093・属性魔法を奏上します
―ミーナ視点―
バレンティアを発って三日、私達はバシオン教国の教都エスペランサにあるバシオン大神殿にやってきました。本当は昨日来るはずだったんですが、詠唱の呪文を考えるために昨日丸一日を費やしてしまったため、一日遅れてしまったんです。ですがその甲斐あってシンプルな詠唱文にまとまりましたし、みなさんも魔法を使いやすくなるんじゃないかと思います。
あ、私達が考えた魔法と呪文ですから、私達は無詠唱で使えますよ。ある意味、創作者の特権ですよね。
「これはマナリース様、ユーリアナ様、そしてプリムローズ様。ようこそいらっしゃいました。そしてお初にお目にかかります、アテナ様」
私達を出迎えてくださったのは、バシオン教のフリッグ枢機卿です。名前を呼ばれたことからもわかるように、プリムさんとも面識があります。さすがにアテナさんとは初対面だったようですが。
「皆様のご来訪、教皇様も歓迎なさっておられます。礼拝がお済みになられましたら、是非とも教皇庁へお越しください」
「ありがとうございます。ですが私達は、礼拝に来たわけではないのです」
「礼拝ではない?では何用で参られたのですか?」
「魔法の女神像に魔法を奏上するためです」
「魔法の女神像に奏上ですと?新しい無属性魔法を開発なさったのですか?」
「いえ、彼らが開発したのは無属性魔法ではありません」
「もしや、属性魔法を体系化されたのですか!?」
顎が外れんばかりにフリッグ枢機卿が驚いています。魔法の体系化を試みた方は少なくありませんが、多くは、というかほとんど全員が無属性魔法の奏上に来られるわけですから、枢機卿が驚くのも無理はありません。
「体系化には遠いですが、いくつかの属性魔法を奏上させていただこうと思っています」
マナ様が大和さんに前に出るよう指示をされています。実際に開発されたのは大和さんとプリムさんですし、六属性の魔法を自在に使えるのはお二人だけですから、奏上もお二人がされるべきだと思います。
「この人が私達の婚約者で、Hランクハンターのヤマト・ミカミです。今回奏上させていただく魔法は、彼とプリムが二人で開発をした魔法ですから、直接二人に奏上してもらおうと思っています」
「おお、こちらの方がマナリース様方の婚約者ですか。若いとは聞いておりましたが、本当にお若くていらっしゃる。バシオン教枢機卿を務めておりますフリッグと申します」
「ヤマト・ミカミです。奏上しても実際に登録されるかは魔法の女神様次第と聞いていますから、あまり期待しないでいてもらえると助かります」
魔法、特に属性魔法の体系化がされてない理由は、奏上した魔法が魔法の女神様に認められなかったからです。理由はわかりませんし、女神様がお認めにならなかった以上、それが全てですから、理由を詮索するのは意味のないことかもしれません。無属性魔法は体系化されていますから、女神様も体系化を望んでいらっしゃるとは思うのですが、それこそご本人にお伺いしなければわからないでしょう。もっとも、奏上されている魔法のほとんどは無属性魔法で、登録されない理由も似通っていることが大きな理由のようですが。
「そんなことはありますまい。そもそも奏上といえば、ここ数十年は無属性魔法ばかりでして。本来でしたらアミスターのサユリ様が奏上なさるはずだったのですが、暗殺者に狙われていたこともあって、アミスターの王城から出ることができなくなってしまったと聞いております。属性魔法の奏上に来る方がいないのは、その暗殺者が恐れられていることも理由でしょう」
マナ様やユーリ様のご先祖様でもあるサユリ様は、百年前にヘリオスオーブへやってきた客人です。聖母竜ガイア様とも親交があったと聞いていますし、客人の知識を活かしてアミスター王国を盛り立てた素晴らしい王妃様なのですが、王家に嫁ぐ前の記録はほとんどありません。
その理由はガイア様が教えてくださいました。サユリ様と共にやってきた客人は、属性魔法を奏上するためにバシオン大神殿を訪れた後、アバリシアの暗殺者によって亡き者にされ、危うくサユリ様も命を奪われるところだったのです。
アミスター王家に嫁がれてからのサユリ様は、メディカルギルドの設立に尽力され、のちにご自分も登録なさったそうですが、登録時のレベルは41だったことがわかっています。バシオン大神殿へ訪れたのはご結婚なされる2年前とバシオン大神殿側に記録が残っていますし、大和さんは当時の世界状況から考えると、サユリ様を含む客人に実戦経験はないと予想されています。つまり大和さんは、客人の方々の平均レベルは30代後半から40代前半で、ハンターランクでいえばG~Pランクぐらいだと考えてるんです。
「奏上に来られる方の多くは、サユリ様と自分のレベルを比較し、自分達も殺されるのではないかと思ってしまっているのですね」
「はい。サユリ様が命を狙われていたことは事実のようですし、当時の噂ではサユリ様より高レベルの者も殺されたと言われていますから、私どもとしましても無理強いはできません」
「当然ですね。まあ邪神崇拝のバカどもが何人来ようと、残らず返り討ちにするだけですが」
暗に犯人はわかっていると告げる大和さんですが、過去とはいえ同郷の方をさしたる理由もなしに殺されているわけですから、大和さんの心中は察して余りあります。事実として大和さんは、アバリシア神帝国を敵認定しています。
「頼もしいことですが、まだかの国の差し金とは決まったわけではありません。それに百年も前の話ですし、Hランクハンターに暗殺者を差し向けるような国はありますまい」
確かに枢機卿様のおっしゃる通りです。暗殺を指示された者のレベルがいくつかはわかりませんが、レベル70近く、それもサユリ様がヘリオスオーブに来られた頃のお歳と近い年齢場合の最低ラインですから、今も存命のはずがありません。
さらにHランクハンターの暗殺なんて、自殺行為以外の何物でもありません。返り討ちにされるのは当然で、生け捕りにされてしまえばライブラリーを丸裸にされてしまうんですから、失敗時のリスクが大きすぎるんです。ですからHランクハンターに限らず、高レベルの人相手に暗殺を行おうとする者はいません。
「こちらが奏上の間でございます。あちらの魔法陣の中で魔法を使っていただき、魔法の女神様がお認めになられれば女神像が輝きます」
フリッグ枢機卿様に案内されて奏上の間に来ましたが、思っていたよりずっと広いです。実際に魔法を使う必要があるわけですから、よく考えれば当然なのかもしれませんが。
注意点も説明してくださいました。奏上するためには魔法陣の中に入り、起動を待ってから行うこと。魔方陣に入るのは一人だけであること。魔法の効果によって生じた損害は、神殿は一切保証しないこと。他にもいくつかありましたが、重要なのはこれぐらいでしょうか。
「わかりました、ありがとうございます」
「とんでもありません。終わりましたら外に控えております神官にお伝えください」
「わかりました」
「それでは私は失礼します」
フリッグ枢機卿は一礼すると、奏上の間から出ていかれました。残ったのは私達ウイング・クレストだけですが、本来なら奏上する人だけしか入ることはできないそうです。今回はマナ様方のような王族がおられること、数十年もの間属性魔法の奏上がなかったことから、特例として認めてくれたんです。バシオン教は寛容ですし、特例はけっこう多いですから、あまり驚くようなことじゃありません。大和さんは驚いてますけど、大和さんの世界じゃ珍しいことなんでしょうか?
「それじゃ今日は大和に奏上してもらいましょうか」
「なんで俺?みんなでやればいいんじゃないか?」
「何言ってんのよ。考えたのは大和なんだから、大和が奏上するべきよ」
私もプリムさんの意見に賛成です。この魔法は大和さんが考案し、プリムさんと二人で作り上げたものです。もちろんプリムさんも奏上するべきだと思うのですが、そのプリムさんが大和さんを推薦しているわけですから、皆さんも賛成されています。反対意見なんて、でるわけはありませんけどね。
「だからって俺だけがやる必要はないだろ。今回奏上する魔法はけっこうあるんだから、みんなも一つぐらいは奏上するべきだと思うぞ」
今回奏上する魔法はアロー系、ランス系、ストーム系、シールド系、ヒール系に火、水、風、土、光、闇の合計30種です。魔法の属性には雷、氷、木、鉱、聖、魔というものもあります。これらは上位属性というわけではありませんが、扱いが難しいので、今回は奏上を見送るつもりです。アームズ系は魔道武具の需要問題から、ウェーブ系、ウォール系は使い方が難しいため、スフィア系、エクスプロージョン系は危険なため奏上する予定はありません。
「まあ魔法を奏上する機会なんてそうそうないし、大和一人で全部っていうのも大変よね」
「そうだね。なら私はフレイム・アローとフレイム・ランスにするわ」
「なら私はアクア・アローとアクア・ランスにします」
リディアさんとルディアさんが早々に決めてしまいましたが、確かに大和さんお一人で奏上するのは無理があります。そういうことなら私も、アース・シールドとアース・アローを奏上しようと思います。
皆さんも異議はないようなので、マナ様がブラスト・ウォールとライト・ランスを、ユーリ様がアクア・ストームとアース・ランスを、アテナさんがライト・アローとライト・ストームを、フラムさんがアクア・ウォールとダーク・ウォールを、ラウス君がブラスト・アローを、レベッカちゃんがダーク・アローを、そしてプリムさんがフレイム・ウォール、フレイム・ストーム、ブラスト・ストーム、アース・ウォールを奏上し、残りを大和さんが奏上することに決まりました。
「それじゃ決まったことだし、始めるとしましょうか。どうぞ、大和」
「俺からかよ」
「当然じゃない。あなたが提案して形にした魔法なのよ。だからあなたが最初に奏上するべきなのよ」
「別に誰が最初でもいいと思うんだがな」
そうはいきません。プリムさんの言うように、奏上する魔法は大和さんが作ったに等しいのですから、最初に奏上するのは大和さんしかいません。皆さんに説得されたのか、ようやく大和さんが魔方陣に足を踏み入れました。
「それじゃあブラスト・ランスから始めるか。『風よ貫け。暴風の疾槍 ブラスト・ランス』」
大和さんが魔方陣に入ると、待っていたかのように魔方陣が起動しました。大和さんはボックスに収納していた岩の塊を取り出して的にすると、ブラスト・ランス用に考案した詠唱を開始し、ブラスト・ランスを放ち、的の岩を破壊しています。軽々とこなす大和さんはさすがですが、実際に行うのはかなり大変です。
どのようにして魔法を使い、どのような形を持たせるのか、それを明確にイメージしなければなりません。簡単な詠唱でイメージを補助してはいますが、最初は『風よ集え。暴風の槍と成りて全てを貫かん』と、少し長かったんです。こちらの方がわかりやすくイメージもしやすいんですが、詠唱文を覚えるのも大変でした。ブラスト・ランスだけなら問題はないのですが、今回だけでも30個も魔法を奏上するわけですから、その全てを覚えるのは大変です。実際には3つか4つぐらいしか覚えないでしょうから、そこまで気にする必要はないのかもしれませんが。
「お、女神像が光ったぞ」
「やったじゃない、大和!魔法の女神様が、大和の作った魔法を認めてくれたのよ!」
「さすが大和だわ!」
女神像の輝きが収まると、魔方陣が停止し、大和さんが出てきました。もちろん私達は大和さんに抱き着きます。
これがヘリオスオーブにおいて、属性魔法が体系化された瞬間です。その場に立ち会えたことを感謝し、すべての魔法を奏上し終えると、私達はバシオン大神殿に祀られている父なる神をはじめとした神々に感謝の祈りを捧げました。
今までは魔法の効果をイメージし、それを形にして使っていたんですが、今回は詠唱も入れることで正式に登録しようというお話です。もちろん登録しなくても使えるので、プリムの極炎魔法のような合成魔法は登録しませんよ。
体系化されたからといっても、魔導書を読まないと使えないというわけではありません。魔法の効果と概要を理解していれば、誰にでも使えます。それを説明するために、魔導書なんかが作られていると考えていただければいいかと思います。
個人的なことですが、年度末が近いので仕事が極悪になっています。なので投稿は数日に一度とさせていただきます。




