御対面・後編(エドアルド)
レグロの工房を出たその足でアリシアの実家に向かう。妻を得て五年、実際に存在を知ってからは長い時間は流れていないが、彼女を蔑ろにし、辛い目に合わせた事実は消せない。娘を溺愛する義父が娘の置かれた状況を把握していなかったとは考え難く、一発二発殴られるのは覚悟しておかねばならないだろう。咄嗟に避けてしまわないよう気をつけなければと気合を入れた先で待っていたのは―――
「初めまして義父上殿、ご挨拶が大変遅くなってしまい申し訳ありません。五年前にご息女を妻に迎えたエドアルド=カフェクで御座います。」
客室の扉が勢いよく開き現れた中年期の男性に頭を下げ挨拶をする。が、顔を上げると相手は絨毯が敷かれた床に両膝を付いて長椅子の下を覗き込んでいた。まるで椅子の下に潜り込んだ猫の子でも探すような必死さで、額から頭頂部にかけ禿げ上がった頭皮に汗がにじんで光り輝いている。驚く俺に構わず同行した使用人が頭を下げ扉を閉めた。身なりからしてこの男がアリシアの父親で間違いないのだろうが……椅子の下に何もないと解るとクッションを持ち上げたり戸棚の扉を開けたりと騒がしい男を前に眉間の皺が寄る。
「あの、義父上殿?」
隅にでも置かれていたのか。中腰で屑入を手にした男が瞳孔の開き切った目を俺に向け、禿げ上がった額から一筋の汗を滴らせる。
「初めまして義父上殿。エドアルド=カフェクですが―――」
「うむ。ケビック=オルスナーだ。」
屑入を床に置き白いハンカチで丁寧に手を拭った義父は握手を求めてくる。開き切っていた瞳孔は正常に戻り、立ち姿を見ると奇怪な所は何処にも感じられなかったが、現れるなり部屋中を物色し何かを探し出そうと必死な様を目撃した直後では、流石の俺も立ち直る時間が取れず条件反射で何とか握手に応じるに至った。
「所でアリシアは何処かな?」
「今回は私の都合により都入りし、ゆっくりした時間が取れないために彼女は同行いたしませんでした。そのようにお伝えしていた筈ですが?」
前もって訪問の許しを得る手紙を出していたのだが手違いでもあったのだろうかと心配になる。が、「やはりそうか」と漏らした義父は一気に気落ちすると、まるで子供がするように体を長椅子に投げ出し飛び込んで何やら激しく嘆き出してしまった。
「あの、義父上殿?」
大商人であるはずの義父の行動についていけない。恐らくアリシアがいないと解り嘆き悲しんでいるのだろうが……何だこれは? どうやら義父はグレイの言った通り溺愛するアリシアに会えずに気持ちのやり場が無くなってしまったのだろう。そうでなければ奇行の理由がつかない。だがしかし、俺はどうするべきなのか。考えたが答えが見つからず暫く放置することにした。
*****
「取り乱して申し訳ない。来ないというのは解っていたのだが、やはり現実となると堪えるものだな。」
「私に娘が出来たら義父上殿の心情を理解できるのでしょうが。」
いや、理解できる気が全くしない。それとも何か? 俺に娘が出来、会えないとなると義父の様に初めて顔を合わせる婿にこのような奇行を曝すとでもいうのか。ないな。絶対に有り得ない。
「いやなぁ、娘と。アリシアとエドアルド殿を連れ懇意の客に紹介して回る予定でいたものでな。」
仕方ない、次回にお預けだなと落胆する義父にアリシアの心配が的中したかと俺は身を正した。娘に里帰りして欲しいならその案は却下してもらわなければならない。
「莫大な援助をいただいておきながら、このような事を申し上げるのは恩を仇で返す様で申し訳ないのですが。思慮深くありながらも恥じらい深い彼女は、夫婦での顧客回りを苦手としているのではないでしょうか。恐らくそれがなければ次回の長期帰省には心置きなく安心して敷居を跨げるのではないかと。」
カフェク伯爵家の名を使って商売に役立つなら義父の顔を立てるのも婿としての仕事の一つだろうし、それだけの恩義はあるのだ。俺一人ならいくらでもやって構わない所だが、それを彼女が嫌がっている以上無理強いはできない。匂わせれば「うむうむ」と義父は嬉しそうに頷いており俺は首を傾げる。
「そうだそうだ、その通り。娘は思慮深く恥ずかしがり屋なのだ。だがなぁ、若い頃の私にそっくりなエドアルド殿と娘の姿をぜひとも見せびらかしたくてなぁ。眺める此方としても娘とデートしている気分に浸れるだろうと想像するだけで高揚してしまう。美男美女の娘夫婦を自慢したくて見せびらかしたくてたまらないのだよ。エドアルド殿を見ていると自分の若い頃を思い出す。私の若い頃にそっくりな貴方ならきっと娘も気に入り幸せになれると目論んだのだが、私の読みは正しかっただろう? きっとエドアルド殿も娘が生まれればこの親心を心より理解できるはずだ。」
顔だけではなく禿げ上がった額までもほんのりと色付かせる義父に思わず釘付けになった。
似ている? のだろうか???
何故か視線が頭に向かうのはどうしてだろう。
驚くほど饒舌にアリシアの可愛らしさを語り続ける義父からは大商人としての手腕は垣間見れない。娘婿とはいえ俺と義父はこれが初対面だ。しかも溺愛する娘を奪った男になるのではないのか? これでは単に娘を溺愛する馬鹿親ではないか。しかもなんだ、タリアスと別れさせた後に俺を相手にと選んだ理由が自分の若い頃に似ていたからだと? 俺を通して疑似恋愛でも楽しんでいるのではないだろうなと不安になる。
だがそれにしても、俺と義父が似ているというのは事実なのだろうかと、磨き上げられた大理石の床以上に光り輝く頭に目が行ってしまう。レグロ殿にも言われたような気がするが……気のせいだろうか。こう言ってはなんだが、俺の見た目は婦女子に受けがいい。確かに義父の頭に髪を被せれば義父も見目良いのかもしれないと感じるが……血の繋がりなどないのに本当に似ているのだろうか?
似ていると言っても義父の自称だ、何も心配することはない。アリシアがいかに可愛らしいかを数時間に及び説かれた後で騎士団へ向かった俺は、グレイを見つけるなり自分でも思っていなかった質問がつい口を突いて出てしまった。
「俺は義父の若い頃に似ているのだろうか?」
「はぁ、突然なにを言い出すかと思えば―――まぁ、そうだな。似ていると言えば似ているような気がしないでもないが―――」
グレイの視線が頭に向かうと同時に俺はかつてない程の震えを感じて思わず身を抱きしめた。
大丈夫、アリシアは俺がどのような身なりでも愛してくれるだろう―――だがさらなる努力を続けようと誓い、俺はグレイの口を閉じさせいったい何なんだと怒らせたが、グレイの怒りなどどうでもよく、とにかく一刻も早く領地に舞い戻りアリシアに尽くしたいという思いに駆られたのであった。
とても長い時間をかけてようやく番外編も完結です。
応援して下さった皆様、心より感謝申し上げます。
ありがとうございました。




