて真剣な眼差しで仰ぎ見る。


 「知らぬ間に結婚していた相手が今もまだわたくしで―――わたしで良かったと思って下さるなら、これからの人生をわたしと一緒に歩んで下さいませんか?」


 穢れのない純粋な黒い瞳がエドアルドの青い瞳を捕らえて離さない。


 しまった、なんて事だとエドアルドは掌で口元を覆い隠し、一度きつく瞼を閉じた。そうして再び瞼を開けるとアリシアは黙って返事を待っていた。


 どんな答えでも受け入れるといった態度に心の強さを感じる。

 

 「すまないアリシア、それは本来なら俺が真っ先に問わなければならない事だったな。」


 エドアルドはアリシアの前に跪くと、小さくて少し荒れた手を武骨な手で取りアリシアを見上げる。


 「これから先、君を守り愛おしむ栄誉を俺に与えてくれないか?」 


 与えられた伴侶だが、それを抜きに出会っていても彼女を選んだだろう。


 エドアルドの思わぬ行動にアリシアは顔を赤くしながらも首を縦に振る。自分を見つめてくる色気にやられて声は出せなかった。


 「おいでアリシア。」

 「旦那さまっ?!」


 エドアルドはアリシアが首を縦に振ったのを確認すると突然手を引いて走り出す。厩舎に向かい愛馬に跨るとアリシアを引き上げ馬の腹を蹴った。


 孤児院への送り迎えの際に何度か馬の背に乗せてもらっていたが、今回は早駆けの馬の背で口を開こうものなら舌を噛んでしまう。

 驚きに悲鳴を上げるのもままならず、片腕でアリシアを抱え込んで全速力で駆け抜ける速さに景色所かエドアルドの顔を見るのすら叶わなかった。



 付いた先は教会。

 蹄の音を立て駆けてきた馬に何事かとロゼー神父や孤児たちが外に出てくる。


 馬上には真っ青になったアリシアと、何故か笑顔で機嫌の良いエドアルドの姿。両極端の二人に神父は首をかしげなが駆け寄って来た。


 「何事かございましたか?」


 心配そうに見上げる神父ににやりと笑うと、エドアルドは馬上からアリシアごと神父の目の前に降り立った。


 「式を挙げたい。」

 「式を―――?」

 「俺とアリシアの結婚式だ。」


 そう付け加えたエドアルドを真っ青になっていたアリシアは驚きで仰ぎ見、神父ははっとした後に慈悲深い笑顔で二人を交互に見てから深く頷いた。


 「それは宜しい。神も心から祝福下さいます。」


 教会の記録では二人の婚姻は成立している。そんな二人が再度神前で婚儀を行うのは渋られる事態だが、事情を知る神父は何の迷いもなく快諾した。


 純白のドレスに身を包み新郎不在で執り行われた婚儀より五年、戸惑いと不安に苛まれた婚儀はアリシアに付き纏った。

 しかし今日この日、普段着に身を包み神前に立つアリシアの隣には、心からの笑みを浮かべる愛しい人が立っている。アリシアが腕に回す手を逆の手でしっかりと握り締め、見目麗しい旦那さまは蕩ける様な笑顔をアリシアに向けた。


 ロゼー神父にとってはこれこそが二人の偽りなき婚儀と、正しく説教を述べ誓約書に署名を求める。アリシアは二度目になる署名に躊躇したが、ロゼーが無言で優しく大丈夫だと頷くと、何の迷いもなくなりペンを取ってエドアルドに続いて名を連ねた。


 「―――命ある限り、真心を尽くす事を誓います。」


 この日、神父と多くの子供たちが見守る中、神のみ前で二人が夫婦であると正式に認められた。

 




 









これにて終了です。


沢山の方に読んでいただいて本当に感謝しています。ありがとうございました。


今後は小話的な、日常のほんのちょっとを時折投稿して行こうかな…と考えております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ