我が身に(タリアス)
元カレの真面目なお話です。
俺の父親は国内外に名を馳せる鍛冶師だ。
剣の使い手と呼ばれる流れの剣士や腕のある傭兵はもとより、騎士団だけではなく国王陛下が実戦で使うとされる剣も父親の作品。鍛冶師特有の熱に焼けた肌や太い腕をしているものの、ぱっと見は穏やかな風貌ながら職人気質が強く、気に入らない客の注文は殺されるような目にあっても絶対に受けない。かと思えば気に入った人間が相手だと注文を受けた訳でなくとも剣を打つ。
俺が子供の頃は小さな鍛冶場だったが、技術を出し惜しみせずにやる気のある弟子は来るもの拒まず受け入れた。厳しい指導について行けずに逃げ出す弟子も多かったが、やり遂げ自身の工房を持つにいたった弟子も多い。
俺自身も父親に倣い鍛冶師になるつもりで修業を積んでいたが、それなりにあった才能と父親の名のせいで少しばかり高慢な男に成長していた。悪い仲間とつるんだり女を覚えてからは特に遊びが激しかったが、きちんと仕事だけはこなしていたので、母親は煩かったが師匠である父親は特に文句を言ってくるようなことはなかった。ただ『やった事はいずれ己に返って来る』というのが口癖で、若かった俺はそんな年寄りの言葉など右から左に流し素行の悪い時間を長く過ごしていた。
そんなある日、俺はアリシアに出会った。
大きな商会のお嬢様で、彼女の父親と俺の父親は幼馴染なのだという。度々工房を訪れていたらしいが、俺は彼女の事をその日まで全く知らなくて、可愛らしいと美人の狭間にいるようなアリシアに一目で恋に落ちた。
アリシアに出会った俺は女遊びも悪い仲間とつるむのも止め、真面目に鍛冶師としての仕事に取り組むようになった。彼女の父親は娘を溺愛しているらしく、素行の悪い俺なんかけして近寄らせてもらえないと解ったからだ。度々工房を訪問していたのに顔を合せなかったのも彼女の父親が用心深かったからだろう。俺は形振り構わず父親の名前を利用して彼女の家に通い、外では偶然を装い接触し続け彼女に愛を説いた。
「君が好きなんだ。本当に本当に好きなんだ。絶対に大事にする。泣かせたりしないから受け入れて。」
何度も告白してようやく頷いてくれた彼女のはにかんだ微笑みは今も忘れられない。
「こんな風に告白してくれた人なんて初めてよ。信じてもいいのかずっと迷ったけど、タリアスを信じてみようと思うの。」
愛の告白は俺からが初めてらしい。彼女はとても可愛らしくて綺麗なお嬢様なのに自分に自信がないらしく、なかなか俺の言葉を信じられなかったのだという。こんな子が自分に卑屈になるのには何かわけがあるのだろうが、そのお蔭で変な男の手が付いていなくて良かったと、俺は彼女との交際の許可を取り付けるために彼女の屋敷を訪問した。そこで娘を溺愛する父親と二人きりで話し合い、交際についての条件として絶対に手を出すな、清い交際なら認めてやると地獄の大魔王の様に顔を顰めて約束させられた。俺の過去を知っているなら疑われても仕方がなかったが二度と昔に戻るつもりはない。とにかく彼女とのことを認めてもらえた喜びで硬く約束を交わす。
俺なりの清い交際が一年も続いた頃だ。そろそろ結婚の申し込みをしてもいいだろうと思い始めた頃、俺は昔遊んだレイリアという女に声をかけられた。ずっと接触を断っていたが、同じく悪さをしていた昔の仲間が更正して彼女の友人と結婚するらしい。これを機に皆で集まり祝いをしてやりたいのだと持ち掛けられたのだ。
それならと仕事も恋も順調な俺は二つ返事で了承した。子供の頃の悪タレたちは誰もが仕事をもってきちんと前に向かって歩いていた。誰一人として後ろ暗い仕事についている男はなく、昔を懐かしみ歌い騒いで飲み明かす。とにかく騒いで飲んで飲んで騒いだ。何時の間にか眠ったのか、目が覚めたら裸のレイリアと安宿の硬い寝台の上にいた。
「ごめん、記憶にない。」
「いいよべつに。でも溜まってたんだねぇ、凄く激しかったよ。」
にこやかな彼女を前に俺は頭を抱える。これがアリシアに知れたらどうなるか。ずっと女を抱いていなかった衝動がこんな形で現れるなんて。何の気にもしていないレイリアにほっとしながら、きっとばれないと自分に言い聞かせ俺は安宿を出た。
それから間もなくだ、隣国との戦争が始まったのは。小さな小競り合いはやがて大きな戦へと変貌し、兵士や騎士たちが国境へと向かっていく。俺たち鍛冶屋は武器の生産で寝る間も惜しんで仕事をしてた。そんなある日の夕暮れ、レイリアが訪ねて来て衝撃の一言を告げたのだ。
「赤ちゃんが出来た。タリアスの子だよ、どうする?」
衝撃で言葉を失った。どうすると問うレイリアの言葉に何と答えたのか覚えていない。あの夜から数えて堕胎できる範囲であるというのが頭の中を駆け巡っていたが、膨れ始めた腹をさするレイリアを前に言い出せなかった。
答えが出せなかった俺の背中を殴りつけたのはアリシアの父親だった。何処から聞きつけたのか、レイリアがやって来て間もなく俺と彼女は別れさせられ、武器の生産に必要な鍛冶師である俺に徴兵令が下りた。鍛冶師を理由に断る事も出来たが、望んでない子供を授かってしまっただけではなく、アリシアと別れさせられた俺は自棄になっていたのだろう。徴兵に従い出兵し、結局は怪我で家に戻され腹のでかくなったレイリアと所帯を持った。
子供は月足らずで生まれたものの、丸々と太って元気が良かった。両親にとっても初孫だが、アリシアを気に入っていた母親からはレイリアも生まれた子供も受け入れてもらえなかった。それ所か『本当にタリアスの子供なの?』と疑う始末。父親は何か言いたげだったが無言を貫いた。そんな父親の視線を受け、俺はかつて言われた『やった事はいずれ己に返って来る』という言葉を思い出す。
俺はこれまですべてのものに不誠実だった。悪さをして不特定多数の女を相手にして、縋られても足蹴りにしたこともある。そしてたった一人大切に想い恋したアリシアに対してすら誠実でいられなかった。どうして許しを請わずに隠してしまったのだろう。安宿の寝台で裸で目が覚めた時に状況証拠だけで何も疑いを持たなかったのは、自分自身がそういう人間だとわかっていたからだ。そして妊娠を告白してきたレイリアに、腹の子の処分を望みながら彼女が言い出してくれるのを待っていた。
アリシアは既に貴族様に嫁いでしまった。彼女が望んだ結婚ではないが、その道程を作ったのは俺だ。アリシアの夫となった男は戦場で俺の父親が作った剣を振るい戦っている。俺はその男の、アリシアの夫の死を願うのだろうか。彼が死ねばアリシアを手に入れる機会がやって来るかも知れないと、死を願ってしまうのだろうか。
俺は首も座らない子供を抱き上げそっと匂いを嗅ぐ。母乳に交じる独特の匂いは心を安らかにさせてくれる。
月足らずで生まれた俺と、レイリアの子供。俺の家系の誰にも似ていない女の子。髪も瞳の色もまるで違い、この子と同じ色と似た面差しの男を俺は知っている。
『いずれ己に返って来る』
父の言葉が脳裏を過る。俺は悲しくてぎゅっと娘を抱き寄せた。
「大丈夫、君は俺の子だよ。」
載せるか迷ったお話ですが、これがないと次が上手く続けられなくて書いてしまいました。
元カレはこんな感じの人です。




